おかしな事していい?
どうもパパです。
最近、自身の存在意義について悩み始めました。
特に影の薄さについて。
みんなして陰険なイジメのごとく俺が見えないフリをしてシカトします。
まあ実際見えないので如何ともし難いのは事実ですが、そろそろずっと1人でいると壁の絵とお喋りしちゃいそう。
雪ダルマは作らない。
俺の存在をハッキリと意識してカナリアが質問を口にした。
その質問の矛先は、三人+庭のトテトテを含めた全員が視線を向ける俺ではなく、ミキサンに向いていた。
「……………………………………ペットですわ」
表情こそ崩す事なく素面であったが、凄く悩んだのだろう。長いタメの後にミキサンが言った。
「そうなのですかぁ?」
「そうなの?」
カナリアがシンジュを見て尋ね、そんなカナリアからの質問をシンジュがミキサンへと丸投げした。初耳ゆえ仕方ない。
「今朝……。―――ええ、今朝見つけまして、ペットに。―――駄目でしたか?」
やや恐々といった様子でミキサンが足元の俺とシンジュを交互に見て、そう告げた。
「ううん。別に駄目じゃないけど……。今更一匹増えたくらいで」
そう口にしてからシンジュは庭へと顔を向けた。釣られて他の二人も庭を見て、洗濯物を干していたトテトテがばつが悪そうに顔を戻し、盗み聞きで中断していた作業を再開させた。
三人が見ているのは何も洗濯物を干しているトテトテが珍しいとかそんな理由ではなく、三人の視線はそれぞれ、庭の花壇や、木陰、トテトテのすぐ足元にいる青い物体へと注がれていた。
三人が見ていたのは、この屋敷の庭に住みつくスライムであった。
このスライム達、いつの間にか屋敷内に住み着いていた。
決して自分達から住居部分には入って来ようとはしないのだが、多い時には7~8匹のスライムが庭で寛いでいたりする。
街にスライムが居る光景が当たり前になりつつあるランドールでは、スライムなどは然して珍しい物でも無いのだが、何故かこのスライム達、この屋敷の周囲にやたら集まる。
何故なのか、そのハッキリとした理由は不明であるが、俺とシンジュが異世界に来た初日にスライムとの真昼の決闘(完敗)をした縁があるので、―――そして、そんなスライムの一匹に『完璧育成』を使った覚えがあるので、おそらくその関係なのではないか?
と、言うのが、俺が話した事から推測したミキサンの予想。
『完璧育成』は、使った相手を自分の配下に収めるというスキルであるので、それには俺も異論は無かったが、ただ気になるのは「何故、大量のスライムが?」というところだ。
俺が完璧育成を使ったのは一匹だけだ。なんか分裂して二匹になってた気もするが、その内の一匹は俺に謎の物体食わせて溶けて消えた。
なので、生存する完璧育成を受けたスライムは間違いなく一匹だけのはずだ。
シンジュは魔力が無いので完璧育成は使えない。俺が知らぬ間にシンジュが使ったという事も無いだろう。
正直言うと、ミキサンに指摘される前から薄々「このスライム達って俺の関係者―――ならぬ関係モンスターかなぁ~」とは思っていたけど、「一匹だけのはずなのに」というこの部分を心の盾にして知らんぷりを決め込んでいた。知らぬ存ぜぬだ。
だって、街にスライムが溢れた事への責任問われたら嫌じゃないですか。
さて、そんなスライム達であるが、実は最近になってその存在に新たな価値を見出だした。
それは、「憑依」出来るという事である。
今までシンジュにのみ憑依していた俺だったが、ある時、というか昨日、夜中に寝ぼけたシンジュが庭で寝るという奇行を見せたので(わりと深刻なんじゃないだろうか? この奇行)、庭で眠るシンジュに憑依してベッドに戻ろうとした。
憑依して、屋敷内へと戻る途中、庭先にいた一匹のスライムが目についた。
その時はベッドに戻る途中だったし、特に気にも留めず寝室へと戻って憑依を解いたのだが、ベッドに眠るシンジュを幽霊体のまま上からぼんやり眺めていた時に、ふと「スライムって寝るのか?」という至極素朴な疑問が沸いた。
別に大して気になるワケでもないが、四六時中暇をもて余す俺は好奇心の忠実な奴隷である。
だって暇なんだもん。なんと贅沢な悩みだろうか。
というわけで、素朴な疑問を解消すべく、庭へと舞い戻りスライムの観察を始めた。
始めたが、ハッキリ言ってその謎を解明するのは困難を極めた。
そもそもである。
こいつらは目どころか顔がない。
果たして、今このスライムは起きているのか、それとも寝ているのか、全く分からない。
睡眠の有無以前に、じっとしていると生き物とはとても思えないのがスライムである。
ただそこに、ボールの様な形状をした水があるだけである。
どうやって生きているのか本当に謎の生物である。
よくよく見ると、体の内側の水が緩やかに渦を巻いて動いているが、「風のせい」と言われたら納得してしまいそうな程の小さな動きである。
睡眠どころか意識があるのかも怪しい。
と、そう思った時に、はたと気付いた。
もしも意識という物がスライムに無いのなら、憑依出来るんじゃないかと。
試しにスライムの体に手を伸ばして見たところ、少しだけ吸い込まれる様な感覚があった。憑依前のいつもの感覚。
そうして、バッチリ憑依出来たのである。スライムに。
しかし、憑依出来たと喜んだのも束の間、問題が浮上する。
スライムに憑依すると五感が全く利かなくなったのだ。
真っ暗闇で無音、地面や風の感触こそ少しあるものの、幽霊だった時よりも待遇が悪い。こんな感覚で意識だけがハッキリしている。
ある意味地獄である。
どうにか出来ないものかと試行錯誤を繰り返すと、魔力感知や気配探知である程度周囲の状況が分かる様になった。
分かるといっても、気配を朧気に感じるだけで、眼で見る様にしっかり見えるわけではない。
神眼は何故か使えなかった。
確信は無いが、使えないのはスライムに眼が無いからとかだろうと思う。
それで、魔力感知と気配探知を使ってすぐに気付いたのだが、俺のすぐ前にいつの間にかミキサンがいた。
いつからいたのかは知らないが、どうやらスライムの中に入った事に気がついているらしかった。
ミキサンの気配から、俺に向けて何か言っている様だったが残念ながら聞こえない。ウンともスンとも音が無く、そのせいで逆にやたら大きな耳鳴りがしている気さえしてくる。多分気のせい。
その後も色々と試すがどうにも上手くいかず、視界と聴覚、嗅覚を得るには至らなかった。体だけはプヨンと動かせる。液体ゆえか妙な感じ。
しばらくスライムを満喫し(満喫する程の機能を有していないけど)、いいかげん暗闇と無音の世界に飽きても来たので、そろそろ憑依を解こうかと思った時、
「(これならばどうでしょう?)」と、頭の中に声が響いた。
突然の音にちょっとビックリして体が震えたが、ビクッ、ではなくプルンだったのが全くもって危機感を感じさせない体である。
プルンはともかく、声の主はどうもミキサンだった。俺の幻聴で無ければである。
「どうか?」と問われたので、聞こえたよと返したいが、あいにくと発声器官もスライムには無い。どうしようかと少し迷った挙げ句、ポヨンと体を大きく震わせて返事をするに留めた。
「(今のは聞こえていると解釈して宜しいのですか?)」
スライム風ジェスチャーはちゃんとミキサンに伝わったらしい。
もう一度プルンと震えて応えておく。
「(畏まりました。それでどうして急にスライムに?)」
プルン、プルン。
―――いや、その質問は流石にジェスチャーでは返せんて。
案の定、ミキサンが困惑してる気配が感じ取れた。
どうしたものか?
今ミキサンが頭の中に直接話し掛けて来たのは、アレだろ? アレ。
―――なんだっけ? 名前が出て来ない。
ボケるにはまだ早いが、もの忘れが年々悪化している気がする三十代。
あっ、テレパシーだ。
思い出した。俺の記憶の引き出しはまだ錆ついて開かないって程でも無いようだ。安心。
それはそうと、テレパシーである。
魔法というのは随分とウィットに富んでいるものだと痛感する。
テレパシーなんてのは、魔法というより宇宙の電波的な何かである。あくまで俺の独断と偏見によるイメージだけども。
「(聞こえていらっしゃるのですよね?)」
プルンと震えて返事をしておく。
勿論聞こえてますよ。
感度は良好バリ3だ。
だが、受信のみで送信出来ないので、ミキサン的に判断の難しいところであるらしく、今のはそれゆえの再確認であろう。
テレパシーが電波ではなく、魔力を使ったなんやかんやであるならば俺も使えそうだが、やり方が分からない。想像すら難しい。
俺の描けるイメージなど、精々宇宙人的何かの角から「ビビビィ」が関の山だ。
試しに、頭の中で「こちらSURAIMU。コマンドポスト、応答せよ。コマンドポスト、聞こえたら応答せよ。オーヴァ」と念じてみたけれど、全然届いている気配は無かった。
まさか無線封鎖や着信拒否というオチではあるまい。もしそうなら泣く。スライムの体の水分という水分を出し尽くして泣いてやる。
目が無いのでそれすら出来るか怪しいけども。
異世界人からぶっ飛んで宇宙的な電波生物と化した俺は、その後もテレパスやら電波について試したり、そのままほったらかしで異世界へとやって来てしまった自宅の電気代やらに頭を悩ませたりした。今更ながら自宅の戸締まりも気になり始める。心配だ。
そうやって悩やんでいて、おや?っと気付く。
感覚が薄いせいか気付かなかったが、魔力感知で自分がいつの間にかミキサンの膝の上に置かれているのが分かった。
ミキサンはスライムと化した俺を膝に抱え、リビングにあるソファーに座ってじっとしている。
まあじっとしているかは正確には分からないのだが、多分大人しくはしている。間違っても俺を頭上に抱げて「元気玉」なんて事はしていない。
ちょいちょい世代間の違いが浮き彫りになるが気にしないで欲しい。
膝枕っぽいそれに気恥ずかしさを覚えるが、感触なんてのはほとんど無い。体の10割近くを占める水だが体液だかの流動が、僅かに歪んでいる事でようやく『水の流動を阻害する何か』がそこにあるのだと認識出来る程度。
流れる水の中に棒を突っ込んだら、そこだけちょっと流れが変化しました。例えるならそういった感じ。
いつからそうされていたのか定かではないが、ミキサンが離れる気配はない。
まるで縁側で寛ぐ熟年夫婦のごとき様相。一晩明ける程の時間は経っていないはずなので、多分まだ辺りは暗いはずだけど。
見えない聞こえない話せないというのは不便なモノだ。
スライムというのは何が楽しくて生きているのだろうか?
まあもっとも、スライムも幽霊の俺には言われたくないだろうから思うだけで口にはしないけれど、俺は幽霊でも見て聞く位は出来る。
そうか。幽霊なら見て聞けるんだったと気付いた。
ようは目も耳もないスライムだから駄目なのだ。
幽霊にも物理的には無い気がするので、その辺り同類だと思うのだが、世の中の理不尽や不思議は「神様のせい」と責任を転嫁しておく。何故、転ぶ嫁と書くのだろう?
スライムからちょこんと幽霊の頭を生やす。
途端に、暗闇が広がり静まりかえった周囲の様子が認識出来た。
こう言うとスライムの時と大差ないが、実際は暗い中にも風景の輪郭が映し出されているし、ちょっと風流っぽくは無い謎の虫の「キリキリキリ」という鳴き声も聞こえる。
スライムの体で周囲の状況が分からないなら、顔だけ出せば良いという話。体はそのままスライムの中。
客観的に見ると多分かなり気持ち悪い。
スライムの体から人の頭が生えている状況なのだ。それを気持ち悪がらず何を気持ち悪がる。
今宵、ここ異世界に人面スライムが爆誕したのだ。
さっきまでの宇宙電波生物よりは地球に近付いた気がするが、人型の人類からは遠退いた。生物史の新たな扉が開かれてしまいました。
雪ダルマは作らないはずだったのに、結局出来あがったのはダルマである。引きこもる雪の女王にドアを開けてと頼んだ覚えもないのだが、新たな扉が開いてしまったのです。歴史開拓。
僕、スライム。ギュゥっと抱き締めて?
あなおそろしや。いとおかし。
冬虫夏草の様にスライムから生えた首を動かして上を見れば、そこにミキサンの顔があった。
何処か遠くを眺めるその顔は幼女らしからぬ雰囲気を漂わせている。
機嫌が良いのか、時折フフンと鼻を鳴らしてへへっと微笑む。微笑むというよりにやけりに近い。
この子に尻尾があったなら、多分ピコピコと左右に揺れていたかもしれない。
尻尾は無いが、角と翼はあった気がする。いつの間にか無くなっているが、一体何処に無くしたのだろうか?
まあ機嫌が良いなら、角や翼の行方などどうでも良いのだろう。第一今更である。
突然、気持ち悪い新生物が膝の上で誕生して、それで途方に暮れるよりは全然マシだ。
何を見ているのかと視線をミキサンと同じ方向に合わせれば、空にぽっかり浮かんだ月。
満月―――よりは少し欠けている。満月の手前の何か。月の名称など俺が知っているはずがない。電波生物ではないのだから。
方法はともかくとして、視覚聴覚問題は解決したので、特にする事も無く、しばらくミキサンと二人で月を眺めて過ごした。
月を眺める美少女と、人の頭を生やした新種のスライム。
絵的に異様だが、どうせ誰も幽霊の頭など見えていないのだ。
他者に見えるのは、月灯りに照らされる中、スライムを膝に乗せてソファーに座る美少女が一人。
そんな絵画の様な光景がそこにはあった。




