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豊穣祭・三日目、三賢者Ⅲ

 手を組まないかと持ち掛けてきたアルガンの言葉を聞き、流石に怪しいとでも思ったのか、緊張しながらも王を前にしてそれなりに真面目な顔を作っていたフォルテの顔色が変わった。

 姿勢をそのままに赤毛がざわつく。

 アルガンが表情を変えぬまま言う。


「昨日あった教会からの宣言はランドールにも届いているか?」


「……はい、陛下。存じております。神が降臨したそうで」


「あまり信じておらぬ顔だな」


「過去にも似たような宣言は何度かあったと、姉に聞き及んでおります。それらしい神輿を担ぎ上げて、何かするつもりなのでしょう」


「ふむ。否定はせん。アレが神などと烏滸がましい」


「陛下は見た事が?」


「ガキの頃に一度な。ただのヨボヨボのジジイだった。――ただ、」


 そこでアルガンは一旦言葉を止めて、僅かに眉をひそめた。

 一呼吸の間を置き続きを口にする。


「今回はどうもキナ臭い」


「本物の神が現れたと?」


「本物かどうかは知らん。俺は信心深い方ではないし、神の姿など絵や彫刻でしか知らんしな。……しかしだ。俺の放っている密偵の話が本当ならば、教会に得体の知れぬ何かが現れたのは間違いない」


「確証がおありなのですね?」


「ああ……。賢者ヒロ、貴様の手柄だ。褒美はやらんがな。工廠の件はチャラにしておいてやる」


「俺?」


 唐突に自分の手柄だと言われたヒロが怪訝な顔をする。

 アルガンはやや前のめりだった姿勢を後ろに起こし、背もたれにもたれかかった。


「魔法使いの常識らしいので貴様も知っているだろう? 魔法を得るための儀式について」


「まぁ、人並みには」


「儀式、云わば魔法を得るための試練。その試練は、普通ひとつの儀式に対してひとつだ。複数というのは魔法史を紐解いても存在しない。レイヴンから報告は受けている。その常識を貴様が覆した。所謂、複合儀式の発見だ」


 アルガンの言葉にヒロはすぐにピンと来た。

 複合儀式とはつまり、ヒロが現在進行形で取り組んでいる“異界渡り„獲得の事を言っているのだろう。

 複数の儀式をこなす儀式など、ヒロはもとよりハロですら知らなかった。

 そのため、イレヴンと面会した際にヒロはその事について尋ねた事がある。

 本人に魔法の才は全くないイレヴンだが、その豊富な知識と誰にも負けない魔法への情熱で、彼は賢者にまで登り詰め、現在は魔法協会のトップに位置する。魔法の知識に関しては大陸髄一。

 そんなイレブンに魔法や儀式の内容はぼかしつつ、そういう儀式があるのか答えを求めたのだ。


 レイヴンから返ってきた答えは「聞いた事がない」というものだった。初耳だと。智者イレヴンですら知らぬ儀式。

 その時は「役に立たねー奴だな」と軽い感想でヒロは流したが、確かにその時に「それが本当なら凄い発見だ」とレイヴンがやや興奮気味に口にしていたのをうっすら覚えている。鬱陶しかったのでヒロは相手にしなかったけれど。


「工廠と、それと関係のありそうな施設は、地下も含め、誰かさんが根こそぎ破壊したのだが、ひとつだけ残っている場所があった。――詰めが甘いな」


 ヒロにチラリと視線を向けたアルガンが小さく鼻で笑う。

 返すようにヒロも鼻で笑い返す。


「まぁ、ただその詰めの甘さのお陰で分かった事もある。どうやら奇跡の末路者共は複合儀式について、賢者ヒロよりも先に知っていたようだ。無論、奴らはその事を公にはしていない。する気も無かっただろうしな。喜べ、賢者ヒロ。従って、儀式発見の功績は貴様のものという事になる。望むなら褒賞も与えるが?」


「……いらん」


「そうか? イレヴンの話では、貴様、複合儀式を行っている真っ最中らしいではないか。必要な物があればくれてやっても構わんぞ?」


「……いらんと言っただろ。ある程度の目処は立ってる」


「気が変わったらいつでも受け取りに来い。――それはそれとしてだ……。ヒロ、貴様はいま複合儀式の最中と言われて否定しなかったな。目処が立っていると? その辺りについて、詳しく聞かせて貰えるかな?」


 ヒロは一瞬なんの事を言われているのか分からず、自分が儀式の最中である事を素直に肯定しそうになった。魔法【異界渡り】の名を口にこそするつもりは無かったが、儀式には色々とアイテムが必要で、それもランドール家の協力で仮に寝ていても向こうから転がり込んで来る状況である、と。


 そんな感じの事を言おうと口を開きかけたヒロだったが、ふとアルガンの斜め後方で苦い顔をして首を何度も振るイレヴンが目についた。

 イレヴンの様子に、やや眉を潜める。

 そうして気付いた。


 ――この野郎……カマかけやがったな……。

 それに気付いて、ヒロは睨みつけるようにアルガンに視線を向けた。

 涼しい顔をしたアルガンがその視線を流す。


「素直だな」


 アルガンの言葉が何だか馬鹿にしているようにヒロには聞こえ、ムッと表情を険しくさせた。

 そこに横から挟む声があった。


「そんなところも魅力的な殿方でありましょう?」


 カナリアはそう言ってクスクスと笑った。

 そのままゆっくりとヒロの背後に回る。

 カナリアはヒロの真後ろにやって来ると、吸い付くようにヒロの身体に手を回し、そのまま抱きついた。

 女性からの突然の抱擁と、背中に感じる柔らかな感触にヒロが顔を紅潮させて硬直する。

 そんなヒロなどお構い無しに、カナリアはヒロに密着したまま、耳元で囁くように言葉を紡いだ。


「今までの話、加えてこの状況的に、おそらく陛下は、死者蘇生の魔法が完成したのではないか――と、そのようにお考えなのでしょぅ。それにより、神が、復活し、本当に、地上に降臨したのではないかと……」


 言葉を発する度にかかる吐息が生々しく、ヒロは抵抗するのも忘れて固まり続けた。

 別にカナリアの事などどうとも思っていないが、これほど密着されて女性に絡み付かれるという体験は生まれて初めてで、ヒロは半ばパニックのような状態であった。アルガンに何か言おうとしていたが、ほんの数秒前のそれがもはや何だったのかも思い出せない。


 そうやってヒロの口を意図的に塞いだカナリアの言葉が続く。


「そしてぇ、その魔法の完成にヒロ様、ついで繋がりが明るみになったランドール家が関与しているのではないかと。そう危惧なさっているのでしょう。違いますかぁ?」


「……そうだ」


「手を組まないかと持ち掛けて来たのも、こちらの反応を見ようと思ったからでしょう」


「そうだ」


「素直ですねぇ」


 カナリアがクスクスと笑う。

 意趣返しのつもりなのかと思ったアルガンであったが、それだけで特に反応は見せなかった。

 一呼吸ほどの間を置き、カナリアはゆっくりとヒロから離れた。背中から消えた温もりに、ヒロが大きな安堵の息を吐き出す。


「結論から申し上げておきますが、ヒロ様が現在おこなっている儀式は死者蘇生に関するモノではありません。勿論、教会とはなんの繋がりもございません。カナリアめが保証致します。お疑いなら、儀式の内容を後で書き出しますので、照らし合わせて頂いて結構ですわ」


 カナリアがニコリと微笑む。

 食えない奴だと、アルガンが内心で笑う。

 それからアルガンは僅かに顔を傾け、アリンに視線を送った。

 アリンはそれを無言で受け取ったのち、


「そこまで言うのであれば、まぁ一応念のために確認しておきましょう」


「……だそうだ」


「はい、陛下。――という事ですので、ヒロ様、あとで少しカナリアめにお付き合いくださいませ」


「ああ、構わないが……。いや、待て……。照らし合わせると言ったか?」


 ヒロが虚を突かれたような顔をして振り返り問えば、カナリアは微笑みを浮かべたまま二つ返事で肯定する。

 それからヒロはアルガンに向き直りやや興奮した様子で尋ねた。


「つまりお前らはレシピを知ってるのか? 死者蘇生の。儀式の内容を」


「……ああ、知っている。と言っても、ごく一部だがな。俺の部下が工廠施設の地下で発見したものだ」


「教えろ」


「……なに?」


「教えろ。そのレシピ」


 殊の外ヒロの食い付きが良かった事に、アルガンが当てが外されたとやや落胆する。

 死者蘇生の魔法を求める者は多い。

 しかし、大抵の者はその頂上すら見えぬ遥か高き壁を前にして、実現不可能だと諦める。当然だ。いくら魔法が横行する世とは云え、死者を生き返らせるなど普通は出来るはずもない夢物語である。

 だが、その高き壁を登るための階段を見付けたとあったならばどうだろう?

 険しき道ではあるが、努力すれば、やる気さえあれば、登る事が出来るのではないかと誰もが思う事だろう。

 儀式の内容――レシピを手にするという事は、階段を見付けたという事。

 あとは、本人のやる気と登るために必要な力量次第。


 自身自慢のアリンでさえ、――真っ向勝負で勝つのは難しい――と以前に評価した目の前の青年。力量は申し分ないだろう。

 様子を見るに、やる気もあるようだ。


 ただ、アルガンとしてはヒロが死者蘇生を取得するための儀式内容を知っているかどうかが重要であった。

 工廠を破壊した張本人である。

 自分達と同様、偶然にそれを地下で発見出来るチャンスはあっただろう。

 あの不必要なまでの徹底的な破壊も、他者にレシピを知られぬための証拠隠滅だと思えば合点もいく。

 しかしながら、この反応を見るとその線は薄そうだとアルガンは感じた。

 薄いというだけで違うと言い切れるわけではない。

 もしかしたら、単に魔法使いゆえの好奇心という可能性すらある。

 どっちだと、アルガンは判断に迷った。



「……ごく一部だと言っただろ? なんだ? 生き返らせたい奴でもいたのか?」

 

「そういうわけじゃない。こっちも儀式の内容を教えるんだ。そっちも別に構わないだろ?」


 アルガンを睨みつけるよう強気にヒロが求める。

 アルガンは何も言わず、しばらく視線をぶつけ合った。

 しかし、アルガンはやがて諦めたような小さな溜め息をつくと、隣に居た賢者の名を呼んだ。

 その応じに頷いたアリンが、大沼蛙をテーブルの上に召還する。

 ゲコとひと鳴きしたのち、蛙は口からゲロリと数枚の紙を吐き出した。


「どうぞ」


 アリンが言うが早いか、ヒロはテーブル上に現れたソレをひったくるように手に取った。

 目を落とし、そこに書かれていた文章を読む。

 渡された紙は数枚であったが、一枚目に目を通した時点でヒロが表情を曇らせたのが周囲で様子を伺っていた者達にもハッキリと見てとれた。よくも悪くも直ぐ顔に出る。


「クソ……」


 ヒロは小さく悪態をつくと、まだ全てを読み終えていないにも関わらず、紙をテーブルへ置いた。


「……目を通さなくて良いのか?」


「別に生き返らせたい奴はいないと言っただろ? 一部だけ知っても意味はないんだから読む必要もない」


「……そうか」


 そう言ってアルガンは紙を引き寄せ、既に自分も目を通してある紙に書かれた内容に改めて目を通す。

 そうしながら考える。


 ――そこまであからさまな食い付きを見せておいて興味がないというのはどういう事だ?

 中身を目にした時の悪態はなんだ?

 何にそれほど憤った?


 そんな事を考えながらアルガンは、ふと書類から視線を外しヒロに視線を向けた。

 ヒロは何やら難しい顔で思考に耽っていた。


「賢者ヒロ、貴様はここに書かれている事が理解出来るのか?」


 ヒロは一旦考えるの止めてアルガンに顔を向けた。

 それから少し怪訝そうな顔をして応じた。


「ああ……。全部は読んじゃいないが、少なくとも一枚目は」


「では聞くがな。ここに書かれている【エルフ】とはなんだ?」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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