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黄昏の堕天使— She Could Not Stop Saving People —  作者: 夏乃緒玻璃


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濁流の姑獲鳥①


姑獲鳥(うぶめ)という妖怪がいる。

子を失った母の執念が、形を持ったものだという。


夜道で赤子を抱き、通りすがりの者にそれを押し付ける。

受け取れば、二度と離れないとも――


あるいは最初から、その腕の中には、何もないのだとも言われている。


――そして、抱かされたはずの「それ」は、

いつの間にか、自分の腕の中にあるとも。






「また出たって――中村川の姑獲鳥!」

 

 ホームルーム前の教室に、いつものように走り込んできた元気いっぱいの女子――浦部瑞季(うらべ みずき)がポニーテールを揺らしながら叫ぶ。


 「お前は昔の新聞部かよ」

 「いや、マンガのオカルト研究部とかだろ」


 周囲は笑う。

 クリクリした大きな黒い瞳、整った鼻筋、大きいがキリッとした口元。


 黙っていれば――いや、せめて普通にしていれば、それなりの美少女なのに、と皆が残念がる。

 

 遅刻ギリギリ、オカルト大好きの残念少女ミズキ。

 女友達や一部の男子は、愛着を込めて彼女を「オカミズ」と呼んだ。


 オカミズは、隣の席の上崎光に向かって言った。

 

「上崎くん、あんたの家って確か川の近くだったよね? 何か知らないかな」

 

 しかし光は初耳だった。


 家の事や、りりせとの事でバタバタしていて、そんな学校の怪談――この場合は学区内の怪談と言うべきか――は知らなかった。

 

 近所の川に、雨の日だけ出る赤ん坊を抱いた女幽霊。

 それは、姑獲鳥――と一部生徒たちの話題になっていた。


「知らないか――ならさ、今度雨が降ったら一緒に調べに行こうよ。上崎くんだって、家の近くにそんなのがいたら嫌でしょ?」


 光は「えっ、なんで」と小さく反論するが、その声はクラス中の、冷やかしの声にかき消された。


「オカミズ、上崎くん狙いだったん!」

「いつの間に――」

「しつもーん!上崎のどこがいいんですかー!」


ヒューヒューと揶揄する周囲に、瑞季は腰に手を当てて、キッパリと言った。


「あんた達みたいな恋愛脳じゃありませーん!でもね、上崎くんはぁ、あんた達みたいに、わたしを頭から馬鹿にしたりした事、一度もないよ!だ、か、ら!――ね?」

 

 そして光に向き直って、肩をぱん、ぱんと2回叩いた。

 

「頼りにしてるよ」

 

 歯を見せて笑いながら、光にだけ聞こえる声で囁いた。

 

(最近大人っぽくなったよね。ちょっとイイと思うな――オトモダチとしてだけどね、まだ)



◇◇


夕方。


「……まあ」

 

ほんの少しだけ、間があった。

 

「光くんも、そういうお年頃という事ですね」


 ミントの香りのするお茶を注ぎながら、りりせさんは、少し不機嫌そうに言う。

 

「それで、一言も意見もいわず――」

 

ふう――小さな溜息。

 

「そのお嬢さんとお出かけする約束をしたのですね」

 

カタ。

少しだけ強めに、カップが置かれる。

 

「まあ、それは光くんの問題ですけれど――しかし、私としては、まだ中学生でそういう――お付き合いのような事は早いかと、その、思いますけれど――」

 

目を閉じて、上を向き、また溜息を吐き出す。

 

それはまるで、初めて弟にガールフレンドができた時の姉のような仕草だった。


「いや、何言ってるんですか――。僕の話を聞いてました? デートじゃなくて幽霊探しですよ? しかも姑獲鳥とかいう、めちゃくちゃ怖い奴、嫌ですよ僕は」


「ふうん――まあ、お話を聞いただけでも、その姑獲鳥というのが恐ろしい方だというのはわかります」

 

「怖いですか、りりせさんでも」

 

「怖いですよ。……手放せない、というのも。時には、恐ろしいことですから。でも――」


両手の上に形のよい細い顎を乗せて、りりせは横目で光を少し意地悪そうに見た。


「結局――そのお嬢さんを一人で行かすのは気が引けて、お手伝いするんですよね?」


「――うん。ごめんなさい、りりせさん。だから雨予報の明日は、来れません。」

 

「……」

 

「あの子、明るく話してるけど必死なんですよ。理由はわからないけど、聞けないけど――何かあるんだと思います。僕は、必死な人は、その――」

 

 ふう、とまたため息を吐いて、りりせはお茶のおかわりを光に注ぐ。


「放っておけませんか――そういうのは」

 

 少しだけ遠い目をして、呟いた。

 

「そういう業は、いつか我が身を傷つけますよ、きっと」

 

◇◇


 中村川は横浜港から直接続く、市街地を流れる運河だ。

 天気の良い日には小さな釣り船やプレジャーボートが航行する、普通の市街地の川だ。

 

 しかし、日が落ちて暗くなったり、大雨で水かさが増したりしたときは、様相が一変する。

 

 海に直結しているせいか、流れはうねり、波立ち、時に濁流となる。

 

 その波の下を、何か大きな異形が泳いでいても不思議ではないと思える光景だ。


 そして、その日は大雨だった。


「ごめんね上崎くん。付き合わせちゃって、本当は悪いと思ってる」


 そう言ったときだけ、彼女の笑顔はほんの少しだけ遅れていた。


 濡れてもいいようにジャージ姿で来た瑞季が詫びる。


「寒いね。缶コーヒーでも奢るから、ね?」

 

 ハーブティーの次は缶コーヒー。

 よほど自分は、いつも喉が渇いて見えるのか、と思い、光は苦笑する。

 

「いいよ――それより、どこの橋なのさ」

 

 長い川だから、当然、橋だっていくつかある。中村橋、天神橋、葦名橋、竜神橋――。

 

「うーん、やっぱり名前から天神か竜神でしょ!――あーっ、この自販機、uccのロング缶あるじゃん!」

 

「そんないい加減な――え?浦部さん、それ好きなの?」

 

 はい、と一本を光に渡しながら、瑞季はにっこりと笑う。

 

「甘いし、量が多いし、お得じゃん。――あ、あと、いい加減じゃないよ。目撃情報はほとんど、そのどっちか」

 

「ありがとう――。そうなんだ。じゃあまず、近い龍神橋の方だね。いただきます」

 

「どういたしまして。冷めちゃう前に、飲も?」

 

 カシャ。

 カシャ。

 二人は、自販機コーナーの屋根の下で、ほの甘いコーヒーを飲む。

 

 雨足は、いよいよ強くなり、風も出てきたようだった。

 

(幽霊って――濡れないのかな)

 

 光はそんな事を、ぼうっと考えながら、瑞季を見る。

 

 明るく振る舞うオカルト女子――でも、時々少し悲しそうな表情に見えるのは――気のせいだろうか。

 

◇◇


 それは確かに、異様に見えた。

 

 雨足が強い。

 風もある。

 だれもが急いで帰りたがる、そんな天候。


 それはーー

 そこに、いた。

 

 白いハーフコートを着た女性が傘を差し――赤ん坊を抱いて、橋の手前で、暗くうねる水を、波を――じっとみつめていた。


 異様に見えた――だが、異形ではなかった。

 光は少しほっとして、明らかに落ち込んでいる瑞季に、優しく言った。

 

「よかった。赤ん坊を抱いた幽霊は、いなかったんだ」

 

 傘を差す幽霊なんかいない。

 

 あれはたぶん迎えのクルマか何かを待っている、普通の人だ。

 子供にうねる波をみせて、退屈しのぎさせているのだろう。

 それが普段の行動で――誰か、帰宅途中にでもそれを見た学生が勝手に、姑獲鳥だなどと失礼な事を言ったのだろう。

 

「浦部さん?」

 

しかし瑞季は、まだ納得いかないかのように歩き出した。

 

「ちょ、待ちなよーーどうしたの」

「確かめるだけ」


 瑞季は、女性の前に行き、声を掛ける。

 無理に、明るく。

 

「こんにちは――凄い雨ですね」

 

 女性は一瞬、怪訝な顔をしたが、相手がジャージの女子中学生という事もあり、特に警戒した様子はなかった。

 

「こんにちはーー学校帰り? 大変ね。私に何か?」

「い、いえ。お嬢さんが可愛くて。ごめんなさい――」

 

 赤ちゃんに手を振る瑞季。

 赤ちゃんといっても、かなり大きく、おそらく簡単な言葉くらいは喋り出す歳頃に見えた。

 

「あら。ゆりかちゃん、お姉ちゃんが、可愛いって言ってくれたよ。ほら、こんにちはって」

 

 小さな手を取り、手を振らせる。

「ママ……」

 

 ゆりかは、やっと覚えた言葉のいくつかは喋れるが、まだ使い方はわからないようだ。

 

「ママじゃなくて、バイバイでしょ。もう」

 

 苦笑いする母親を残して、瑞季は戻ってくる。


「ごめんね上崎くん。帰ろっか」

 

 その目は少し濡れていた。雨だろうか――それとも。

 

「ねえ浦部さん。聞いてもいい?」

 

 瑞季は黒い目を光に向けて、初めて聴くような低い声で「うん、いいよ」と答えた。


◇◇

 

 翌日。

 

 いつもの、夕方のテラス。

 ラベンダーの香りがうっすらとする、ブドウの味のお茶を――少し顔をしかめながら――光とりりせは飲んでいた。

 

「ブドウの皮を入れたのは失敗でしたね。青い色にしたかったのですが――」

 

「りりせさん、香りと味が良ければ、色は何色でもいいと思うんです――」

 

 光がおずおずと言う。

 

「あら」

 

 りりせが、指を立てる。

 少し得意げに話す時のクセだ。

 

「光くんは、まだ子供ですね。お茶は香り、味、色彩――全てが揃ってこそなのです」

 

 横で黒猫のサイモが「ミャオ」と鳴く。

 

「その通りだと言っています」

「僕には、揃ってないでしょ、と言ったように聞こえました」

 

 二人は笑う。

 笑いながら――りりせさんは少し、悲しげな顔をする。

 

「そのお嬢さん、瑞季さん? お父様が――」

 

「はい。大学の偉い人だったらしいんですが――突然、霊を見たとか、幽霊は実在するとかって論文を出して――」

 

「何か、体験なさったのかもしれませんね?」


 お決まりのコースだ。

 

 馬鹿にされ、ムキになるほど頭がおかしいと言われ、結局、居場所がなくなって――今は瑞季とも一緒に暮らしていないという。


「だから、代わりに自分が存在を証明したいとか、そんなのでも無いらしんです。ただ、何が自分から父親を奪ったのか知りたくて――」

 

 えいっ、と覚悟を決めて一気にブドウベリー茶を飲み干す光。

 

 しかし、りりせは容赦なくお代わりをカップのフチまで注ぎながら言った。

 

「それで、そういう事件があると、つい動いてしまう。なるほど」

 

 りりせさんは自分のカップを、残った液体ごと、そっと片付けながら続けた。

 

「ならば光くんが、できる限り守ってあげないといけませんね。今回のように」

 

「はい、今回みたいに、関係ない人を幽霊扱いして迷惑をかけたりしないように――」

 

 光の言葉をは途切れた。

 

 りりせが、近い。

 

 ほとんど唇が触れそうな距離まで顔を近づけて、光を見ている。少し――呆れたように、しかしあくまでも優しく。

 

「なっ」

 

 たじろぐ光に、静かに告げる。

 

「何を言っているのですか。自分が生命を救ったことに気づいていないのですか?」

 

「え、それは――どういう?」

 

「あなたがお嬢さんを、ちゃんと見守っているのがわかったから「それ」は何もできなかったのです。あなたは幽霊には会えなかったけれど、幽鬼は見たのでしょう?」

 

 光は、あの時に感じた違和感の正体を――察した。


 ――あの時、あの母親は。

 あの赤ちゃんを見る母親の目は――雨に濡れる娘を労わる目ではなかった。

  どこか、虚ろだった。


 でもなぜそれを、りりせさんが?

 

「ちゃんと――サイモが報告してくれました。別に、後をつけてもらったわけではないですよ。たまたま、たまたまそこにいたようです、ね?」

 

 黒猫は、何も答えない。

 

「ね?」

 

 りりせさんは、もう一度いう。

 

「ミャオ」

 

 サイモは面倒くさそうに一声、鳴いた。

 

 りりせさんは、光に向き直った。

 

「明日の予報は大雨。光くんの学校が終わってからだと、間に合わないかもしれません。私、先にそこへ行きます――バフォメット。その魂はお前にあげますから、外出を認めなさい。いいですね?」

 

 番犬は、一声「ウウ」と唸った。






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