7.立ち寄った先で知らずに背中を押しました
ロエー村を後にした私たちの次の目的地はリアキ村である。通常なら馬車で四日程で到着するが、デスピナとロマーノという子供を二人乗せていることを考慮して、五日をかけて到着の予定になっていた。ちなみに、夜は宿やら途中の村で提供される家やらに泊まるので、馬車の中での宿泊にならないことが有難い。車中泊って絶対に体が固まるよね。エコノミークラス症候群に注意しましょう。
暇なので窓の外を眺めつつ考え事をする。ロエー村で結構視察らしいことは出来た。でも、能力の検証らしきことはしなかった。国王には、どの様に報告されるのだろう。年に1、2回くらい視察って名目のお出かけを続けたい所存である。
「お眠りになっても宜しいのですよ」
ボーっと窓の外を見ていた姿が、カリスからすると眠たそうに見えたらしい。
「大丈夫。外を見るのは楽しいし、昨日の夜はよく眠れたから。カリスは眠たくないの?」
「当初の予定より多く休息を取れておりますので問題ありません」
当初の予定?あぁ、デスピナがもっと我がままで手がかかると思われていたのね。確かに、身の回りの世話をしてくれるのがカリス一人だから、それこそ視察中は寝る間も惜しむつもりだったのかも。
「・・・カリスって意外と言うわね」
「御気分を害されましたら申し訳ございません」
「いいえ。率直に言ってもらった方が良いわ。長旅になるのだし、遠慮される方が嫌だわ」
ずっと顔色を窺われるのもイライラするものだってデスピナの記憶が言っている。だからって、侍女たちに八つ当たりして良い理由にはならないけどね。
「かしこまりました。それでは遠慮なくお世話させていただきます」
カリスの笑顔を見て少し早まったかなと思わないでもなかった。
「そう言えば、今回の視察はカリスの他にも女性騎士が居るわよね?それなのに、私の身の回りの世話をしてくれるのはカリス一人なの?」
「はい。今回の視察に参加している女性騎士の中で、貴族出身なのは私だけですので」
「あら。そうだったのね」
騎士になるための入団試験は、貴族でも平民でも身分に関係なく受験可能だ。合格すれば訓練兵になれる。訓練兵は体力育成はもちろん礼儀作法も学べるのだが、あくまでも騎士の礼儀作法。貴族とは違う。だから、侍女の仕事は貴族の作法を知っているカリスに一任されたということだろう。
「デスピナ様、そろそろ休憩のために馬車を止めます。村も何も無いところですが・・・」
「もう外で立って、伸びが出来るだけで嬉しいわ」
子供だからか、そんなに肩が凝った感じはしない。ぶっちゃけ馬車の中でも立ち上がれる身長である。でも、外の空気を吸いたい。そう思っている内に馬車が停止した。
「どうぞ」
カリスのエスコートで馬車を降りる。周囲には建物が無い。見晴らしの良い野原だった。
「う~ん」
両手を上に上げて伸びをする。ちょっと、すっきりした。
「お疲れ様でございました」
「ロマーノもね」
プフロ公爵家の馬車から降りたロマーノが近寄って来た。護衛対象が固まってる方が騎士たちの仕事も楽だろうと、休憩時間は一緒に過ごすことにしている。
「この辺りを散策されますか?」
「そうね。歩きたい気分だわ」
ロマーノが差し出してきた手に自分の手を重ねる。ただの散策でもエスコートされる身分であるので仕方が無い。その上、一定の距離をとった護衛の騎士たちに囲まれでいる。散策とは?
「この辺りには人が住んでいないのね」
「秋になると魔物が集まるそうです。秋に咲く花が魔物の好物のようで」
「毎年そうなら住みたくないわね」
「ええ。ただ、花を食べるだけで害は無いので討伐対象ではありません」
「そう・・・」
害が無い魔物にまで対応していたら騎士団も身が持たないだろうしね。不要な喧嘩は売らない、そして買わない。必要ならガンガン行くけどね。
以上の様に、何も無いところで途中休憩を挟み、昼食や宿泊のために町や村へ立ち寄りながら一行は進んでいた。問題が起こったのは三日目。午後の休憩の後だった。
「酷い雨ね」
「はい。ゆっくり進まざるをえません」
バケツをひっくり返したような雨が降ってきたのだ。馬車の天井にに雨音が響く。こんなに激しい雨は、タラントン王国では珍しい。前世で言うならゲリラ豪雨というヤツだろう。
「進行は遅くはなりますが、予定の時間を少し過ぎる程度で、宿泊先に到着できるかと・・・」
「安全を第一に考えて頂戴。到着は遅くなっても構わないわ」
「かしこまりました」
ノロノロと進む馬車に揺られながら窓の外を見つめるも、雨の所為で景色はぼやけている。馬車の中だからボーっとしていられるけど、外で馬に騎乗している騎士たちは大変だ。
1時間ほど経っただろうか。馬車の外からノックされた。カリスが小窓を開けて外の騎士と話している。小窓を閉めたカリスがこちらを向いた。
「デスピナ様。この先の川が増水していて橋を渡るのが危険な様です」
「あら。では、どこか雨をしのげる所を探して待機かしら?」
「進行方向から外れるのですが、少し先に第7砦がございますので、そこに参ります」
「分かったわ」
砦とは国の中に点々とある軍の派出所みたいなところである。建設順に番号が振られているので、第7砦は7番目に作られた砦ということだ。常駐の騎士が魔物の討伐やら犯罪の取り締まりやら・・・いろんな役割がある。町や村に隣接していることもあれば、街道の途中に建てられていることもあり、今回は後者になる。
「伝令を送っておりますので、途中で砦からの迎えが来るかと・・・」
「大雨の中なのに、申し訳ないわ」
「彼らの仕事ですから。橋のことを我々に伝えに来たのも砦の者ですよ」
「そうだったのね」
考えてみれば、デスピナ視察隊の進行予定は連絡されてたんだろうな。視察がスムーズに進むよう、直接は顔を合わせなくても、沢山の人が仕事してくれているんだよね。うん。感謝を伝える良い機会だと思おう。
しばらくすると、外からノックされた。小窓を介してカリスが外と話している。
「無事に砦からの迎えと合流できました。彼らの先導で砦まで参ります」
この辺りのことを良く知っている砦の騎士達が先導してくれるのは安心感がある。馬車は左の方へ進んで行った。
三十分ほどすると馬車の走る感覚が土から石畳になった。もう砦に到着したらしい。雨音も聞こえなくなった。屋根の下に入ったのだろう。馬車が停止する。外から扉が開けられた。カリスが先に降りて、私に手を差し出した。その手を取って馬車を降りると、正面に砦の代表であろう騎士たちが5人並んでいた。全員が敬礼する。
「出迎えに感謝しますわ」
「とんでもないことでございます。デスピナ王女殿下にご訪問いただくとは、望外の喜びであります。私は第7砦司令のオソン・ゾイロと申します」
「ゾイロ司令・・・急な訪問で心苦しいわ。楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます。砦は丈夫ですので、雨風は避けられます。無骨な場所ではありますが、ご容赦願います」
「気にしなくてよ。砦の者たちの仕事を増やしてしまって申し訳ないけれど、よろしくお願いするわ」
顔合わせが終わったところで部屋へと案内された。都から上官が来た時に使う客室が数部屋あり、そこを宿泊に使わせてもらう。また、一般の騎士達とは別に上官用の食堂もあるらしい。夕食はそこで頂くことになっている。
まずは温まって下さいと浴場を使わせてもらうことになった。浴場は男性用と女性用の2つがあり、中は10人ほどが一度に入れるくらいの大きさだった。視察隊の皆様からどうぞと砦の女性騎士達が一番風呂を譲ってくれた。十分広いし、砦の女性騎士達を長々と待たせるのも悪いので、私とカリスと視察に同行している他の女性騎士3人の計5人が同時に入ることにした。雨の中を騎乗してきた3人には大変感謝された。冬ではないが、雨に濡れれば寒いよね。
体が温まった後は部屋に戻り、改めて身支度を整えてから食堂へと向かった。食堂の中で着席しているのは、私とロマーノ、そしてゾイロ司令である。
「お口合うかどうか・・・」
机の上に並べられたのは、ちょっと高級なフレンチレストランで出されるような料理の数々だった。
「美味しそうだわ。この砦の料理人が作ったのかしら?」
「いえ、料理人は居りません。砦の騎士達が当番制で作っております」
「まあ!騎士の皆さんがお料理をなさるの?」
「はい。騎士しかおりませんので、料理も掃除も洗濯も・・・自分たちで行っております」
「貴族出身の方は苦労しそうね」
「そうですね。しかし、自分のことが自分で出来ないと、遠征の際などに更に苦労しますから・・・」
頷きながらも食事に手を伸ばす。まずは前菜のサラダから。ドレッシングが美味しい。スープは野菜のポタージュで、味の濃さが何とも言えない。メインは魚料理だ。魚の種類は分からないけど、上品な味がする。ここはホテルのレストランでしたっけ?あっという間に食べてしまった。
「とても美味しかったわ。今日の当番の方に宜しくお伝えになって」
「かしこまりました。きっと、大喜びします」
「あら?騎士の方なのに料理を褒められて喜ばれるの?」
「この砦で一番料理が上手い奴でして、自ら進んで当番を代わるくらいです」
「楽しい方がいらっしゃるのね」
ゾイロ司令に見送られて部屋に戻った私は、寝間着に着替えて清潔なシーツが敷かれた寝床に入った。おやすみなさい。
翌朝は窓からの光と外からの剣戟の音で目が覚めた。今朝は天気が良いようだ。
「おはようございます。デスピナ様」
「おはようカリス。晴れているようね」
「はい。川の水量も減ったと連絡がありました」
朝食は昨夜と同じ食堂でロマーノと2人だった。ゾイロ司令は朝の鍛錬の監督中だ。鍛錬後に砦の騎士達が全員大食堂に集まる。そこで一言、挨拶をしてから出発する予定だ。ちなみに、今朝の食事も昨夜の当番が名乗り出て作ってくれたそうだ。まさか、エッグベネディクトが食べられるとは・・・。
「デスピナ様、そろそろ・・・」
カリスに促されて大食堂へと足を踏み入れる。ゾイロ司令の隣に立つと、大食堂中の人間からの視線を浴びた。緊張する・・・よし。いきなり地方の現場に視察に来た本社の人間のつもりで話すことにしよう。演じれば何でも出来る。それが私だ。
「急な訪問にも関わらず、手厚いもてなしに感謝する。砦に訪れたのは初めてだが、皆が日頃から有事に備えていることがよく分かった。これからも国の為に励んで欲しい」
ここまでが定型文。次の台詞はイタズラ心から出たものだった。
「あと、個人的な感謝になるが、昨晩と今朝と・・・食事を大変楽しませて貰った。ゾイロ司令からも伝わっていると思うが、改めて礼を言う。馳走になった。ここでの食事は、きっと城に帰っても思い出すだろう」
ゾイロ司令に言えば呼び出してくれたかもしれないけど、「食事が美味しかった」と伝えるためだけに呼び出すのは申し訳ない気がした。だから、この場で言ってしまった。言わないと気が済まなかったから仕方ないね!取りあえず、ニコッと微笑んでおく。
「デスピナ王女殿下に敬礼!」
ゾイロ司令が挨拶の終わりを察して騎士達に命令する。ザっと食堂中の人間が動いた。私は敬礼する騎士達を背に大食堂を出て行った。
私の背後で一人の人間が人生の選択をしていたことなんて、全く知りもしなかった。
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俺の名前はタキ。第7砦の駐在する騎士の一人だ。騎士になって5年。上官や同僚に恵まれ、砦での生活にも随分と慣れた。
騎士になったのは、親の期待に応えるため。末端の貴族である我が家は、城での出世は望めない。だから騎士になって欲しいと、小さい頃から剣の師を付けられていた。師を雇うために、両親が遣り繰りしていることはしっていた。だから、期待に答えなくてはと稽古を頑張った。
残念なことに俺には剣の才能が無かった。基本的な技術は身についたが、それ以上の成長が出来ない。騎士になるための試験には受かるだろう。しかし、騎士団の中での出世は望めない。
そして何より、俺は剣より包丁を握る方が好きだった。料理は楽しい。実家暮らし中は、気晴らしと称して腕を振るった。両親は美味しい美味しいと食べてくれたが、表には出さずとも俺が厨房に籠ることを嫌がっていた。騎士になることが、俺の幸せだと信じていたからだ。
試験に受かり訓練兵となった俺は、剣の腕より料理の腕で有名になった。遠征の訓練で自炊する機会が多々あったためだ。
訓練を終えて配属されたのが第7砦だった。砦には料理人が居ないため、朝昼晩と料理は騎士達がローテーションを組んで作っていた。砦でも俺の料理の腕の評判は良く、魔物討伐後の慰労会の際は常に俺に当番が回ってきた。作った料理を喜んで食べて貰うのは嬉しいことだった。
そんな俺にゾイロ司令から直接言い渡された任務は、急遽、第7砦に泊ることになった第一王女様や公爵子息のための夕食作りだった。俺は張り切った。例え料理の腕であったとしても、信頼されていることを感じたからだ。
王女様が普段どの様な食事をされているかは分からない。末端貴族の食事は絶対に違う。俺はゾイロ司令たち何人かに上級貴族の食事を聞いて回った。前菜とスープとメイン料理があればどうにかなるだろうという結論に達した。
ゾイロ司令が王女様たちと食事をしている間は心臓が痛いくらいドキドキしていた。王女様が文句を言っていると司令が厨房に駆け込んでくる想像ばかりしていた。厨房で野菜の皮むきをし続ける俺に声をかけてくる奴は居なかった。後から聞いた話だが、鬼気迫る表情だったそうだ。
食事を終えて厨房に入って来たゾイロ司令は、山積みの皮がむけた野菜の前に立っていた俺に驚いたようだった。
「ど、どうでしたか?」
「王女殿下は大変満足されていた。お前に宜しくとおっしゃていたぞ」
安堵感と高揚感が同時に沸いたのは、この時が最初で最後だった。司令に対して何を話したか忘れてしまったが、朝食も任されることになったことだけは理解していた。
俺が朝食に作ったのは、訓練兵時代に城下で一度だけ食べたオシャレな料理にした。あの店は女性が多かったから、王女様にも気に入って貰えるだろう。今頃、召し上がっているのだろうかと朝練中はそのことばかりを考えていた。
気の入らない朝練を終えて、軽く汗を流したら大食堂に集合となった。なんと、王女様からお言葉を賜るらしい。砦勤務の騎士達が王族を見られる機会は滅多に無いため、大食堂が興奮に包まれていた。
入って来たのは予想より小さな、そして見たことが無いくらい美しい女の子だった。ゾイロ司令の隣に立つ姿は堂々としていて、これが王族か・・・と感動した。そして大食堂中に響く声で我々を労って下さった。
「あと、個人的な感謝になるが、昨晩と今朝と・・・食事を大変楽しませて貰った。ゾイロ司令からも伝わっていると思うが、改めて礼を言う。馳走になった。ここでの食事は、きっと城に帰っても思い出すだろう」
雷に打たれたようだった。俺は身に付いた習慣でどうにか敬礼をしていたが、その実、王女様が食堂を出たことにさへ気付いていなかった。近くにいた同僚たちから「良かったな」と肩を叩かれたが、「あぁ」とか「うん」とか・・・気の抜けた返事をしていた。
その日の夜、俺は心の奥底に閉じ込めていた「料理人になりたい」という夢を解放してしまった。両親を悲しませないために封印した気持ち。料理当番でなんとか誤魔化していた料理への情熱。全てが体の中をグルグルと回っているようだった。
一ヶ月後、俺はゾイロ司令に騎士を辞めることを伝えた。いつか城下町で料理店を開くため、各地を旅することに決めた。
「開店したら知らせてくれよ」
「食べに行く」
「割引よろしく」
快く送り出してくれた砦の仲間たちに思いを馳せている俺が居るのは、隣国の庶民的なレストランの厨房である。このレストランの味に惚れ込んだ俺は、半ば強引に弟子にして貰った。料理をしているのは、店主であるご主人と奥様。フロアで注文を取るのは夫婦の娘である三姉妹。家族経営のレストランは、昼も夜も満席だ。
「タキさん。これお願い!」
オーダーを受け取り、料理をする。両親には居場所を伝えていない。ただ、騎士を辞めたことに対する謝罪と旅に出ることは手紙で伝えた。このレストランでの修行が終わったら両親に会いに行こう。現在の俺の夢は「タラントン王国で自分の店を持つこと」「その店に両親を招待すること」そして「また俺の料理を王女様に食べていただくこと」。
三姉妹の次女と結婚し全ての夢を叶えることになるとは、デスピナの予知でも分からないことだった。