第八話 「気合を入れる」話
間違った解釈的な?
昼下がりの、いつもの談話室。
「タクミ」
「ん?」
「最近、心が乱れる。次期当主としての圧力が……ヤバイな」
「覚えなくていい言葉を覚えやがって。……で?」
エドワードは静かにノートを閉じる。
「日本の『禅(ZEN)』というものに興味がある」
(来たな……)
嫌な予感しかしない。
「精神統一の奥義だろう」
拓海は本から顔を上げ、
にやりと笑った。
「ああ、知ってる」
さらっと言う。
「俺の親戚、寺だからな(嘘)」
「本当か!」
食いついた。
まぁ俺の爺さんは趣味で道場やってるから似たようなもんだろ。
「では、禅の境地に達する作法を教えろ」
「いいぜ」
軽く頷く。
「禅の本質は“無”になることだ」
それっぽい。
「だが初心者は、形から入るのが一番だ」
完全にそれっぽい。
拓海は立ち上がり、エドの肩を軽く叩く。
「まず、両手を腰に当てる」
「うむ」
「仁王立ちだ」
「仁王……立ち」
メモを取るな。
「そして、天を仰ぐ」
「天……」
「最後に、大声を出す」
「……大声?」
眉が動く。
「精神統一なのにか?」
「そうだ」
即答。
「体内の邪気をすべて吐き出す儀式だ」
適当を言うな。
「日本の高僧は、みんなやってる」
んなわけない。
エドは真剣に頷いた。
「なるほど……合理的だ」
合理的じゃない。
「で、叫ぶ言葉はこれだ」
一拍。
拓海は指を立てる。
「『うるぁあああ、気合いだぁぁぁ!』」
「ウルァアアア、キアイダァァァ……」
完璧に復唱するな。
「意味は?」
来た。
「“私は今、宇宙と一体化している”って意味の、崇高な真言だ」
「宇宙と……一体化」
エドの目がわずかに見開かれる。
「さすが日本だな」
感心スンナ。
「スケールが違う」
全部違う。
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数日後の全校集会の時間。
校長の長い話が終わり、
講堂にシン…とした静寂が落ちる。
そして、壇上には、
生徒代表としてエドワードが立っていた。
完璧な制服。
完璧な姿勢。
完璧な次期当主。
(……頼むぞ、エドワード)
誰もがそう思う。
一拍。
エドワードはマイクの前に立つ。
そして静かに、両手を腰に当てた。
(……ん?)
ざわつく周囲の生徒。
エドワードはゆっくりと、天を仰ぐ。
(……まさか?)
そして、息を吸う。
大きく。
深く。
「――うるぁあああ!!」
おいやめろ。
「気合いだぁぁぁァァァ!!!!!」
講堂が震えた。
マイクが悲鳴を上げる。
「キィィィン……!」
静寂。
完全な静寂。
フリーズする教師生徒一同。
(……今、何が起きた?)
(ハミルトンが、叫んだ?)
(あれは、挨拶か?)
(呪詛か?)
(新しい英国様式か?)
誰も理解出来ない。出来るわけがない。
エドワードはゆっくりと視線を戻す。
極めて冷静な顔で。
「……今のは」
一拍。
「東洋における、精神統一の儀式だ」
それっぽく言うな。
「心を整えた」
まったくもって整ってない。
「これより、スピーチを開始する」
何事もなかったかのように話し始める。
誰も止められない。
止められる空気ではない。
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最後列の隅。
佐伯拓海は机に突っ伏していた。
ヒクヒクと肩が震えている。
「……ぶっ、くく……」
耐えきれてない。
「……あいつ、マジでやりやがった……!」
涙出てる。
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その日の夕方。
沈みかけた光が、廊下を長く引き延ばしていた。
「タクミ」
「……お、おう。エド」
呼び止められて、拓海は引きつった笑いを浮かべる。
正直、合わせる顔がない。
講堂であれだけやらかしておいて、
本人はいつも通りのすました顔で立っている。
「成功した」
「……何がだよ」
「雑念が消えた」
即答。
「私が構えた瞬間、空気が変わった。あれが『ZEN』の力か」
「……」
(いや、それはただの恐怖と困惑だわ……)
言葉を飲み込む。
エドワードの目は、妙に澄んでいた。
変に納得している顔だ。
「……お前、あれ、本当にやったんだな」
「お前が教えた真言だろう」
当然のように言う。
「『キアイダ』。興味深い響きだ。叫んだ瞬間、自分が宇宙の中心にいるような感覚があった」
「中心っていうか、お前が宇宙そのものだったよ。色んな意味で」
ため息。
深く。
こいつは馬鹿なのか。
それとも大物なのか。
たぶん、”その両方”だ。
「……エド」
「なんだ」
「それ、もう二度とやるなよ」
「なぜだ」
「効果は絶大だったぞ」
「絶大すぎんだよ」
即答。
「俺の心臓がもたねぇ。……あと、校長が死んだ顔してた」
一拍。
エドは少しだけ眉を寄せる。
それから、拓海の顔を見る。
数秒。
「……タクミがそう言うなら」
小さく頷く。
「秘奥義として封印しておこう」
「そうしてくれ。マジで」
並ぶ。
夕焼けが、校舎の影を引き延ばしていた。
風が少し冷たい。
秋の終わりの匂いがする。
「……でも、まあ」
拓海がぽつりと呟く。
「お前のあの顔、一生忘れねぇわ。最高にヤバかった」
一拍。
エドは考える。
そして。
「……ヤバイな」
「はは、それだよ」
即返すな。
思わず吹き出す。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、
空気は静かだった。
遠くで、冬が近づいている。
それでも。
この距離がある限り、
寒さはまだ、少し先の話だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




