1-6
「マルグリット。約束どおり、お前を人間の街に帰す」
十字槍が完成した次の日、俺はマルグリットにそう言った。
「はい……?あ、ありがとうございます!」
マルグリットは怪訝な顔で首をかしげ、数秒して言葉の意味が飲み込めたのか大きな声で礼を言う。この女、人間の街に帰る事を完全に忘れてたんじゃないだろうな?
まぁ、最初の数日は兎も角、すぐにマルグリットはこの生活にも慣れて、十日も過ぎる頃にはすっかり馴染んでいたからなぁ。
樹上のテント暮らしながら、上げ膳据え膳、俺への講義以外は好きに魔法の研究ができる今の環境が、この女には居心地が良かったのかも知れない。
それでもマルグリットには帰ってもらわにゃならん。これからやる事に、この女は邪魔だ。
手早く荷物をまとめ、天幕を引き払う。
水は魔法の水差しがあるし、森は相変わらず実りが豊かなので食料の心配は無い。
そう言えば前世を思い出してから結構な日数がたつが、日照時間の変化や季節の変化が感じられないな。
この星の地軸はほとんど傾いていないのか?だからどうしたと言う話でも無いんだが。
マルグリットには街に帰すと言ったものの、目指したは森の近くにいくつもあると言う猟師村の一つだ。
俺が人間社会に出るにはまだ準備ができていないから、そこでマルグリットとは別れる予定だった。
村の位置は魔法のコンパスが教えてくれるので、問題は無い。
このコンパスはトレットン子爵に雇われた狩人の一人の持ち物で、森の近くの猟師村に置かれた対となる指標の場所を指し続けるんだそうだ。
昼間は歩き続け、夜は交代で眠る。
何度か獣が襲ってきた事以外にはトラブルも無く、六日ほどで森の外に出た。
指標の置かれていた猟師村は、森から目と鼻の先にあった。
時刻は夕暮れ、日が暮れる前に用事を済ませようと忙しく動く人々が、村をぐるりと囲む柵の合間から見える。
村のすこし手前で、俺は足を止めた。
それに気がついたマルグリットも立ち止まり、俺の方を向く。
「マルグリット、俺はココまでだ」
「……はい、お元気で」
「オマエもな」
あっさりとした別れだが、必要な事は昨日までに終わらせてある。
再会の約束と、連絡方法の確認。マルグリットの名前で身分保障を書かせたので、万が一の場合も安心だ。
マルグリットの頭の中では俺はこの後、森の中で俺の生まれた集落を探し、俺を排斥した連中に復讐する事になっている。
旅の間の寝物語に今後の俺の予定をマルグリットに語って聞かせたストーリーだが、一部は正しい。
もし俺の故郷が見つけられたのなら、復讐しても良いだろう。
しかし、それ以外にもやりたい事は多かった。
・
そして今、俺は森の中でマルグリットには見せたくない装備を作っている。
「フフンフフンフン~♪」
何の気兼ねも無く、好きな物を作れる環境と言うのは素晴らしい。思わず鼻歌が洩れてしまうのも、仕方が無いだろう。
魔法の鞄から、色々と部品を取り出す。
車輪が二つと、その車輪を縦に繋げるフレームとハンドル。ペダル、クランク、大きさの違うギヤが二つにチェーン。
その他にもサドルやボルトやナットなど、細々とした部品。全て魔獣の骨と鋼を合成して作り出した不思議合金製だ。
どれも、練習がてらマルグリットの目を盗んで作った部品だ。これを『万能ツール』で組み立てる。
出来上がったのは自転車。形状はモトクロスバイクに近いが、構造はトラックレーサーに近い。つまり極めてシンプルな作りになっている。
ブレーキも変速機も無いし、構造がよく分からなかったので後輪とギアも直結した。
その代わりギアの比率はかなり高くしたので、今の俺の脚力なら時速百キロだって不可能ではないだろう。
自転車が壊れなければ、だが。
ちなみに、エンジン代わりに『万能ツール』で車輪を回転させるのも可能だが、体力の消費を考えると足で漕いだ方が効率がよかったりする。
お次は飛び道具を作ろう。
それも三つ。どれにも利点と欠点があるので状況によって使い分けるつもりだ。
最初に完成したのは、小型のコンパウンドウボウ。
コンパウンドボウとは、両端に滑車がついているアーチェリーの弓である。
前世で山で遊ぶ為に買った道具の一つだが、今回は記憶を頼りに何とか作ってみた。
普通の弓に比べれば複雑なつくりをしているが、整備の為に何度も分解したので構造はよく覚えている。
何度も細かな調整するを必要があったが、満足のいく完成度で仕上げる事ができた。
まぁ、荷物に入っていた弓でも使えない事はなかったんだが、如何せん人間用の弓では俺には大きすぎる。
その点コンパウンドボウは滑車を使っているので、弓の長さに比べて引き代が格段に長い。
だから今の俺の身長に合わせた弓でも、高威力の矢を放てる訳だ。
二つ目は、鋼の矢を飛ばすコンパウンドクロスボウ。
コンパウンドボウと同じ形状だが、小型で遥かに強力な弓を備えたクロスボウだ。
こちらも、前世で山で遊ぶ為に買った道具だ。
ただし、この世界には規制も無ければ、構造も俺の魔法で自由にできるので、弓はかなり強くしてみた。
お陰で一々梃子の原理を利用した機構を使って弓を引かなければならないが、試し撃ちでは鋼鉄製の矢が木の幹を貫通するほどの威力をもつ。
もっとも一度撃つのに十秒はかかるし、反動が強すぎて精密射撃にはむかないのだが。
最後に作ったのが、圧縮空気によって鋼の弾丸を飛ばすスコープ付きのエアライフルと圧縮装置付きのエアタンク。
……なのだが、流石に狩猟免許なんぞ持っていなかったので、エアライフルの実物を俺は知らない。
だから、これはライフリングを施しただけの超強力な(おもちゃの)ガスガンと言っても良いくらいの代物になった。
それでも試射では、三十メートルほど先の木に弾丸が深くめり込んだので使えなくはないだろう。
空気を圧縮する手間を考えれば、あまり使いたくはないんだがな。
まぁこいつばかりは趣味で作ったようなものなので、使えなくても問題は無い。
第一、俺の身長よりも全長の長いライフルなんて使い辛くてしょうがない。ついでに、一発毎にタンクから圧縮空気を充填しなくてはならないので速射性も皆無だ。
大きいものはこの四点、後は特殊な矢や弾丸など細々としたモノを作る。
刺さった衝撃で毒が吹き出したり、弾けて傷口を広げたりするような、そんな性質の悪い奴を。
全て作り終えた頃には、コンロの火ではない光が森を照らしていた。
ああ、いつの間にやら夜が明けたか。
現状ではこんなもんかな。まだまだ色々と作りたいのだが、今はこれが精一杯だ。
魔法のコンロによる蒸気機関も考えたが、蒸気機関で動く車やバイクを作れる技術が今の俺にはない。
腰を据えてじっくりと研究するのも手だが、この世界にはそれより遥かに便利なモノがある。
それは魔法の道具だ。
わざわざ内燃式の車やバイクを作らなくても、魔法で動く移動手段を作れば良い。
ただ、現状では、ある程度『自在工房』で魔法の道具の加工はできても、一から作る事も、自由に加工する事もできない。
まぁ自己流で研究してだめなら、人の街で何とか技術を習うか盗むかする手もある。
自分で作る必要も無いので、人間の街に行った時にでもマルグリットに伝手を紹介してもらっても良い。
やりようは、いくらでもあるさ。