↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/759

第十六話 「源氏物語とは、英国紳士に説明すると危険な作品である」という話

ずっと何も起きない日常回だけ書いていたい

午後。

文学の学年合同授業。


教室は静まり返っていた。

教師は一冊の本を閉じ、ゆっくり黒板へ向かう。

白いチョークが音を立てた。


『源氏物語』


「本日は、日本古典文学を扱う」


教師が教室を見回す。


「英訳も存在する、日本を代表する長編文学だ」


一拍。


「読んだことのある者はいるかね」


教室は静かだった。

誰も手を挙げない。


……一人を除いて。


「ハミルトン」


「はい」


エドワードが静かに立ち上がる。


姿勢は完璧。


「読了はしていません」


「ですが」


「概要は把握しています」


教師は頷く。


「では説明してみなさい」


「はい」


エドワードは迷わなかった。


「主人公、ヒカル・ゲンジは」


(そこからか)


拓海は嫌な予感しかしなかった。


「高い身分を持ち」


「年齢や立場を問わず」


「既婚者、年上、同年代、幼少の対象を含め」


「幅広い人間関係を構築し」


教室がざわつく。


エドワードは続ける。


「その関係性は継続的に更新され」


「恋愛を軸として物語が展開します」


教師は黙って聞いている。


「構造的には」


一拍。


「現代の恋愛長編小説に近い作品と理解しています」


静寂。

誰も何も言わない。


教師が眼鏡を外した。


「……ハミルトン」


「はい」


「その知識は」


少しだけ間を置く。


「どこで得た?」


エドワードは即答した。


「サエキ・タクミです」


教室中の視線が、一斉に拓海へ集まる。


「…………」


拓海はゆっくり顔を伏せた。


(終わった)


教師は目を閉じる。


深く息を吐く。


「……そうか」


それ以上は何も言わない。


「着席」


「はい」


授業は、そのまま何事もなかったように続いた。


*********


放課後。

別棟の廊下。


「サエキ」


「……はい?」


教師が静かに呼び止める。


「あとで教員室へ来なさい」


「……はい」


拓海は首を傾げた。


(俺、最近静かだったよな……?)


*********


教員室。


「失礼します」


扉を閉める。

教師は一人、机に向かっていた。


「座りなさい」


「はい」


数秒の沈黙。

教師は静かに切り出した。


「サエキ」


「はい」


「君は」


一拍。


「ハミルトンに何を教えた?」


「……何についてです?」


「源氏物語だ」


「あー……」


全部思い出した。


教師はメモを見ながら読む。


「恋愛ゴタゴタの構造的記録」


「……はい」


「ラノベの元祖」


「……はい」


「主人公がだいたい全部悪い」


拓海は小さく手を挙げた。


「それは言いました」


教師は額を押さえた。


「やはりか」


静かなため息。


「サエキ」


「はい」


「君の説明は」


少し考える。


「……驚くほど本質を突いている」


「ありがとうございます」


「褒めてはいない」


「でしょうね」


教師は苦笑した。


「文学とは」


「もっと情緒を味わうものだ」


「はい」


「君は」


「はい」


「全部三行で済ませようとする」


「……反省します」


「していない顔だな」


「ばれました?」


教師はもう一度ため息をつく。


「今後は」


「もう少し配慮しなさい」


「善処します」


その返事も、


あまり信用されていなかった。


*********


夕方。

石造りの廊下。


「タクミ」


振り返る。


エドワードだった。


「お前さ」


拓海は歩きながら言う。


「なんで全部言った」


「質問された」


「されたな」


「正確に答えた」


「答えたな」


「問題があったか」


「大ありだ」


エドワードは少しだけ考える。


「私は」


「誤った説明はしていない」


「してねぇ」


「簡潔だった」


「簡潔すぎる」


「本質でもあった」


「それも否定できねぇ」


エドワードは腕を組んだ。

本気で悩み始める。


「……難しいな」


「何が」


「事実であっても」


「説明として適切とは限らないのか」


拓海は思わず笑った。


「そういうこと」


「なるほど」


エドワードは小さく頷く。


数歩歩いてから、

ぽつりと言った。


「……次からは」


「ん?」


「もう少し文学的に説明する」


拓海は足を止めた。


「そこじゃねぇ!!」


夕暮れの廊下に笑い声が響く。


エドワードは不思議そうな顔で首を傾げる。


結局何が問題だったのか、

最後まで理解していなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。