第十一話 「万能の解答」の話
拓海とエドワード、どっちが好きですか?
午後の授業。
教室には、革の匂いと、難解な一節が漂っていた。
「……では、この一節の心理について。サエキ」
指される。
「はい」
拓海は、今まさに寝かけていた顔で顔を上げた。
「えーと……これ、あれっすね」
「『あれ』とは?」
少し考える。
天井を見る。
指を鳴らす。
「なんかこう……意地張ってる感じっすね」
静止。
教室の空気が止まる。
「……サエキ。それは考察ですか、それとも感想ですか」
「いや、その……家とか立場とか、いろいろ背負ってるじゃないっすか」
「はい」
「でも本当は相手のこと好きで。でも言ったら負けかな、みたいな」
「……それで?」
「言わないと終わるし。でも言えないし?」
一拍。
「結論。超、意地張ってる感じっすね」
「サエキ」
「はい」
「語彙力はどこに置いてきましたか。……グラハム」
「はい」
優等生が立ち上がる。
流れるように説明する。
長い、そして正しい。
「……言語化できない葛藤が結実した場面と考えられます」
「よろしい。着席」
空気が戻る。
拓海は頬杖をついたまま、隣に小声で言う。
「な? 結局、意地張ってるだけだろ」
「……まあ、否定はできないけど」
小さな笑い。
放課後。廊下。
「おいサエキ!」
「よく言ったなあの場で!」
囲まれる。
「『意地張ってる感じ』って何だよ!」
「でもさ、なんか分かるんだよな」
グラハムも苦笑する。
「正直、僕も説明しながら思ったよ」
「だろ?」
拓海は肩をすくめる。
「人間なんてそんなもんだって」
「万能だなそれ」
「次のテストもそれでいけよ」
「フランス革命は?」
「貴族が意地張ってたからっすね」
「落ちるわ!」
笑いが広がる。
壁は、もうない。
以前あった距離は、いつの間にか消えていた。
少し離れた場所。
柱の影。
エドワードが見ている。
拓海の周りにできた輪。
自然に中心にいる姿。
(……また、増えたな)
拓海は変わらない。
雑で、適当で、うるさい。
それでも。
その雑さに救われている空気がある。
「タクミ」
一歩。
空気が変わる。
人が割れる。
「お、エド。終わったん?」
「来い」
「あ?今?」
「今だ」
短い。
「……はいはい」
肩をすくめる。
「お前も意地っ張りだよな」
隣に並ぶ。
当然の距離。
後ろに、少しだけ残るざわめき。
人気のない廊下。
静かになる。
「……タクミ」
「ん?」
一拍。
「さっきの」
「何」
「『意地張ってる感じ』というのは」
少し間。
「……私のことか?」
「自覚あんのかよ!」
笑う。
声が響く。
エドは少しだけ視線を逸らす。
「……否定はしないが」
小さく言う。
「…そうだな、状況を端的に表す、優れた真言だ」
「いや、真言じゃねーよ」
「万能か」
「万能だ」
並んで歩く。
夕方。
柔らかい光。
秋の終わりの空気。
足音と笑い声だけが、静かに残っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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