頭が痛くなる問題
村と町と領主と竜。
そして国の議会を加えて、事情説明という名の裁定は進む。
最初に脱落したのは領主だった。
当然だろう、生贄の話を一族丸ごとで秘匿し隠蔽してきたのだ。しかも百年単位で。
生贄の話が噂話であっても、竜が絡んでいる時点で国への報告義務があった。
領主は貴族の位を剥奪されることは無かったものの、位を落とされることとなり、あわせて十年単位でかかるだろう金額の村や町への支援費用負担が決定された。
次の脱落者は町と村、同時だった。
村は当然、生贄として差し出し続けた人間が全て孤児や村長の意見に反対を述べ村八分にされた者たちだったからだ。
村の食料が足りない場合、人口が増加しすぎた場合など、要請を出せば援助が出る。
断じて、口減らしなどしてはならないのだ。
まして、村の掟に従わなかったからと、人を村から排除することを許していない。
これは法律で決まっていることであり、村の掟などというものと違い拘束力を持つ。
掟と法律。遵守すべきものを誤った結果だった。
村長は位を剥奪。新しく監視とともに外部から村長があてがわれることとなった。
町は領主同様報告義務を怠ったことが原因だ。だが、救援は行っていたとして情状酌量の余地は有る、ということで有志を募って砂漠への植樹活動を補佐をせよ、と命令を下された。自身の住む場所の植樹であるし、少しばかり肉体労働してこい、ということだ。
そして、竜ことリューシャである。
これには誰もが頭を抱えた。
彼女のうっかりとした言動が招いた騒動とはいえ、人との関わりが薄く常識を知らなかった竜を責めても良いものか。
まして、この国の象徴とでも言うべき御伽噺の竜である。下手な処断をしようものなら国民から非難轟々だろう。
とはいえやはり原因の一端でもあるし。
「どうしたものかしら……」
「女王陛下…」
当事者である者たちとの謁見を終え、訴えを聞き、裁定が下るまで各自下がらせた後。
スヴァーティ王国女王、ツィル・マリカ・スヴァーティ。
彼女は今、とてもとても悩んでいた。
この騒動の原因は、竜としては幼かったリューシャに誰か(恐らくアークトゥルスの十の騎士の一人)が、「竜とは生贄を求めるもの」的なことを漏らして、彼女が百年ほど前にうっかりそれに伴ったセリフを村人に言ってしまい、真に受けた村人が生贄を差し出し始めて…と、時間の単位がおかしいが子供の些細なミスが原因というかなんというか。
全ての責任をリューシャに被せることが一番分かりやすいが、国民の感情を考えるとそれもできないし、リューシャは生贄を食べたりしてないしむしろ口減らしを兼ねて喜んで差し出していた村の人間のほうがアレだし。
「騒動の原因として償いを求めれば、契約しているのが我が国の騎士であるおかげで更に命令を出しやすく好都合、けれど契約者である騎士や周囲の人間を害せば王都を単騎で火の海に沈められる力が猛威を振るう。ふふ、ハイリスクハイリターンとはこのようなことを言うのかしらね?宰相」
「加えて申し上げれば、その力を利用しようにも竜に掛けられた呪縛のせいで国内はともかく国外の戦場で兵器として運用することは不可能です。能力だけ見るのでしたら、期限を設けて王都の守護をさせるのがよろしいかと」
宰相と呼ばれた男は、手に持つ騎士団から提出された報告書を読みながらそういった。
女王ツィルはため息を漏らす。
「それも、生体魔道具を使う組織から狙われていなければ、のお話でしょう?それにわたくし、戦争は大嫌いですの。侵略されれば応戦はしましょう。けれど、決して侵略することはしませんわ。諸侯方がなんと言おうと」
武に偏りがちな騎士団から、戦争の要望があったのならばまだ納得はいったが、よりにもよってその要望を出しているのが貴族たちなのだ。
自分たちは決して戦場に立たぬというのに、零れてくる利益に目が眩んで犠牲も何も考えずに騒ぎ立てているのだ。
文を司る者たちの武への傾倒を、武を司る者たちが留めているというのはなんと滑稽なのだろうか。
「はぁ、竜に処罰などできようはずもありませんわね。この裁定の後騎士団に所属する意向を示してくれているのですから、それで手打ちにいたしましょう。誇り高きドラゴンが、期限付とはいえわたくしたち人間の指示に従う意志を見せている。当事者ならば納得はいかないでしょうけれど、そうではない者たちにとっては十分な結果でしょう」
そもそも竜は人間の法律に縛られた生き物ではない。
こうやって事情説明にやってきてくれている時点で、十分な気がするのだ。
人間同士ならば法で容赦なく裁いたが、そうではないのならばこれくらいで妥協しておかなければ、後々禍根に残る。
竜は千年を生きるという。なればこそこの国を厭われるわけにはいかないのだ。
いざというとき、守ってもらうために。
「……一度、会っておくべきなのかしらね。御伽噺の竜に」
裁きの結果を記した紙にサインを綴りながら、女王はそう呟いた。
その声は、近くで控えていた宰相にさえ届かず、彼女の胸の内に決定事項として落とし込まれた。




