仲良し孤児院
周囲の視線を集めながら、ランドールの街を歩き回る四人と一匹。
商店の立ち並ぶ通りに武具屋、魔法屋、飲食店、などなど軽い挨拶程度ではあるが、一行は様々な場所を訪れた。
シスネを見た人々の反応は似たり寄ったりであった。
シスネの姿にまず驚き、次に緊張しながらも挨拶を交わし、シスネから紡がれるひとつふたつの問い掛けに丁寧に答えてゆく。
この、フォルテの提案から始まった『散歩』であるが、当然ながら裏がある。
裏といっても悪意を含んでいる訳では勿論なくて、フォルテとシンジュが庭先にてこそこそ話し合った作戦に基づく散歩である。
内容は至極単純。
妹である自分や使用人達からの、中央行き反対、の言葉に耳を貸さないシスネに対して、ならばと二人は街の住民達の力を借りる事にしたのだ。
ランドールの住民達は、まだシスネの中央行きを知らない。
知らないが、シスネが街を『散歩する』というこの異常事態を目の当たりにし『何かがある』と察する事は出来る。
シスネはランドール家の敷地内をほとんど出ない――というのがランドールの常識である。
そんなシスネが特に目的もなく『散歩』する事は住民達にしてみれば異常事態以外のなんでもない。
何か大事な用事で、屋敷のある丘から街へ降りて来ることはあるが、それとて、目的の場所に行き、用が済んだら帰る、という酷く事務的なもの。
誰よりもランドールを愛するこの姫君は、実は誰よりもランドールの街を知らないのだ。
知らない、と言い切ると少し語弊もある。
彼女はランドールを動かすという職務の為に、街のありとあらゆる事を熟知している。
ただ、それはあくまで紙の上、インクで表現された物での話。
実際に目で、耳で、肌で感じるランドールというものを彼女は知らない。
シスネは、自分は裏方で良いと考えている。
ランドールがランドールとして在り続ける為に裏で支える者。
確かにシスネはランドールの代表である。
だが、自分には冠としてランドールの頭上で輝けるだけの光が無い、というのがシスネが自身に下した自己評価。
相手に対して愛想も無ければ、振り撒くだけの愛嬌もない。何かを為して大袈裟に喜んだり、かといって辛い時に嘆き悲しむ事もない。
ただ事務的に、淡々と物事をこなす。
人に自慢出来そうな事といえば忍耐力くらいのもので、長時間を歩き慣れないその脚は、フォルテに連れ回された散歩で既に悲鳴をあげていたが、それを尾首にも出さない。
白鳥の名を持つ彼女は、水中でどれだけ必死に足を動かそうと、表には決してそれを見せたりしない。
ただそこに凛として在り続ける。
在り続けるだけ。
翼を広げて自分をより美しく見せようとも、澄んだ声で鳴き自分の存在をアピールする事もない。
やるやらないではなく、そんな余力が無い、というのが本音であった。
そういう生き方しか出来ないのがシスネ・ランドールという人物である。
そんなシスネの自己評価とは違い、ランドール住民によるシスネの評価は非常に高い。
シスネが当主の座に収まったのはここ二年の話ではあるのだが、この二年は勿論のこと、彼女は幼少時から常にランドールの為に何かしていた。
シスネが生まれる前と後では、明らかに街の質が向上している。
その事を誇るでもなく、まして傲るでもない現当主は、たとえ姿を表に出さない裏方に徹していても、その努力と功績をもって着実に目に見える、或いは感じる物としてランドールに軌跡を刻み続けている。自慢の名主と言って良いだろう。
そうやって、本人が考える以上に遥かに住民達から愛され、信頼されるシスネの異常を、住民達が気付かないはずがなかった。
シスネを含む一行が去った後、街の大人達はこぞって真剣な表情を作り何事かと話し合う。
どれも推測の域は出ないものの、大事である事は誰もが薄々勘づいていた。
そんな大人達を見て子供らも得体の知れない不安にかられる。
それは瞬く間に人から人へ。シスネの散歩に遭遇しなかった者達の耳にも届き、ランドールの街全体へと広がった。
フォルテ達の思惑通りに。
正体不明の不安を抱く者達に、あとは小悪魔のようにソッと答えを囁くだけでいい。
だから、カナリアは囁いた。
シスネ達とは別行動を取っていたカナリアは、シスネが街を散歩している話を聞きつけると、打ち合わせをした訳でもないが、その意図をすぐに理解し、そして静かにフォルテとシンジュの策に乗っかった。
そうして、出来るだけ多くの住民が『シスネの散歩』を目にする様に「どこそこに行けばシスネ様に会える」と、こっそり触れ回った。
街の中央に伸びる大通りに、普段よりも随分と人の通りが多かったのは決して偶然などではなかった。
人の手により作られた人波。
以前に、ランドールを訪れた王国のとある要人が、王国に戻った際にこんな報告書を書いた。
―――『ランドールは仲良し孤児院である』と。
行き場を失い途方に暮れた人々。そんな血の繋がらない者達が幸せを求めて集まった場所。孤児院。それがランドールという地である。
素性も曖昧な彼らは、周囲からは煙たがられ、町外れにひっそりと居を構える。
そこで彼らは互いに助け合い穏やかに生活する。
誰かが困っていれば喜んで手を差し伸べてくれる。
飢える者には施しを。
病める者には癒しを。
必ず救いの手がある。
普段は自分達以外の者と触れ合う事のない彼らは、訪れた者を大層歓迎してくれる。
彼らは外の、未知で、心踊る様な愉快痛快な話、情報に飢えており、それゆえに客人には最上級のもてなしをもって応える。
だが、勘違いしてはいけない。
彼らが優しくしてくれるのは、それが『客人だから』である。
優しくする彼らに心を許し、ましてここに住みたいなどと口にしようものなら、彼らの態度は豹変する事になる。
彼らは自分達以外の余所者を徹底的に排除する。
客人である内は何の心配もいらない。最上の極楽を約束しよう。
だが、重ねて忠告する。
決して、彼らの輪に入ろうなどと思ってはいけない。生きたまま地獄を味わう事になる。
震えた字でそう書き残した要人は、その後、就いていた要職を辞め、ぷつりと消息を断った。彼がいま何処で何をしているのか誰も知らない。
それがランドールのもうひとつの裏の顔――『仲良し孤児院』としての顔である。
そんな孤児院を運営するのがランドール家であり、当主のシスネ・ランドール。いわば院長である。
住民達にとって、滅多に顔を見せない院長シスネの姿は、見るだけでも嬉しくなる対象である。それだけ彼女は敬愛されている。ルールも、形態も、当番も、孤児院が孤児院である為に、支え、形を作っているのは他ならぬ院長なのだから。
と同時に、敬愛する長の異常は、住民達にとっても異常であると認知される。その得体の知れない不安を孤児院存続の危機と形容してもいい。
そうやって不安感が十分に広がったところで、カナリアはまるで井戸端会議にあがる噂話でもする様に小さく囁いたのだ。
『シスネ様が中央に行くそうだ』と。
その確からしい散歩の真相は、正体不明のベールに包まれた不安の答えとして、広がった噂と同じだけの規模で広がる。
外の人々がランドールに抱く感情は当然ランドール住民達も知っている。
そんな外に――王国の中央にシスネが行くという重大性も、住民達は細かく予測や分析など出来ずとも、朧気に『危険』だという事を理解出来ていた。
あとはそこから勝手に住民達が想像を膨らませる。ありもしない何かを作りあげる。
中央に行く事で見納めとなってしまうランドールの街を見て回っているのだと……。
当然ながらシスネにそんなつもりは全くない。
フォルテや使用人達が駄目でも、ランドール住民の総意ならばシスネも耳を傾けるかもしれない。
簡単にいえば、それがフォルテ達の狙いである。
住民達が何と言うかは決まっている。
「行くな」だ。
☆
ランドールを照らす陽が落ち始めた頃。
一行は、大きな木造の建物へとたどり着いた。
周囲の建物と比べぼろぼろのその建物は、ランドールに唯一ある王国管轄のランドールギルドである。
「入りづらい」
建物の扉前。
シンジュが険しい顔をして言った。
「職場なのにか?」
フォルテが怪訝そうに尋ねた。
「職場だからです。今日は休みじゃないんですよ」
「ああ……。今日もしかしてサボり?」
フォルテが言うと、そちらに泣きそうな顔をしたシンジュが振り返った。
「そうなんだよぉ~。別にわざとじゃないんだけど、なんか昼の事とかあって行きづらいし、まっいっか、とか思って……。でも、いざとなると不安しか出て来なくて~」
フォルテの腕の裾を掴んで、すがる様にシンジュが嘆いた。
「怖いもんなぁ……。アイちゃん」
「どうして私はサボろうなんて思ったんだろう……。ああ……数時間前の自分を叱り飛ばしてやりたい……」
「ま、まあとにかく入ろう」
そうしてフォルテが扉を開けると、すぐに冒険者達が部屋の中央に集まっているのが視界の中におさまった。
まずフォルテが先陣をきって入り、シンジュが続く。
「シンジュっ!」
集団の中から呼ぶ声が届いた。
それと同時に集団が一斉に振り返り、建物に入ったばかりのシンジュを見た。
「え!? ――はい!?」
その場にいた集団全員から唐突に視線を突き付けられ、ひきつり気味に返事をしたシンジュだけでなく、すぐ傍にいたフォルテも思わずたじろいだ。
「シンジュ! 大丈夫なのっ!?」
集団の中、血相を変えたアイが冒険者の塊を割って前面へと歩み出て来た。
そのままの険しい顔で自身に歩み寄って来るアイに、シンジュが冷や汗をかいた。
サボリについて怒られるだろうな、とは予想していたシンジュだが、近付いて来るアイの表情と様子はシンジュが予想していたよりずっと怒っている様に見えたのだ。
「心配したんだから! 本当に大丈夫なの!?」
怒っているアイに、とにかくまずは謝ろうとシンジュが「ごめんなさい」を口にしかけた時、アイの口から飛び出して来たのはお叱りの言葉ではなく、シンジュを心配し、気使う言葉だった。
「はい――え? 何がですか?」
大丈夫かと問われたので思わず「はい」と返したが、何に対して大丈夫なのかは良く分かっていなかった。
別に体の調子は悪くないけど……、とシンジュが頭を捻る。
「何がって――」
アイは何かを口にしようとして、けれど、背後の冒険者を気にした様子を見せて、言葉を途中で止めてしまった。
「ちょっとこっちいらっしゃい」
アイがシンジュの手を取り、建物の奥へと引っ張っていこうとして――そこで初めてシンジュの背後、いまだ出入口の外側にいたシスネに気がついた。
アイは一瞬ポカンとした後、ハッと我に返り、慌てた様に「シスネ様がどうしてギルドに!?」と、ほとんど条件反射の様に叫んだ。
「散歩です」
シスネ本人にも、今日何度目になるか分からない『ここにいる理由』を告げる。
いい加減その台詞に少しうんざりしてきていたシスネだが、鉄の姫はそんな素振りなど露程にも見せない。
一方で、アイは散歩と言われても直ぐに理解出来なかった。
というのも、そもそもランドール家というのは王国管轄であるギルドを嫌っているという先入観が、アイの中にあったからだ。
勿論その先入観は誰もが知る事実であるのだが、ひとつ訂正して置くならば、ランドールは『ギルド』が嫌いなのであって、そこで働くランドール出身の者達を嫌っている訳ではない。
言ってみれば、嫌われる職に就いているから個人をも嫌っているようにと感じるのだ。
例えば、注射嫌いが、注射を扱う医者を嫌うように。
例えば、汚職や不正というイメージだけで政治家を信用出来ない奴だと嫌うように。
例えば、凶悪犯を弁護する弁護士をイヤなやつと嫌うように。
彼らは何も嫌われたくてやっているのではない。それが人々に必要だからであり、全うな意識の下、或いは崇高な理念の下で、仕事としてやっているに過ぎないのだ。
シスネも当然そういう理解の下でギルド職員を見ているので、ギルドで働くアイやレンフィールドを嫌ってなどはいない。
むしろ、嫌われ役を買って出る奇特な者達と思ってさえいる。
アイが職員になる前。
ランドールギルドにはレンフィールドを除き四人の職員がいた。
実はそれらはランドール家の使用人達で、アイが入るまではそれら使用人がギルド職員を兼任していた。誰も成りたがらなかったから仕方無くそういう形になった。
しかし、それも前当主から現当主に代替わりするまでの事。
シスネは当主になった際、前当主の息がかかった使用人を全て解雇し、面子を一新させた。
その時に、ギルド職員を兼任していた者達も居なくなり、それと代わるように職員として入ったのがアイである。
命令ならばいざ知らず、自ら進んで嫌われ役を買って出るのは中々難しい。
しかし、そんな嫌われ者達の頑張りがあるからこそ、この排他的な『仲良し孤児院』の中に、いまだギルドという王国管轄の組織が排除されずに残っているのだ。
アイやレンフィールド達が嫌われ者の役を担い、ギルドとしての形を保っている事で、ランドールは『王国を立てて、ランドールの中にギルドを置いている』という一応の義理立てが出来ている。
それが、薄く細いながらもランドールと王国との繋がりとなって、2つの関係を継続させる事に一役かっている。
レンフィールドはともかく、少なくともアイはそんな両者の繋がりがどうだ、義理立てがどうだという崇高な理由があってギルド職員をやっている訳ではない。
ただ誰もやりたがらないから自分がやっているだけ。
アイなりに考えた生まれ故郷への恩返し、程度の意識であった。
「中に入っても?」
いまだに戸惑い、シスネを中に招く事すら忘れてしまっているアイに向けて、シスネが問うた。
アイが思い出したかの様に慌てて「どうぞ!」とシスネを中へと招き入れた。
そうして、アイに促され、シスネがギルドの中へと足を踏み入れる。
別に歴史が動く訳でもないが、ランドール家の当主がギルドを訪れたそれは、ランドールギルド始まって以来の事であった。




