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豊穣祭、三日目・王の来訪

 ◇


 薄緑と深い黄色の入り乱れた木々が並び立つそこは、ランドール家の庭。木々からは時折はらはらと葉が落ち、緑色の芝生に鮮やかな彩りを点々と加えている。

 はたと立ち止まって情景を眺めたくなる美しさはあったが、強すぎる色彩は、静かに来訪者を迎えるにはやや騒々しくもある。


 その斑模様の緑の芝生の上を、朱色の絨毯が走っている。

 絨毯から少し距離を取ったところには、白を基調としたメイド服を纏った女性達が、絨毯の行き先へ沿うようにズラリと頭を下げて立っており、ある種の壮観ささえ覚える。


「相も変わらず派手だな」


 馬車を降り、目の前に広がっていた光景に、ハイヒッツ王国現国王アルガン・ヴェル・ハイヒッツはそんな感想を溢した。

 アルガンは、左に、右にと、確認でもするように女性達を一瞥したのち、絨毯の上を歩き始めた。

 堂々としたその足取りには、緊張感が微塵も感じられない。僅かな笑みすら浮かんでいる。


「男気が無く、綺麗どころばかり並べて置く辺り、陛下の趣味を良く理解しているようで」


 付き従うよう少し後ろを歩きながら、やや声量を落とした声でそう言ったのは、アルガンと共にやって来たアリンという名の女性。大陸には僅か三人しか存在しない賢者の内の一人である。

 現在はアルガンの傍付きで、顧問の相談役と護衛を兼ねて王国に仕える。


 そのアリンの隣では上背のある女性が腰に剣を提げて並んで歩いていた。

 同じく護衛としてやって来た将軍イデアであった。

 周囲を警戒するような鋭い眼光をヒシヒシと放っている。


「アリン。お前はどうも、俺を勘違いしている節がある」


「そうでしょうか?」


 応じた賢者の口は軽い。


「俺はどうせ愛でるなら綺麗なモノの方が良い、と云う、一般的な価値観でそうしているのだ」


「モノは言い様ですね、陛下」


「妬いているのか?」


「はい、陛下。仰有る通りです。少ない供だけを連れて、軽装でノコノコやって来る命知らずな方に、毎日手を焼かされております」


「こんなところに来てまでまた小言が始まるのか」


「はい。いいえ、陛下。これは忠言であります」


「もうよい」


 緊張感の無いやり取りのあと、タイミングを図ったように揃って真面目な顔をする。

 二人の正面。少し離れた位置にランドールの姉妹姫、フォルテとシスネが頭を下げて立っていた。

 同様に、姉妹とは少し距離を取って、派手なメイド服と大柄な男の姿もあった。


 出迎えた姉妹はどちらもランドールの古式な衣装を身に纏っていた。派手な装飾や鮮やかな色彩の今風とは違い、柔和な印象を受ける薄い色合いをしつつも地味過ぎない彩色を特徴としている。

 頭に留められた金銀の髪飾りが、衣装の大人しさと相まってやけに煌びやかに感じられた。


 アルガンが姉妹の前に立つと、妹、姉の順で儀礼用の挨拶をする。

 応じる王も事務的に返し、それから姉妹がようやく頭を上げた。

  

「来てやったぞ、ランドール」


 アルガンがそう口にした瞬間。

 そこかしこから殺気が溢れ、その全てがアルガンに突き刺さった。

 微笑みを浮かべて並ぶハト達は、されど腹の中ではアルガンを呪い殺せるのではと思わんばかりに殺意を笑顔に含ませる。

 アルガン側も負けてはいない。

 それを返り討ちにせんとばかりに、背後のイデアが睨みを利かせて応酬する。多勢に無勢の中にあっても、歴戦の将は僅かにも退かない。

 一触即発の中。

 そんな事態など知らぬ存ぜぬと、フォルテが笑顔を浮かべた。 


「ご機嫌麗しゅう、陛下。陛下のその豪胆さに、私も姉も驚嘆しきりにございます」


 それをアルガンは鼻を鳴らして一笑に伏すと、促されるままランドール家の屋敷へと足を踏み入れた。




「私共の街はいかがでしたか? 陛下」


 領主にしてはぎこちなく、姫にしてはいささか武人染みた所作が目立つ。

 テーブルを挟んだ対面に座るフォルテに、アルガンはそういう感想を抱いた。

 それを好ましいとも思う。

 たどたどしくもどうにか形にしようと四苦八苦するさまは、見ていて飽きないものだ。


「『客人には極上のもてなしを』――と、言ったところか」


 知る人が聞けば直ぐにピンと来る“とある報告書„。そのワンフレーズ。

 ランドールに関する報告書は数多あるが、その数多ある中でも最も王国で広く知られている報告書である。

 理由として、通常こういった公文書というのは、内容の有無に関わらず表に出る事がない。

 目にするのは国の要職に付く者がほとんどで、庶民の目に触れるというのはそうそうある事ではないからだ。

 だが、この報告書に関してはその限りではなく、この報告書を書いた人物が、自身の書いた内容のままに広く伝聞して回ったためである。

 そのため、古い報告書ではあったが、このランドールを【仲良し孤児院】になぞらえた報告書の存在は、ランドールの内情を記した文章として大陸で最も有名なモノとなった。

 ただし、その中身については“デマカセ„というのが通説で、「王国によって湾曲されたモノ」や「そう示すよう悪魔に強要されたモノ」など、陰謀めいた裏が諸説ある。



 報告書の話を持ち出してきたアルガンの言に応じたのは、フォルテの隣に座っていたシスネだった。


「仲良し孤児院でありましょうか? ランドールに、そういう側面がある事は否定いたしませんが、それも些か古い思想ではございます」


「古い……か。だが、かの賢者の言葉が偽りではなかったと、これで証明されたわけだ」


「かの賢者のご意志が示されのであれば何よりです」


「その男は賢者として除名された身だ。歴史書にも名を連ねてはいない」


「存じております。それでも、です」


 アルガンが思慮深い顔を作る。

 品定めでもする様な視線を、シスネは無表情のまま受け止める。

 そんな二人の会話に割って入る声があった。


「あれは元々、経緯も含めて真意の定かではない眉唾な代物だったじゃないですか」


 楽しげな表情でそう云ったのは、アルガン達に少し遅れて馬車から降りて来た男だった。

 長髪と左目に重ねた片眼鏡(モノクル)が特徴的で、柔和な雰囲気を持つ人物であった。


「そもそもですね。僕が思うに、あの報告書を書くにあたっての経緯がちょっと不自然な部分があって、はじめは市井(しせい)に流れる流言の調査という名目で、時の賢者クリミアはランドールへと足を踏み入れ――」


「ああッ、よい! レイヴン、貴様のうんちくを聞きにわざわざランドールくんだりまで参ったのではない。――ずっと馬車で寝ていればいいものを」


「酷いですよ陛下。着いたなら起こしてくれたら良いのに」


「ずっと馬車で寝ていればいいものを」


「二回言った!?」


 レイヴンが不服そうにギャアギャアと文句を続けた。

 王を王とも思わぬ気軽さで接する男――レイヴンに、姉妹はただ成り行きを見守った。

 どう接していいのか判断に迷った、というのもある。

 いくぶんか場の緊張感が和らいでいるのは、レイヴンが放つ空気のお陰ではあるが、それがこの男のやり口という可能性も否定出来ない。

 初対面の相手に親近感を持つと、人は存外に口が軽くなってしまうものだ。

 シスネが探るように言葉を選ぶ。


「賢者アリンが陛下と共に来るとは思っておりましたが、まさか賢者レイヴンがランドールにお越しになるとは思っておりませんでした」


「俺も連れて来たくはなかったがな。俺はこの男が好かん」


 本当に不満そうな表情でアルガンが言うと、アリンも何度か小さく頷いた。

 レイヴンがショックを受けたように顔をしかめる。


「アリンさんまで!?」


「ハッキリ言いますが、騒がしいし鬱陶しいです」


「んなぁ!?」


「あなたもそう思いませんか?」


 アリンが同意を求めるように、正面に座るシスネに向けて小さく微笑む。

 シスネは自分に向けられたモノだと思い、どう返したものかと一瞬だけ思案した。

 レイヴンの人となりはこの短時間で多少は見えたが、そうは云っても初対面である。まさか本人を目の前にして同調するのも不味かろう。


 シスネが適当に流して話を切り替えようかと口を開きかけた時、更にアリンが言葉を重ねて来た。


「陛下の前です。ずっとそうやって隠れたまま過ごすのは、暗殺者か何かと勘違いされても文句は言えませんよ?」


 アリンの言葉にシスネの鉄仮面が一瞬だけ様相を変えた。

 細い眉が小さく動いただけだったが、アリンは満足そうに微笑みを強くする。

 シスネの隣では、フォルテがバツの悪そうに顔を僅かに横へと背けていた。


 少しだけ間があった。


 それから、観念したのか静寂の場に言葉が生える。


「苦手なんだよ。そいつ」


 シスネのすぐ傍。

 舌でも打ちそうな苦い顔をして現れたのは、ハロの魔法で姿を消していたヒロであった。

 ヒロが姿を見せた途端、


「ヒーローッ!」


 レイヴンが満面の笑みを浮かべてヒロに飛びかかった。

 その顔にヒロの蹴りが炸裂する。

 ぷぎゃっと悲鳴を上げてレイヴンは床に這いつくばった。


「寄るなアイテム図鑑!」


 顔を引きつらせてヒロはそう吠えた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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