幽霊探し
書籍版一巻が発売された際、購入特典として執筆されたSSです。書店様のご許可を頂いて掲載しております。
時期的には一章と二章の間、ビアトリスがアーネストと婚約解消してから、カインと婚約するまでの間に起きた出来事です。
「シャーロット、これありがとう」
ビアトリスが借りていた本を差し出すと、シャーロットは満面の笑みで受け取った。
「読んだ?」
「ええ」
「どうだった?」
「どうもこうも……怖すぎよ!」
「そうでしょう! 窓から老婆の顔が覗く場面なんて、もう怖くてたまらなかったでしょう! この作家はじわじわ迫りくる怪異の描写が本当に上手いのよね。私も初めて読んだときはあまりの恐怖に震えたものよ」
「そういうことは事前に教えてもらいたかったわ……」
以前シャーロットに勧められた恋愛小説が面白かったので、再び最近のお勧めを尋ねたところ、「今のお勧めは断然これよ」と渡されたのが、この『窓から覗く顔』だったのである。幽霊が出る話とは聞いていたが、まさかここまで不気味な物語だとは思わなかった。
「ごめんなさいね。でも嘘は言ってないわよ、本当にお勧めなんだもの」
「シャーロットったら、変な話が好きなのね」
マーガレットが呆れたように口をはさんだ。
「あら、やっぱり幽霊はロマンじゃないの。私も一度でいいから本物を見てみたいものだわ」
「本物ねえ。……そういえば、この学院にも出るんですってよ。幽霊」
「まあ、本当?」
「ええ、お兄さまが言ってたわ。ほら、この学院の敷地ってもとは反逆罪で処刑された大公の屋敷があった場所でしょう? 自分の生首を抱えた大公の姿を見たって生徒が何人もいるらしいわよ」
「まあ、それは恐ろしいわね」
その言葉とは裏腹に、シャーロットの目はきらきらと輝いている。
「でしょう? お兄さまのクラスメイトの弟さんも、中庭の渡り廊下のところで大公に遭遇して、夜が明けるまで追い回されたんですって」
マーガレットは神妙な声音で言ったあと、「なんでも追いかけながら自分の生首を投げつけてきたらしいわよ」と声を潜めて付け加えた。
それはさすがに作り話だと思いたいが、そうとばかりも言い切れないのがこの手の話の恐ろしいところだ。昨日読んだ小説で「窓から覗く顔なんて作り話に決まってるさ」と高をくくっていた青年の末路がビアトリスの脳裏によみがえる。
(とりあえず、夜の学院には絶対に近づかないようにしましょう)
そう心に誓うビアトリスだったが、シャーロットがとんでもないことを言い出した。
「ねえ、今日の放課後、日が落ちてから、三人で中庭の渡り廊下に行ってみない?」
「放課後? まあ別に予定がないから構わないけど。ビアトリスはどうする?」
「絶対嫌よ。あんな怖い本を読んだあとで、夜の学院なんて行きたくないわ」
ビアトリスはきっぱり拒絶した。
「――と、いうことがあったんですの」
ビアトリスが話し終えると、カインは「相変わらず君たちは楽しそうだな」と苦笑した。
「その話は俺もチャールズから聞いたことがあるよ。俺が聞いたときは、チャールズのクラスメイトの弟の友達の体験談だったはずだが」
「まあ、やっぱりいい加減な話なんですね」
少しほっとしたものの、やはり恐怖はぬぐい切れない。
「カインさまは幽霊の存在って信じますか?」
「半信半疑ってところだな。眉唾な話が多いにしても、絶対いないとも言い切れないだろう。子供のころ、貴婦人の幽霊が出るという噂の場所にわざわざ見に行ったこともあるよ。残念ながら何も出なかったけどな」
「まあ貴婦人の幽霊? それってもしかして王宮の西塔ですか?」
ビアトリスは思わず身を乗り出した。
「ああ、あの西塔だ」
「西塔なら私も幽霊を見るために登ったことがあります。王妃教育で頻繁に王宮に通っていたころに、一度だけ」
「それは……もちろん一人で行ったわけじゃないよな?」
「はい。アーネスト殿下と一緒でした」
「だよな……」
「行ってみたら如何にも出そうな雰囲気で、びくびくしながら最上階まで上ったんですけど、結局何も出ませんでした」
言いながら、ビアトリスは当時のことを思い返した。
あれはまだ、アーネストと不仲になる前のことだった。
いつものように王妃教育を終えたあと、サンルームでアーネストとともにお茶会を楽しんでいるときに、アーネストがうきうきした調子で「トリシァは幽霊って見たことある?」と訊いてきたのである。
彼が語るところによれば、なんでも夕暮れどきになると、西塔の最上階にそれは美しい貴婦人の亡霊が現れて、窓の外を眺めながら静かにたたずんでいるのだという。
その正体は数代前の国王に捨てられた愛妾だとも、いわれのない罪を着せられて命を絶った侍女頭だともいわれているが、はっきりしたことは分からない。
ただその姿はたいそう美しく儚げで、哀れを誘う姿だとのこと。
「もうすぐ夕暮れだし、二人で見に行ってみようよ!」というアーネストの提案を、ビアトリスは当初拒絶した。
いくら美しいとか儚げとかいったところで、亡霊はしょせん亡霊だ。そんなものに出くわして、もし襲われたらと思うとぞっとする。
そしてしばらくの間、「怖いのは嫌です」「大丈夫だよ、何があっても僕がトリシァを守るから」「それでも嫌です」という押し問答が続いたが、最終的にアーネストが奥の手を持ちだした。
「幽霊の話を聞いて、トリシァと一緒に見に行こうってすごく楽しみにしてたんだけど……どうしてもだめかな?」
大好きなアーネストのしょんぼりした姿を前に、ビアトリスはついに折れた。そして結局二人で幽霊探しに繰り出すことになったのである。
初めて足を踏み入れた西塔は、普段使われていないだけあって、薄暗くて黴臭くて、なんとも不気味な場所だった。おまけに螺旋階段はどこまでも上に続いており、上っても上っても果てがないようにすら感じられる。
途中で何度も帰りたくなったビアトリスだが、アーネストがずっと手をつないで励まし続けてくれたこともあり、なんとか螺旋階段を上り終えて、幽霊が出るという塔のてっぺんまで到達することができた。
あのときのアーネストは本当に頼もしくて、物語の王子さまのように格好良く見えたものである。考えてみればそもそも怖いところに行く羽目になったのもアーネストのせいなのだが、当時のビアトリスにそんなことを考える余裕はなかった。
そして夕暮れどきが終わるまで、最上階でずっと待っていたのだが、結局幽霊は現れなかった。ただ塔の窓から眺める夕日はこの上もなく壮麗で、当初の目的なんて忘れるほどに美しかったことを記憶している。
(そんなこともあったわね……)
懐かしい思い出に、ビアトリスがほおを緩ませる一方で、カインはなにやら複雑そうな表情を浮かべていた。
「カインさまはお一人で行かれたんですの?」
「いや、シリル・パーマーと一緒だった」
「そういえば、パーマーさまは子供のころの遊び相手だったとおっしゃっていましたわね」
「ああ。遊び相手は他にもいたんだが、俺が思いついた日に、たまたま一緒にいたのが奴だったんだ。誘ったらあっさりついてきたのは良かったんだが、幽霊を待っている間中『やっぱり何も出ませんねえ』『ふふん、こんなことだと思ってましたよ』『しょせん幽霊なんて、惰弱な精神の見せる幻影にすぎませんからね』『はてさて、一体誰が言い出したものやら』としたり顔でペラペラしゃべり続けるから、ひたすらうっとうしかった記憶しかない」
「まあ、それは、なんというか……」
「俺もできるものなら、君と一緒に幽霊を探しに行きたかったな」
カインはしみじみと言ったあと、ふいに目を輝かせた。
「ビアトリス」
「なんでしょう」
「良かったら今日の放課後、一緒に学院に出るっていう幽霊を見に行かないか? もちろん君の友人たちも一緒に」
「え、嫌です」
「大丈夫だ。何があっても俺が君を守るから」
「それでも嫌です」
シャーロットに借りた小説の恐ろしい記憶が頭に残っている状態で、何が悲しくてさらなる恐怖を味わいに行かねばならないのか。それに同じ幽霊とはいえ、西塔の貴婦人の美しいイメージと違って、自分の生首を抱えた大公というのは、絵面からしておどろおどろしいにもほどがある。
あくまで拒むビアトリスに対し、カインは奥の手を持ち出した。
「なあビアトリス、君は残りの学院生活を最大限に楽しむつもりなんだろう? それなら夜の王立学院で友人と一緒に幽霊探しというのも、二度とできない貴重な体験になるんじゃないか? 何年かあとにマーガレット嬢やシャーロット嬢が当時の思い出で盛り上がっているときに、一人だけ蚊帳の外なのはなかなか寂しいものがあると思うよ」
その言葉に、ビアトリスの目の色が変わった。
結局チャールズも含めた五人のメンバーで、幽霊探しと相成った。
夜の王立学院はなかなかの迫力だったが、当然というべきか、生首を抱えた大公の姿は影も形も見当たらなかった。
チャールズとマーガレット、シャーロットは、その結果に拍子抜けしていたようだったが、「お友達と一緒に幽霊探し」を体験できたビアトリスはそれなりに満足していたし、ビアトリスと一緒に行くことで「思い出の上書き」ができたカインもまた、大いに満足したのだった。
本日発売されるコミック10巻から塩対応の最終章(書籍版5巻に相当)が始まります。アーネストの戴冠式と王宮に出没する謎の幽霊から始まる騒動にビアトリスとカインが巻き込まれる物語です。とても素敵な漫画ですので、お手に取っていただけると嬉しいです!





