新たな当主
「住民達の様子は?」
ランドールの小高い丘の上。
その丘の、太陽を背負って立つ屋敷にて、自室の窓から森を眺めていたランドール家暫定当主フォルテ・ランドールは、背後に控えるハウスキーパーのカナリアにそう尋ねた。
「みな、不安そうにはしていますが、平静を保っていますわぁ」
「そうか」
カナリアには目を向けず、窓の外を眺めながらフォルテが返した。
外を眺めながらフォルテがため息をつく。
どうしたら良いのか、姉ならばどうしただろうか――何ひとつ妙案など浮かばず、そんな事ばかりが頭の中を堂々巡りする。
自身にランドールの当主の座を譲った姉であるシスネも、考え事をする際は良くこうやって外の景色を眺めていた。まるで景色の中に答えでも書いてあり、それを探すように。
フォルテもシスネに倣ってそうしてみたが、当然ながら景色を眺めたところで良い案が見えてくるわけはなく、ただため息の数だけが増えていく。
「今は耐え時ですわ」
背後からカナリアの声が届き、ようやくにしてフォルテはそちらを振り返った。
「ああ。あの魔王でさえ大人しく我慢しているんだ。耐えるよ」
そう言ってフォルテは自虐気味に小さく笑い、また窓の外――次々と減っていく緑を遠い目をして眺めた。
王国からの公用使が来たのは、シンジュが居なくなった次の日の事であった。
その内容は見ての通り。ランドール領地資源の有効活用である。
現在の王国では、資源の枯渇に飢饉にと切迫した状況が続いている。
そんな中では本来めでたいはずの結婚もろくに祝えない。だから、余りあるランドールの豊富な資源を有効活用して、問題を解消、ないし緩和して、みなで結婚を祝おう。とまあそういう建前の開拓事業である。
有効活用といえば聞こえは良いし、人助けといえば最もらしく聞こえるのだが、ランドールからしてみれば人質取った誘拐犯に財産の半分を強奪されるようなものである。到底許容出来ない。
出来ないのだが、許容せざるを得ない。
呑まねば、代わりにランドールが戦渦に呑まれる。
おそらく、中央に赴いたシスネも無事では済まないだろう。
女神の加護を失ったと、中央に露見してからここまで、まるで用意されていたかの様に事態は急速に悪い方へと傾いていた。
正確には、シンジュが居なくなってからである。
しかし、成人にも満たない、ましてただ女神の加護を持っているというだけの理由で、少女に責任を押し付ける程、愚かな事もない。少女を一生ランドールの中に閉じ込めて置くつもりかと。教会がそうした様に、利己の為に少女を飼い殺すのかと。
とはいえ、この現状を打破するにはもはや強運にでも頼らねばどうにもならないところまで来ているのも事実。
進むも破滅、退くも終焉。
ランドールは既に八方塞がりの状況なのである。
唯一残された道は、姉シスネ・ランドールの王国懐柔。
しかし、その肝心の姉とも連絡が取れず、今シスネがどういう状況なのかもフォルテ達には分からなかった。
姉を信じて待つしかない。
耐え時。
唯一の救いは、魔王がいまだランドールから動かず、じっと成り行きを見守ってくれている事だろう。
フォルテは思う。
自身のたった一人の友人シンジュ。今何処で何をしているのか分からない友人。
大切な友人だ。心配なのは当然だが、魔王は――ミキサンは自分以上に彼女が心配で仕方ないだろう。
いつもシンジュの傍をべったり離れないミキサン。
自分が同じ立場だったなら、例えばこれがシンジュではなく自身の姉だったならば、自分はランドールの責務をほっぽり出して探しに行っていたかもしれない。
であるのに、ミキサンはシンジュの行方を追わず、ここに、ランドールにて万が一に備えて居続けている。
ミキサン自身には、ランドールの為だとかそんな気持ちは一欠片だって無いだろう。ランドールが滅びようが知った事かと笑うに違いない。
そんなミキサンがランドールにいるという事実。
――有り難い事だ。
魔王がこちら側にいるという安心感は絶大で、突如として問答無用で始まったランドール森林開拓に対し、大きな不安をもって屋敷のある丘へと詰め掛けた多くの住民達。
そんな住民達を前に魔王は一言。
「わたくしがついておりますわ。安心して普段通りに過ごしなさいな」と自信を湛えた笑みのまま発した。
そのただ一言で、住民達の不安をごっそり削ぎ落とした。
もはや説得力を超えた絶大の安心感。
それにより、ランドールは完全に不安が払拭されたわけではないものの、混乱に陥るとまではいかなかった。
――有り難い事だ。
隣にいたフォルテの耳にだけ届いたその一言の後に続く「さっさと散れ。わらわらと鬱陶しい」という呟きは、聞こえなかった事にした。
動機や経緯はともかくとして、
女神の加護無き今、ランドールには魔王と、そして先日新たにシンジュの下僕?となった上位種のスライムという、この二つが街を守る砦として鎮座していた。
その2つに加えて良いならば、森林の半分を荒らされた為か、数日前より数を増した街のスライム達も戦力の輪に入る。
「王国の資源の枯渇というのはそこまで深刻なのか?」
ランドール森林を見つめていたフォルテが、ふと思った疑問を口にする。
ランドールの外に出た事が無いフォルテには、聞いた話でしか現状というものが分からない。己が眼で見た外の世界を彼女は知るよしもない。
「深刻と言えば深刻ですがぁ、あるところにはあるんです」
ちょっと癖のある笑みを浮かべてカナリアが返す。
「あるところにはあると言うのは?」
カナリアは、「そうですね~」と少し考える色を見せた後、
「例えばぁ、南の領地があったとします」
フォルテがウンと小さく頷く。
「そこは海に面していて、海産物という資源が豊富な地です。腐る程に豊富です。しかし~、逆に山の恵みが極端に少ない地でもあります」
フォルテは静かに耳を傾け続ける。
「同じように、東の領地があるとします。そこは森に囲まれる土地で、山の資源が豊富です。朽ちる程に。しかし~、海に面していない為、海の恵みが極端に少ない地でもあります」
カナリアはそこまで語ると「では~」と大袈裟な仕草で両腕を広げた。
「互いに、海と山、両方の資源を確保するにはどうしたら良いでしょう?」
「……そりゃあ、互いの持ってる物を交換すれば良いんじゃないか?」
当たり前だという風にフォルテは答えた。
カナリアが、んふふとおどけるように笑う。
「それが出来ないのがぁ、今の王国なのです」
「何故出来ないんだ?」
「理由は幾つかありますぅ。街道が狭いとか、距離が離れているとか、割に合わないとか、ただなんとなく相手が気にいらないからとか。―――まぁとにかくぅ、色々あって出来ないのです。余らせて、腐らせて、朽ちさせて、結局資源を無駄にする。それが積もり積もって捻れてこんがらがって、そこに天候とか天災とか事故とか病気とかが溶けて混ざって、結果、不足し始めたのですぅ」
フォルテは少し険しい顔を作って何事かを考えた後、呟くように「ワケわからん連中だな」と溢した。
フォルテのその言葉に、カナリアは口元に手をやって楽しそうに笑った後、
「ただぁ~、ランドール森林の木を根こそぎ持って行く動機にぃ、木材が足らないからという理由はオマケでしかありません~」
「あぁ……。やっぱりそうなのか? 木材くらいならばわざわざランドールから奪って行かなくても良いんじゃないかと思って見ていた」
「流石に資源不足に悩む王国とて、森や林くらい幾らでもありますわぁ」
「ふむ……。どういう理由で木を伐採していく?」
フォルテが問うと、カナリアは急に真面目な顔を作り出し、脅す様な口調で「ランドールを殺す為ですわぁ」と告げた。
告げて、真面目な顔を崩し、また愉快そうに笑って続きを口にする。
「ようするにぃ、戦争するのに邪魔だから全部切っちゃえって事ですわぁ。木材も手に入るしぃ、まあ一石二鳥でしょ~」
フォルテが苦い顔をする。
「……そういう理由か」
「そういう理由ですわぁ。大軍が進むのに木は邪魔ですしぃ、数で劣るランドールに草木を利用したゲリラ戦に持ち込ませないという理由もあると思いますぅ」
「連中は戦争がしたくて仕方がないんだな」
「まあそうですわねぇ」
ニコニコと同意されてもどうも説得力に欠けるとフォルテは思いつつ、しかし、言っている事はきっと正しいのだろうと思案顔をする。
フォルテは少し考えてから、
「やっぱり、ランドールの住民達は今の内に海から避難してもらった方が良いじゃないだろうか? せめて女子供だけでも」
「沖に船の用意はしてありますがぁ、本人達が嫌だと言っている以上はカナリアめにもどうしようもぉ」
そこでまたフォルテは考え込む。
やや置いて、
「私が説得に行っては駄目か?」
その問いに、カナリアは顎に指を突き立てて小さく「ん~」と唸ってから答えた。
「逆効果だと思いますわぁ。『フォルテ様が残るのに!』とかなんとかぁ」
カナリアの答えにフォルテが大きなため息をつく。
フォルテには、シスネのように彼らを口八丁で説得出来る自信がない。逆に丸め込まれる気さえする。
「姉さんのようにはいかないもんだな」
言って、またため息をつくフォルテ。
「フォルテ様はフォルテ様ですわ。シスネ様と同じである必要はありませんわぁ」
「けどなぁ」
「シスネ様を手本にするのは構いませんが……。ひとつ、自覚が無い様なので申し上げて置きますと、フォルテ様は記録保持者ですからぁ」
「記録保持者?」
フォルテが怪訝な表情を浮かべて返す。
「16歳という、ランドール家史上最年少の御当主様ですわぁ。シスネ様でさえ17の時でしたのに」
「いや……、それは姉さんのお下がりでたまたまそうなっただけで、私の力じゃないだろ……」
「運も実力の内ですわぁ。力不足をお嘆きになる暇があるならば、カナリアめはぁ少しでも学ぶ事をオススメします。フォルテ様には学ぶべき事がこれから沢山ございますわぁ」
フォルテは小さく息を吐いた後、傍にあった椅子に深く体を預けた。
「そうだな。カナリアの言う通りかもしれないな」
「ですわぁ。シスネ様でも体験した事のないこの未曾有の窮地を、見事乗り越えてくださいませ。微力ながら、カナリアめも全霊をもってお手伝いさせて頂きます」
カナリアの恭しい態度に、フォルテが鼻を鳴らす。
――そうだ。
私は姉さんの代理当主じゃない。
姉さんから「任せる」と、当主の座を渡された。
無理だと言う私に「あなたなら出来る」と。私の妹なのだからと。
――そうとも。
私だってランドールだ。
私こそがフォルテ・ランドールだ。
いつまでも過保護な姉の用意した、広く、均された道を歩くだけの子供じゃない。
道は自身の力で切り開いていこう。ランドールの人々が歩く道を。いや、住民達だけじゃない。姉さんの歩く道だって私が用意してやる。
不安が無いわけじゃない。
でも、もう怖くはない。
フォルテの心中を形作る様に、真っ赤な髪が弾けて燃え広がる。
昨日より、赤く。
先程までより、ずっと激しく。
そうしてフォルテは、当主となっては初めての――自身の口癖を口にする。
不敵に笑って言う。
「燃えてきたな」
傍でフォルテを見ていたカナリアは、確かに主君――フォルテの発する波が変わったのを感じた。
クサビから解き放たれてゆっくりと、静かに揺れ落ち、神々しいまでに輝く赤い髪の中に、もはや少女は居なかった。
カナリアの眼前にいるのは、当主の決意をそのままに、己の覚悟を乗せて、自らの身で示し、自信と自覚をもって完全に自身を掌握したランドール家当主の姿であった。
目の前から押し寄せる狂おしい程に甘美な幸福に、カナリアの身が震える。
――おめでとうございます。フォルテ様。
――無事に、儀式は完了ですわぁ。




