4.(アルベルト視点)過去の騎士と偽りの騎士
マリーへの感情が芽吹いてからすぐ、リゼルはアルベルトを王太子の間に呼んだ。来客部屋の一つであり、リゼルが自由に使用して良いことになっている一室は、主に会議に使用することが多いが、今日に限っては内密な話を行うために呼び出した。
入室してきたアルベルトは、仕事を終えた後だというのに疲れた様子も見せずにリゼルに敬礼した。
「突然呼び出したりしてすまない」
「とんでもないことでございます」
今のリゼルの洋装は、燃えんばかりの赤髪に、王子らしく刺繍や上質な布で誂えた服装だった。その様子を見ただけで、外交などの仕事をしていたのだとアルベルトは理解した。
「どのようなご用件でしょうか。遠征のご報告ですか?」
アルベルトが考える呼び出し理由を尋ねてみるが首を横に振られた。
「頼み事があって」
「頼み……ですか」
命令でもなく、個人的な頼み。
滅多にないリゼルの言葉に疑問を抱きながらも次の言葉を黙って待つ。
「気になる女性が現れたので。昼休憩時間の頃、訓練所を暫く借りたいのだけれど……ダメかな」
「いえ、いいえ。とんでもないことでございます。どうぞ自由にお使い下さい」
まさかの発言にアルベルトは少しばかり勢いよく答えてしまった。
「ローズ公爵はご存知ですか? つい先日、貴方の頼みを伝えてしまったのですが」
「会ったよ。彼にも伝えている。相手の名前まではまだ伝えていないけれど」
「そうですか」
アルベルトは黙る。
彼は恐らく次の一手に進む頃だろう。
アルベルトは正確には分からないものの、レイナルドの考えでは、今回のリゼル王子に関する婚約者選びに関してローズマリーの復讐に関連しているものだと把握している。
想像ではあるが王家の未来の王妃を、敢えて過去をなぞるように築き、ローズマリーと同様にティア妃を無実の罪で裁こうとしているのではないかと思っている。
アルベルトも協力していることだが、グレイ王失脚に関してリゼル王子を矢面に立たせ、彼とその未来の王妃によりグレイ王とティア妃を処罰させることも検討に置いていたはずだ。
今、リゼル王子や他の婚約者候補達が知らない場所で、レイナルドによって彼女達は深く監視されている。
どの令嬢がどこの派閥であるか、どこの一族がどこの派閥に圧力を掛けているか、など。
レイナルド曰く「彼女達は政治の縮図としてとても分かりやすい」らしい。
協力しようにも、アルベルトには分からない事ばかりなので静観している。そして、悲しいことに道具として利用されている王子に同情するだけだった。
そんな中での吉報。
アルベルトとしても弟のように慕っていたリゼルに恋が芽生えたのなら素直に喜ばしい。
たとえ彼が恋い慕っていたローズマリーの復讐相手の子供であろうとも、アルベルトはリゼルを個人として接していた。
何より小さい頃からリゼルを見てきたアルベルトには、リゼルもまたあの二人による被害者でしかないと分かったからだ。
義務で生まれた子供。両親に愛されない子供。
政治の道具として育てられかけた彼を、たとえ同様に利用しようと考えているにしても、ただ一人の人として接していたい。
それがアルベルトの素直な気持ちだった。
「相手がどなたかお聞きするのはダメですか?」
「……どうせいつか分かるよ。訓練所を使うんだから」
「そうですか」
そしてその日は、意外にも早く訪れた。
リゼルと話してから数日経った頃。
訓練所を通りかかったアルベルトが目にした光景に、思わず足を止めた。
リゼルと一人の女性が談笑していた。
(あの子か)
遠目からではそこまで顔は見えないが、雰囲気は柔らかそうな令嬢だと思った。
歳はリゼルと近そうだ。服装は王宮の侍女服であることから、今回の婚約者候補の一人なのだろうと思った。
しかしリゼルの髪が黒髪であることから、彼が身分を隠していることを悟った。
(身分を隠していては何も意味がないじゃないか……)
偽り続けたところで、関係は良好しない。
いずれは関係ない者から令嬢に真相を囁かれるかもしれない。
それに、もし彼女が婚約者候補として来ているのならば、王子に選ばれる可能性も受け入れるのではなかろうか。
(多少、こちらから切っ掛けを与えてもいいだろうか)
少しばかりのお節介をかけてみるかと彼らの前に向かう。
ちなみに、今回の話を後にレイナルドへ話した時に受けた言葉は、「お前は馬に蹴られた方がいいかもしれないな」だった。
「リゼル様?」
アルベルトは敢えて変装している彼をそう呼んだ。
その瞬間、リゼルは鋭い瞳でこちらを見た。驚いた拍子に時折見せる彼の表情は、皮肉なことに父親であるグレイによく似ている。
アルベルトはその顔が苦手だったが、そうさせたのは自分なので文句など言えるはずもない。
「訓練中ですか? 私も休憩中なので良ければ訓練にご一緒しても?」
訓練所で想い人との時間を取らせてほしいと言われたことを知っているが、あえてそう話す。すると、さっきまで見せていた表情とは打って変わった作り物の笑顔を返してきた。
「団長殿自ら声かけて頂けるなんて有難いお誘いなのですが、今は彼女ともう少し話をしたいので、今日はお断りするよ」
すごい、笑顔だった。
アルベルトが見たこともないほどに穏やかな笑みを浮かべてみた。
不気味なぐらい。
令嬢もリゼルの笑顔と言葉に驚いた様子を見せている。
あ、これは相当怒ってる。
アルベルトが後悔するには、だいぶ遅すぎたようだった。
しばらく令嬢、マリーと話を交えた後、時間になったからとその場を立ち去るマリーを見送った。
彼女の背中を見つめたままリゼルが口を開いた。
「彼女にはリゼルで名乗っているから」
「そのようですね。それでも貴方だと気づいていないと?」
「分からない。詮索されることもないから、多分、気づいていても言わないと思う」
時々振り返るマリーに見えなくなるまで静かに手を振るリゼルを見て、本当に彼女が好きなのだと分かった。
マリーの存在は名前だけは知っていた。訓練所で時々見かける可憐な少女。騎士団の中でも好意を持って声を掛けようなどと公言する団員と団員で揉めたことがあったため、団長補佐であるフィールから彼女との接触に関して禁止令が出されていた。
彼女は全く気付いていないと思われているが、実は大変人気があった。そもそも男性ばかりの騎士団に女性は少ない。男所帯の中、静かに見つめられれば男性は単純なのですぐに恋に落ちるのだ。
そんな彼女がリゼルの想い人であることに、不思議とアルベルトは胸がざわついた。
彼女を見ていると、昔感じた何かを思い出しそうになるからだ。
「アルベルト」
「はい」
マリーの前では敬語だったリゼルが、改めた態度でアルベルトを見上げた。
「彼女を好きになったとか、頼むから言わないでくれ」
「…………」
アルベルトは細目の瞳をいつもより大きく開いてリゼルを見た。
悔しそうに見上げるサファイヤの瞳。普段は大人びて達観したような姿を見せる彼が、今はただの恋する青年にしか見えなかった。
「必死ですね」
「必死だよ。彼女は騎士が好きなんだ。もしかしたら貴方が一番の恋敵になるかもしれない。だったら今のうちから釘を刺さないと」
「騎士をですか」
まるでローズマリーのようだ、と思った。
「そう。小さい頃から憧れてたらしいよ。だから訓練所に来て騎士の稽古を見ていたらしい」
「だから貴方は王子と名乗らずに騎士の真似を?」
「…………」
我ながら意地の悪い問いだと思ったが、言わずにはいられなかった。
それこそ避けられない事実なのだと伝えたかったからだ。
「今だけでも、僕は騎士として彼女の傍にありたい」
リゼルとて理解している。
いつまでも隠し続けることが良いことではないと。
それでも、たった一歩の勇気すら踏み出せない。
マリーと一緒にいる時間があまりにも心地良く、あまりにも大切で。
出来ることならば偽り続け、彼女だけの騎士となりたい。そうまで狂わせるほどに、彼女に好意を抱いている。
そう出来ればどれだけ楽だろう。
「……必死ですね」
アルベルトはもう一度、そう告げずにはいられなかった。
そしてもう一度、マリーが立ち去った後の道を見つめる。
どこか懐かしく感じた感情は、今日のうちに消し去るべきだと胸に刻む。
彼女を見て。
どうしてか、ローズマリーと居る時のような穏やかな気持ちが戻ってきたことを。
気のせいだと思わなければ。
アルベルトはリゼルの頼み事を裏切ってしまいかねないと、思ったからだ。




