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砂漠の薔薇の竜  作者: 白桐沙蓮
本編
16/17

至誠


事情聴取が終了し、数時間ほど後にすべての裁定が終了した。

勝者はいない。

村長も町長も領主も青い顔をしてどんよりとした虚ろな瞳で宿泊先へと戻っていった。

唯一、リューシャだけが王宮に残るよう言われ、心配そうに何かあったら呼べと念を押すレーヴェを見送った。

無表情な侍女が案内するのに着いていきながら、城の中で所々飛び出している精霊樹の魔力鼓動に耳を済ませる。

ここまで城と同化をして、しかも人の傍だというのに、負の情念に害されることなく清浄なままだった。どうやら精霊樹に対して徹底した浄化管理が行われているようだ。

そうでなければ、謀計策略渦巻く中で生まれる負の感情や情念などで害されて枯れているか、呪いを溜め込んで別物に成り果てていることだろう。


「こちらでございます。どうぞお入りください」


侍女が無機質な声音で、細工の見事な重厚な扉を開いた。

リューシャの耳にかすかに届くのは、きゃらきゃらと笑う精霊たちの声。人間には聞こえないその声が、街の外よりも多く響いている。

促されるまま部屋に一歩踏み込めば、白木で作られた細工の見事なテーブルとイス。いたるところに飾られた花々に、レースのカーテンが目に映った。

何よりも驚いたのは、ガラス張りの天井と大きく開いたベランダだ。

リューシャは知らなかったが、いわゆるサンルームだ。


「ようこそ、御伽噺の竜。わたくしの名前はツィル・マリカ・スヴァーティ。この国の女王です」

「リューシャ・アルトローザ。これ以上はレーヴェと同等になってしまうから明かせないよ、女王ツィル」

「かまいませんわ。わたくしも、半分も名乗ってはおりませんもの。さぁどうぞ、お座りになって」


リューシャの見たところ、この女王は若かった。

恐らく三十路を超えるか、そのあたりだろう。

揺れる金糸の髪、碧玉の瞳。お姫様と呼ぶにふさわしい色彩と、そして女王と呼ぶにふさわしい柔らかくも隙のない微笑を浮かべている。


「突然お呼び立てしてしまって、ごめんなさいね。どうしても聞きたいことがあったものですから」

「かまわないよ。ただ、心得て欲しいのはわたしは貴女の傘下に入ったわけではないということ。あくまでも、契約者が貴女の配下であったから応じているだけ。この事件の原因の一端でもあるし」


言外に、気に入らない命令は拒絶するしいつまでも協力してくれるとは思うな、と念を押しながらリューシャは女王の正面に座った。

やはり無表情な侍女が、静かに紅茶を注いだ。


「よい香りだね。薔薇?」

「えぇ、アルトローザ……砂漠の薔薇。貴女の一族の名に合わせてみましたの。お気に召しませんかしら?」

「いいえ、出来れば紅茶の葉を分けてもらいたいくらいだよ?とても気に入ったから」

「ふふ、では一缶差し上げますわ。ご友人と楽しんでください」


ほわり、と鼻をくすぐる仄かな薔薇の香りに、リューシャが目じりを緩めた。

口にすれば、仄かな甘みとさっぱりとした酸味に、これはケーキに合いそうだと内心思う。

一口、二口。二人は無言で紅茶を口にする。

口火を切ったのはツィル女王だった。


「単刀直入に聞きましょう、竜よ。貴女はこの国を守ってくださるかしら?」

「そうだね……」


ことん、とティーソーサーの上にカップを戻したリューシャは、女王の瞳を見つめながら言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。

どうしたら、伝わるだろうか。


「わたしは一族の最後の一人として最後まで生き抜くことを課せられているよ。わたしの命が失われるというのなら、護れない。けれど、けれど、ね。この命が失われない限りであれば、護りたいと、思う。レーヴェに、エヴァ、隊長に、部隊の皆。世界に解けた同胞たちは、わたしと彼らの出会いを祝福してくれた。わたしも、この出会いを大切にしたい」


砂漠から出て、師団の連中と旅をした。

大体はレーヴェと共にすごしていたし、向こうから話しかけてもらっても少ししか会話を交わしていない。

けれど通りがかれば手を振ってくれたり、差し入れと称して色々お菓子を持ってきてくれたり。訓練で向き合ったり。

強い接点ではないけれど、それでもリューシャにとってはとても大切な接点だ。

このやさしい人たちを無くしたくないと願うほどに。


「わたしは、その優しさに報いたいと思う。わたしからの一方的な守護は出来ない。けれど、共に立ち向かう仲間としてならば、わたしは、護るよ」


それがリューシャの精一杯。

静かにその言葉を聴いていた女王は、その武器も持ったことがない、ただただ美しいだけの右手をリューシャに差し出した。


「それでは、わたくしも貴女と共に立ちましょう。わたくしは、武器を持ったこともなければ、戦場に行ったこともありません。正直、貴女を利用しようとも考えますし、利用もします。けれど、至誠にもとることだけは決して致しませんわ」


女王であるツィルは、決してリューシャを利用しないなど言えない。国を護るため、民を護るため、利用できるものは何でも利用せねばならないのだ。

真心とか、誠実さとか。そういったものを無くしていくのが王座というものだが、たとえ利用するにしても利用したからこそ、返すべきものがあるだろう。

微かであっても貰った優しさに報いたいと微笑むリューシャを、その心と向き合うこともなく利用してしまえば、楽だろう。だが、その瞬間自分は愚王と化すだろう。

だから、至誠にもとることだけは絶対にしない。


「ですからどうか、この国を護ってくださいませ。わたくしも、わたくしの出来うる限りで貴女を守りますわ」




五省


一、至誠に悖る勿かりしか。

一、言行に恥づる勿かりしか。

一、気力に缺くる勿かりしか。

一、努力に憾み勿かりしか。

一、不精亘る勿かりしか。


海上自衛隊幹部候補生学校(過去、大日本帝国海軍の士官学校である海軍兵学校)において用いられる五つの訓戒。

簡単に言うと、真心に反すること、言行不一致なこと、精神力不足、努力不足、面倒くさがったりはしなかったかい?ということ。


この訓戒を提唱した時代背景や人物その他にも色々意見はあると思いますが、個人的に大切なことだと思います。


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