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父と娘の異世界生活。――たとえ悪魔と呼ばれても  作者: 佐々木弁当
十一章【姉と妹、そして弟】後半
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豊穣祭・二日目後半、働き者Ⅱ

 過剰労働にげんなりし、はぁと大きな溜め息をついたあと、メアリーは腰を落として姿勢を低く構えた。

 獲物に飛び掛からんとする猫のように、極端に低い姿勢。


 対峙するこの悪魔は、いまだ手加減の域は出ないものの、あまり場数を踏んでいるような動きにも見えなかった。

 強引に、身体性能に物を言わせてこちらの行動に対処している――何度かの攻防を繰り返して、そんな風にメアリーは感じた。

 なので、ちょっと奇をてらってみようかと。


 

 そんなメアリーを見て――ちょっとした火遊びだ――と、ポルモネンセは微笑んだ。

 振りかかる火の粉を払うのに、容赦をするつもりはない。

 ないが、ちょっと熱いくらいが面白いのだ。火遊びは。


 小さく舌なめずりをして、ポルモネンセがちょいちょいと指を動かした。

 挑発に乗ったわけでもないが、上目遣い気味にポルモネンセを見ていたメアリーが足を踏み出す。剣を握る右手を除いた三足からの疾走。

 三本使ったからといって、別に駆ける速度が先程の突進より早くなるわけでもない。手は手であって、足ではないのだから。


 早くはならないが、早く見せる事は出来る。

 低い姿勢のまま駆けていたメアリーは、ポルモネンセの足を狙って横凪に剣を振るった。

 踏もうとでもしたのか、ポルモネンセが足を上げ、向かう刃とのタイミングを図る。武器をへし折るつもりで力を込める。


 ジャリッと小さく砂が鳴った。

 途端、急に剣先が伸びた。

 刃が長くなったのではなく、一気に角度を上向きに変えて、足ではなく首に目掛けて伸びて来た。


 地面を叩いた左腕と、猫のように丸めていた背中を伸ばした勢い。その二つを伴いながら急速に角度を変え、首筋に狙いを定めて上昇してくる刃。

 片足を上げた格好だったポルモネンセは、咄嗟に腕を上げて刃を受け止めた。

 再び腕が宙を舞う。


「またッ……」


 忌々しそうに言い、腕の干渉で幾分かスピードの落ちた刃を頭を振って避ける。

  強引な切り上げで伸びきっていたメアリーの身体。その胸を狙い、ポルモネンセが残った腕を振り上げる。

 バチッとポルモネンセの顔を砂が叩いた。いつの間にか左手に砂を握っていたメアリーが、顔に目掛けて投げ付けたものだった。

 一瞬、ポルモネンセの視界がブレる。


「フゥゥッ!」


 メアリーの肘鉄がポルモネンセの顎を砕くには、その一瞬で十分だった。


 遠心力とバネが十二分に乗った一撃だった。

 ポルモネンセはまともに喰らい、視界が揺れた。

 何かが潰れる音と砕ける音が、ポルモネンセの脳内で同時に響いた。

 顎の骨が砕けただけでは足りず、首が横向きになったまま戻らない。首の骨ごとへし折れた。


 全ての視点が横向きになっているのが可笑しかったのか、ポルモネンセが声を出して笑う。首が折れているせいか、酷く掠れた声だった。


 ポルモネンセが足を踏み込み、傾く身体を強引に支えた。

 そのまま、踏む込んだ足を反発するバネのように使い、渾身の肘鉄を繰り出してまだ体勢の整っていないメアリーの背後を取った。

 抱き締めるように羽交い締めする。切り落としたはずの腕がいつの間にか生えていた。


「ッ!?」


 両腕ごと拘束され、慌てたメアリーが後ろに首を振って頭突きを放つ。

 ゴチンとポルモネンセの鼻っ柱が砕けた。

 同じ場所に二発目の頭突き。砕けた鼻が更にグチャリと潰れた感触。

 しかし、ポルモネンセはそれに全く怯む事なく、メアリーの身体に回した長い腕で、ゆっくり彼女の頬をなぞった。

 指をうなじ側に回し、鋭く伸びた爪で器用にメアリーの長く伸びた髪を掻き分ける。

 強引にうなじが晒け出された。


 ポルモネンセはからかうように一度小さくフッと息を吹き掛けたあと、下品なくらいに口を大きく開けた。


「やっ、――いやっ!」


 メアリーが悲鳴をあげて首を降る。

 完全に押さえ付けられた身体はピクリとも動かず、ほんの僅かに首が動かせただけだった。

 ポルモネンセがうなじにかぶりつく。

 簡単に皮膚が裂け、肉が抉れ、血が湯水の如く噴き出す。

 クチャクチャと不必要に大きな音を立てて肉を咀嚼する。


 と、ポルモネンセが見ている前で、メアリーのうなじに深々と刻まれていた傷痕が消えてなくなった。広がっていた血の痕に、布で拭き取ったように傷と同じ形の白肌がクッキリと出来上がる。

 真新しい血液で汚れた服襟が、そこに確かに傷があったと知らせていた。


 傷は無くなったが、拘束が解けた訳ではない。

 ポルモネンセは咀嚼していた肉を吐き出すと、横に向いていた首をゴキリと無理矢理に元の位置へと戻した。

 そうして再び同じようにうなじへ狙いをつけ、歯を覗かせる。


『メアリー。メアリー。メアリー』


 すぐ傍からそんな声が聞こえた。

 発信源はメアリーの懐からのようだった。


 口を開いたままポルモネンセが怪訝な顔をした。

 その目の前で、メアリーの首がグルンと半回転した。

 目が合った。



 ブラッディーメアリーがブチブチと口角が裂けるほど口を開ける。


「そっちの方が可愛いね」


 面白そうに言ったポルモネンセの喉をブラッディーメアリーが喰い千切った。

 喉の半分近くを失ったポルモネンセが、頭を支えきれずにガクッと首を落とす。

 ブラッディーメアリーは、その額に向けて頭突きをぶち当てた。

 二度、三度と間髪入れずに叩き込むと、メアリーを拘束していた腕が緩んだ。

 その一瞬に、身体全体を使って弾くようにポルモネンセの束縛から逃れる。


 しかし、ブラッディーメアリーは離れようとはせず、素早く身体を半回転させ、その勢いのまま剣を振るうとポルモネンセの胴を薙いだ。

 その刃を、ポルモネンセが素手で受け止める。

 ポルモネンセの首筋と手の平から、鮮血の代わりに黒い蒸気が立ち昇っていた。

 刃と素手で力比べをしたまま、ポルモネンセがチラリと自身から溢れる煙に目を配る。


「これは危ないね。剣にさっきよりも魔力が込もってる」


「ポル、手を貸そうか?」


 腕を組んだガブスが声をかけると、ポルモネンセは小さく鼻で笑った。


「手は足りてるよ」


 空いた方の手で殴りつけて来たブラッディーメアリーの拳を払い落とすように捌く。

 メアリーの両腕が開かれ、無防備になる。

 拳が横殴りで頬にぶち込まれる。


 頬の潰れる感触があった。

 そのままメアリーは宙を舞い、数度のバウンドを経てゴロゴロと地面に転がった。カラカラと手から零れ落ちた剣が鳴る。

 しばらく横たわったままメアリーは動かなかった。


 死んだか? ――と、ポルモネンセが思ったところで、メアリーが不意に起き上がった。

 両腕で踏ん張り身体を起こそうとしていたが、失敗し、また地面にドサリと崩れ落ちる。


 そうしてまた動かなくなる。


 ポルモネンセは自身の傷を癒しながらその場で少し待ったが、全く動かなくなったメアリーを見ると小さく息を吐いた。

 トドメを刺そうと軽い足取りで近付いていく。


 ふと、メアリーの姿が視界から消えた。

 ポルモネンセは少し驚いたあと、僅かに目を細めて周囲をつぶさに観察する。


「……何かいるな」


「だね」


 ガブスの言に応じてから、ポルモネンセは広げた手の中に炎を出現させた。赤と黒が混じる歪な色をしていた。

 それを自身の正面に向け、横凪ぎで無造作に振るった。

 ゴォとうねりを上げて広範囲に広がった炎だったが、ポルモネンセの正面、メアリーの倒れていた辺りの炎だけが、むしり取られたかの様に欠き消えた。


「出ておいでよっ」


 不自然に消えた炎の、その空間に向けてすぐさま二投目を放つ。

 先程とは違い一点に集約された、速く、大きな炎の塊が飛ぶ。

 塊は、目星のポイントまで進むと、見えない壁にでも当たったように四方八方に炎の花弁を広げた。押し戻された熱気が突風となって跳ね返り、周囲に焦げ臭い匂いを残す。

 炎の余波が収まり始め、視界がクリアになったところで、ポルモネンセはようやくその姿を視界に収める事が出来た。


「……ここには来ないんじゃないかと思っていたよ」


「奇遇ですわね。わたくしも、来るつもりはありませんでしたが、向こうに行っても役には立ちそうもありませんもの。実利を取ったまでですわ」


 見目麗しく幼い容姿にはてんで似つかわしくない禍々しい腕を組みながら、魔王ミキサンは少し残念そうに言った。


 静かに戦況を見守っていたガブスが、ミキサンの登場を目にするなり表情を険しくさせた。

 そうして、臨戦態勢を取った。

 悪魔の階級は強さで決まる。

 強さだけならば間違いなく、王級は貴族級の上。

 だが、ポルモネンセと二人がかりならどうにかなるだろうと、先程は必要ないと言われた助けに入るべく身構える。


 そうしていままさに動こうとしたガブスの背後で、カチャリと音が鳴った。


「頭をぶっ飛ばされたくなきゃ、動くなよ?」


 すぐ背後。至近距離。

 ガブスの後頭部にアテナの銃口を突き付けたヒロが、そう告げた。


 そんな風に、魔王と英雄は同時にやって来たのである。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
― 新着の感想 ―
[良い点] 間が空くし小難しいし話が続いたけどこれは分かりやすい!(←阿呆)
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