異聞(〇〇六~〇一三) 呂布という男
~~~丁原の暗殺後 呂布軍~~~
「やっぱり俺は納得がいかねー。
そもそも大将は人に従うような器じゃねーんだよ」
「お前もしつこいな。まだ言うのか」
「丁原にしろ董卓にしろ、大将ほどの豪傑を従える器じゃねーだろ。
だから大将はさっさと独立すべきだと俺は前々から言ってるんだ」
「我々は呂布将軍に従うだけです」
「不満ならば出て行けばいい。
張遼よ、お前こそどこでもやっていける力はあるだろうに」
「俺は俺が認めた相手にしか従わねーよ。
俺を完膚なきまでに負かしたのは大将だけだ」
「それなら高順殿に従いなさい。
この前の手合わせで負けたでしょう」
「高順さんとは互角なだけだ。次やったら俺が勝つ」
「ほう。ならば今ここでやってやる。
次も負けたら俺に従うんだな?」
「待てって。今やるとは言ってねーし」
「往生際が悪いですね。
良い機会です。自分の考えを他人に押し付けるものではないと、
高順殿に教育してもらいなさい」
「くそったれ! なら勝てばいいんだろーが勝てばよ!
かかってこいや!」
~~~洛陽の都 王允の邸宅~~~
「董卓を除くために呂布の手は借りられぬか?」
「呂布だと? 正気か?」
「毒をもって毒を制すという考えか。
しかし呂布は劇毒だ。手にした者も滅ぼしかねん」
「養父の丁原を殺したならば董卓も、という安易な考えではない。
そもそも彼は虎狼のような男だ。誰かに従う人間ではない」
「待て。その情報は確かか?
私は呂布を奪うために、董卓が丁原を殺したと聞いたぞ」
「それでは話が変わってしまうではありませんか。
養父の丁原を殺されたなら、呂布は董卓を恨んでいるでしょう」
「……もっと情報を集める必要があるな。
だがその前にお前たちの印象を聞いておきたい。
潁川の戦いで身近で呂布を見ただろう。どう思った?」
「王允殿の言う通り、他者に従う人間ではないと思った。
氷のように冷たい眼をしていた」
「私も奴の眼を見た時に肌が粟立ちました。
感情の宿らない、人を人とも思わない瞳だった」
「数多くの将を見てきた二人の評だ。信用に足るだろう」
「お父様、勅使が来られました」
「勅使だと? まだ即位して日の浅い、
幼い陛下が使者を出すとは考えられぬ。
董卓の命令だろう」
「皇甫嵩様、朱儁様を遠方へと左遷する勅命と聞きました」
「なんだと!?」
「またお前は勝手に使者と話したのか!
い、いやそんなことよりまずいことになった……」
「ほほほ。悪巧みでしたら私にもお聞かせ下さい。
勅使のように誰でもたぶらかしてご覧に入れますのに」
「お前が口を出すようなことではない!」
「ほほほ。つれないご返事ですこと」
~~~虎牢関の戦い後 董卓追討軍 負傷兵の兵舎~~~
「こ、ここは……」
「ようやく目が覚めたか。
お前は呂布にこっぴどくやられ、ここに運び込まれたんだ」
「そ、そうだべ……。おらは呂布さに手も足も出なかった。
左腕も斬られちまっただか……」
「孔子様もさぞかし落胆されていることでしょう」
「戦はどうなっただ?」
「呂布は劉備・関羽・張飛なる田舎臭い三人組に敗れ、
虎牢関へ撤退しました」
「あ、あの呂布さが負けただか!? 信じらんねえ……。
おらはずっと弱えが、手を合わせたから呂布さの強さはわかる。
あれは化け物だ。感情のない殺戮マシーンだべ」
「撃退はできたものの、多くの腕自慢が呂布に殺されたな」
「当たり前だ。おら自信を失ったべさ。
おらの金槌は呂布さにかすりもしなかった。
片腕も失くしたし、もう武士を続ける自信がねえだ」
「もっともです。孔子曰く『武安国は役立たず』と申す。
あなたは今日でお役御免です。さっさと去りなさい。
それを伝えに来ただけです。それでは」
「これは餞別だ。役立たずのお前に施しを与えてくださる、
孔融様と孔子様の優しさに感謝するがいい。はっはっはっ」
「こ、孔融様!
……呂布さと戦って命があっただけ儲けものだ。
でもおらはこれからどうすればいいんだべ……」
~~~遷都後 長安の都~~~
「呂布め、少しばかり強いからと鼻にかけ増長しておるわ!
奴の首など吾輩の命令一つでいつでも飛ばせると言うのにな!」
「魔王様の侍女と密通しているそうですな。
今や位人臣を極めた魔王様に対して不敬も不敬、
身の程知らずとしか言いようがありません」
「………………」
「どうした李粛?
いつもならここぞとばかりにお追従するお前が、
今日は静かではないか」
「い、いや。呂布とは同郷だからな。
あんまり悪くは言いたくねえんだよ」
「何を今さら! 呂布は金を積まれれば親でも殺す人間のクズだと、
養父の丁原を暗殺させようと献策したのはそもそもお前ではないか」
「ははは。言ったような言ってないような……」
「そんなことよりさっきから辺りをうろついている連中はなんだ?
『千里草』だの『十日卜』だの意味のわからんことを書いた旗を掲げておる。
なぞなぞか何かか? 李儒よ、ちょっと解いてみろ」
「あれは……。いやまさか……。
むむむ……恐れながら魔王様!
今日の視察はこのくらいで切り上げてはいかがでしょうか」
「なんだと? 今日はまだ5人しか殺しておらんぞ」
「何か不穏な空気を感じます。万が一のことはあってはと……」
「神をも恐れぬ吾輩の身に何かが起こるとでも?
李儒よ、貴様も吾輩に歯向かうのか?
貴様も氷人形にしてやろうか!?」
「ひいいいっ!!」
「まあまあ兄貴、李儒は臆病者だからしかたねえよ。
今日は人の往来も少ないし、あと20人くらい殺したら切り上げて――」
「んん? おい、李粛よ。
こんなところで馬車を止めるとはなんのつもりだ?
吾輩は命令しておらんぞ」
「………………天誅だ」
「なんだと?」
「あ、あれは……呂布!?」
「天誅だ」
「お、おい。俺たちに方天画戟を向けるなんて、
いったいどういう魂胆だ? こ、殺されてえのか?」
「面白い。殺してみろ」
(千里草は董、十日卜は卓、
あれはやはり董卓を意味する暗示であった……)
「は、早く呂布を氷人形にしろ!
だ、誰でもいい。さっさと殺さぬか!!」
「殺すのは俺。殺されるのはお前だああっ!!」
「ぎゃああああああっ!!!」
~~~~~~~~~
かくして董卓の栄華は終わりを告げた。
異国からの来訪者である呂布とは、
また別の呂布による一つの結末であった。