加護というもの
「久しぶりですね」
「こんにちは」
シスネから紡がれた言葉にシンジュがつい佇まいを正す。
少し緊張している様だった。
まあランドールで一番偉い領主なのだから当たり前といえば当たり前。
「何か用ですの?」
ソファーにて、深く座って脚を組み、幼女らしからぬ雰囲気を纏ったミキサンがシスネの方に視線も向けずに尋ねた。
「………………特には」
「……へー」
今まで聞いた事が無い様な酷く冷たい「へー」だった。
「今日は私が誘ったんだ」
二人の空気が悪くなる前に、悪戯っぽく笑ったフォルテが言って場を繕う。
ただそれだけだが、何かが一歩前進した様な気がした。
「あ、どうぞ」
リビングの入り口付近にいた姉妹にシンジュが座る様に促す。
フォルテがシスネの背中を軽く押す様にしながら、空いたソファーへと進み、「トテトテ、姉さんに紅茶。あたしのも」と催促しながらポスンと勢い良くソファーに座った。続く様にシスネもフォルテの隣に、―――こちらはフォルテとは対照的に音もなく静かに腰を落とした。
まさに対極に位置する性格の姉妹である。
フォルテなどはまるで自分の家かの様な振る舞いだが、特に誰も気に留めた様子は無い。最初こそ「邪険にされて泣く」というメンタルの弱さを露呈させたフォルテだが、物怖じする様なタイプでも無い為、慣れてしまえばこんなものであった。
もっとも、俺がシンジュの姿で時計塔で会った時などは、そういうのを通り越して渡辺さん(学年カースト上位)だったけど。
「すぐにお持ちしやす」
へぇへぇと猫背のトテトテが返し、そのまま調理場の方へと引っ込んでいった。
そんなトテトテの後ろ姿を、ソファーに座ったまま無表情のシスネが眺めて見送った。
トテトテの引っ込んでいった辺りに視線を向けつつ、シスネが「随分と」と口を開く。
シスネはそこで一度言葉を止め、視線をゆっくりとこちら―――テーブル近くの床にいた俺へと移し、続きを口にした。
「随分と変わった同居人の多い屋敷です」
驚きなのか呆れなのか、表情が無い為分からないが、シスネがそんな感想を漏らした。
俺がシスネの立場ならたぶん同じ感想を抱いたと思う。
なんせ屋敷に住んでいる中で種として『人類』なのはシンジュだけで、あとは悪魔が二体にスライムが数匹。オマケに含めて良いならば、地縛霊もその輪の中に含む。
ここはそんな不思議な空間だ。
「でしょ!? でもそこが良いんですよ」
シスネの言葉を聞いた隣のフォルテが、腕を組んでうんうんと何度も頷く。
どこが良いのか俺には全然理解出来ない。
シスネも多分俺と同じ気持ちなのだろう、無表情のまま「そうですね」と一欠片すら心の籠らない返事を返した。
「二体目の悪魔が居た事にも多少驚かされましたが、家の中にモンスターがいるというのにも驚きました」
庭のスライム達に顔を向けながらシスネが言う。
どうやら驚いていたらしい。表情が分からない人の心内というのは全くもって難しい。
「フォルテちゃんも最初見た時は驚いてたもんね」
「危うく討伐するところだったからな」
ヒヒッと歯を見せてフォルテが笑う。笑ってからフォルテが更に続ける。
「街中のスライムもさぁ、危険じゃないって分かってるんだけど、道端でバッタリ会うとやっぱりちょっとドキッとするよな」
「一応モンスターだからね。知ってる? スライムに殴れるともの凄く痛いよ?」
「……お前に言われると複雑なんだよ」
「いや、ホントに。私、以前にボロ負けして、それ以来トラウマですもん」
そう言ったシンジュが、かつて自分が体験したスライムとの攻防についてを簡単に説明した。
異世界に来た初日、森で食われかけたあの出来事である。
話し終えると、シンジュとフォルテが二人で笑う。
その一方、楽しそうにするフォルテの隣で静かに話に耳を傾けていたシスネは、今の話の真意を図りかねている様子であった。
素手で建物を薙ぎ倒し、駆ける剛脚は大地に亀裂を真っ直ぐ刻む。
そんな、いわゆるチート的な力を発現する前のシンジュを知らないシスネにしてみれば、今の話はにわかには信じられない話であろう。
もしかしたら彼女なりの冗談だったのでは、と結局シスネはそう結論付けた。
可笑しそうに話を続けるシンジュとフォルテの話題が一段落したところに、丁度、紅茶を持ったトテトテがリビングに現れた。
人数分の紅茶をテーブルに置いて、トテトテはまたキッチンの方へと戻っていった。
トテトテが去った後、「以前会った時に聞きそびれていたのですが」と、シスネがシンジュに向けて言葉を紡いだ。
「何ですか?」
返すシンジュの空気は少し柔らかい。
フォルテとお喋りして、シスネがいる事の緊張が少し緩んだのだろう。
「街のスライム達はあなたが使役しているのですか?」
尋ねられ、シンジュが小さく頬を掻いて「あ~」と含みを持たせる。
「そうかもしれないし違うかもしれないし……」
シンジュが曖昧に答えた。
「なんだ? ハッキリしないな」と、フォルテ。
「良く分からないんですよね。ハッキリしないっていうか」
明確な答えが出せないシンジュに、シスネが再度説明を求める。
「どういう事です?」
シンジュは少しだけ「う~ん」と逡巡した後、
「今、スライムに初遭遇した話をしましたけど……」
「ええ。スライムに戦いを挑んで気絶した。―――という話でした」
「気絶した後の事を覚えてないんです。気付いたらランドールの宿にいて」
「私が把握している話では、オリオンに助けられたと報告にあった様ですが」
「ブラッドさん達と会った事も覚えてないから、そこも良く分からないんですよね」
「例の夢遊病ってやつか?」
カラカラと愉快そうにフォルテが笑う。
「それなんだよねぇ。ただ、実は私、女神の加護以外にも加護を持ってて」
「聞いていませんわよ」
シンジュの告白に、目を瞑って大人しくしていたミキサンが素早く反応した。
「そうだっけ?」
ははっ、とシンジュが何でも無い事の様に小さく頭を掻いた。
ミキサンは少しだけ眉間に皺を寄せてシンジュの顔を見た後、次に俺を見た。
何かこちらを少し非難する様な目だった。
正直言うと俺も、そうだっけ? って感じである。
言ってなかったっけな?
言われてみれば言ってない気もする。
わざとでは無いが、黙っていた事に少々のバツの悪さを覚え、喋れないのでご機嫌取り代りにポヨンポヨンと跳ねてそのままミキサンの膝の上に着地した。
すまん、と仕草で謝る様にニョキッと触手を生やして「ごめん」のポーズを取った。
ミキサンが険しい顔をやめて、「もぅ! しょうがないなぁ」ってな具合にスライムの頭を撫でた。しょうがないなぁは俺の幻聴、或いは妄想なので真に受けてはいけない。
「えらく器用なスライムだな」
言葉は無いが、仕草だけで行われた俺とミキサンのやり取りを見ていたフォルテが、感心した様に言った。
「この子はちょっと特別ですの」
スライムを撫でながらのミキサンが少し自慢気に答える。
「ふ~ん」と言って、テーブルに体を乗り出したフォルテがこちらに手を伸ばして来た。
が、渡さないとばかりにミキサンがスライムを抱き寄せる。
「ケチ」
不服そうにフォルテが吐き出した。
「そのスライム……」
腕を伸ばすフォルテの横。
シスネが俺をまじまじと見つめて小さく溢した。
「…………あげませんわよ」
「別に欲しいと言うつもりはありません」
人形の様な無機質な雰囲気を変えぬまま、シスネは起伏の無い表情で言った。
それからシスネは俺から視線を外し、シンジュへと視線を移した。
「それで、女神の加護以外にも、という話ですが」
「あ、はい。えっと、『スライムの王』っていう加護? 称号? 分からないけど、そういうのも持ってます」
「確かですの?」
「うん。どういう効果かは知らないんだけどね。あと、亡霊の加護ってのもあるけど、これは全然分からないや」
「みっつ?」と、訝しげにミキサンが問う。
「みっつ」
あっけらかんとしたシンジュの言葉を聞いて、ミキサンが不敵に笑う。
「流石は我が君。加護を3つも所持している者などそうそうおりませんわ」
「そうなの?」
「ええ」
「そうですね」
ミキサンに追随する様にシスネも頷いた。
「加護というのは『選ばれた者』が所有出来る代物で、簡単に手に入れられる物ではありませんの」
「チートかぁ」
「出ましたわね。その言葉。その言葉の意味するところは良く分かりませんが、加護とは、体技の様に日々の反復と努力によって得る物でも、魔法の様に決められた手順の儀式を行った得る物でも無いのですわ」
「じゃあ、どうやって手に入れるんだ?」
興味津々といった様子でフォルテが尋ねた。
「先程言った様に『選ばれた者』になる事ですわ」
「もうちょっと具体的にさぁ……」
フォルテがやや憤慨気味に吐き出す。
ミキサンは一度膝の上のスライムを一瞥する。
「まず、世界には大きく分けて3つの力の形態が存在しますの。人技、魔技、そして加護。この内の2つ、いわゆるスキルと呼ばれる物は、創意工夫や努力といった自らの力で手にする物ですわ。対して、加護という物は、それらと違い、他者によって与えられる物ですわ」
言い、ミキサンはテーブルの上の紅茶の入ったカップを手に持った。
「―――つまり、力を与えるにふさわしい、と選ばれた者。そうやって選ばれた者だけが加護持ちとなれるのです」
最後まで言って、ミキサンはカップに口をつけた。
「それって自分だけじゃどうやっても手に入れないって事?」
「まあそうなりますわね。女神の加護しかり、スライムの王とやらしかり、ですわ」
そこでミキサンはシスネに目を向けて、「もっとも」と口にした。
続けて、視線をカップの中へと落とし、
「認められる為の努力という物は必要になって来ますから、必ずしも『受け身』で得られる物でもありませんわ。それこそ、例えば『魔王の討伐』といった偉業を成せば、認められ、加護持ちになれるかもしれませんわね。わたくしなどは神と名のつく物から祝福を受けるなど御免被りますけど」
ミキサンは小さく鼻で笑って、見つめていたカップの中の紅茶をすすった。
「神がお嫌いなようで」
シスネが言う。
こちらもいつの間にか手にしていたカップを、言葉を紡いだ後に傾けた。
互いに競う様に紅茶を含んだ後。
「あなた程ではありませんわ」
「私は神を信仰しています」
「言葉は正確に伝えるべきですわね。あなたが信仰しているのは神ではなく、女神でありましょう?」
それってどう違うんだろう?
どっちも神様じゃないのか?
神と仏の違いみたいなものだろうか?
そういえば、ランドールにも教会というものが存在する。
ランドールの西側、海岸に行く途中にある広場の奥にポツンと一軒たけ建つ教会である。モンスター襲撃時にはその広場を中心に住民達が避難していた場所だ。
ランドールの教会はさほどに大きな建物でもないのだが、中に入った事は無いが外観を見る限り中々に手の込んだ造りをしている。たぶん中もそれなりに見栄えする内装なんじゃないかと思う。
宗教に興味が無かったので今まで気にもしなかったが、話題に出たところで少し教会について考えてみると、妙な話だと思った。
ランドール家というのは、暗い過去を持ち、今なおそれは尾を引いており外では悪魔の末裔という事になっている。
シスネに聞いた話では、そのきっかけを作ったのが宗教を広げるべく画策した教会であるらしい。
言ってみれば、教会はこんにちに続くランドールと王国との確執を生んだ元凶。
そんな教会の施設がランドールの中にあるというのも腑に落ちない。
王国管轄のギルドを嫌うシスネが、教会の施設がある事を容認し、先程聞いた話ではあまつさえ神を信仰しているという。
矛盾していないか?
ちょっと分からない話。
そんな事を考えていると、いつの間にかシンジュとフォルテの二人が庭先に場所を移していた。
二人で何か楽しそうに話ながら、庭にいるスライムへと顔を向けている。
友達が出来るというのは良い事だ。
友達との時間が増えると、反比例して家族との時間が減少するものだ。親としてはそれはちょっと寂しくもあり嬉しくもある。
今の俺は彼女に何をしてやる事も出来ない。目に見えぬ幽霊など居ないのと同じだ。
最近、時々考える。
俺はいつまでこうやって娘の傍で幽霊としていられるのだろうか、と。
今更死んでしまった自身の身の上を嘆くつもりもないが、どうせならば娘の幸せそうな姿を少しでも長く見ておきたい。
それがいつまでかと問われると難しい。
未練もある。欲もある。
大人になるまで、結婚するまで、孫を見るまで―――
考え出したら、欲張りすれば際限などあるはずもない。
まあ、先立った妻が待ちくたびれる前には大人しく成仏出来たら良いなと思う。
けどまあ、しばらくはまだこのままで。
不安があるとすれば、異世界の天国に行けるかという事と、そこに妻がいるかという事である。
知らない人ばかりのあの世などたぶん楽しくないと思うし。




