禁忌②
ミアズマの性質。
それは浄化しない限り、体内に残り続けるということだ。
体内に残ったミアズマは、ごく少量であっても肉体に影響を与え続ける。
「でもライナスさんの奥さんは、ちゃんと神殿にも通って浄化していたはずよね……?」
メリーアンは呟いて気づいた。
(まさか……)
「ごく最近まで、もちろん通っていたはずです。しかし……ミアズマランドが浄化されてからは? クロムウェル領のミアズマランドが浄化されてからは、一体どうなのでしょうか?」
それはメリーアン自身も身をもって体験していたことだった。
(私はあれから、浄化を受けていない……)
──なぜなら、ララによってこの地上のミアズマは全て浄化されたと聞いていたのだから。
……いや、浄化されたことになっている、というべきか。
気づいたら、メリーアンの顔も真っ青になっていた。
(ミアズマは妊婦のお腹の子供にまで影響を与えると言われているはず)
しかし二人の報告によると、胎児からミアズマは検出されなかったという。
母体と胎児の関係は密接だ。
母体がミアズマに感染し続ければ、少し期間を空けて胎児もミアズマに感染する。
(でも、胎児からはミアズマは検出されなかった)
つまりだ。
ライナスの妻は死亡するごく前にミアズマに感染していたことになる。
だから胎児にまで、ミアズマが回らなかったのだ。
そしてその点を考慮すると、死亡原因はただの難産ではなく、ミアズマの影響下にある出産が、直接の原因だったことになる。
おそらく、彼女は自分自身がミアズマに感染していることに気づいていなかったのだ。
なぜなら、聖女によってミアズマは全て浄化されていたのだから。
「つまりだ。一度はミアズマは浄化されたが、その後になってもう一度湧き始めてたってことか?」
「その可能性が高いと思われます」
「おいおいおい……」
エドワードが髪をくしゃりと握った。
メリーアンの鼓動が早くなっていく。
「……どうして? だってララは聖女よ。彼女が浄化したなら、全てのミアズマは消えるはず」
「……浄化の力が足りなかったのかもしれません」
「でも、一番最初に浄化したサウスアストリアのミアズマランドでは、もう魔獣が出ないって……」
そこまで言って、メリーアンははたと気がついた。
(エイダが言っていた、魔獣……)
ミルテアの話だと、エイダの話も辻褄があう。
(ミアズマが、また湧き始めていたんだわ……)
おそらく、ララの力が、浄化の旅の途中で弱ったのだ。
だからサウスアストリアのミアズマランドは完璧に浄化され、最後に残ったクロムウェル領のミアズマは、浄化し切れなかったのだ。
「でも、なぜ? 一体なぜ弱ってしまったの?」
震えるメリーアンに、ミルテアは言う。
「お二人は、リルレナ神の禁忌はご存知ですか?」
──純真とコスモスのリルレナ。
リルレナは美しく純粋無垢な少女神だ。
だからこそ、そんな無垢な少女を守るためにレジェという守護神がいる。
「このアストリアに広がる神殿には、各々教えがあり、戒律があります。信徒たちの中でも、その教えを忠実に守り修行するものをプリーストと呼ぶのです」
神の教えを守るからこそ、神から力を与えられ、神聖術が使用できるようになるのだという。
ハイプリーストがミルテアの言葉を引き継いだ。
「ではその戒律を破るとどうなるか? ……人とは心の弱い生き物です。すぐに神聖力がなくなるわけではありません。ただ、力が徐々に弱まっていきます」
(力が徐々に弱まる……)
完璧な状態から、少しでも力が欠ければ、どうなるか。
(当時はミアズマを完璧に浄化できていたと思っていたけど……力が欠けていたから完璧ではなくて、時間をおいてまた出てきた……)
そう考えれば、全て辻褄があう。
メリーアンは嫌な予感がした。
リルレナの禁忌とは一体なんなのか。
「クロノアの禁忌は、時間への干渉です」
「時間への干渉?」
「ええ。クロノアの最高神官は、時間を操れます。過去、未来……しかしそれらに干渉し過去や未来を変えることは禁忌とされています。干渉した瞬間、その者は力を剥奪される。クロノアの禁忌はそれほどまでに強烈な罰が与えられます」
「じゃあ……じゃあ、リルレナの禁忌は、一体なんなの?」
「リルレナは、少女神です」
(少女……)
「純真無垢、天真爛漫な、子どものような存在なのです」
──少女とは、母親ではない。
「リルレナの禁忌とは、〝妊娠〟です」
*
メリーアンは呆然としていた。
頭の中が真っ白になる。
(ユリウスは……そういえばララが妊娠してるってこと、陛下に報告したのかしら……)
ララのお腹は、この間見てやっと少し膨らんでいるのがわかった程度だ。
おそらく妊娠期間は三ヶ月程度。
リルレナの神殿も、国王も、知らなくても説明がつく。
「禁忌は、神殿に入ってから教えられます。私は交流があったので知っていたのですが、ユリウスさんが知らなくても、仕方ないかと……」
ミルテアは気まずそうに言った。
「……でも、リルレナの聖女なら、知らないはずないんです。しっかり勉強すれば、それくらいのことは回避できますから」
(ララ、あなたは知っていてユリウスとしたの? それとも……勉強も何もせずにいたの?)
メリーアンの頭の中がだんだん、ぐるぐるとしてくる。
「おい、貴族にも在家のプリーストがいるぞ。それこそ男も女も。そういう奴はどうなってんだ?」
エドワードが怪訝そうに聞いた。
「妊娠期間は一時的に神殿を離れるなどして、神の目に触れないようにするのでしょう。ただ、子どもをもった人は、たとえ貴族であっても、ある程度の神聖力しか得られません」
それでもリルレナに仕えるということは、その人によほど、生まれ持っての信仰心があるのだろう。
「メリーアンさん。少しあけすけな言い方になって申し訳ないのですが、いいですか?」
「……ええ」
「聖女様とユリウス様が事をなしたのは、一体いつ頃か、わかりますか?」
「……」
最後の旅。
クロムウェル領の浄化作戦の前日。
──たった一度のその行為で、ララは子どもを宿した。
パズルのピースがぴたりとはまったような気がした。
だから、クロムウェル領にだけミアズマが残ってしまったのだ。
浄化作戦の前日に、ララは子を授かったのだから。
ララはその日に、よりによってクロムウェル領浄化の前日に、その力を失ってしまったのだ……。




