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マルグリットを助けてから、一月ほどが経った。
始めの半月はとにかく魔法の習得と練習、それと文字の勉強に時間を費やし、保存食のなくなった後半は食料を探しながら魔法の練習と実験を繰り返した。
最初の約束に文字を教える事は含まれていなかったが、俺が魔法を練習している間にマルグリットが本を読んでいたので、「魔法の杖を渡す代わりに文字を教えろ」と交渉を持ちかけて、教える事を承諾させた。
勿論、思い付きじゃあない。
前段階として、魔法の講義の時にマルグリットが魔法の杖を持っていても一人では人の街に帰る事ができない事を確認しておいた。
まぁいくら強力な武器を持っていても、女が一人で人食いの獣が闊歩する森を何日もかけて移動すると言うのは無理があるだろうと思っていたので、その答えは予想通りだ。
それでもマルグリットがヒステリーでも起こして魔法で俺を攻撃する可能性はあったが、あえてマルグリットに杖を渡した。
それは何故かと問われれば、マルグリットの不満を解消する為だ。
このままマルグリットを飼い殺しにするのなら俺への依存度を上げ続ければ良いんだが、そんな状態で街に返してたら最悪、俺は女を惑わす邪悪な妖魔として殺されかねない。
マルグリットに魅力が無い訳じゃあないが、俺が欲しいのは人の街で使える伝手だからな。
助け出してから数日、朴訥ながら紳士的に振舞う事で、マルグリットの俺への感情は順調に良いものになっていった。
ストックホルム症候群を例にするまでも無く、狙ってやった事だ。
あと一押しすれば堕ちる。その状態で杖を渡し、様子を見てみた。
暴れるようなら取り押さえるか殺し、俺に依存し続けるようならその方向に予定を変える積もりだったが、幸いにして、マルグリットは自分が俺と同等の立場になったと錯覚してくれので、後は体のいいパートナーとして協力してもらうつもりだ。
まぁ俺の思ったとおりに動いてくれると思ってはいないが、最悪でも無事に人間の街で社会復帰して、俺の身元保証人にでもなってくれれば十分なので、たぶん大丈夫だろう。
あと、魔法についてだが……。
俺は瞑想しながらマルグリットに暗示をかけてもらって、二つの固有魔法を発現させた。
名付けて、『自在工房』と『万能ツール』だ。
中二病とは呼ばないで欲しい。固有名詞が無ければ不便だし、何より名前を付ける事で魔法の効能を固定する意味もあるんだから。
この二つの魔法は派手ではないが、人間時代の工作&実験好きが功を奏したのか、中々に面白い力を持っている。
『自在工房』の魔法は、工房の名の通り素材を俺の好きなように加工できる空間を作り出す魔法だ。
極度の集中を必要とするが、できる事は形状の変化に成分の調整、異なる材質の合成 融合、又は分離、解析、圧縮等々多岐にわたる。
但し、この『自在工房』の魔法、使えば非常に疲れる。
始めて使った時には丸一日寝込んだし、慣れた今でも難易度の高い作業の後には何もしたくは無い。
『万能ツール』の魔法は、簡単に言うと念動力のような魔法だ。
動かせる重量は俺の腕力と同程度、移動速度は人が歩くよりは早く走るよりは遅い程度、直接的な戦闘には使えないが繊細な作業もできるので色々と重宝している。
面白いのは作用距離と効果時間で、触れていない物には十メートルも離れればそよ風ほどの力しか発揮できないが、体の何処か触れていれば数十メートルの蔦を操作して木の天辺に生っている実を取る事も可能だったし、柔軟な物や液体、砂や粉などの形状を固定した場合、魔法の使用をやめても数時間は形状を保っていた。
ここまでの能力なら『万能ツール』と言うよりはマジックハンドとでも言うべき魔法なのだが、この魔法を使って魔法の道具を操作した場合、魔法の道具の力をある程度制御できたりする。
元々は死体から剥いできた武具を分解したり、『自在工房』で作った部品を組み立てたりする為の魔法だった筈なんだが、どうしてこうなった?
魔法を発現させた後は、使えるようになった魔法を使いこなす為の練習をした。
『万能ツール』は割と簡単に使えるようになったんだが、『自在工房』の方はちょっとしたミスで魔法が破綻して、失敗した3Dプリントのような物体ができたり、素材が駄目になる羽目になった。
それでも練習として、魔獣の皮で作った服を作り直し、死体から引っぺがしてきた鎧を模して魔獣の骨で作った部品で、蛮族風の鎧を完成させる事ができた。
この蛮族鎧、あまり確り作って人間に目をつけられてもいやなので見た目はそれなりだが、着心地は良く動きやすい。
勿論強度の方も、魔獣の骨と皮を使っただけあって普通の武器ではほとんど傷をつけられないほど高かった。
金属や魔獣の素材の加工に満足した俺は次の段階に移った。
それは魔法の道具の加工だ。
『自在工房』で拉げた盾を加工しようとした時に妙な抵抗を覚え、原因を探るように集中してみると盾に宿る魔力が解った。
その後一通り荷物を調べてみた所、いくつかの魔法の宿った武器や衣服が見つかる。
先に挙げた拉げた盾と、剣が二振り、靴と外套と指輪が一つずつ。思い起こせば二振りの剣と盾は大男が持っていた武具で、後の三つは小男が持っていた。マルグリットに確認した所、二人ともトレットン子爵の懐刀のような者だったらしい。
長剣の強度と貫通力は普通の剣とは比べ物にならないし、小剣はそれ以上の強度と切れ味を持っていた。拉げた盾はこの状態でも普通の武器では傷一つつけられないし、思いっきりぶん殴っても持っている手にほとんど衝撃を感じない。……こんな盾をここまで変形させるって、あの恐狼はどんだけ攻撃力が高いんだ?
靴は履いて歩いても一切の足音をたてず、外套は身に着けるとカメレオンのように周囲の風景に紛れ込む。指輪をはめると半径10メートル程の範囲の生き物の気配がはめる前よりも鮮明に分かるようになった。
ちなみに最も魔力が強いのは魔法の鞄だ。
とりあえず、一番魔力の弱いコンパスを1、鞄を10として考えると、大体、長剣と丸盾、それに靴と指輪が2、外套と小剣が3、焜炉が4で水差しが6の魔力を持っていた。
魔法の道具の加工の練習には、俺にとって最も利用価値の無い拉げた盾を使用した。
大きく変形している上に、元の持ち主の大男だったら丁度良かったんだろうが、今の俺には大きすぎてこのままでは使いようが無い。
まずは、拉げた盾の形状を変えてみた。宿る魔力の所為か通常の金属よりも難しかったが、慣れれば何とか魔法の力をそのままに、形状を変化させる事は可能になった。
このまま胸当てにでも加工するのも手だが、どうせなら盾として使いたかった。なので魔力を圧縮し、盾から余分な部分を削って小さく加工をした。
元々は直径1メーター弱の丸盾だったものを30センチ程度まで縮めると、魔力の方も圧縮されておおよそ3の魔力になった。
重量から考えると大体十分の一に圧縮する事でワンランク上がったのだが、これ以上圧縮する事は今の俺にはできなかったので、更に十分の一に圧縮する事で宿る魔力が4になる確証を得る事はできなかった。
まぁ百倍に薄めてやれば宿る魔力が一になるはずなんだが、その結果、魔法的な衝撃吸収能力が消失したら勿体無いのでやらなかった。
小さく加工した事で俺でも使いやすくなった盾だが、最後にもう一つ、実験の被検体になってもらう事にした。
魔獣の素材と魔法の道具の合成実験である。
魔力の解析ができるようになったので魔獣の素材を調べなおしてみると、魔獣の素材にも生前の魔力の残滓が残っている事が分かった。
何と無くの勘ではあるが、魔獣の素材と魔法の道具を合成する事で、面白い変化が起きるような予感がしたのだ。
合成するのは、群れ狼の皮と頭蓋骨。予定ではウルフフェイスレリーフバックラー、と言った感じになる予定だった。
そして、完成したのはオオカミの頭が付いたバックラー。
予定どおりではあったのだが、試しに左手に盾を持って木の棒で叩くと、当たった瞬間にオオカミの頭が牙をむき、木の棒を噛み砕いた。
……なんだこりゃ?
この世界で意識を取り戻してから何度同じ感想を持ったか覚えが無いが、なんとも奇妙な盾ができてしまった。
モノとしては良い。敵の攻撃を受け止め、時には破壊すらする盾と言うのは、盾としては十分な機能だろう。
だが、このギミックは大丈夫なのか?いきなり暴走して関係の無い人間にまで襲い掛からないよな?と、不安になったがその後おかしな様子も無いので、今の所放置してある。
一応の成功は見れたので、練習がてらもう一つ加工してみた。
今回は、枯れ葉を踏んでも音を立てない魔法の靴に、荷物の中にあった空跳び栗鼠の皮を合成する。
マルグリットに確認した所、空跳び栗鼠はその名のとおり、何も無い空中を走り回って襲ってきたんだそうだ。
その魔力の残る皮を使って、空を飛べる靴を作ろうと考えた訳だ。
こちらも一応は成功した。
空を自由に歩く事はできなかったが、空中に数秒だけ足場を作る事ができるようになった。
タイミングよく使えば、空中を走ったり多段ジャンプもできそうだ。
ただ、靴から足音を消す効果が失われてしまったが。
技術的には成功したはずなのだが、現実には完全な機能を再現できなかったし、元からあった機能も失われてしまった。
幾つか原因は考えられるが、たぶん、靴の持つ魔力が足りなかったんだと思う。その証拠に、『万能ツール』使って余分に魔力を流してやれば、足場を維持する時間が大幅に延びた。
次に魔法の道具を合成するときには道具の持つ魔力の密度も考えに入れた方が良いだろう。
しかし、盾は衝撃吸収能力を残したまま奇妙なギミックが追加されたのに対して、靴の方は元の機能は失われた物の俺の期待したとおりの新たな機能を獲得した。
なぜだ?法則性が分からないが、同じ物をいくつも作れるほど材料も無いので判断は後日に回そう。まぁたぶん、異常なのは盾の方だろうが。
なぜなら、盾と作る時に感じた“予感”をあれ以来感じていないからだ。
そして今、盾と靴の実験を経て、本番の魔法の小剣の加工をしようとしている。
叫兎の頭蓋骨と魔法の小剣を合成したら、とても切れ味の良い小剣が出来上がる筈だ。
上手くすれば衝撃波くらいは飛ばせるようになるかもしれない。
期待に胸を膨らませながら、精神を集中する。
地面の上には魔法の小剣と、積み上げられた叫兎の頭蓋骨が並べられていた。
この叫兎の頭蓋骨は、以前に魔獣釣りで狩った叫兎のモノだ。
強度と前歯の切れ味から加工器具としても重宝していたが、何とか武器に転用できないかと考えていたので、シカの角や骨、オオカミの牙や爪と共に寝床を変えても捨てずに保管しておいたんだ。
『自在工房』を発動すると、俺を中心とした半径一メーターほどの“場”が発生した。
この中でなら俺は、神にも等しい力を揮える。魔力が続く限りにおいては、だが。
「【融合】」
右手を叫兎の頭蓋骨の上にかざすと、積み上げられていた頭蓋骨はどろりと形を無くして一つの塊になる。
「【合成】」
魔法の小剣を左手に持ち、そう呟くと、右手の下にあった“頭蓋骨だった塊”が魔法の小剣に吸い込まれていくように消えた。
「【形状変化】」
目を閉じて形状を思い浮かべる。
俺は剣の使い方なんて知らない。
モノの本でナイフファイティングや警棒の使い方くらいなら読んだ事があるが、剣道や剣術には興味を引かれなかったし、西洋剣の使い方なんか考えた事も無かった。
そんな俺でも扱えるような剣。
元になった小剣をベースに、扱いやすいように諸刃だった剣身の切先以外を片刃に変え、ハンドルは小剣の物を俺の手の形状に合わせて加工、ナックル付きハンドルガードを追加。
ゆっくりと目を開けると、俺の右手には思い浮かべたとおりの小剣が握られていた。
ファイティングナイフとマチェットとダガーを足して割らないような剣だった。
詰めていた息を吐くと、“場”が消滅するのと同時に体中にどっと疲れが圧し掛かる。やはり、魔法の道具の加工はきつい。
だが、その苦労に見合うものは出来上がった筈だ。
試し切りに、近くにあった木に完成したばかりの小剣で斬りつけて見る。
「うお!?」
小剣は悲鳴の様な音を立てて微かに震え、僅かな手ごたえを残して木を両断した。
凄まじい切れ味だが、今の音は叫兎の超音波か?だとすると、叫兎の能力の再現はできたようだ。
魔力の強い小剣を使ったかいがあったかな。
ちなみに、その後どうがんばっても衝撃波やそれに類する物は飛ばせなかった。
能力の完全再現には小剣の魔力が足らなかったのか、それとも別の要因があるのか……、まだまだ研究の余地は多い。
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後日、疲労が回復したのを見計らって、圧縮して魔力を増した魔法の長剣と火炎鹿の角と骨を合成して、『万能ツール』で魔力を供給する事で穂先に炎を纏う十字槍を作り、取り敢えずの準備はできた。




