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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
蠱惑の魔剣

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夜明けのサナトリウム

サルサのサナトリウム。

 小さなグリフィンは、大きな前庭に降り立った。羽の一枚一枚に月光が反射し、かすかに輝く。


「治療室だ。セラ」

「わかりました。ありがとうね、今度、お礼をするわ!」


 頭を撫でられたグリフィンは、喜びの羽ばたきを空に返し、夜空の淡い星々に溶け込むように舞い上がった。


 かつて他の魔物に襲われ倒れていたところをセラに看病され、懐いた魔獣の子供だ。

 タンカに乗せられた島主のガレアは、治療室へ運び込まれた。


「これから治療にあたる」

 サルサは治療室で、早速指示を出す。

 セラはガレアの口に手を突っ込み、胃の中の物を全て吐かせた。


「やはり、毒を飲ませられていたな」

「助かるでしょか?」

「当たり前だ。生きていれば何とでもなる。ガブリエルもネフェルももうすぐやってくるしな。……言ってたら、もう来たよ」


 ガブリエルが治療室に飛び込むと、手際よく治癒魔術を唱え、ガレアの体に手を置いた。魔法の光が手元で柔らかく揺れる。


「早かったわね!」

「ヴァルに乗せてもらいました」

 治療室の片隅でヴァルは座り込み、様子を見守る。隣にはノルドたちの姿もある。


「マルカス、ノルドと解毒薬を作ってくれ。毒の種類はわかるか?」

「ああ。結晶毒ネクサリウムだろう。だけど、材料はあるのか? 作り方は?」

「勿論だ。調合室に置いてあるよ! 作成手順もな」


「さすが姉さん!」

 ラゼルの使った毒は、依存性の強い猛毒「ネクサリウム」、バジリスクの胆汁、炎蛾フレイモスの翅粉など、入手困難な材料が含まれている。さらに調合も難しく幻の毒と言われる所以だ。


「ノルド、薬は数種類になる。それを容体を見ながら、与えていくことになる。姉さんの書いた資料があるから、それを見ながら作ろう。作るのはノルドにお願いするよ!」


「任せて下さい!」

「じゃあ、まず受容体遮断液。毒を吸収しない薬から作ろう。材料は……」


 ノルドは道具を並べ、慎重に材料の重さを測る。手際に迷いはなく、心臓の高鳴りを抑えつつ、微かな香りや色の変化にも注意を払う。


 屋敷には人々の足音や息づかいが戻り、夜の静寂が徐々に生活の気配に変わっていく。

「賑やかになりそうだな。奴らに大人しくするよう言ってくるよ! セラ、様子を見ててくれ」


 サルサは治療室を離れ、前庭に向かう。

「ガレアが助かって良かった。亡くなったニコラに顔向けが出来なくなるところだった。さてと……」


 前庭には元勇者たちが立ち、夜空を仰ぎ見ていた。星明かりと月光が彼らの肩を淡く照らす。

「ほほほ、ドラゴンじゃ!」

「俺たちが倒したやつよりでかいな」


 ドラゴンはサナトリウムの上空を旋回し、翼が揺れるたびに庭を駆け抜ける風が葉を揺らす。

「祝福」を降らしているのは、聖女ネフェルだろう。


 竜の咆哮が庭に響き、羽が震えて砂が舞い上がると、地上に降り立つ。

「じいちゃん、久しぶり!」

 アマリが飛び降りるが、英雄たちにぶつかってしまう。


「おっとっと」

 三人は転ばずに受け止められた。

 アストレイルの背には、ネフェル、グラシアス、大司祭ルカの姿もある。


「やっと降りれる……ここは天国か?」大司祭は青ざめている。

「だから、ついて来なくても良かったのに。天国に行けると思ってるのが凄い」グラシアスは笑った。


 孤児院の子供たちは、メグミたちが迎えに来て帰宅。ノシロ一家や共和国の大使も再会を祝うと帰途についた。


「ルカ、私はサナトリウムに泊まるわ」

 ネフェルが告げた。

「わかりました。明日にでも伺います。グラシアス、行こうか?」

「いえ、ここに残ります。うちの若手が送りますよ」

 ルカは司祭に労いの言葉をかけ、連れ立って去った。



 夜を徹して、ノルドたちは薬を完成させた。

「薬の効き具合は、確かめようが無いのが残念ですが」


「いや、種類もあるし、姉さんが上手く使い分けをしてくれるよ。見事な仕事だ」

 マスカスは息を呑む。聖薬師ノルドの手際は完璧で、何度調薬しても失敗はない。


「治療室に戻りましょう」

 病状が安定し、グラシアスの姿は消えていた。ベッドの傍らの椅子で、セラは静かに眠っていた。


「母さん、薬が出来たよ!」

「ごめんなさい、眠ってたわ。ガレア様が目を覚ましたら飲ませますね。ノルド、流石だわ」

それだけでノルドは満足だった。

部屋を出て、伸びをする。


「ふわぁ」

 集中していた神経が緩むと、朝露に濡れた庭の花や葉が、微かに光を反射しているのが目に入る。


「おはよう、ノル」

 その優しい声の主はアマリだ。

「おはよう、アマリ」

 ノルドは振り返る。二人は少し大人になり、照れながらも見つめ合った。


「グラシアスさんから、とっても立派になったって聞いてたけど、それ以上」

「アマリ、とても美しくなった」

 吐いた言葉に恥ずかしくなり、ノルドは下を向いて沈黙する。


「でしょ、可愛いでしょ」

 声の主はネフェルだ。

「もう、お姉ちゃんたら……」アマリは恥ずかしさを怒りに変えた。


「お邪魔しちゃったね。でも、昨日から、ノルド何も食べて無いでしょ。食事をしながらこれからのことを話すわ。事情も聞いたから。こっちよ」

ネフェルが先を歩き、オルドとアマリは後ろを歩きながら会話する。


「その話は手紙に書いてあったよね」

「うん。それでね……」


 ネフェルは、二人の穏やかな幸せな時間を羨ましく見守った。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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