ララとの対決②
身勝手な暴露を聞いたメリーアンは、すっかり頭に血が上っていた。
「人のせいにするのも大概にしてちょうだい! 一体私が、あなたに何をしたって言うの!?」
激怒したメリーアンはずいずいとララに近づいた。
ララは警戒したように、ユリウスのそばに寄る。
(そうなのよ。私、自分も悪かったのかもって思ってた節があったけど。よく考えたら、いえ、よく考えなくても、何一つ悪いことしてないじゃない!)
怒りに身を任せて言ってはいけないような言葉を言いそうになるが、すんでのところで堪えて、メリーアンはララの目の前に立った。怒りに呑まれて冷静さを失わないように、深呼吸する。
「……手紙を読んだわ。あなたの望み通り、ちゃんとここにきた。だからリリーベリーを……あの人形を、返してちょうだい」
一息にそう告げると、ララはメリーアンと、そしてエドワードを見て言った。
「じゃあ……じゃあ、メリーアンさんは自分が悪かったって認めるのね? ここに戻ってきて、あの人とは別れて、ユリウスと結婚するのね?」
「……は?」
意味不明な言葉の羅列に、メリーアンはポカンとしてしまった。
「だってそうじゃないと、大いなる力の流れに乗れないもの。流れを邪魔しているのは全部あなたなのよ」
「……」
意味不明すぎて、メリーアンはつい聞いてしまった。
「大いなる力の流れってなに?」
「……ララはリルレナの化身なの。リルレナに守られている。ララは大いなる力の流れに乗ればいいだけなの。風の流れに合わせて、麦畑の麦が揺れるでしょう? 麦を見て風の流れがわかるように、ララも自分の運命の行く方向がわかるのよ」
「……じゃあ、私とユリウスが結婚するって言うのは?」
「ララが結婚すべきなのは、きっと……エドワード殿下なの」
「はぁ?」
これに声を上げたのは、エドワードだ。流石のとんでも論に、理解できないと言った顔をしている。言い返そうとするエドワードを遮って、メリーアンは言った。
「ララ、あなたはリルレナの化身なんかじゃないわ」
「……なぜあなたにわかるの?」
「もしかしたら今まではあなたの言う通りだったのかもしれないけど。でもあなたは妊娠したから。純真とコスモスのリルレナは、少女神よ。妊娠した時点で教義を破ったとみなされる。その時点で力は剥奪されるのよ」
「なっ……!」
これにはララだけでなく、ユリウスも驚いていた。
「嘘……そんなわけ、な……」
「嘘じゃないわ。信徒が教義を調べるのは簡単なはず。リルレナの教義は公開されていないから、私たちが調べるのは容易じゃなかったけどね。友人のプリースティスが、調べてくれたの」
だから、とメリーアンは続ける。
「あなたは、人間よ。最初から最後まで、ただの人間なのよ」
神に仕えるとはどう言うことなのか。
クロノアの神殿で暮らしたメリーアンでも、まだよくわかっていない。けれどクロノアの教えは、メリーアンの心にしっかりと根付いていた。神は、いつだって心の中にいるのだ。
悲しみや苦しみ、不幸を感じた時、それでもメリーアンが折れなかったのは、心の中にいた神にすがったおかげなのだろう。
学びこそが、神が人間に与えた祝福なのだとメリーアンは思う。けれどララは学ぶことを怠った。自身がリルレナの化身であるからと、教義を学ばなかった。普通はそんなことしない。いつもいつも、そうして他人に頼ってきたから、自分で何もしなくなってしまったのだ。
「麦の揺れる方向が、あなたの行く道だと言ったけど、じゃあその麦を誰が植えたの? 誰が育てたの? あなたは誰に導かれていたの? よく考えてみなさいよ」
「!」
「あなたは怠惰だわ。とても。この世の全てを形作るのは、人よ。あなたを導いたのは、あなたを救ったのは、他でもない、あなたの周りにいた人たちなのよ」
はっきりそう言い切ったメリーアンに、ララは食ってかかる。
「……あなたに、あなたにララの何がわかるっていうの!? ララは本当に、リルレナの化身だったのよ!」
「だった、ってことは、少なくとも自分でもわかってるんでしょう。今は自分がただの人だってことが」
「!」
自身から失われていく力を一番に感じていたのは、ララだったはずだ。痛いところを突かれて、ララは顔を歪めた。
「ララは……ララは何も悪くない! 悪いのは、みんなあなたたちじゃない!」
「……自分でちゃんと気づけない限り、あなたは何も成長しないんでしょうね」
メリーアンはすっかり冷めた目でララのことを見ていた。これ以上何かを言っても、無駄な気がする。
「あとね、私とユリウスが結婚するなんてことはないから。大体あなた、ユリウスの子どもを妊娠しているのに、よくそんなことが言えるわね。気が狂ってるとしか思えないんだけど」
自分で思っていた以上に、すっと結論がでて、メリーアンは自分でも驚いてしまった。
(ああ、そうか。色々悩んだけど、私はもう、ユリウスの全てを愛することはできないのね)
少し寂しい気持ちになったものの、この結論は揺らがないだろうとも思う。
「何か勘違いしているみたいだけど、エドワードは私の上司だし。恋愛なんてもう懲り懲りよ。あなたたちのおかげでね!」
居心地の悪そうな顔をするユリウスに、少し胸がすいたような想いがする。一瞬、このまま往復ビンタでも炸裂させてやろうかとも思ったが、先にリリーベリーの居場所を聞き出さなければならなかったため、なんとか堪える。
「話はよくわからないが。そもそもあんた、もう結婚がどうのこうの言ってる場合じゃねぇぞ」
冷たい声でエドワードが言った。
「お前、リンダール領事件の真似事をしたんだろ」
「!」
ユリウスが息を呑む音が聞こえてきた。その表情を見るに、ユリウスも大方検討はついていたのだろう。
ララは浄化しきれなかったミアズマを利用して、ミアズマを増殖させる呪術を行ったのだ。
おそらく、膨大な魔力を持つリリーベリーを生贄にして。
だから今、この土地はかつてない魔物と疾病に襲われている。
「じゃあ、ララ……君は、生贄を用意して、どこかに埋めたって言うのか?」
震える声でそう問うユリウスに、ララは金切声をあげた。
「ララのせいじゃない。ララはただ、埋めろって言われたから、そうしただけ! 儀式なんて知らないわ!」
「誰に言われた? どこに埋めたんだ?」
「……」
ごく冷静に問いただすエドワード。
ララは沈黙して、潤んだ目でエドワードを見た。
縋るようなその姿は、こんな状況であっても一枚の絵画のように美しい。
「殿下。リルレナは殿下と私が結ばれることを望んでおります……! 大体、メリーアンさんはあなたに相応しくないと思います! 聖女の力もないし、見た目も平凡だし。この国を救った私と、英雄であるあなたが結婚することで──」
「黙れ」
パシンッ、と乾いた音が部屋に響いた。
「っ」
ララは頬に手を当て、呆然とエドワードを見上げて、その場にへたり込んだ。
エドワードが、ララを平手で打ったのだ。
メリーアンもユリウスも、驚いてエドワードを見た。
流石に暴力は、と止めようとしたメリーアンだったが、エドワードの殺気に身がすくんでしまった。
「お前は一体誰に口を聞いている?」
「あ……」
「俺は、第三王子だ。陛下や、王太子殿下を支えるために存在している。力を無くしたお前如きが口を聞いてもいいと、本気で思っているのか?」
「っ!」
ララは息を呑んだ。
「お前はミアズマを増殖させ、アストリアを危機に陥れようとしている。お前はアストリア国民か? それともオルガレム帝国の間者なのか?」
メリーアンは、エドワードの中にある冷酷さを初めて垣間見た。エドワードは今、王家に連なるものとして、アストリアに仇なすものを、裁こうとしている。
(そうか、これが……)
以前エドワードが言っていた言葉を思い出す。王家は残酷だと。損得勘定でしか動かないと。力を失った今、ララにはもう利用価値はない。ましてミアズマを増殖させるような、国家反逆罪に値する罪を犯した女だ。オルガレム帝国の間者として一族郎党、腹の子も含め、ギロチンにかけられてもおかしくはないだろう。
「たとえお前が呪術を行うつもりがなかったとしても、結果は結果だ。お前はあの人形をダシにして、メリーアンに交換条件を持ちかけた。馬鹿な交換条件をな」
エドワードはララの前にしゃがむと、その胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「どうする? これは国家反逆罪だぜ。一族郎党、斬首刑だろうよ。だが場所を吐くっつうなら、ちっとは融通を聞かせてやるよ。言わないってんなら、今ここでお前を殺すだけだ。人形の場所は自分たちで探す」
エドワードの目は本気だ。
「ひっ……」
ララはガタガタと震えて、叫ぶように言った。
「知らない人に、埋めるだけでいいって言われたの! 本当よ! あんな人、ララの知り合いじゃない!」
「どこに埋めた?」
「埋めた場所は──」




