外伝(〇一四) 董卓三天王
~~~長安の都~~~
「………………」
「や、やった! 呂布が逃げて行くぞ!」
「呂布が逃げたぞ!
呂布さえいなければこっちのものだ! かかれ!!」
「そ、そんな……貂蝉……」
「わーい! 呂布に勝った!」
「張済の言う通りにしたら呂布が逃げやがったぜ!」
「お手柄だぞ!」
「俺の力ではない。種を明かせば賈詡の助言に従ったのだ」
「それを言うならば、
小生の言葉を採り上げた張済殿を褒めるべきであろう」
「なんの、我らの力を合わせれば出来ないことは無いということだ。
魔王様(董卓)は倒れたが、董卓軍が滅びたわけではない。
都は我らのものだ!」
「その通りだ!」
「おうっ!!」
~~~長安の都 郭汜の邸宅~~~
「民の様子はどうだ?」
「騒ぎ立てる者もいやしたが、
5~6人見せしめに殺したら落ち着きやした」
「魔王様に代わり我々が統治するだけだと理解したようです」
「それならいい。
逃げていった呂布はどうしている?」
「袁紹を頼っていったようです。
都に戻ってくることはまず無いでしょう」
「そうなると、次に対処すべきは都の中の問題ですぜ」
「李傕のことか」
「李傕は郭汜将軍や張済を差し置いて、
まるで魔王様の後継者のように振る舞っています」
「聞いている。だがあいつは俺と同格の董卓四天王だった。
この都も俺と李傕、張済の三人で分割統治している。
俺があいつのやり方に口を挟むのは筋違いだろう」
「その謙虚さが郭汜将軍の良い所ですが……。
しかし李傕については他にも良からぬ噂を聞きますぜ」
「なんでも邪教を崇めて、その教祖の言いなりになっているそうです。
しかもその教祖は、郭汜将軍や張済を除くべきだと進言しているとか」
「むう……それは聞き捨てならんな」
「こうなりゃやられる前にやっちまいやしょう!」
「簡単に言うが、李傕のそばには常にあの胡封が付き従っているぞ」
「素手で牛をも絞め殺すという絞殺魔のサイコ野郎か」
「素手でやるなら扼殺魔ではないのか?」
「どっちでもいい。
李傕はいずれどうにかすべきだが、四天王のもう一人の張済は、
前々から俺に協力を表明してくれている。
四天王の二人で掛かれば問題になるまい」
~~~長安の都 李傕の邸宅~~~
「郭汜の野郎はどうしている?」
「俺らの縄張りに毎日のようにちょっかいを掛けて来るづら。
あいつ図に乗ってやがるづらぜ!」
「絞め殺そう……キュッと……」
「待て待て。殺すのはいつでもできる。
だが魔王様が斃れたばかりで情勢は不安定だ。
余計な混乱は招くべきではない」
「……李傕の言う通りだ」
「おお、教祖様!」
「……いざとなれば私が郭汜を呪い殺す。
……今は都の治安を取り戻すのが先決だ」
「わかった!
治安維持のためにまた不穏分子を公開処刑してやるづら!」
「公の場で……絞め殺せる……」
「慌てることはない。俺には教祖様がついてるし、
いざとなれば張済も力を貸してくれる約束だ。
圧倒的に俺らが優位に立ってるんだからな」
~~~長安の都 宮廷~~~
「ええ~、どうして民をいじめちゃダメなの?」
「民は国の宝なんだ。民がいなければ朕たちは生きていけない。
だから民は大事にしなければいけないんだよ」
「でもおじい様や李傕たちは民をいじめて遊んでるよ?」
「それは間違っていることなんだ」
「……間違ってたからおじい様は死んじゃったの?」
「…………そうだ」
「じゃあ李傕や郭汜もそのうち死んじゃうの?」
「そうかも知れない。だからそんなことはしちゃいけないんだ」
「……わかんない。ヘイカはおじい様たちと違うことばっかり言う。
あたし、よくわかんない。どっちが正しいのか」
「董白……」
「あたし、ヘイカとお話したくない!」
「ああっ、董白!
……行ってしまった」
「陛下、失礼致します。また李傕らが裁決を求めて来ています」
「……また暴虐の限りを尽くすような、
自分達にばかり都合の良い法案だけだな」
「内容に目を通す必要はありません。
玉璽を捺すだけの簡単なお仕事だとお思い下さい」
「わかっている。今の朕は無力だ。
この玉璽も本物を失い、作り直した代用品。
朕も皇帝とは名ばかりの代用品のようだ……」
「もうしばらくお忍び下さい。
陛下が本来あるべき力を取り戻す日は必ず訪れます。
それに敵ばかりではありません。
張済は密かに陛下に助力を申し出ています」
「ああ、彼がそんな忠臣だとは思いもしなかったよ。
お前もいてくれるから心強い」
「もったいないお言葉です」
「この世に悪が栄えた試しはないと聞く。
いつかこの苦境を救ってくれる者が現れるだろう。
……いや、待っているだけではいけない。
朕にも何か出来ることがないか考えなくてはな」
(フン、せいぜい悩むがいい。
いずれお前は何も悩まなくても良くなるのだからな)
~~~長安の都 張済の邸宅~~~
「……賈詡よ、これで本当に良いのか?」
「ええ。あなたは実に上手くやっておられる」
「郭汜にも李傕にも陛下にも良い顔をしているだけだ。
これではただの八方美人だぞ」
「それで良いのだ。彼らはあなたが味方だと信じ、
それゆえにいつでも相手を殺せると侮っている。
戦況は膠着し、主導権は我々にある。
全ては小生の掌の中にあるのだ」
「むう。お前の言うことだから間違いは無いのだろうが……」
「不安ならば狩りにでも出たらどうですかな。
あるいは付近の盗賊の討伐にでも出掛けては?」
「おお、それはいい。俺が露払いを務めましょうか叔父上」
「いや、気が進まぬ。
賈詡にばかり働かせてすまぬが、鄒氏とでも話してこよう」
「それは羨ましい。どうぞごゆるりと……」
(叔母上…………)
「どう致しましたかな、張繍殿?」
「い、いや、なんでもない。
お前の言う通り、俺は狩りにでも行ってこよう!」
「胡車児を護衛につけましょうか」
「いや、一人で大丈夫だ。行ってくる」
(ククク……。まことに全てが小生の思うままに進んでおる。
李傕に郭汜、献帝と董承、張済に鄒氏と張繍……。
他愛もない連中ばかりだ)
「か、賈詡よ」
「どうなされた」
「ちょっと小耳に挟んだのだが、李粛が行方知れずになっているらしい」
「ほう。たしか彼は呂布と同郷の間柄でしたな」
「ああ、そう聞いている」
「……不確定要素は排除すべきか。
張繍殿、すこし狩りに付き合っていただきたい」
~~~長安の都 南部~~~
「ケケケッ。李傕や郭汜に支配された都にいたんじゃあ、
呂布と同郷の俺には出世の見込みはありゃしねえ。
いっそのこと呂布を手引きしてあいつらを追い出させるか、
それとも……」
「マテ」
「んん? なんだてめえは。
……見覚えがあるな。
たしか張済の配下の――」
「左様。我が手の者だ」
「お、お前はたしか張済の……ええと、誰だったけか」
「思い出す必要はない。すぐに死ぬのだからな」
「あわせろ胡車児! 喰らえッ!!」
「シネ」
「ぐはあああああっ!!」
「ふむ。念には念を入れて良かった。
この男、呂布と内通しようとしておったぞ」
「それは良かったな! 未然に阻止できたぜ」
「この分では他にも良からぬことを考える者はいるだろう。
忙しくなりそうだな」
「こういう仕事なら歓迎だ。
いくらでも手伝うぜ賈詡!」
(……どうやら運が向いてきているようだ。
それに張済よりも、この男のほうが扱いやすいやもな)
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かくして魔王の死後も残党は相争い、都に戦乱は続く。
裏で糸を引く賈詡は、彼らの野望を束ねて、
乱世を紡ぎ出そうとしていた。