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第九話 「漆黒の聖水(セイント・ソース)」の話

美味しいは正義

昼の食堂。

拓海は、目の前の皿を三度見した。


「……なぁ、エド」


「何だ」


「これ、工程いくつか飛ばしてねぇか?」


エドワードは迷いなくナイフを入れる。


「完成している。白身魚のボイルだ」


「マジかよ。白すぎて皿と同化してんぞ」


フォークで突く。

軽い。

いや、軽すぎる。


口に入れる。


「…………なんだこれ」


「どうした」

「味がねぇ。虚無。『温かくて湿った物体』だわ」


エドは首を傾げる。


「そうか? 海への郷愁を感じるが」


「郷愁じゃなくて塩気くれ」


周囲がざわつく。


(……また一緒だ)


(ハミルトン卿が、あの留学生と……)


拓海は次にインゲンをつつく。


「こっちは?」


「インゲンの煮物だ。形を保っているのが奇跡とされるほど煮込むのが伝統だ」


「……」


一口。


「…………なんだこれ(二回目)」


「お前、それしか言わないな」


「それしか出ねぇんだよ!」


思わず声が出る。


「味付けって概念、置いてきたのか?」


「素材の味だ」


「素材死んでるだろ」


エドは平然と頷く。


「これが英国の伝統だ」


「…………ヤバイな、イギリス」


「万能か」


「万能だ」


(……普通に会話しているな)


(あいつ、怖くないのか。ハミルトン卿は鉄の規律の塊だぞ)



耐えかねた拓海は、

カバンからコソコソと「それ」を取り出した


手のひらサイズの、小さな瓶。

中身は真っ黒な液体。


「おい、タクミ。それは何だ」


「……救世主だよ」


一滴、魚に落とす。

そして、食べる。


「…………っ!」


止まる。


「どうした?」


「……生きた」


拓海は真顔で言う。


「今、俺の舌の上で死んだ魚が跳ねた。蘇生したわ」


エドワードが身を乗り出す。


「……そんなにか」


「食うか?飛ぶぞ?」


一拍。

エドワードは、重々しく頷いた。

そっと口に入れる。


静止。

十秒経過。


「…………なんだ、これ」


「だろ?」


「…………なんだ、これ!!」


「声デカい」


食堂が静まる。


(……今、何が起きた?)


エドはフォークを見つめる。


「舌の上が……カーニバルだ!味覚のビッグバンが起きている」


「表現が古いし大げさだってばよ」


「これが東洋の魔術……『ショウユ』か」


「いや、ただの醤油だよ」


瓶を差し出す。


「貸してやる」


一人、近づく。


「……それ、何なんだ?」


「世界が変わるってよ!」


「……マジか」


もう一人。

また一人。

気づけば、人が集まっていた。


(……何してるんだあいつら)


(黒い液体を回してる……?)


「ほら、次」


「これ、インゲンにも合うぞ」


距離が近い。

身分も、関係ない。

ただ、


「うまいな!」


「ああ、なんだこれ! 魚ってこんなに美味いものだったのか」


「だろ?」


それだけで繋がっている。

エドワードはそれを見ている。

何も言わない。

ただ、拒絶もしない。

その空気の中に、当然のようにいる。


「タクミ」


「またかよ。もう残り少ないぞ」


「この『ショウユ』だが……」


一口。


「……ヤバイな、日本」


「だから雑なんだよお前は」


その日から。


その席には、

少しだけ騒がしい笑い声と、

香ばしい匂いが残るようになった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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