家出娘の旅・きゅ
「ほんとに今から行くの?」
部屋のベッドの上で、パンパンに膨らんだ荷物を軽く、もっと動き易い様に荷造りのやり直しをしていたシンジュに、リナが尋ねた。
その表情は心配の色が伺えた。
「うん。お腹もいっぱいになったしね」
「せめて今晩だけでもゆっくりしていったら? 起きてから小一時間しか経ってないんだから」
リナの心配の声を背中に聞きつつ、よいしょと荷物を担ぎ上げるシンジュ。
「大丈夫だよ。私、丈夫だから」
安心させるようにシンジュが笑顔を作る。
しかし、それでリナが納得するはずもない。
リナはどうやって引き留めようかと考えるが、特に妙案も浮かんで来なかった。
友達と言っても会ってまだ3日。しかも初日以外はシンジュはずっと寝ていたので、実質、会ってまだ1日と経っていない。引き留める材料など出て来るはずもなかった。
「私もいこうか?」
引き留められないならと、リナが自分も同行すると告げた。
告げられたシンジュがキョトンとする。
「あはっ、心配性だねリナは」
言って、シンジュがぐしぐしとリナの頭を撫でた。
そんなシンジュの様子は、リナには年上のお姉さんに見えた。
勿論、シンジュはリナより年上だし、見えて当たり前なのだが、少なくとも洞窟ではしゃいでスキップする人物と、いま自分の前にいる人物が同じだとは、その時のリナには思えなかった。
リナの同行を軽くあしらった後、シンジュは「あっ、そうそう」と何かを思い出したかの様に溢した。
そうして、せっかく担いだ鞄をまた降ろし、「え~っと」と呟きながら、開いた鞄の中を漁った。
少し漁った後、「あった」とシンジュが鞄から何かを引っ張り出した。
シンジュの手には銀色をした名刺サイズの1枚のプレートと、1枚の紙が握られていた。
プレートだけを脇に起き、シンジュは紙をテーブルに広げると、何かを書き始めた。
リナに対して背中向きで行われたそれは、何を書いているのかリナには見えない。
書き終わり、紙を小さく畳んだ後、シンジュは鞄をまた担ぎ直すと、その畳んだ紙と金属製とおぼしきプレートを「はい」とリナに差し出した。
「なに?」
「ランドールへのフリーパス」
「―――はい?」
「行く行かないはリナの好きで良いんだけど、もし行きたくなったら使って。これがあればランドールに入れると思う。お母さんも一緒にね。もしかしたら色々聞かれるかもだから、一応手紙もつけて置くね。門番さんにでも渡して見せてあげて。それで大丈夫だと思うから」
不思議に思いつつも、差し出された2つをリナが受け取る。
「……ありがとう。―――でも良いの? これが無いと、帰る時にシンジュが困るんじゃない?」
「私は多分顔パスでも入れるから。フォルテちゃ―――ランドールの領主さんとはお友達だし」
「……シンジュって実は偉い人なの?」
リナが問うと、シンジュが不思議そうな顔をする。
「私はただのギルド職員だよ?」
そう言って、あはっとシンジュは笑った。
リナはしばらくそんなシンジュの顔を見つめた後、つられるようにあはっと笑った。
そうして、リナと笑い合い、ジルの手作り弁当を引っ提げて、シンジュは村を後にした。
向かうは中央。
王国の中心都市。
☆
そうやって、意気揚々と笑顔でリナと別れたシンジュだったが、日が暮れ、辺りが暗闇に包まれる頃にはすっかり意気消沈していた。
―――別に歩き疲れたわけでも、何処かが痛むというわけでもなかった。
ただ、ランドールの外に出てから初めて1人で迎える夜がなんとなく寂しくて、それで少し不安になって、それで木の幹に体を預けて座り、膝と体の間に膨らんだ鞄を鋏んで、それを抱えて縮こまっていた。
森の中にある申し訳程度に均された街道から、少し木々の茂る森の中へと入った場所。そこがいま、私がいるところ。
―――夜が冷えるわけじゃない。でもなんとなく、持って来た厚手の布を頭からすっぽり被って座っている。
―――暗闇が怖いわけでもない。―――ちょっと嘘。少し強がり。
時折聞こえる獣の遠吠えが、少しだけ不気味に聞こえる。
―――聞いているから怖くなるんだと思って、ちょっと寝ようかな、と思ってみたが、昼間―――どころか3日、もとい2日と半日寝ていたせいかちっとも眠気がやって来ない。
―――起きていると、頭の中で色々と考えてしまう。
悪い事ばかり。きっと暗いせい。
夜の夜更かしは嫌いじゃなかったけれど、今はちょっと嫌いになりそう。
膨らんだ鞄をぬいぐるみの代わりに強く抱く。
何故持って来たのか、中に入っているフライパンの位置が悪く、ゴツゴツしていて抱き心地はすこぶる悪かった。
目が慣れてきたとはいえ、暗闇はやっぱり暗闇でしかなくて、気を紛らわそうと右手で鞄を抱いたまま、伸ばした左手で横に置いていた箒を手に取る。ミキサンと二人で素材を取りに行って、親方さんに作って貰ったお気に入り。
―――帰ろうかなぁ、ランドール。
ふと、そんな事を思う。早くもホームシック。
ここまで、ロンベルさん所有の馬車に揺られて、村からは徒歩。日数にして三日程。
三日かけた道程だけど、多分この箒で飛んで行けば数時間で帰れる。
そう考えると、ランドールから大した距離を離れていない様な気がして来る。まだそんな距離。
―――ミキサン怒ってるかなぁ。
怒ってるだろうなぁ。八つ当たりで死人が出てなきゃ良いけど。
万が一そんな事態になっていたら、それは私の責任だったりするんだろうか?
トテトテさんは何発頬をはたかれているだろう。
はたかれ過ぎて、もし次に会えたら誰か分からない位に顔の形が変わっていたりして?
―――そんなの絶対笑っちゃう。
フォルテちゃんなんかきっとお腹を抱えて笑い転げるに違いない。
ケラケラ笑って、ネタにして、ギルドで暇そうにしてる冒険者さん達に教えて、またみんなで笑う。
そしたら、うるさい!ってアイさんが怒って、それをレンフィールドさんが宥めて、それから―――
――――――
―――
「おい、起きろ」
誰かの声がして、肩を揺すられる感触があった。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい私を起こす声。
座ったまま寝ていたせいで、固くなった首をギギギと錆びたロボットみたいに動かして見れば、目の前には暗闇があった。
暗闇があるのは夜だから。
どれくらい寝ていたかは分からないけど、まだ夜。
そのまま正面の暗闇を見つめてボーッとしていると、「起きろ」と、横から声が降って来た。
まだちょっと痛い首を、声のした方に向ける。
暗闇の中に、まず足が見えて、それを上に辿ってみれば、隣に立っていた人の横顔が視界に入る。
「チェリージャン?」
精霊さん―――チェリージャンが、私のすぐ隣に立っていた。
私が「どうして居るの?」と尋ねてみれば、返って来たのは「やれやれ」といった風の眉を僅かに寄せた顔。
何かと煩わしそうな顔をする精霊さん。
ちょっと愛想の無いチェリージャン。
リナの家でもそうだったけど、半透明の精霊姿ではなく、どこにでもいる様な人間の男の姿をしていた。
どこにでもいそうではあるけど、イケメンだったりする。
低い声がイケメン具合に拍車を掛ける。
会ったばかりだけど、洞窟での会話やリナとのやり取りで、この精霊さんはこういう性格だと薄々分かり始めていた。
なので露骨に面倒くさそうなその顔は気にせずに、「どうしてここに居るの?」と、もう一度尋ねようとした時。
しっ、と片手を上げたチェリージャンに止まられてしまう。
それで尋ねるのをやめる。
しばらく、「待て」のまま、大人しく待っていると、森の先からガチャガチャと音が聞こえて来た。
ガチャガチャは一度も途切れる事なく、どんどんとこちらに近付いて来る。
音の正体を知ろうと、聞こえるガチャガチャに耳を澄まして聞き入って、少ししてから、神眼があったんだと思い出して―――
頭がズキリと痛み、少し吐き気までしてきたので使うのを止めた。
そうこうしている間にガチャガチャは、私のすぐ傍までやって来た。
ガチガチという程では無いけれど、胸当てや具足を身に付け、腰に剣を提げた三人の兵士であった。
兵士達は、松明を上に掲げてこちらへと近付いて来る。
「貴様ら、こんなところで何をしている?」
やや荒い口調で先頭の兵士が詰問する。
私がどう返そうかとちょっと戸惑っていると、チェリージャンがスッと一歩前に出て、私と兵士達の間に割り込んだ。
「旅の者です。妹が少し具合が悪いというので、ここで休んでいました」
さも本当の事の様に告げるチェリージャン。
突然現れた兵士を前に、堂々とそんな事を言ってのけるその様子に、チェリージャンは嘘つきの才能があると思った。
チェリージャンの言葉を聞いた兵士の1人が、掲げていた松明を動かして私の顔を照らした。
暗闇に慣れていたせいか、少し眩しかった。
兵士はジッと私の顔を見た後、嘘つきさんの言葉を信じたのか、松明を引っ込めて、私を照らすのを止めた。眩しくなくなった。
私は妹では無いけれど、具合が悪いのは本当だったりする。
少しの吐き気と、ズキズキと痛む頭。
兵士には、それが演技ではなく本当に具合が悪そうに見えたのだろう。
兵士達は互いに顔を見合せた後、小さく頷き合う。
先頭の兵士が「分かった。邪魔したな」と告げると、兵士達はまたガチャガチャと音を鳴らして小走り気味にその場を去っていった。
離れて行く松明の火を見送り、灯りが完全に闇に溶けた後、ふぅと小さくチェリージャンが息をつく。
それからやっぱり案の定、ちょっと面倒くさそうな顔を私に向けて、「少し移動するぞ」と一言告げた。
チェリージャンは、従うのが当たり前みたいな態度で、私の返事も待たずに森の中へと足を進め始めた。
慌てて立ち上がり、パンパンの鞄を胸に抱いたまま素直に従って、森の中へと入っていくその背中を追う。
歩幅が違うせいか、少し早いチェリージャンを小走りで追い掛ける。
ただでさえ視界の悪い森の中で、オマケでそこに暗闇がプラスされている。そんなにずんずん進まれては見失ってしまう。
「チェリージャン……。待って……」
走るとズキズキと頭が痛む。
声を出すとなお響く。
そんな私を見かねたわけでもないだろうけど、チェリージャンの歩みが少しゆっくりになった。
そうしたらすぐに追い付いた。
追い付いた背中越しにまた同じ質問をぶつける。
「チェリージャン、どうしてこんなところに居るの?」
「あの娘に―――リナに頼まれた」
チェリージャンは振り返らず、けれども今度はちゃんと答えてくれた。
「リナに?」
「心配だから付いてってくれないか、とな」
「それでわざわざ……。ごめんね、余計な手間掛けさせちゃって」
「別に謝る必要はない。お前には、閉じ込められた洞窟から出して貰った借りもあるしな。やり方は無茶苦茶だったが、結果として出られたんだ。礼を言う」
チェリージャンの言葉に―――あぁ、まただ……。と、そんな事を思う。
また覚えてもいない恩の礼を言われている。
貸した覚えもない貸し借りのやり取りをしている。
異世界に来てからそればかり。
正直、覚えていない自身の行動に感謝されても、どうしたら良いか迷ってしまう。
だって、感謝の程度が分からないんだもん。
それがちょっと雑用した程度の「ありがとう」なのか。
それとも、命の恩人ってレベルの「ありがとう」なのか。
覚えてないので分からない。私はそれを素直に受け取れば良いのか。それとも「なんのこれくらい」と笑っていなせば良いのか……。
森の奥へと歩みを進めていたチェリージャンがその足を止める。
木々に囲まれている事に違いは無いけど、少し拓けた場所だった。
「お前には、どうも危機感が足りないな」
そんな事を言いながら、チェリージャンは一体いつの間に集めたのか、抱えていた枯れ枝を地面に積み始めた。
それから積んだそれに、火をつける。
ずっと暗闇の中にいた目が、眩しい火の灯りでビックリして、でもそれは本当に一瞬で、すぐに煌々と灯る焚き火の姿を捉える。
「あんなところで寝ていて、襲われても文句は言えんぞ」
やっぱり面倒くさそうに言うチェリージャン。
でも、私の事を考えてくれているらしいその言葉に、嫌味らしい色は感じ取れなかった。
「ありがとう、チェリージャン」
私が礼を言うと、
「礼はいらん。借りを返しているだけだ」と、ツンデレのテンプレみたいな台詞が返って来る。
ただ、デレてはない。焚き火に照らされるその顔は、いかにも、「お仕事だから仕方なく」みたいな表情をしていた。
「…………何をニヤニヤしている?」
「……いやぁ、ありがたいなぁと思って」
そう応え、「ありがたやぁ、ありがたやぁ」とチェリージャンに向けて拝んでみせた。
まさかツンデレさんに出会えた喜びにニヤニヤしているなどとは言えない。
馬鹿を見る目を向けられて、それに小さく笑って返す。
そうしてチェリージャンは少し呆れた後、
「見張ってやるから、さっさと寝ろ」
そう言ってチェリージャンは焚き火の前にドカッと座った。
火の番をしてくれるらしい。
あと見張りも。
火は暖かいし、森の獣やモンスターを心配する必要が無くなった。
私も適当なところを見繕い、チェリージャンと火を挟むような位置に座る。
それから、少しだけゆらゆらと昇っては消える火を眺めてから、意を決したように正面のチェリージャンへと話しかけた。
「チェリージャン」
「なんだ?」
「頼りになりすぎて好きになっちゃいそう」
言うと、露骨に馬鹿を見る様な目を向けられた。一欠片だって嬉しくなさそうな顔。
別に本気で言ったわけじゃなく、ちょっとしたお礼の代わり。でも、照れのひとつも無く口にしたわけじゃないのに……。
解せぬ。
「精霊相手に馬鹿言ってないで寝ろ。明日は、今日以上に歩く事になるぞ」
言われて、色々詰まってゴツゴツ気味の鞄を枕にして、素直に地べたで横になる。
横になったまま、ぼんやりとパチパチと音を鳴らす焚き火を見つめた。
反対が透けて見える炎の向こう側には、時折小枝を火にくべるチェリージャンの姿がある。
―――何故だろう。
さっきまで寝ていたし、眠る前は全然睡魔がやって来なかったから寝れないと思っていた。
誰かが傍にいると安心出来る。
だからなのかなぁ?
今は眠気がすぐにやって来た。




