表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第七回 日光東照宮異変の巻
40/54

 しゃしゃり出た辰蔵に、玄七郎は一瞬、言葉を失くしていた。

 それでも、何とか立ち直って、辰蔵を問い詰める。

「お前なら、この異常を何とかできるのか? どうなんだ?」

 辰蔵は「へへん!」と顎を上げる。

「おいらには、何にもできやしないさ! 誰が、そんなこと、言ったっけ?」

「こいつ……っ!」

 玄七郎は苛々が込み上げた。この急場に、こいつは何を(たわ)けた法螺(ほら)を吹くのか?

 冬吉が「まあまあ」と割り込む。

「辰蔵殿には、何か、考えがあるので御座ろう。辰蔵殿、お教え願いたい」

 辰蔵は、冬吉が下手に出たので、一瞬で機嫌を直した。

「まあ、見てな!」

 叫ぶと、ピョイっと、冬吉の懐から飛び出す。玄七郎は思わず「あっ」と叫んでいた。

 何と、辰蔵は、そのまま地面に垂直に立ったのである。玄七郎と、冬吉が、今にも真っ逆様に墜落しそうになっているのに、辰蔵といえば、まるっきり普通に、地面に立って、二人をせせら笑っている。

「さっきから、あんたら、本当に馬鹿みたいだぜ! 何で、こんな平らな地面から落ちると思っているんだろうな?」

 玄七郎の頭の中は、混乱と、疑惑と、不審でごちゃ混ぜになっている。

 自分は確かに、坂に攀じ登り、必死にしがみついている。一瞬でも、指先から力が抜ければ、ずるずると後方に引っ張られる力を感じている。隣で歯を食い縛っている、冬吉も同じはずだ。

 なのに、なぜ、辰蔵は平気なんだ?

「どうなってるんだ!」

 玄七郎は、心の底から叫んでいた。

 くいっ、と辰蔵が、玄七郎を見て、小首を傾げた。

「おいらには、この道が、ごく普通にしか思えないけどなあ……。でも、あんたら二人は急な坂だと、思ってるんだな?」

 冬吉は、顔を真っ赤にさせたまま、小刻みに頷いていた。

 辰蔵は、腕を組んだ。

「そうか、それじゃ、おいらには、考えが一つしか浮かばないな」

「お前の考え?」

 玄七郎が思わず答えると、ぴょこぴょこと歩いてきて、立ち止まった。

「おいらは、見ての通り、ただの縫いぐるみさ! 将軍様のお力で、喋れるし、深雪が合言葉を言ってくれれば、竜に変身することだって、できる。でも、本当の正体は、さっきも言った通り、縫いぐるみなんだ。生きているように動けるけど、生きてはいない。判るかな、おいらの言っている意味が?」

「全然、判らんぞ!」

 かっとなって玄七郎が呻くと、辰蔵は「いやいや」と首を振った。

「おいらには〝意識〟ってのが、ないんだ。もっと砕いた言い方なら、〝魂〟ってやつかもしれない」

 呆然となって、玄七郎と冬吉は顔を見合わせた。

「おいらには何ともないけど、あんたらには影響している。おいらには〝魂〟はないけど、あんたらには、ある。どうだい、この意味、判るかい?」

 徐々に、辰蔵の言葉が、玄七郎の胸に沁み込んできた。辰蔵の告白は、玄七郎にある結論を導かせていた。

「俺の、思い込み、と言いたいのか? 俺たちが、ここは普通の街道だ、坂道なんかじゃ断固ありえない! そう思えば、この異常はなくなると言うのか?」

「おいら、妙だと思ってたんだ。あんたは、黒須五十八の罠だと言うが、あいつは、あんたを、東照宮へ誘い込みたがっていたんだろう? なのに、なんで、こんなところで、わざわざ罠を仕掛ける必要がある?」

 辰蔵の指摘は、玄七郎に、さらなる思考を要求させた。

 そうだ、あいつは俺に「東照宮へ来い!」と強く主張していた。

「よく思い出してみな! あんた、この場所に来る前、五十八が何か仕出かすんじゃないかと、疑っていなかったかい?」

 玄七郎は、深く、自分の胸に尋ねてみた。

 自分の中に、今まで存在すら感じられなかったあるものを見つけ、玄七郎は凝然となっていた。

 それは「恐れ」だった!

 玄七郎は静かに目を閉じた。

 この道は、ただの街道だ……。罠などあるはずもない……! 深く沈降した玄七郎の思考は、周囲を我が物としていた。思考の指先が、周囲に蜘蛛の巣(マトリックス)のように広がってゆくのを、玄七郎は自覚していた。

「わ、わ、わ、わ!」

 冬吉が悲鳴を上げる。

「げ、玄七郎殿っ!」

 はっ、と目を開けると、冬吉の身体が、宙に浮かび上がっている。自分の身体も、ふわふわと、浮かび上がっているのを、認めた。

「うひゃあぁっ! す、凄えや!」

 辰蔵が歓声を上げた。

 見ると、辰蔵さえも、空中に漂い始めている。辰蔵は、宙に浮かびながら、玄七郎に声を掛けた。

「あんた、何て凄い力を持っているんだ! 冬吉さんだけじゃなく、おいらまで、巻き込むなんて、普通じゃねえよ!」

 その瞬間、三人は、すとんと地面に落下していた。

 ぜえぜえ、はあはあと、玄七郎の息が弾んでいる。信じられない出来事に、全身がびっしょりと汗で濡れていた。地面にぺたりと座り込み、辰蔵に叫ぶ。

「お、俺は、何をしたんだ? 今のは、俺のやったことなのか?」

「あったりまえさあ! あんたは、自分の〝想う力〟で、世界を捻じ曲げたんだ! 深雪が将軍から受け取った力と同じさ!」

「深雪がっ?」

「そうさ、深雪のお役目は、この世界を正常に戻すこと。そのために、世界の法則を、ほんの少し、捻じ曲げる力を与えられている。でも、あんたは、誰にも与えられていないのに、〝想う力〟だけで、それができた。おっそろしい、力だなあ!」

 俺の力? 重力すら無視する、自分の力!

 江戸仮想現実の異常が、自分に思いも掛けない恐るべき能力を付与している!

 これから先、どのような異変が待ち受けているのだろう……。その異変は、玄七郎自身を、思ってもいない方向へ導いているのだ!

 ふと、冬吉の視線が気になった。

 視線を合わせると、冬吉は慌てて目を逸らした。冬吉の目の奥には、理解不可能なものを見た、恐れがあった。

 当たり前だ! 俺だって、自分が恐ろしい……。

 玄七郎は立ち上がった。

 もう、普通に歩ける。

 すたすたと歩き出す玄七郎に、冬吉が慌てて声を掛ける。

「玄七郎殿、いずこへ?」

「決まってるだろう?」

 玄七郎は仏頂面で答える。

「東照宮に、決まってる!」

 行く手には、例幣使(れいへいし)街道の、杉並木が立ち並んでいる。何の変哲もない景色が、今の玄七郎には、禍々しい意志を感じ取っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ