第十六話 「大体サエキのせい」な話
ずっと何も起きない日常回だけ書いていたい
午後。文学の授業。
教室は静かだった。
「本日は、日本の古典について扱う」
教師の声が落ちる。
黒板に書かれる。
『源氏物語』
「英訳も存在する。有名な作品だ」
一拍。
「読んだことのある者はいるかね」
沈黙の中で、一人だけ手が上がる。
エドワード。
「……ハミルトン」
「はい」
立ち上がる。
姿勢は完璧だ。
「未読ですが、概要は把握しています」
「では、説明してみなさい」
一拍。
「構造的に、恋愛関係を主軸とした長編作品です」
教師が頷く。
まだ、正常だ。
「主人公ヒカル・ゲンジは」
おいやめろ。
「年上、既婚者、同年代、幼少の対象に至るまで」
いやこれはアウトだ。
教室がざわつく。
「幅広く関係性を構築し」
「継続的に人間関係が更新される点から」
一拍。
「現代の恋愛小説に近い構造を持ちます」
静かになる。
教師は、ゆっくり口を開いた。
「……その知識は、どこから?」
エドワードは迷わない。
「サエキ・タクミです」
(でしょうね)
教師は一瞬だけ目を閉じる。
「……そうか」
「着席」
「はい」
授業は続いた。
放課後。別棟。
「サエキ」
「……はい?」
拓海は顔を上げる。
まったく心当たりがない顔だ。
「後で教員室に来なさい」
「……はい」
(なんだ?俺最近は何もしてないぞ)
教員室。
「失礼します」
扉を開ける。
中は静かだった。
教師が一人、座っている。
「サエキ」
「はい」
一拍。
「君は、ハミルトンに何を教えた?」
「……は?」
心当たりが多すぎる。
「源氏物語についてだ」
(あー……)
思い出す。
(……あいつ、やりやがったな)
「……どこまで言ってました?」
教師は静かに答える。
「“恋愛ゴタゴタの構造的記録”だそうだ」
「……あー」
否定できない。
「さらに、“ラノベの元祖”とも」
「……あー」
完全にそれだ。
沈黙。
「サエキ」
「はい」
「それは、君の言葉か?」
一拍。
「……まあ、そんな感じ?ですかね」
言ってしまった。
教師は額を押さえる。
「……いいか、サエキ」
「はい」
「君の説明は」
少し間。
「……間違ってはいない」
「はい」
「だが、教育的ではない」
「はい(でしょうね!)」
沈黙。
「……今後は、もう少し配慮しなさい」
「善処します」
してない顔だ。
廊下。
「タクミ」
振り返るとエドワードが立っている。
「……お前さ」
拓海は歩み寄る。
「なんで言った」
「正確性を重視した」
即答。
「重視すんな」
一拍。
エドワードは少し考える。
「……問題があったか」
「大ありのありまくりだよ」
沈黙。
「……ヤバイか」
拓海は遠い目をした。
「ヤバイな」
二人はそのまま歩き出す。
夕方の廊下。
エドワードは、少しだけ満足そうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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