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シシルナ島物語 天才薬師ノルド/荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣  作者: 織部
蠱惑の魔剣

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終幕の光

 ラゼルの書いたあらすじはこうだ。

 島主に、ドラガンとサガンが襲いかかる。それをラゼルが止める。いや、戦いになる。そして、傷つきながらも、二人をなんとか倒す。


 だが、戦いの途中に、島主は倒れて亡くなる。その前に言う。

「ラゼルに跡を託す」


 祝祭で集まっていた島民は、目の前で繰り広げられる“本物の出し物”に驚き、心を揺さぶられる筈だ。


 そして、ラゼルが傷つきながらも宣言する。次なるこの島の王として「新しい島」の名を。


 ――だが、何者かによって、舞台は、ステージは、広場は、暗闇に包まれた。

「待て、待て待て!」


 だが、一度動き出した舞台装置――ドラガンとサガンの意識は止められない。そんな安全装置は付けていないのだ。


「まずい!」

 暗闇の中では、芝居も現実も見えない。わざわざこんなところで、島主を殺させるつもりか。


 彼らはラゼルには攻撃しないように仕込んである。だが、島主は剣すら持てぬほど弱っている。光が戻るまで、少しでも時間を稼がねば。

 ラゼルは、島主の前に立ちはだかった。



 ――暗闇は、合図だった。

 ローカンたちは、ビュアンの風によって広場を闇で覆うと、観衆の中から舞台へ急いだ。


「セラの読み通りね」

 ディスピオーネたちの馬車追跡が失敗した場合の、もう一つの策だ。


 激戦を予測していたため、参加者はマルカス、ローカン、そしてセラの三人に絞られた。

「体調の良くない母さんに、そんなことさせられない」


 ノルドは反対した。

「島主様にはとても世話になっているのよ」

 セラの瞳には、静かで揺るぎない意志が宿っていた。


「ノルド、心配はいらないわ。だって、セラは最強だもの」

 カノンは笑い、いつもと変わらぬ軽さで言った。

 だが、その声の裏には、友を信じる確信があった。


「わかった。じゃあ、母さん。僕も母さんに我儘を言うよ! 使ってくれ!」

 ノルドは、収納魔術から特別なポーションを取り出した。


「もう、狡いわね……でも、ありがとう」

 セラは微笑み、しぶしぶ頷いた。そして息子を力強く抱きしめた。


 カノンとマルカスが光魔術の照明機を封じ、セラとローカンが正面から突破する計画。

 暗闇になった瞬間、突入しガレアを救い出す。

 二人は暗視の目薬を使い、人の波を掻き分け、広場の最前列へ進んでいた。


「仲間内で戦闘が起きてます!」

 セラの声が闇に響く。

「わかった。セラさん、先に行ってくれ。俺が引きつける」


 ローカンはステージ手前の柵を壊し、冒険者たちに気づかせるよう大声を上げた。

 少しずつ灯籠が灯り、雲の隙間から月光が差し込む。闇の奥に浮かぶ光が、緊張をいっそう際立たせた。


「ローカン、貴様何をしている!」

 冒険者たちは警戒を強めた。彼が大使や司祭を脱獄させた犯人であることは、すでに知られている。危険人物が乗り込んできたのだ。


 全員の視線がローカンに向いた瞬間、疾風のような存在が冒険者たちをすり抜け、高いステージへと舞い上がった。


「誰か通ったか?」

「いや、後ろは高いステージだぞ!」

 冒険者たちが振り返った瞬間、ベールが月光に照らされ、そこに立つ長い髪の女剣士が浮かび上がった。


「ここを飛んだのか?」

「ありえん! 後ろにも柵があるんだぞ!」

「誰だ? あの美しい女は?」

 広場を少し離れた丘からも、セラの姿がノルドたちに見えた。


 ビュアンが人々の囁きを風に乗せて運んでくる。

「良かったね、ノルド。やっとポーション使ってもらえたんだね」


 セラはこれまで、ノルドの作る彼女用のポーションを使おうとしなかった。

 だがそれでは、彼女の呪いは消せない。

 毒液でただれた顔も、全身の傷も――今なら間違いなく癒えるはずだ。


 使わなかった理由を、ノルドは知っている。

 セラが姿だけでも戻ったと知れば、彼を狙う敵が再び動き出すかもしれないからだ。


「なんて美しい姿だ。凛々しく、気高い……」

 グラシアスが見れば、きっと怒り狂うだろう。彼女の本当の強さを知っているのは、彼なのだから。


 セラが舞台の上に立ったとき、ラゼルはわざと島主を狙う剣を受け、全身を傷つけた。

 これで物語の仕込みは完了だ。


「うわぁぁっ!」

 わざとらしい悲鳴と共に、ドラガンの剣を受けてラゼルは転がり、彼らの背後へ回り込んだ。


 彼らはラゼルを敵と認識しない。芝居は完璧だ。

 島主を仕留めるその瞬間、背後から討てばいい。

「もう少し明るいと良いのだがな……」


 舞台は最高潮。血と光と闇が混ざる――最高の瞬間。

「お前はいらん!」

 ラゼルは、サガンの背後から一閃した。


 首が落ち、床を転がる。おびただしい血が広がり、観衆の悲鳴が遠くから届く。


 しかし、ドラガンは反応しない。

 友を殺されても、その瞳は何も映さない。まるで魂を抜かれた人形のように。


「死ね!」

 ドラガンが島主に両手で大剣を振り下ろす。ラゼルがいなくなり、もはや気を使う理由は無い。


 上級剣士の圧倒的な力――島主の体は真っ二つになるはずだった。

「今だな!」


 ラゼルは確信し、背後からドラガンの心臓を狙って突き刺した。


「キーン!」

 甲高い音と共に、ドラガンの剣が弾かれ、遠くへ飛んだ。


「な、何故だ……?」

 ばたりと崩れ落ちたドラガンの前に、いつの間にか一人の女剣士が立っていた。長い髪が月光に揺れる。


「……島主様、すまない……」

 それが彼の最期の言葉だった。


「何という……愚かなことを」

 セラは、深い悲しみの表情を浮かべた。


 舞台には、死者二人、生者三人。

 暗闇の広場を覆う静寂の中、風だけが、血と香の匂いを運ぶ。


「何事だ!」

 異変を聞きつけた警備隊の足音が迫る。しかし、すぐに別の戦闘音が響いた。


 ――カノンとマルカスが足止めしているのだろう。

 ステージ下は静まり返り、ローカンの姿は消えていた。


 民衆は息を呑み、ただ舞台上の二人を見つめる。

 睨み合うラゼルとセラ。

 ラゼルの“人を操るスキル”は、彼女にはまるで効かない。


 彼女の内にある呪いが、それをはね返していた。

「まずい……まずいぞ……」

 ラゼルの顔が蒼白に染まる。彼の中に、初めて“恐れ”が宿った。


「お前を始末するのは私ではない。――ガレア様、行きましょう」


 セラは廃人のようになった島主を抱き上げ、急降下してきた一匹のグリフィンに飛び乗った。

 会場には、ただ一人。


 ラゼルだけが残された。

 月光が戻り、血の舞台を照らす。

 歓声も悲鳴も、すべて消えた。


 静寂の中で、ラゼルは一歩、二歩と立ち尽くした。

 その瞳に映るのは、まだ終わらぬ“物語”だった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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