黒幕
「たく、話すだけ時間の無駄だったぜ」
苛立ったようにそう言うエドワードに、けれどメリーアンもその通りだと思ってしまった。
結局、あのあとララは廃人になってしまったように動かなくなり、ユリウスも呆然として使い物にならなくなってしまった。できれば、剣をとって騎士たちと戦って欲しかったのだが。
自分の妻が、まさかミアズマを増殖させる呪術を行い、あまつさえそれをダシにしてメリーアンとエドワードを別れさせようとするなど、流石に思いもしなかったのだろう。
(お腹の子が一番可哀想だし、これからが不安だわ……)
そう思いながら、必死に教えられた場所まで馬を走らせる。
「ってかあんた、乗馬うますぎだろ」
「乗馬は淑女の嗜みよ!」
ドラゴンに乗った後だと、なお乗りやすく感じる。そんな冗談を飛ばせるくらいには余裕があったメリーアンだったが、目の前に突然現れた魔物に、思わず手綱を引いた。
どこから湧いてきたか知れないが、巨大な上に数が多い。
「やっぱり、一筋縄じゃ行かないわよね……」
メリーアンは行き先である丘の上を見上げた。あと少しなのだが、流石にこの魔物たちを抜けてたどり着ける自信はない。どうしようかと唇を噛んでいると、馬からおりたエドワードが、メリーアンの前に立った。
「エドワード!?」
「俺が何とかする。あんたは先にいって、人形を回収してくれ」
「そんな……大丈夫なの!?」
「俺は大丈夫だ。ただ、このあたりの土地が消し炭になる可能性がある。すまんが、この辺りの土地全部ぶっ飛ばしてもいいか?」
「……了解」
メリーアンの心配は杞憂だったようだ。先に行けと顎をしゃくられ、メリーアンは魔物を迂回するようにして、再び丘までの道を走り始めた。魔物が後ろをついてくる気配がしたが、必死に馬を走らせる。そのうちに、早速背後から爆発音が聞こえてきた。何をしているのか分からないが、とにかくメリーアンは爆発に巻き込まれないように、必死に走り続けた。
*
「ついた……!」
丘を登り切ったメリーアンは、丘の上に生えていた大木に向かって、一直線に走り出した。昔、ユリウスとともに星を見た丘だ。
ここはクロムウェル領の中心地だった。ララが吐いた通り、ここなら効率よく、クロムウェル領全域のミアズマの濃度を上げることができるだろう。
埋めた形跡は、すぐに見つかった。
「待ってて、リリーベリー!」
土を掘り返そうと、指を地面に突っ込んだ時だ。
ビリリとした痛みを指先が襲った。
「っ!」
指先から痛みが全身に走る。思わず指を引っこめると、木の裏から誰かが出てきた。
「無駄。掘り返せないように、呪術がかかっているから」
「誰……!」
フードを目深に被った人物が、メリーアンの前に立つ。おそらくこの人物がララに指示を送っていたのだろう。
(この声、聞き覚えが……)
メリーアンは記憶を辿って、そしてはっとした。
艶やかな女性の声。
この声は、初めて博物館にやってきたとき、メリーアンに声をかけてくれた──……。
「いつも管理人は突然現れるの。私の気持ちも無視して」
ゆっくりとフードを取る。その人物の顔を見て、メリーアンは息を呑んだ。
「ベティローズ……?」
そこに立っていたのは、魔法史博物館の受付嬢、ベティローズだった。思いもよらなかった人物の登場に、メリーアンは混乱してしまった。状況的に間違いなくベティローズが真犯人なのだろうが、メリーアンは彼女の恨みを買った覚えもなければ、そもそも深い関わりもなかった。
信じられない思いで彼女を見る。
「どうしてあなたが、こんなことを……! あなたはあの博物館の真実を知っている、博物館の守護者の一人じゃない!」
「どうして私が? それはこっちのセリフよ」
ベティローズがため息をついた。
「どうしてあなたなの? どうしてあなたが、妖精の展示室の管理人なの?」
「……どういう意味?」
ベティローズは軽蔑したような目でメリーアンを見た。
「私は物心つく前から、あの博物館の秘密を知る者として、博物館を守るための教育を受けてきたわ。あの博物館を守るのが、王家より託された、代々の私の家の役割だったから。そして何人もの管理人がやってくるのを見届けてきた」
「……」
「マグノリアは素晴らしい管理人だったわ。多くの妖精たちの鍵を──信頼を集めて、あの展示室をよく守ってくれていた。彼女が聞かせてくれる話は、本当にどれも素晴らしかった……」
メリーアンの胸がずきりと痛んだ。
ベティローズが何を言いたいのか、だんだん分かってきたからだ。
「私はね、幼い頃から伝え聞かされてきた妖精の伝説が大好きだった。ずっと憧れていたのよ。マグノリアに──あの展示室の管理人に」
「だったら、どうしてリリーベリーを盗み出したりなんかしたの? あなたはあの人形が、妖精の魂の入れ物であることをわかっていたでしょう! それなのに、リリーベリーを呪術の生贄に使うなんて……!」
メリーアンの問いに、ベティローズは馬鹿にするように笑った。
「全部あなたが悪いのよ」
「!」
「あなたは妖精の展示室の管理人に全く相応しくないわ。妖精たちのことを何も知らない。あの博物館に思い入れだってない。私情でトラブルばかり起こしている」
「それは……」
「ずっとずっと憧れて、妖精についてたくさん調べて、ずっと次の管理人に選ばれるのを待ち続けていた。私こそが、次の管理人に選ばれるべきだった!」
ベティローズは憎々しげに叫んだ。メリーアンは返す言葉もなく、唇を噛む。
「マイルズがいつもニコニコ教えてくれたわ。あなたが毎日勉強を頑張っているから、僕も協力したいんだって。じゃあ、その前からずっと妖精について調べて、いつでも管理人になれるように準備していた私の努力は何だったの? 管理人とは、どのように選ばれるの? あの日偶然やってきたあなたが、ただクイーンの目についただけだったんでしょう」
妖精たちはいつも、博物館を通して人間を観察している。だったらなぜ、メリーアンのような人物が選ばれたのだろう。ベティローズの主張も一理ある。どうしてクイーンは、メリーアンを選んだのか。
「……ごめんなさい、ベティローズ。なぜ管理人に選ばれたのか、私にもよくわからない」
でもね、とメリーアンは続ける。
「一つだけ分かることがあるわ。あなたは妖精の展示室の管理人に相応しくなんかない」
「……何ですって?」
「だって、マグノリアなら……たとえどんなことがあったって、あの展示室を守るもの。絶対に妖精を傷つけたりなんか、しない」
クイーンは使命を全うせよと、メリーアンに言ったという。妖精の展示室の管理人の使命は、博物館を守ることだ。たとえどんなことがあろうと、マグノリアは、そしてメリーアンは、人形を外へ持ち出したりなどしなかっただろう。
ベティローズはため息をつくと、見下したような目でメリーアンを見た。
「私だって、こんなことしたくはなかった。でもこれは妖精たちのためでもあるのよ」
「……妖精たちのため? こんなことをするのが? そもそもベティローズ、あなたは一体、私に何をしろと言うの?」
このように妖精を生贄にして、ミアズマを増殖させることに何の意味があると言うのか。




