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彼女の怒り

 太陽が眠りに落ちて、入れ代わるように月が目をます時、星のまばたきを合図に、満天の紺碧こんぺきは全てを一眸いちぼうする――今夜。

 一斉いっせいに夜空へ浮かび上がる灯火ともしびは、木々(きぎ)が手を延ばすようにしげるこの山道では、その輝きをおおい隠されてしまう。

 そんな闇深き夜道を懐中電灯の頼りない光源のみで進む二人組。

 残念ながら、目的地の橙色の光は、まだ見えない……

 





「異性に夜這よばいを仕掛けるなんて、何ともまぁ、ふしだらでいやらしくて狡賢ずるがしこい女ね――ねぇ坂月さかづき、貴方もそう思わない?」


 只々(ただただ)目的地に向かって、一直線に目指すのもつまらない。

 夜美の従者パシリである坂月さかづき天久あまひさへ退屈(しの)ぎに話し掛けてみる。 

 返答は、


「僕は全然思わないですね。ええ、まったく」


 これだった。


 前を歩く男の顔をのぞき込まなくても、大体は判る。

 どうせ、面倒臭さとわずらわしさがにじみ出ている小憎こにくたらしい顔であろう。

 はっ、少しは御主人様にこびを売りなさいよ。駄目な男ねぇ。

 男子校で養護教諭の仕事をしているが、評判は最悪に決まっている。本当に駄目駄目な男ねぇ。



「見えないからといって、ふくれっつらをするのはどうかと……如何いかにも子どもらしくて、貴女様にはピッタリな表情ですが、そろそろ年齢的に卒業した方が良いのでは?」

「はあ? そんな幼稚ようち不細工ぶさいくひねくれた顔をしてないんだけど、ふざけるのも大概にしたら」


 夜美の顔をチラリとも見ずに、そう断言するなんて生意気なまいきり飛ばしてやろうか。


 静かに坂月の背後へせまる。

 すると、それを察知したのか、


「もうすぐ見晴らしの良い場所に出ますので、其処そこならば、目的の物が見えるんじゃないですか?」


 と言う。

 野生の感? 背中に目が有るようなくらい、坂月に都合の良いタイミングでしゃべったわね。



「もっと早くそれを言いなさいよね。愚図ぐずなんだから」

「は、はぁ~、それはそれは、申し訳ないです」


 笑いを噛み締めながら謝罪するなんて、従者のくせに御主人様をめている。

 うぐぐ、ムカツクけど、蹴るのは後回し。

 





 しばらくして、坂月天久がうような高台のひらけた場所に出る。


 ふーん、これだけ広い場所ならば、星空の美しさも闇に染まる森林も仕掛けたガラクタのお遊戯ゆうぎも、全てを眺められそうね。うふふ、良いわ。とっても良い。



がけになっていて危ないですから、よく見えないからといって、近寄らないようにしてくださいよ」


 奥へ近付こうとすると、坂月に手首をつかまれて注意を受ける。



「そんなの見れば判るのよ、うるさい男ねぇ。グラサン、ち割るわよ」


 とっても良い気分でひたれていたのに、水を差すなんて腹が立つわね。

 イライラして思わず雑草を何度も踏みつける。



「ああ、残念です。夜間なので、グラサンは掛けていないんですよ。僕の魅力的なグラサン姿を楽しみたければ、昼間の明るい時間帯に来てくださいね」


 暗くて顔がよく見えないけど、カメラ目線の決め顔をしているのだろう。うざっ! うざい! うざったい!



「冗談でも、グラサンを投げ捨てたくなるようなことを言わないでくれる……はぁ、到着したんだから、さっさと動きなさいよ。ほらっ、早く」

「はいはい、解りました。それでは始めましょうか」


 坂月はリュックサックを肩から下ろして、リュックからロープと双眼鏡とふだを取り出す。


 ロープを木にギュッと結ぶ。そして、夜美の胴体にも同じように結ぶ。

 うっかりもヘマもドジも踏まないから、命綱いのちづななんて必要ないのにぃ。



「んん? そういえば、何で上下色違いのジャージを着ているんですか?」

「バレた時のための偽造工作よ。夜美は可愛いくて美しいだけじゃなくて、頭もとっても良いからねぇ。色々とさくを思い付くの」

「ププゥー、そうですか、そうなんですか……」


 何よ、馬鹿みたいにき出していて……ふん、感じが悪い男。

  


「あらー、やっこさんたち、やっぱり妨害工作してますね。ではでは、フーーッ」


 坂月は双眼鏡で確認した後、まぶたの閉じた目が描かれている印象的な札に、息を吹き掛けてシールのようにペタリと貼り付ける。


 うふふ、小細工だなんて、手子摺てこずらせてくれるわねぇ――あは、夜美には効果がないから無駄なんだけど。



「えーあー、見えます、見えました。位置は彼処あそこですね」

「!! 夜美に寄越よこしなさいよ、早く」

「……双眼鏡を渡しますから、気無げなく、靴を踏まないでくださいよ。いたっ、もっと淑女しゅくじょらしくしてくだっ、いてて」


 おじさんの戯言たわごとが聞こえるけど、多分、気のせいよね。自然豊かな場所にいると、虫の音や鳥のさえずりのごとく、幻聴が耳に流れてくるから嫌だわ。


 坂月が向けていた方向へ、夜美も同じようにして双眼鏡を覗く。指に当たっている札は、ぎらぎらと開眼している。



「うふふふふ、あはははは、良いわ。最高。今、お姫様は、どんな気持ちぃ?」 


 森林に隠している宇宙船の中で、男性に反応するロボットが暴走しているようだ。あちこちで、オレンジ色と青い炎が船を熱くつつんでいる。


 前回は早めにガラクタを沈黙することが出来たようだけど、今回はどうかしらねぇ。夜美が優しく強固に調整し直してあげたから、とっても・とっても・と~っても手子摺る仕様よ。


 でも、使えもしないポンコツをいつまでもスクラップしない方が悪いから、夜美のせいではないのよねぇ。決断力と判断力がない子って、本当に可哀想だわ。




「夜美は人外が大・大・大嫌いなの。人間ではない生き物の分際ぶんざいで、みなと君にすり寄るから、こんな目に合うのよ。身にみたかしら?――あは、聞こえてないかー」

「おや、しかし、あの機械娘は見逃しているではありませんか? ペロペロッ」

機械もの嫉妬しっとなんてするわけないでしょう。それに、機械は生きていないからねぇ、処分も容易たやすいから好きなの」

左様さようで。ペロペロッ」


 双眼鏡を下ろす。


 もう少し逃げまどう姿を楽しみたいけど、残念、夜美はそこまで暇じゃないの。お姫様も逃げたみたいだし。

 それに、あの程度の攻撃だと、人外に対してダメージが入らないしぃ。

 でもでも、宣戦布告くらいには、なったかしら?


 ところで、坂月から不快な音が聴こえる。

 全く、何をペロペロと口に含んでいるのかしら。お遊びじゃなくってよ。



「夜美の美声がただよっている中、何をクチャクチャやっているの」

「んん、棒付きキャンディーですよ、食べます?」

「い・ら・な・い。もう撤収するんだから、食べるわけないでしょっ! こんな暗い夜道を徒歩で帰るの。少しは頭を働かせなさいよ!!」


 口に食べ物を頬張ほおばりながら歩いて、もしも、つまずいたら危ないじゃないの。

 夜美は危機管理がしっかりとした女だから、そんなリスクはとらないのよ。



「あ~、そうでしたね。でも、口がさびしくて寂しくて――ほら、山ん中だと流石さすが喫煙きつえん出来ないじゃないですか、仕方がないのであめちゃんで誤魔化しているんですよ」

「だからって、何で小学生がめてそうな可愛い飴を選ぶのよ。のど飴やガムとかあるでしょう」


 相変わらず、ふざけた態度の男ねぇ。有能ではないなら、夜美の担当から外すのにぃ、気に入らない。


 ……もうっ、ペロペロしてないで、ロープを外しなさいよ。気がかない男ねぇ。いつまでも帰還出来ないじゃないの、バカ。






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