第十三話 「感情の解像度」の話
なるべく面白くなるようにしてるけどどこまで伝わっているのか謎い。。。
夕方。寮の共用スペース。
暖炉の火が、小さく音を立てている。
拓海はソファに座ったまま、ぼんやりと火を見ていた。
何も考えていないようで、
何も考えたくない顔だ。
「タクミ」
「んー……」
返事だけはする。
「新しい教材を持ってきた」
「やめろ。その時点で嫌な予感しかしねぇ」
エドワードが一歩近づく。
そして。
本を差し出す。
いや、差し出すというより、押しつける。
「見ろ」
「近い近い」
視界に入る。
やたらとキラキラした表紙。
距離の近い男女。
ピンク、そして赤いハート。
『恋する気持ちは100%伝わる! 超・現代語訳ラブストーリー入門』
沈黙。
「……お前さ」
一拍。
「なんでそれ選んだ」
「表紙に『誰でもわかる』と書いてあった」
即答。
「初心者向けとして合理的だ」
「そこじゃねぇんだよ」
額を押さえる。
「……おい、開くな」
エドワードは無視する。
ページをめくる。
そして、読み上げる。
やたら良い声で。
「――『好きです』」
「おい閉じろ」
「『ずっと一緒にいたい』」
「おいやめろ」
「『君しか見えない』」
「いややめろって!」
顔を上げる。
エドワードの目は真剣だ。
「タクミ」
「なんだ」
「これは、どの場面で使う」
「いや、使うな」
即答。
「一生使うな」
「なぜだ」
「重いんだよ!」
一拍。
「……なるほど」
頷く。
「重量の問題か」
納得すんな。
エドワードはまたページを見る。
「『ドキドキする』」
「それはまあいい」
「心臓がバグってる状態だ」
「バグか」
メモを取るな。
「『キュンとする』」
「おいやめろ」
「『運命かもしれない』」
「だからやめろって!」
本を閉じるて少し考える。
「……タクミ」
「んだよ」
「これは、非論理的だな」
「だろうな」
肩をすくめる。
「恋愛なんてそんなもんだ」
「なぜ日本人は、このような曖昧な表現を好む」
「それが日本語だからだよ。そのくらい察しろ」
適当に返す。
しかし。
エドは本を見たまま、動かない。
「……だが」
小さく言う。
「理解はしやすい」
一拍。
「感情が、直接的に書かれている」
拓海は少しだけ黙る。
エドの横顔に、ほんのわずかな影が落ちる。
「……母の棚にあった本は」
ぽつりと続ける。
「もっと回りくどかった。言葉の裏に意味が重なっていて、私には何も掴めなかった」
暖炉の火が揺れる。
「だから」
短く言う。
「まずは、形から理解する」
「……実に合理的だろう?」
真顔。
拓海は顔を覆う。
「……お前さ」
「方向性は間違ってねぇのに、なんで全部ズレてんだよ」
エドは首を傾げる。
「精度の問題か」
「違げぇよ」
即答。
「情緒の問題だわ」
一拍。
エドは本を開く。
「タクミ」
「なんだ」
「この『好きです』は」
止まる。
「……どの程度の強度だ」
「私の『ヤバイ』より上か?」
「やめろ」
即答。
「二度と言うな」
「聞いている」
「やめろっつってんだろ!」
沈黙。
暖炉の火が、少し大きく爆ぜる。
「……タクミ」
小さく言う。
「日本語は、難しいな」
顔を覆った指の隙間から、拓海は少しだけ笑った。
「だろ?」
パチン…とまた少しだけ暖炉の火が爆ぜた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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