甘やかせた者と甘やかされた者
スライムの嫉妬の業火がやや落ち着き始めた頃になって、ようやくギルドの長レンフィールドが私室がある二階から降りて来た。
「なんだアイ、大声で。恥かいたぞ」
「もう! レンフィールドさん、遅いですよ!」
小さく膨れたアイがレンフィールドに返す。
「通信中だったんだ。―――って、シスネ様じゃないですか」
とても意外そうに言ったレンフィールドに、シスネが小さく会釈で返した。
「こうして顔を合わせて話すのは久しぶりですね」
「そうですね。何より、場所がギルドとなると初めてですか―――それでわざわざあなたがここに来たのはどんな用件でしょう?」
「……散歩です」
やはりこの呪縛は逃れられないらしい―――分かってはいたが、自分が特に用もなく街をうろつくのはやはり稀有な目で見られてしまうようだと、レンフィールドに言葉を返しながら、シスネは心の中で嘆息した。
「……そうですか―――私はまた、直接抗議に来たのかと」
レンフィールドが苦い顔をして笑う。
「あなたが悪い訳ではありません。あなたは―――いえ、彼女も含めて、あなた方は良くやってくれています」
「まさか誉められるとは思ってませんでしたが……。それなら、いい加減私の要望も受け入れて欲しいものです」
シスネはチラリとアイを見た後、
「ランドールギルドはギルドとしての形だけあれば良いのです。あなたはともかく、彼女の負担になる様な事は避けておきたいと考えます」
「今の方が不満なんだ。私もアイも」
会話の中に自分が出て来る事にアイが首を傾げる。
「レンフィールドさん、どういう事ですか? 私が不満って」
レンフィールドは小さくため息をついた後、アイに顔を向ける。
「お前は、ランドールギルドの冒険者がもっと自由に活動出来る方が嬉しいだろう?」
「え? ―――ええ、それはまあ……」
「けど、ギルドが活発になると、アイと―――それからシンジュの負担が増える。ただでさえ少ない人数な上に、成り手もいない。姫君はそこが心配なのだそうだ」
レンフィールドの説明を受けても、アイはまだ少し納得しかねた様子であった。
そんなアイに、シスネが「アイ」と名を呼んで、自分の方へとアイの顔を向けさせた。
「私はあなたに職員を辞められては困るのです」
「わ、私は職員を辞めるつもりは……」
「今はそうでも、負担を強いればそう考えるかもしれない。とても困るのです、あなたに辞められるのは……。そうなってはギルドとしての体が保てない。今はシンジュも居ますが、彼女は冒険者になりたいそうですから」
唐突にシスネから名指しされたシンジュが「いやぁ、あっはっはっ」と、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「あっ、もしかして冒険者の検問免除の話ですか?」
思い当たったらしいアイが、そう口にした。
「そうだ」と、レンフィールド。
「それならば私からもお願いします。私もランドールの生まれ。検閲が大切なのは十二分に理解していますが、今のままでは冒険者本来の自由な活動の足枷になっています」
「ですが、先程言ったようにそれはあなたの大きな負担となる。今現在、この街には43名もの方が冒険者を生業としています。それだけではなく、厳しい冒険者事情で冒険者になる事に足踏みしていた潜在的冒険者志願の者も、緩和により冒険者になる可能性がある。それらの活動をあなたがほぼ1人で対応しなければいけなくなります」
「そんなの全然構いません!」
真剣な表情でシスネを見るアイに、シスネは小さく息をついて、それからやや間を空けて尋ねた。
「フォルテ、あなたはどう思いますか?」
「え?」
突然、姉に話を振られ、フォルテが驚いた顔をみせた。
フォルテが驚いたのも無理はない。
シスネは物事を自分で何でも決めてしまう。当主ゆえそれは当然である。
勿論、シスネとてカナリアなどの一部の使用人に意見を求める事はあるが、フォルテに意見を求めた事など一度もなかった。
そんなシスネがフォルテに意見を求めたのだ。フォルテとしては驚きだろう。
「えっ……と、あの、検問を無くすという話ですよね? 冒険者の」
しどろもどろになりながらもフォルテが状況を整理しようと努める。
「そうです」
「……私は、姉さんのやり方も、ギルドの事もあまり分かっていないので……その」
どうにかこうにかそれだけを絞り出したフォルテ。
ようするに『分からない』と言いたいようだが、『分からない』と馬鹿正直に言っていいわけがない。
やや遠回り気味に『分からない』を告げたフォルテだが、シスネはその答えに満足はしなかった。
分からないでは話にならない。
「……質問の仕方を変えましょう。フォルテ、あなたは今のランドールギルドの冒険者をどう思いますか?」
「え、えっと」と溢したフォルテがチラリと冒険者達を見る。
「もう少し、真面目に働け……と思います」
恐る恐るながらも、正直にフォルテは日頃冒険者に抱いている感想を述べた。
コクりとシスネが小さく頷く。
「元々の気質もあるでしょうが、冒険者達がやる気にならない理由として、ランドールの厳しい検問検閲のせいもあります。自由に行き来出来ない出入口は、それだけで人のやる気を削ぎます。その点についてはどう思いますか?」
「えっと……」
険しい表情を作ってフォルテが考え込む。
「難しく考える必要はありません。思ったままの意見を言ってみてください」
フォルテは少しだけ迷った後、
「私は、冒険者への厳しい検問は無くしてしまった方が良いと思います。―――私も同じです。私が出掛け様とすると、今でも―――姿は見せませんが、カラス達が付いて回って……、その……、少し窮屈です。私の場合はただ遊びに出るだけですが、それが仕事となるとやはり億劫な気がします」
少し気を遣う様に、されど堂々と自身の考えを告げるフォルテに、冒険者の一部から「良く言った」と小さな声が飛んだ。
シスネは変わらず無表情だった。
しかし、今の空気も相まって、無表情のシスネがフォルテには微妙にとがめているような目で見ている様に見えた。
そんな気まずい空気の中、シスネが更に尋ねる。
「仮に冒険者の検問、検閲を無くす、或いは軽くしたとしましょう。そうすると、先程も言った通り、職員の―――彼女の負担が大きくなります」
横目でアイを見て、シスネが言った。
「勿論、冒険者の全員がいきなり働き者になる訳ではないでしょうが、彼女の仕事も間違いなく増えます。1人では回せ無くなります」
「アイちゃんは優秀だからそれくらい……」
「優秀かどうかと負担は分けてください。人間、誰であろうと働けば疲れるのです。まして彼女には仕事を代わってくれる者はいません。十分に休めない、というのは本人でさえも気付かぬ内に、体も、心も壊します。自分1人で行う仕事ならば自分で仕事の配分を決める事も出来ますが、ギルド職員というのは冒険者という相手ありきの仕事です。まして彼女は一人。細かな仕事の時間配分管理までは難しいのが実状です」
シスネの言葉にフォルテが完全に俯いてしまう。
「シスネ様、お言葉ですが―――」
みかねたアイが、極端な話を例に出したシスネに反論しようとして、口元にソッと指を当てたシスネに止められてしまう。
俯くフォルテには見えていない。
しばらくの間、シスネはフォルテからの言葉を待った。
しかし、フォルテは俯いたまま口を開こうとはしなかった。
シスネは小さく息を吐いた後、諭すとも慰めるとも取れる口調でフォルテに言葉を掛けた。
「少し意地悪が過ぎました。今のは極端な例にすぎません。必ずそうなると決まっている訳ではないのです」
「でも……」と、フォルテが顔を上げる。
「でも、必ずではなくても、そうなる可能性はあるんですよね?」
「……悪い方に歯車が噛み合えば―――あるかもしれませんね」
フォルテはグッと下唇を噛んだ後、何か決意する様な顔をして口を開いた。
「それなら、ランドール家で支援すれば良い。……必要なのでしょう? このギルドは」
「必要には違いありませんが、形だけあれば良いのです。それ以上は求めません」
「前は―――おばあ様の時はそうしていました。ギルド職員とランドール家の使用人の両立。ランドール家の使用人ならばギルド職員との両立も出来ない事はないはずです」
「そうですね。確かに前はそうしていました」
「だったら、姉さんもおばあ様の時の様にすれば良い。そうだ。そうすれば解決です!」
名案とばかりに笑顔を見せるフォルテ。
そんなフォルテを見て、小さく、しかし長いため息をシスネは吐いた。
そののち、シスネはフォルテに向けて言った。
「おばあ様はもう居ません。それに―――」
そこで一旦シスネは言葉を止めて、冷えた目をフォルテに向けた。
無表情とは違う、敵にでも突き付ける様な冷たい目だった。
「今は私がランドールです」
冷たい目をしたまま、シスネがそう言いきった。
途端にフォルテから笑顔が消える。体が強張る。
「フォルテ、あなたが自分の駒を使うならば私は止めません。あなたの駒です。あなたの好きにすればいい。……ですが、今いる使用人は全て私の駒です。私は自身の駒を王国の駒として働かせるつもりはありません。そんな事をしている暇があるなら、ランドールの為にやれる事はいくらでもあるからです。彼女達はランドール家当主である私の手であり足です。分かりますね? ―――フォルテ、あなたが動かせる駒などランドールには無いのです」
シスネの言葉を受け、フォルテが堅く拳を握り、下唇を強く噛み、必死に涙を堪えていた。
悔しいのか情けないのか。フォルテは、シスネにばかり頼って、姉の威光を笠に着て、それでランドール家だと言い張っていた自分が恥ずかしくなった。
自分は姉が居なければ何も出来ないのだと。ランドール家という衣をまとわなければ何も出来ないのだと。
甘やかせたのはシスネやカナリアだが、それに甘んじたのはフォルテ自身である。自業自得。
今更ながら、フォルテは自分の無力さをまざまざと見せつけられた思いであった。
「構いませんよ? 愛しいフォルテ、私の可愛い妹。あなたが望むなら、私があなたに力を貸しましょう。あなたが私を必要だと言うのなら、私は喜んであなたに駒を貸してあげましょう。あなたは何も持っていないのだから」
トドメとばかりにシスネから吐き出された言葉に、フォルテの顔がひどく歪む。
「待ってください!」
怒った顔をしたシンジュが叫んだ。
「……なんです?」
「いくらシスネ様でも―――フォルテちゃんのお姉さんでも言い過ぎです!」
「事実を言っただけです」
「違います!」
「何が違うのです?」
「全部です! 全部! フォルテちゃんに部下はいないかもしれないけど、フォルテちゃんには私がいます! 私以外にも、フォルテちゃんには困った時に力を貸してくれる人がいっぱいいます! フォルテちゃんが何も持ってないなんて事ありません! フォルテちゃんが頼めばギルド職員の一人や二人、すぐに見つかりますとも!」
捲し立てる様にシンジュが叫ぶ。
「シンジュ」
泣きそうな顔をして、―――けれど何処か嬉しそうにフォルテがシンジュを見る。
そんな二人にシスネがまた、ため息をついた。
「冒険者になりたいあなたがそれを言いますか……」
「使用人しながら職員出来たんです。私だって冒険者しながらギルド職員くらい出来ますよ!」
「良く言ったシンジュ!」
「俺達も手伝うぞ!」
「フォルテちゃんやアイちゃんの手伝いくらい、俺達にだって出来るぞ!」
シンジュの雄叫びに感化されたのか、同調した冒険者達から次々と矢継ぎ早にフォルテの援軍が加わり始める。
「あなた方がそんなに器用には見えませんね。現に、冒険者としてもろくに活動していないではありませんか」
「出、来、ま、す!」
腹立たしいのかシンジュが地団駄を踏んで反論する。
「俺達だって出来る!」
「そうだ! 検閲のせいで自由に活動出来ないだけだ!」
冒険者が続く。
「口ではなんとでも言えます」
「出来ますったら出来ます!」
「無理です」
出来る出来ないの不毛な押し問答。
それを何度か繰り返した後、焦れたシンジュが高らかに宣言した。
「そこまで言うなら証明してみせましょう! ええ、証明しますとも! 私はまだ冒険者にはなれないけど、冒険者になった後もギルド職員として二足のわらじを履いてやろうじゃありませんか!」
「俺もだ!」
「俺も、いや俺達も冒険者とギルドの手伝い、両立してやる! なあみんな!?」
「おうとも!」
「冒険者なめんなよ!」
シンジュの宣言。それに続けとばかりに次々と上がる声を前にしてシスネは―――
「そうですか。ありがとうございます。頼りにしていますね」
涼しい顔をして事も無げに言った。
そんなシスネの変わり様に、ムキになって怒っていたはずのシンジュの顔が、途端にきょとんとした顔つきに変化した。冒険者達もみな同じ顔だった。
何が起こったのか理解が追い付かず固まるシンジュ、以下冒険者一同。
そんなシンジュと冒険者を一瞥した後、シスネはレンフィールドへと向き直り、「聞きましたねレンフィールド」となに食わぬ顔で口にした。
「この耳でしっかり聞きました。では、検問の件。宜しく頼みます」
そう言い、レンフィールドが頭を下げた。
シスネが静かに頷く。
「は―――」
「謀られたぁぁぁあ!!!」
ギルドからシンジュを含めた冒険者達の大絶叫が木霊した。




