1-7
森の中を北へ自転車で適当に走り、日に何度か背の高い木に登って、エアライフルから外したスコープで周囲を確認する。
十日目でゴブリンの集落を見つけた。
思ったよりも時間がかかったが、その間にシカの魔獣が狩れたので良しとしよう。
ちなみに、北へと向かった理由は気まぐれではない。
森の外に出る西と森の奥に入る東は論外として、マルグリットが南には人間至上主義の宗教国家があり、北には人間以外の種族が暮らす国が幾つもあると言っていたので、危険を避けて北に向かった訳だ。
まぁ人間至上主義の国の人間相手ならナニをやっても心は痛まないが、今はまだその時じゃあない。やるなら、もっと力をつけてからだな。
集落をざっと確認してみた所、幸いと言って良いのか分からないが、ココは俺の生まれた集落ではないようだ。
それでも緑肌の連中を見ると怒りが湧くが、あいつらを殺した所で恨みが晴れる訳ではないし、何より実験材料は生きていなければ意味が無い。
さて、この集落は俺の求める条件に適っているかな?
大小の小屋が十数戸程度の規模で、泥壁と木の枝で小屋を作り火で料理をする程度の文明レベル。
しかし壁の代わりに柵で囲われた小屋の一つにはオオカミが繋がれ、屋外で作業しているゴブリンの手に輝くのは金属製の槍や斧だ。
動物を使役するのは良いとして、あの槍は斧はどうやって手に入れた?交易か、略奪?あまり見縊りすぎるのも危険かな。
集落の構成は……。中央に大きな小屋、そこから同心円状に大小の小屋が広がり一番外に雑な柵。
壁の無い小屋の一つは竈小屋で、竈が幾つも並んでる事から住民が少なく無い事が分かる。
物陰も多いし、攫うだけなら簡単そうだ。
そうやって観察をしていると、なにやら集落の中が騒がしくなってきた。おっ、中央の小屋から誰か出てきたな。
小屋から出てきたのは、でっぷりとしたゴブリン。
ソイツが大きな声を上げると、幾つかの小屋からわらわらとゴブリンが出てきて、でっぷりとしたゴブリンの前に集まる。
アレがこの集落の長か?集まったゴブリンの方は、見える分だけでも百人くらいは居そうだ。
しばらくして、体格の良いゴブリンが縛られた細身のゴブリンを担いで小屋の一つから出てきた。
細身のゴブリンが長の前に投げ出される。
公開処刑かナニカかな?長の力を示すパフォーマンスとしては有効だが、こう言う事をしなければならないって事は、権力が磐石ではない証拠でもあるな。
おっと、細身のゴブリンを縛っていた綱が弾ける様に解けた。長は驚いていないが、周囲のゴブリンには驚きが広がる。
固有魔法?だとしたら、長か細身のゴブリンのどっちの魔法だ?
立ち上がった細身のゴブリンが右手を突き出すと、そこに炎の塊が生まれて長を襲う。
細身のゴブリンは火の魔法を使うのか、となるとさっきの縄もこいつの仕業っぽいな。
長は飛んできた火の玉を手にした杖で弾き飛ばした。
体格の良いゴブリンが慌てて魔法使い……、いやゴブリンだと呪い師か?を取り押さえようと近づくが、長がそれを制止して、呪い師を睨みつける。
長も呪い師も睨みあったまま動かない。
どちらにも動きが無いまま数分が経ち、長が勝ち誇った顔で背を向けると、呪い師も大人しく後に続く。
なんだありゃ?呪い師は背を向けていたから分からないが、少なくとも長の口は動いてなかったので、言葉による説得ではなさそうだ。
となると長の固有魔法?あの感じだと催眠か洗脳かな?
アレが長の固有魔法だと考えると、今の俺では発動させたらアウトだ。
長の固有魔法は効果を表すまで少し時間がかかるみたいだから仲間でも居れば別だが、俺一人ではどうしようもない。
かからなかったとしても、かかるまでの間に長の手下に捕まるか殺されるかして終わりだ。
でもまぁ、やりようはあるが。
態々ゴブリンの集落を探した目的は、一に実験体の確保、二に安定した拠点の確保、三に知識の取得の為だ。
一番簡単なのは実験用のゴブリンを攫って逃げる事。とりあえず人体実験の被検体さえ確保できれば目的はかなう。
里を襲わなくても、人気の無い所に居るゴブリンを二三人、意識を奪って魔法の鞄に放り込み遠くまで逃げれば、最低限の用は済む。
しかしそうなると、実験材料が無くなる度に攫いに来なくてはならない。
どうせなら、集落の有力者を皆殺しにして乗っ取った方が手っ取り早く、安定した拠点も手に入る。
それにあの規模の集落なら、薬師や狩人もいる筈だ。そいつらから知識を得る事もできるだろう。
力を示してもゴブリン共が従うかは分からないが、今のパフォーマンスを見る分には恐怖政治で問題は無さそうな気もする。
と、言う訳で長を殺そう。
一番安全なのはエアライフルでの狙撃だが……。威力の問題は空気の圧縮率を限界まで上げ、弾丸に群れ狼の牙を加工したものを使えば解決するだろう。
ただし、これには長が外に出てくるまで待つ必要がある。
待つだけなら何日待っても良いが、集落にはオオカミが居るんだよなー。
木の上でじっとしてても臭いでばれたらまずい。
集落のゴブリン共がどれ位の強さなのかは分からんが、魔獣を食う前の俺と同じ程度でも囲まれたら勝ち目は無い。
オオカミをどうにかする方法も無いではないが、確実性に欠けるんだよなぁ。
手を拱いている間に長が俺の危険性に気がつけば、長は俺が一人でも油断する事は無いだろう。そうなるとやはり勝ち目は無くなる。
なるべく短時間で、極力少数と戦うようにしたいなぁ。
最低限戦う必要があるのは長だけだ。
あと、敵になりそうなのは呪い師と集落の守り人が何人か位かな?さっきのショーを見ていた集落のゴブリン共の顔には、熱狂は無く、恐怖と怯えしかなかった。
ああ言うヤツラは強制されるか、俺が弱みを見せなければ戦いに参加しないだろう。
長だっていらん事で集落のゴブリンを減らしたくない筈だから、敵が一人なら長と守り手だけで勝負をする。……といいなぁ。
九割がた大丈夫だと思うが長が天才か馬鹿なら分からん。
戦力的には、俺より強い可能性があるのは、長と呪い師くらいなものだろう。
素手では守り人に勝てないかもしれないが、俺には魔法の小剣と槍がある。戦い方さえ間違えなければ、負ける事はまず無いと思う。
後は情報次第だな。ちゃっちゃと攫って尋問しよう。
オオカミ小屋の反対側から集落に近づき、のんきに歩いていたゴブリンを一人、締め落として攫う。
集落から十分離れてから魔法の鞄から取り出して、蔦でがんじがらめに縛り、腹を踏みつけて目を覚まさせた。
「グボ!」
「死にたく無ければ騒ぐな」
踏みつけた足に体重をかけたまま、ゴブリンを脅す。
「オマエに聞きたい事がある。俺の質問に全て答えたら、開放してやろう」
「わ、わかっただ」
「よし、じゃあ先ず、オマエの集落には何人ゴブリンがいる?」
「い、一杯だ」
……質問の仕方が悪かったかな?
「大雑把で良い、ゴブリンは何人くらいいる?」
「えぇと……。一杯だ」
う~む、攫ってくるヤツを間違えたかな。
それでも、質問の仕方を変えて細かく聞いていくと、ある程度集落の全容が見えてきた。
やはりあのでっぷりしたゴブリンが長で、細身が呪い師だった。
あの集落に他には呪い師は居らず、戦う事を専門としている守り人は五人以上、後のゴブリンは狩人や職人だが子供以外は全員戦う事は出来るらしい。
先ほどのアレは、『呪い師の派閥が最近力をつけていたので見せしめにした』と言う話だ。
ああ言う事は良くあるらしく、守り人の半分以上が同じ目にあっているそうだ。
「アレが長の力か?」
「んだ。長の目を見ると、人形みたいに長の言う事に逆らえなくなっちまうんだ。
それに、一度ああなっちまうと、二度と元に戻んねぇ」
ほう。目を、ねぇ。
「長は嫌いか?」
「そんな事は言えねぇ」
「長が死んだら嬉しいか?」
「……ちっとだけ」
たいした力だが、人望が無いのはいただけない。いっそコイツを抱きこんで毒でも盛るか?
だが、ソレをやると住人に俺を認めさせるのが骨だな。
「長が死んだら次の長は誰がなる?」
「村で一番力があるやつだ」
「じゃあ、俺が長を殺しても俺は長になれないのかな?」
足に力をこめ、悪く笑いながら聞いてやった。ゴブリンは顔から血の気を無くし、ぶるぶると震える。
「あ、あんたが次の長だ!」
「そんな事を他のやつらも認めると思うか?」
「認めるだ。長を殺せるようなやつに逆らえるもんか!」
「そうか!ああ、そういえば名前を聞いてなかったな。お前、何て名前だ?」
「おらはギールだ。あ、あんたは?」
俺は……、俺の名は……、何だ?
集落では、「おい」とか「お前」とかしか呼ばれてこなかったし、だからと言って人間時代の名前を名乗るのもおかしな話だ。
良い名前はないものか。
ゴブリンは鬼、とか妖精だっけ?あと色から黒?
ゴブリンでは思いつかないが、鬼なら八雷神とかあるな。オオミカズチ、サクミカズチ、ワカミカズチ、クロミカズチ……、後なんだったっけ?
妖精は……、下手するとこの世界の種族とかぶりそうだからやめておいた方が無難かも。
俺の知ってる黒色だと、ブラック、ノワール、シュバルツ、ヘイ……、どれも今一だ。
後は……、カラス、クロウ、黒豹、パンサー、ゴリラ、黒バラ、闇、墨、黒炭、黒檀、カーボン、鉄、オニキス、黒人、ネグロイド、ニグレド……?
どんな意味だったか忘れたが、ニグレドもたしか黒に関係する言葉だったよな。
……うん、ニグレドか。悪くない。
「俺の名前はニグレドだ。ギール、蔦をといてやるから暴れるなよ?」