表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/17

第1話 負けヒーロー!!

 一つ、世の中には言っておきたいことがある。


 恋愛における敗者は、告白して振られた人間だけではない。


 好きだと言えないまま、隣にいる権利を失った人間も、立派な敗者だ。


 むしろ、試合会場に立つことすらできず、観客席から勝者の胴上げを眺めることになった分、こちらのほうが救いようがないかもしれない。


 なぜ俺がそんな陰気な結論に達したのか。


 理由は単純。


 俺こと春日井悠人(かすがい・ゆうと)は、本日をもって、五年間に及ぶ片想いに敗北したからである。


「悠人。放課後、少し時間ある?」


 その日の昼休み。


 幼馴染の水瀬琴葉(みずせ・ことのは)は、俺の机の前に立つと、胸元で両手を重ねながら言った。


 琴葉とは小学校に入る前からの付き合いだ。


 家が近く、親同士も仲が良い。登下校を共にした回数は数え切れず、互いの家で夕飯を食べることも珍しくなかった。


 高校生になってからは一緒にいる時間こそ減ったが、琴葉が困ったときは俺を頼り、俺もまた、それを当たり前のこととして受け入れてきた。


 そんな彼女からの、放課後の呼び出し。


 期待するなというほうが無理だった。


「時間ならあるけど」


「よかった。じゃあ、放課後に裏庭で待ってるね」


 琴葉は安心したように微笑み、自分の席へと戻っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、俺の心臓は情けないほど騒いでいた。


 もしかして。


 いや、そんな都合のいいことがあるはずがない。


 けれど放課後、人気のない場所へわざわざ呼び出す用件など、それほど多くはないだろう。


 俺は授業中、黒板に書かれた数式を眺めながら、琴葉に告白された場合の返事を三通りほど考えた。


 一つ目は、素直に喜ぶ。


 二つ目は、余裕のある男を演じて少し焦らす。


 三つ目は、感極まって泣く。


 当然、三つ目だけは絶対に避けようと固く誓った。


 我ながら、実に幸せな時間だったと思う。


 人間は敗北する直前までなら、どこまでも自由に未来を想像できるのだ。


 放課後。


 校舎裏の小さな花壇の前で待っていると、琴葉が駆け足でやってきた。


「ごめん、待った?」


「いや、今来たところ」


 実際には十五分前からいたが、そんなことを正直に話す必要はない。


 琴葉は一度だけ深呼吸すると、緊張した様子で俺を見上げた。


「悠人に、一番に聞いてほしくて」


「ああ」


 心臓の音が、一際大きくなる。


 琴葉は頬を赤く染めながら、嬉しそうに笑った。


「私、高宮君と付き合うことになったの」


 想像していた言葉とは、主語も述語も違っていた。


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 高宮蓮(たかみや・れん)


 同じクラスの男子で、サッカー部のエース。


 明るく、顔がよく、誰に対しても分け隔てなく接する人気者だ。


 そして、俺の親友でもある。


「昨日、高宮君から告白してくれたんだ」


「……そうなんだ」


「うん。私も、前から少し気になってて」


 琴葉は照れくさそうに髪を耳へとかける。


 俺は、その仕草を知っていた。


 嬉しいことがあったとき、琴葉は決まって右側の髪に触れる。


 幼馴染だからこそ分かってしまう。


 今の彼女が、本当に幸せなのだと。


「悠人なら、一番に応援してくれると思ったの」


 無邪気な信頼だった。


 俺なら祝福してくれる。


 俺なら二人の邪魔をしない。


 俺なら、これまでと変わらない幼馴染でいてくれる。


 琴葉の中にある俺への信頼は、五年間かけて俺自身が築き上げたものだ。


 自分から好きだとは言わず、いつでも相談に乗り、彼女の隣に居続けた。


 居心地のいい幼馴染という立場を失うのが怖くて、何一つ賭けようとしなかった。


 その結果が、これだ。


「おめでとう」


 俺は笑った。


 少なくとも、笑えているつもりだった。


「蓮ならいい奴だし、琴葉にも合ってると思う」


「本当?」


「ああ。お似合いだよ」


「よかったぁ……悠人に反対されたら、どうしようかと思ってた」


「俺は琴葉の保護者じゃないんだから、反対する権利なんてないって」


「でも、悠人は私にとって特別だから」


 胸の奥を、鈍い刃物で丁寧に抉られたような気がした。


 琴葉に悪意はない。


 だからこそ、どうしようもなかった。


 俺は彼女にとって特別だ。


 ただし、恋人にはならない種類の特別だった。


「そういえば、今度三人でどこか行こうよ。高宮君も、悠人とは今まで通り仲良くしたいって言ってたし」


「考えとく」


「うん。絶対だからね」


 琴葉は軽い足取りで去っていった。


 俺は一人、花壇の前に残された。


 告白すらしていないのだから、振られたわけではない。


 琴葉の気持ちを知らなかったのだから、奪われたわけでもない。


 それでも、俺の五年間はたった数分で終わった。


「……負けたな」


 誰もいない場所で口にすると、その言葉だけが妙にはっきりと耳に残った。


 ※ ※ ※


 その日、俺はいつもより一時間早くバイト先へ向かった。


 住宅街の外れにある喫茶店『アネモネ』は、夕方になると客足が落ち着く。


 店長から倉庫の整理を頼まれた俺は、段ボール箱を無心で積み替えた。


 身体を動かしていれば、余計なことを考えずに済む。


 琴葉と蓮が手を繋いで歩く姿や、二人の間で作り笑いを浮かべる自分の姿を想像せずに済む。


 そう思っていたのだが。


「春日井君」


 閉店一時間前。


 聞き覚えのある声に呼ばれ、俺はカウンターから顔を上げた。


 店の入口に立っていたのは、氷室玲奈(ひむろ・れな)だった。


 長い黒髪に、整った目鼻立ち。着崩すことなく制服を身につけた彼女は、生徒会副会長という肩書きに相応しい隙のない美少女だ。


 同じクラスではあるが、まともに話したことはほとんどない。


「氷室? どうしてここに」


「春日井君がこちらで働いていると聞きました」


「わざわざ俺を訪ねてきたのか?」


「はい。あなたに相談したいことがあります」


 氷室は店内を見回し、他に客がいないことを確かめてから、カウンター席へ腰掛けた。


 その手には、白い封筒が握られている。


 丁寧に封をされた、見るからに特別な手紙だった。


「春日井君は、男性から見て信頼できる方です」


「ほとんど話したことないよな?」


「水瀬さんから、よく聞いています。優しくて、口が堅くて、女心には致命的に疎い方だと」


「最後の情報いる?」


「口が堅いことの証明にはなるかと」


 氷室は真剣な表情のまま、白い封筒をカウンターへ置いた。


 封筒の表には、生徒会長である久世恭介(くせ・きょうすけ)の名前が書かれていた。


「明日、久世会長に告白しようと思っています」


 氷室玲奈は、校内でも有名な完璧美少女だ。


 成績は学年首位。容姿端麗で、教師からの信頼も厚い。


 そんな彼女から告白されて、断る男子などいるのだろうか。


「それで、俺に何を相談したいんだ?」


「告白する場所と、言葉です。男性の意見を聞かせてください」


「俺でいいのか?」


「春日井君は、相手の女性を傷つけるような助言はしないでしょうから」


 俺は今日、好きな相手を失ったばかりだ。


 そんな日に、これから恋を実らせようとする少女の相談に乗ることになるとは、皮肉にもほどがある。


 けれど、断ろうとは思わなかった。


 自分が負けたからといって、誰かの恋まで失敗すればいいとは思えない。


「分かった。俺で役に立つなら」


「ありがとうございます」


 氷室は、ほっとしたように微笑んだ。


 それは教室では見たことのない、年相応に柔らかな笑顔だった。


 このときの俺は、当然のように思っていた。


 氷室玲奈の告白は成功するのだと。


 完璧な彼女が、俺と同じ側へ転がり落ちてくることなど、想像すらしていなかった。


 ましてや数日後。


 失恋した彼女が、この店の同じ席で紅茶を飲みながら、


「恋なんて、二度としません」


 そう言い切ることになるなど。


 そのときの俺は、まだ知る由もなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ