1話 最後の二日
~~ラルナside~~
「ラルナ様、朝でございます。起床の時間です」
いつもと同じ声が聞こえて、パッと目が覚めた。
「ええ、今行くわ……」
寝起きでなかなか声が出なかったが、私はなんとか返事を返す。
まだ外は暗く、虫の鳴き声が小さく響いている。
私はその音に耳を傾けながら着替えをしたあと、寝返りでくずれてしまっていた寝床を正す。
枕には、私の顔と同じくらいの長さの紅い髪が一、二本かくっついていた。
「……きたないなぁ」
その髪を払い落とし、ゴミ箱に入れる。
「……はぁ……」
しばらく、そのままボーッとしていた私に、いつもの言葉が頭に流れてきた。
なんで……こんな所に生まれてしまったのだろうか……
「……ラルナ様?」
なかなか部屋から出てこない私が心配になったのか、部屋のドアを少し開け、執事が顔を覗かしてきた。
「あ、ごめん。今行く」
そう言ってベットから立ち上がる私に、執事が口を開く。
「ダメですよラルナ様」
「あ、えーと……ごめんなさい。 今行きます……で、良い?」
「はい。 合格です」
執事はそう言って、笑顔を見せてくる。
私はその顔を見てから、部屋の外へと出た。
「ヒマナ様が……あ、いえ、お母上様がラルナ様を食堂にと……」
「うん、わかったわ。 ありがとう」
「ラルナ様」
ああ……もう、めんどくさい。
「わかりました。ありがとうございます」
執事に向かって早口でそう言うと、私は食堂へと向かう。
ああ……本当になれない……敬語を使うのは。
つくづく思う……自分はここの生活に合ってないと。
そんな事を思いながら、食堂のドアを開ける。
「おはよう。ラルナ」
食堂に入ると、私の紅い髪とは似ても似つかない黒髪の母上が、迎えてくれた。
「おはようございます。 母上」
私は椅子に腰を掛け、テーブルの上に置いてある朝ご飯に目をやった。
テーブルには牛肉のステーキ、綺麗に飾られたスープが置いてある。
朝からだと正直きつい……
でも、せっかく料理人さんが作ってくれたのだからしっかりと食べないと。
それに、お母さんも残してはいけないと怒るし。
スプーンとフォークを取り、牛肉を切り分けご飯と共に口に運ぶ。
肉は、本来なら頬がとろけて落ちるほど美味しかったのだろうが、今の私にはそう感じなかった。
「ラルナ、明日の誕生祭の事だけど……」
「わかってるよ。また、閉じ込めるんでしょう? 私を」
母が全てを話し切る前に、私は答える。
「人の話しは最後まで聞きなさいラルナ。 それと敬語……また忘れてるわよ」
「家族なんだから良いじゃん……」
そう言いながら、スープを口に運ぶ。
「明日の誕生祭は少し違うは……貴方は明日で15歳になるの。 わかるでしょ」
ああ、そっか……わすれてた……
「……民への誓い……」
民への誓い……それは、この国の王家の……ナーガの決まり事。
民の前に立ち、王妃になる事を誓い、これから貴方たちを支えていきましょう。
と言う、誓いだ。
正直、こんなことしたくない。
こんなこと、誓いでもなんでもないのだから……
ただ私は、民が働くのを見ているだけということを、宣言しているだけなのだから。
だけど、民は私を信じて働き続ける……
……私が、王の血を引くものだからと言う事だけを理由に……
「わかってるよ……」
「ならいいわ、貴方は明日...…太陽が真上に上がると同時に、ジャダイの民の光となるわ」
母はそう言って、嬉しそうな笑顔を見せてくる。
…………
もうしかたのない事……運命は変えられないのだから。
私はこれから……いや、これからも一生甘やかされて生きていくのだろう。
外の世界を知ることなく死んでいくのだろう。
そんな事を考えると涙がでそうになる。
食事が終わった私は、外にでて庭の噴水に腰をかけ、外の空気を吸っていた。
外は、暑くもなく寒くもなく、風もない……嫌な圧迫感だけが感じられた。
まるで、自分が箱に入れられているかのような圧迫感……
箱に入れられている……間違ってない……
私は王家の血と言う呪いを受けて、この王宮という名の箱から出られないでいる……
周囲は静かで水の音とたまに鳥のさえずりが聞こえてくる。
民への誓いでは、何を話せば良いのだろう。
ただの誕生祭ならば話す事は簡単だった。 ただ、感謝の気持ちを言葉にすればいいだけなのだから。
しかし、民への誓いは違う……
こんなダメ人間宣言……どうやって話せば……
そんな事を悩んでいると、近くに白い鳥が飛んできた。
鳥……か……
鳥は自由にここを出入りできる……楽しいだろうなぁ……
「お前達は良いね……何をするのも自由で。 私も自由に飛んでみたいなぁ」
小さな白い鳥は、首を傾げてこちらを見ている。
「ああ……もっと違う、他の場所で生まれたかったなぁ……」
こんな事、何も話す事の出来ない動物にしか話せない……
そもそも、相談できるような友人もいないんだけど……
白い鳥は、こちらを確認するかのように飛び跳ねて近づいてくる。
「鳥にそんなこと言ったって何も変わらないのにね……何言ってるんだろう……私」
私がそう言うと、白い鳥はどこかへ飛び去ってしまった。
飛んでいく白い鳥を見つめていると、視界の端に武装した兵士が写った。
「ラルナ様、そろそろお時間です」
鳥に一方的に話しているうちに、もうそんな時間になってたんだ……
結局何も話す内容を考えてないなぁ……
「まだ少しだけ……だめ?」
「だめです。 外に出られる時間は決まっております」
「別に庭だから……」
「だめです。 私がお母上様から叱られてしまいます」
「……わかったよ……」
私はそう言って、自分の部屋に戻った。
いつもこれの繰り返し……
朝起きて……ご飯を食べて……外にでて……部屋に戻って……
その後は何にもやる事がなくって……
ずーっとボーッとしてて、夜になったら眠る。
「こんな人生……つまらないよ」
昔は母も父も、色々遊んでくれたのに……
今じゃ忙しくなって……ずっとほっぽりっぱなし。
忙しいのはわかるけど、それならせめて外に行かせて欲しい。
でも、それもさせてくれない……
子供の頃、私が誘拐にあってからはもうずっと、出させてもらっていない……
私はもう、子供じゃないのに……
「……本でも読もうかな……」
そう思い、本棚をあさる。
”竜鳥大戦”はもう何回も読んだからなぁ……
他のないかなぁ……
悩みながら本の題名を指でなぞり、気に入った本を探す。
「……私の太陽……これにしよう」
私はその本を手に取り、ベットに転がった。
…………………………………
「ぅ……う…ん…」
目がさめると、辺りはもう真っ暗になっていた。
もう……夜かぁ……
明かりを付けないとなんも見えない……
自分の近くにあるはずのランプとマッチを手探りで探し、私はランプに火を付けた。
あたりが多少明るくなる。
多分だけど、近くにご飯が置いてあるはず……
寝てしまうと、いつも執事の人が置いといてくれている。
今日もやはりそうだった。
近くには、美味しそうな夜ご飯が置いてある。
もう、冷めてしまっているとは思うけど、ちゃんと食べなきゃ失礼だよね。
私はそう心のなかで呟き、料理を口に運んだ。
次の日の朝。
私は朝早くに起こされ、少し歳をとった執事の方にドレスを着させてもらっていた。
「ちょ、ちょっと! そんなきつくしなくても……」
「これくらいきつく締めておいた方が、綺麗に見えるんですよ。少しキツイかもしれませんけど、我慢してくださいね」
「う……ぅ……」
「はい! 出来ましたよ」
歳をとった執事は私にそう言って笑顔を見せてくる。
「綺麗でございますよ! ラルナ様」
「私は綺麗じゃなくても良いから、緩くして欲しいんだけど……」
「今日は何万人の人々が来ているのですよ?」
「別に良いよ」
「まぁ、そんな事をおっしゃらずに。 お母様に見せに行きましょう」
「……う、うん……」
執事にそう言って、重い足取りで母の元に向かう。
部屋を開けると、ドレスに身を包んだお母さんが、窓から外を眺めていた。
母のいる部屋は、外の式場のすぐ隣と言う事もあり、もう既に色々な喝采の声が聞こえてきていた。
「凄い人数……」
誕生祭の時とは比が違う……
私はこんななか、ちゃんと話せるのだろうか……
「皆、あなたを見に来たのよ。ラルナ」
「……うん」
ここで私は民の誓いを……
はぁ……やっぱり嫌だ……嫌だけど……もう仕方がない……
「ラルナ……そろそろ行きましょう」
「うん……そう言えばお父さんは?」
「皆と同じ会場でラルナを見たいといって、外にもう出てるは」
お父さんは外に……
私は出してくれないのに……
「どうしたの?」
「ううん……なんでもない」
私はそう言って、外の式場に出た。
その瞬間、一気に会場がうるさくなる。
外は、人の熱と厚いドレスのせいで、一層暑く感じられた。
「さぁ、皆に希望を与える言葉を」
後から出てきた母がそう言った。
「……うん」
私は、ゆっくりと式団に上がり、前をまっすぐ見た。
会場は拍手と喝采で更に盛り上がり始める。
会場が静まるのを待ちながら、何を喋るかを考える。
…………………
そして、会場の拍手喝采が静まり始める。
私は、ギリギリまで考えた。
それでも、言葉はまとまる事はなかった。
……そして、全ての音が止んだ。
その時。
突如、突風が辺りに吹き荒れ、周りの飾りなどを飛ばしていった。
「な、なに!」
私は突風が弱くなってから、瞑っていた目を開けて前を見る。
…………なに……これ……
目の前には、自分の何倍もの大きさの黒竜が、こちらをじっと見つめて、空中で翼を動かし止まっていた。
辺りが、何かが弾けたように一気に騒がしくなる。
皆、どうにか逃げようとするが、黒竜の翼から放たれる風のせいで身動きが出来なくなっていた。
「ラルナこっちへ!! 早く!」
母がそう叫ぶのが聞こえてくる。
……………
私は、その母の言葉を聞き流した。
この時、私は思っていた。
この竜は、私をここから助けに来たのかも……なんて事を。
私は一歩一歩とその竜に近づいていく。
そして、手の届く距離についたその瞬間、目の前の竜の口が近づいてきた。
そして、私の視界は閉ざされる。
…………
ああ……私食べられたんだ……
あっと言う暇もなく全てが終わったと思った私は、そのまま目を閉じた。
ご閲覧ありがとうございました。




