2時間ドラマスペシャル
小鳥のさえずりを飲み込んで、朝の陽光が照らすランドールに、いつものように鐘が鳴る。
シスネが王国に到着した日から3日が過ぎていた。
「今日のご予定は?」
「んー、今日は昼前からアイさんとお買い物。ついでに新調した箒も取りに行ってくるよ。―――そんくらいかな?」
朝ごパンを食べている時、私にミキサンがそう尋ねてきた。
少し珍しい。
ミキサンが私に予定を聞いてくる事はあまりない。
聞いてくる時は決まって―――
「わたくしは少し用事で街を離れますわ」
予想通り、ミキサンに予定が入っているらしい。珍しい。
「街の外に行くの?」
「ええ。夜までには戻ると思いますが、ハッキリとは」
「まあ遅くなってもミキサンなら心配ないと思うけど……、何しに行くの? 後からでも手伝おうか?」
「それには及びませんわ。ただ、保険をかけておこうかと思いまして」
「保険? 年金?」
「ねんきん?」
「あ、ううん。こっちの話。―――そっかぁ保険か~。大事だよね。保険」
誤魔化すつもりでそんな事を言ってみたけれど、実はあまり保険の有用性が分かっていなかったりする。ミキサンの事なので、幼女のうちから老後に向けての計画設計をしているしっかり者なのかと思った。
保険といって真っ先に思い浮かんだのが年金だった。
あとは健康保険とか自動車保険、それから生命保険とか―――。
「誰か殺すの?」
「……どうしてそんな事を訊きますの?」
私が問うと、途端に険しい顔をしてミキサンが尋ね返してきた。
これは当たらずも遠からずというやつなのではと、朝から背筋が冷たくなる。
保険金殺人。
刑事ドラマにありそうなそれを、いま目の前に座る魔王はするつもりなのかもしれない。
誰かを殺して手に入れた金は嬉しいか? 幸せか?
「ミキサン、誰かを殺して手に入れた金は嬉しいの?」
「は?」
「駄目だよ。人殺しなんて。約束でしょ?」
「え、ええ。心得ておりますわ。肝に銘じて」
私に悪巧みを見抜かれたミキサンが、慌てて取り繕った。
誰しも図星を突かれると焦るものである。
最近は見た目相応に大人しくなって来たと思っていたのに、まさか保険金殺人なんて大それた事を計画していたなんて……。どこの誰か知らないけど、危ないところでしたよ?
「殺すかどうかはさておき、保険を掛けておいて損はないはずですわ。わたくしはともかく、シンジュには必要なものでありましょうし」
「私に?」
私に必要なのは健康保険くらいのものであるが、異世界に来てからは健康そのもの。かと言って、生命保険に入っても―――ッ!!
保険金殺人の狙いは私か!?
なんてことだろう……。どこかの誰かの命の心配をしていたら、まさか自分だったなんて……。
「わ、私、何か怒らせるような事したかな……?」
殺したい程憎まれる様な事をした覚えはないけれど……。保険は殺すついでだろうか? 一石二鳥的な。
「怒らせる、と言うか―――まあ自然の摂理とでも形容すべきでしょうか? 弱肉強食。強者が弱肉を食らうのは世の常でありましょう」
主従関係が気に入らないって事!?
いや、でも私が言い出した事じゃないし、いつの間にかそういう構図が出来上がっていて……。
それに甘んじて、なあなあにしていたのがいけなかったのだろうか……。
だけど、だからって殺さなくても……。
仲良しだと思ってたのに、ミキサンが私の事をそんな風に見ていたなんて……。
「で、でもねミキサン。これから仲良くなれるかもしれないよ? 私はね、良い事も嫌な事も、ちゃん話せば、ちょっとずつでも溝が埋まって、距離が縮まって、必ず分かりあえると思うんだ」
「だと良いのですが。……おそらくそういう次元の話はとうに過ぎてしまったのでしょう」
修復不可能宣言!
も~だめだ~。
おしまいだ~。
私は頭を抱えてテーブルに肘をついた。
少しの間そうしてから、おもむろに席を立つ。
「ごちそうさま」
「もうよろしいの?」
朝ごパンの半分程を皿に残したまま席を立った私に、ミキサンが聞いた。
「……うん。ちょっとね。色々と準備を……」
「そう。精々楽しんでらっしゃいな」
―――余生を?
じと目を向けると、ミキサンはなに食わぬ顔をして微笑んだ。
恐ろしい。忘れていたが、魔王とはかくも恐ろしいものだったのか……。
だが、私はいくら命を狙われる身とはいえ、こんな可愛いミキサンと戦う事なんて出来ない。
だからといってタダで命をくれてやる気もない。
逃げよう。
☆
朝食を食べ終えた後、ミキサンはランドールの街の玄関口である東側の大門前へとやって来た。
門番達を視線だけで凍りつかせた後、小さな子供が散歩にでも行くかの様な軽い態度でミキサンは森の中へと踏み入る。
「さて、来たのはいいものの、どこから探せば良いのやら」
ミキサンがわざわざ森の中へとやって来たのは、シスネが中央へと出発する前夜に厳命された命令を実行する為である。
―――我が君は仰せになった。わたくしにランドールとシンジュを任せる、と。
それだけでなく、矮小なわたくしに万が一に備えて万全を期す様にと御知恵まで賜りくださった。
万が一の保険。
シスネ・ランドールは故郷ランドールを戦渦に巻き込むまいと中央へと赴いた。
しかし、それで確実にランドールの危機が回避された訳ではない。
正直、シスネ・ランドールの王国懐柔は難航するだろう。
あれの策が失敗した時、王国はその強大な戦力をもってランドールへと進行を掛ける事は必至。
そうなった場合、戦わざるを得ない。
魔王たるわたくし一人でもやれなくはないが、シンジュ一人ならばいざ知らず、ランドール全てを守るのは難しい。
1人で守れないならば、必要になって来るのはこちら側に立って共に戦う戦力である。
だが、戦力ならば何でも良いという訳ではない。
王国の波を押し返せるだけの戦力でなくば、守る対象が増えるだけである。
そこで我が君より承ったのは、スライムの戦力化である。
単独でこそ最弱と名高いスライムだが、数の暴力は時として質を凌駕する。ランドールを襲撃したモンスターから街を守った実績もある。
ただし、スライムと言ってもそこらの雑多な雑魚だけではあまり意味がない。あれは精々使い捨ての盾にしかならない。
攻勢をかける意味でも、求めるは特殊個体。
我が君曰く、
自分が支配下においた者は、わたくしの他にもう1人いるらしい。
それこそが一体のスライム。
わたくしの知らぬ間に我が君にすり寄り配下となった事は気に食わないが、まあ、そんな事を今は気にしている場合ではない。
わたくしは我が君に任せられたのだ。
ならば、為すべき事の為に、為すべき事を遂行するのみ。
「と、決意だけでどうこう出来る広さではありませんわね」
魔力感知を目一杯拡げているとはいえ、精々森のほんの一角。しらみ潰しに探すのは骨が折れる。
「だいたい、我が君の配下ならば我が君の為に出て来てしかるべき。何を考えているか知りませんが、我が君の役に立つどころか手間を取らせるとは。これはお仕置きの必要がありますわね」
クックックッと邪悪な笑みを浮かべたまま、ミキサンは森の中をひたすら突き進んでいく。
抑えてはいるものの、魔王の秘めた魔力を敏感に感じ取っているのか、周囲にはモンスターはおろか小動物一匹すら見当たらなかった。
「不毛ですわ」
時折、ぶつぶつと愚痴を溢しては、まだ見ぬお仕置きタイムに想いを馳せて、ミキサンは森の中をさ迷い続けた。
☆
「おはよう」
昼前。
時間通りに待ち合わせ場所へとやって来たシンジュに向けて、笑顔のアイが気軽な挨拶を行った。
「おはようございます」
陽気な日射しやアイの表情とは対照的に、返したシンジュの言葉は重苦しく、表情も曇っていた。
「どうしたの? 元気ないわね。それに、その大量の荷物は何?」
怪訝な顔を作ったアイが尋ねる。
アイの視線はシンジュの顔を通り越し、背負う大きな鞄に注がれていた。
唐突に曇っていた表情を一変させて、シンジュがアイの顔をキッと睨んだ。
アイがその迫力に思わずおののく。
そんなアイを睨んだまま、シンジュは手に持っていた一枚の紙をアイへと差し出した。
アイが受け取り、紙に視線を落とす。
「……退職届?」
書かれていた文字を口にしてアイが小首を傾げる。意味が分からない、と。
「今までお世話になりました。ありがとうございます。どうか探さないでください。では!」
それだけ告げると、あまりに急な退職届の提出にポカンと呆けていたアイを置き去りにして、シンジュは早足で何処かに駆けていってしまった。
「なんなの……」
状況整理が全く追い付かず、アイはただそうポツリと溢す。
困惑するアイは、遠ざかる大きな鞄を見つめてその場に立ち尽くす他なかった。
☆
シンジュが退職届を提出しアイを困惑させていた丁度その頃。
ミキサンは森の中で見つけた四人組の冒険者パーティーとの接触を試みていた。
シンジュについてギルドに入り浸っているミキサンには馴染みのある面子。ただ、顔は知っているが名前までは知らなかった。覚える必要性を感じない事柄にはとことん興味を示さないのがミキサンである。
「精が出ます事ね。今日はギルドは休みだというのに」
「おお、ミキ嬢じゃないか」
「珍しいな、森の中で会うなんて」
「少し野暮用ですの。その事でちょっとあなた方にも協力して頂こうかと」
「構わないが……」
リーダーの男が横目で仲間を見やると、他の三人が小さく頷いた。満場一致。
この暴君には逆らうだけ無駄だと、冒険者達は理解している。断ったら後が怖いという事も……。
「感謝しますわ」
「それで、俺達は何をすれば良いんだ? 頼むから、俺達にも出来る範囲の事で頼むぜ」
笑いを混ぜつつリーダーの男が肩をすくめた。
「そう難しい事ではありませんわ。スライムを一体、探し出して頂きたいのですわ」
「スライム?」
「スライムなら街にもいっぱいいるじゃないか?」
「言葉足らずでしたわ。スライムといっても特殊な個体のスライムですことよ。あいにくと見た事がないのですが、普通のスライムと変わらないと言って―――いえ、変わらないと思いますわ」
「ほー」
「まあ、鑑定持ちがいるから識別については大丈夫だ」
「識別出来るのはいいが、そいつは強いのか? ランク次第では俺達に捕まえるのは難しいかもしれないぞ?」
その言葉にミキサンは少しだけ逡巡する。
「……まあ、強いかもしれませんが、害を及ぼす様な事はしないと思いますわ。別に無理に捕まえようとせず、見つけたらわたくしに連絡をくださいな」
「連絡手段は?」
「ノロシでも上げてくだされば結構。魔法が使えるならノロシになる様な合図を。それで分かりますわ」
「りょーかい」
了承したリーダーの男はクルリと後ろの三人へと振り返った。
「じゃあまあ、そういうわけだ。今日はミキ嬢の為に一肌脱ぐとしよう」
「おー!」
冒険者達が片手を上げて気合いを入れる。
その様子を見ていたミキサン―――悪魔の王は、ややゴスロリチックな黒いスカートの端をつまみ上げ、小さく膝を曲げて「協力感謝しますわ」と微笑んだ。




