雲の下にて
ある、燃える海。
どんよりと曇る空の下、俺はキョロキョロと周りを見渡す。先程から周りの炎が身を刺す。鈍く熱さ、痛みを感じるようになってきた。このマントもそろそろ寿命だろうか?いくら大魔術師の魔法といってもやはり限界はあるらしい。早く堕ちた島を見つけなければ……。
青年が再び周囲を見回した時、一面の炎の壁の合間を縫い周囲を突き慄わす何らかの生物の咆哮が聞こえた。
やっとだ、やっと見つけた。
青年の名はリャンクン、18歳。父から全ての技を受け継いだ駆け出しのハンターである。
天空の秘境・雲海。空の樹島を焦がす炎海の炎も届かぬ更に上。黒く垂れ込む雲がその海だった。
幾つかの樹島を丸ごと包み、樹の根と雲の結束力で繋がる雲海。海自体を歩く事ができるためこの世界の海の中では最も渡りやすく安全といえる。
夜、石造りの部屋。卓の向かいに座る父の声がよく響く。この日リャンクンは16歳の誕生日を迎えていた。
「リャンクン、我らの先祖の守護者たちは16歳から一人前と見なされ成人したという。それに習って俺は今日、お前に俺の知る全てを話す」
雲海では王族が魔法使いの、国民が龍の守護者の子孫と昔から伝えられていた。
「お前も学校でこの国の成り立ちは習っただろう?
昔、この雲海に平和に暮らしていた王族の祖先を俺たちの祖先が龍と共に襲撃、侵略しようとした。しかし、魔法使い達の一族であった王の祖先はそれをねじ伏せた。
懐の深い彼らは我らの祖先を温情を持って許し、凶暴な龍達を尽く殺す代わりにこの地での永住を認めた、と」
リャンクンははっきりと頷く。この授業を受け、彼や同級生の多くはこの国の王族に深く感動したものだ。
「俺が若い頃王宮に仕えてたのは知ってるだろう?そこで色々調べたんだがあの歴史は嘘、後世で捏造されたものだった。いくら踏ん反り返ってても王族に反感を持たないように、な。
どうやら事実は逆だったらしい。ここに住んでいたのは俺たち、侵略してきたのがあいつらだ」
ここで父はスッと言葉を切った。リャンクンの反応を見ているのだろうか。じっと彼を見つめている。
リャンクンは吐き出すように言葉を口にした。
「そんな事を、そんな事を俺に教えて父さんはどうしようっていうんだよ。皆に広めるのか?こんな唐突無形な話誰も信じないよ!それにだからどうしたっていうんだ、王族を引きずり降ろすのか。俺たちの方が正しいって」
ハハッ 本当に可笑しそうに父は笑う。
「お前も分かってるだろ?今頃何をやろうと手遅れさ。周りを見てみろよ、荒廃した街でもあるか?極悪な王族に苦しめられる民の虚ろな表情があるか?
そう、上手くやってんだよ今の状態で。今更こんな話したって誰の得にもならん」
じゃあ何で……。リャンクンの言葉を遮り、父は先ほどの話を再開した
「まぁ待て、話は途中だよ。本当に言いたいのはこっからだ。もう少し俺の知った歴史話を聞いてもらうぜ?」
その昔、祖先はある一族の命を受けて龍の守護という使命を負っていた。その一族はなんだって?知らん、調べてもまったく記録にない。まぁ要は俺たちの先祖は平和に暮らしてたんだよ、今みたいに。
それがある日、崩された。記録では1万年前だな、その襲撃こそ後の雲海三代王家の祖先。三賢者有する古代魔法文明・リギヌンクだ。
まぁ簡単に言やリギヌンクってところは魔法で栄えた国でな、風魔法で国がある大陸樹島ごと移動して他国を略奪するんだ。三賢者はその国のトップ、それぞれ最強の魔法使いだったらしい。
無生物を支配下に置き能力・性質などを操作
「催眠魔法」ドブゴネフ
魔法・エネルギーなど実態のないものを増幅
「増大魔法」トレーハンダー
人体を素材にあらゆる物を創造
「錬成呪術」シーヤ
余談になるがこの3人は戦争後、この地でそれぞれ別々の王家となっている。俺たちの地区の王家、レイカール家はドブゴネフの子孫らしいな。
まぁそんな最強の魔法国リギヌンクとの戦争は始まった。
守護者達は龍と共に得意とする炎魔法を使い上空からリギヌンクを襲った。樹島同士での戦争はより高い高度にある方が圧倒的に有利だ。実際、戦局もそのように進みリギヌンク本島は島を浮かせる大樹が燃え沈み魔法使い達の本拠地は失われた。戦士である国民も半数以上が焼け死んだ。
ちなみに、炎海ができたのはこの時らしいぜ。沈んだリギヌンクの大地が海底に穴を開け石油を掘り当てたらしい。延々と海面に浮かび続ける油をあの戦争の残り火が今も休むことなく燃やしているのさ。
で、戦争は守護者達の勝利かと思われた。だがこれで終わらないのが魔法国だな。三賢者は対抗策を密かに準備していた。ドブゴネフが耐火マントを、トレーハンダーが国民全員を浮かせる風魔法を、そしてシーヤが国民の死体を元にドラゴンを創造し反撃は開始された。
結果、守護者達は破れ一族は散り散りとなった。今もこの雲海にその血は受け継がれているんだろうが、正直よく分からん。その後は戦乱が無くなり次第に魔法も国も衰退。今では生活に必要な魔法を使える程度、とても過去の繁栄には及ばないって感じだな。
で、こっから聞いて欲しいんだが俺はこの歴史を調べて妙な事に気付いた。抵抗した一族のその後については割と後の方まで記録されているんだが龍の行方については過去の記録には何も残っていない。それこそ教科書だけなんだよ、龍の存在を完全に否定しているのは。
ここでリャンクンはゴクリと唾を飲み込む。まさか、まさか。
お前も分かったと思うが龍は実在するんだ。おかしいと思ったんだよ、どの記録にも魔法使い達が苦戦したのは炎魔法よりも龍の方だった。歴史改変までする周到な奴らなら龍の行方を書いてないはずがないんだ。記録が無いってことは処理仕切れなかったってことだ。つまり世界最強生物、龍はまだ生きているのさ‼︎
おぉ!リャンクンは興奮に胸踊った。小さい頃から夢見たあの生物はまだ生きてるんだ。
目を輝かせるリャンクンの反応を見て父はウンウンと頷いた。
「そういうわけで俺は龍を探しに旅に出てくる。王宮で色々と便利な道具が手に入ってな……。これで炎海渡航は大丈夫そうだ。お前の分もあるから18になったら追いかけてこいその時までには龍を見つけてる予定だからな」
そう言うと父さんは本当に次の日いなくなっていた。もともと母さんが早くに死んで俺以外守るべき家族がいなかったためというのもあるだろう。どこへ行くにも身軽なのだ。
「2年後か……。龍よりも父さんを探さないといけないかもなぁ」
2年後
父さんが残していった道具とは魔法使い達が古代戦争で使用し、王宮に保管されていたものだった。
「守護者の炎魔法を打ち破るのにドブゴネフが魔法で作った耐火ローブ。
周囲の熱を利用して体を浮かせるトレーハンダーの変換ペンダント……。
確かに炎海を渡るのに必要な道具は揃ってる。これなら父さんの後を追うのは造作ないな、だけどすごいな三賢者。一万年前にかけた魔法がまだ解けてないなんて」
父の残した旧時代の魔法道具を身につけリャンクンはもはや待つ者も居ない暗い我家を出た。
外は夜。だが、月に雲のかからない雲海上では辺りは明るく照らされている。リャンクンは海岸に密かに開けておいた穴(雲海の雲は柔らかく簡単に掘れる)の中に消えた。
魔の海、炎海。
燃え上がる炎は上空の樹でさえも焦がし何人も、浮島でさえも立ち入る事を許されない。
海空の全ての生物を拒絶するこの海の上空は常に雲海で蓋をされている。従って蒸発して登ってきた海水の逃げ場はなく、雲海下では常に分厚い霧の層が炎の熱気に揺れている。
雲の穴から飛び降りたリャンクンは全身を白に包まれながらペンダントの力を借りつつ急激に落下していた。
「この下が炎海か!確かにだんだん視界に赤色が混ざるようになってきたかも!」
耳を支配する轟音の隙間からリャンクンは注意深く周りの音を聞いていた。父の話の通りなら何かの拍子に龍の鳴き声が聞こえるかもしれない……。リャンクンは炎を求めて、龍を探すため、ひたすらにひたすらに堕ちていった。
先に異変を捉えたのはゴーグルで保護された眼の方だった。いままでぼんやりとしていたピンクの光が急に色を濃くし、オレンジや黄も混じるようになってきた。
いよいよ炎海が近づいてきたのだろうか?リャンクンは体を再度ローブで覆った。と、急に視界が開け目の前が赤く染まった。
「霧の層を出た!」
ローブを着ても尚、体感する熱、炙り焦がす火炎、八方から迫る火の粉。リャンクンは堪らず顔を覆った。
しかし、火はリャンクンの体を少しずつ着実に削っていく。全身を覆う熱と魔法道具に吸い取られどんどん減っていく体力。それでもリャンクンは無事に炎海へ降りたった。
ここから彼は父の残した言葉通り墜落したリギヌンクを探す。父曰く、流石の龍も常に飛んでいるわけにはいかないため体を休める時などは何かに掴まるらしい。炎海の中にそういう場所があるとすればリギヌンクの海面に出た部分の他に無いという。
リャンクンは陸地を求めてひたすら歩き続けた。
どのくらい歩いたのだろうか、ボロボロの体にマント、燃え始めた装備たち。疲労によりボヤける視界……。
このマントもそろそろ寿命だろうか?いくら大魔術師の魔法といってもやはり限界はあるらしい。早くリギヌンクを見つけなければ。
キェェーーー
リャンクンが再び周囲を見回した時、前方から咆哮が聞こえてきた。遂に見つけたのだろうか?リャンクンは先を急いだ。
声の先には本当に陸地があった。何百年も焼かれ続けた岩は焦土と化し、酷く脆かった。リャンクンはやっと島へよじ登ると声の主を探した。すると、島の頂上付近、炎海の火もあまり届かないところで黒く大きな塊を見つけた。
時折降る火の粉も弾き、決して燃えることのない体皮。深々と剣が刺ささった、鹿のような角の目立つ頭。それは紛れもなく龍の死骸だった。衝撃がリャンクンを駆け巡る。
ふと、龍に刺さった剣が見覚えのあるものだと気付き、リャンクンは何の気なしにそれを引き抜いた。じっくりとそれを調べる。カラカラに乾いた柄皮、刃こぼれの激しい刀身、それでも尚持主に丁寧に扱われていたことが分かる。リャンクンは確信を持った。
これは、父の持っていった剣だと。自分と同じようにここに辿り着いた父は龍と遭遇、殺し合いになったのだろう。だが、その後はどうしたのだろう。龍に剣を刺した後、父は?
リャンクンの視界の端に布のようなものが映る。目線を移動すると龍の死骸に押しつぶされる形で布が挟まっている。悪い予感がしながらも死骸を退ける。そこにはやはり人の遺体があった。
炎に焼かれることのない龍の体皮が外にあったからだろう、死体の損傷は激しくなく顔もはっきりと確認できた。
リャンクンは父と龍の健闘を讃え、それらにそっと火を焚べた。
一応の目的も果たし、脱出しようとリャンクンが画策していると再びあの咆哮が聞こえてきた。その声の元に走り寄るとそこには大きな卵があった。
これも龍の体皮と同じく燃えずに残っており、龍の種族としての強さがよく分かった。
リャンクンがそっと手を触れると卵は勝手に割れ、中から親を亡くした龍の仔が出てきた。
「お前、俺と一緒に来るかい?」
その夜、雲海の東端では月の光を浴びて飛ぶ龍のような影が見えたという。
―魔法使いの食道楽その7―
『ゲテモノ料理?・トカゲ』
アリス「今回の話では料理の描写が一ッ切ッ!無かったね、でもそれで諦める僕じゃあないよ!」
アリス「今回紹介するのはアフリカ北部やアラブ、ベトナムなどで食べられているトカゲ料理だ、作中で出てくるドラゴンは魔法生物っていう設定だから厳密には爬虫類ではないんだが別にいいだろう、このつまらないコーナーのために犠牲となれ」
アリス「トカゲは砂漠地帯ではとても貴重なタンパク源であり、スリッパなどを使った簡単な罠でとらえられ、食されている、なんか哀れだな」
アリス「トカゲの肉はそのまま焼いたり、穀物と一緒に炊き上げたりして、尻尾はスープに使われるらしい」
アリス「なにぶん作者が食ったこともないのに無理にこのコーナーをやろうとするから紹介された食材だ、作者も蛇やハチノコは食べたことがあるらしいがトカゲは無いらしい、紹介できることが少ない」
アリス「砂漠地帯でなくともベトナムや中国ではトカゲを扱う食品店が普通に存在しているぞ」
アリス「ちなみに蛇はそれなりに食える、食えるが、味が薄く、ぶっちゃけ店で売ってるグラム30円程度の激安鶏肉の方が旨かった、トカゲは知らないが、いつかは食べてみたいな」