外伝(〇〇五~) 黄巾の血脈
~~~黄巾党 支部~~~
「なぜだ!? なぜ関羽将軍のすごさが伝わらないんだ!?」
「そりゃ実際にこの目で見てないからな」
「うむ。お前たちがそこまで惚れ込むのならば相当の人物とは思うが、
だからといって黄巾党を抜けるほどの魅力は感じない」
「二人の言う通りでさあ。無理に誘うことはありやせん」
「むう……。しかたないか。
では、俺たちだけ抜けることとしよう」
「ハゲも行くのか? お前は誰かに惚れ込むような奴に見えなかったがな」
「俺の名前を略すな!
……俺は単に、あんな化け物とは戦いたくないってだけだ。
黄巾党にいたら、いつかあいつと戦うことになっちまうかもしれねえだろ」
「そういう考え方もあるか……。
よし、俺も連れて行ってくれ。どうせ黄巾党に未来は無いんだ」
「拒む理由はありやせんよ」
「道は違えても、お前たちが戦友だったことは変わらない。
またいつか会う日まで、さらばだ!」
「未来は無い……か。
もっともだが、だからと言って他に行く当ても無い」
「廖化たちの言葉は信じられぬか?」
「さっきも言ったが、
俺は自分の目で見たものしか信じないたちでね」
「しかしこのまま手をこまぬいていれば、
官軍に各個撃破されてしまうぞ」
「うむ、他の残党と合流するなり、
少なくとも今後の方針を決めなければな」
「そういえばこの前のあいつはどうしている?
あの肺病病みの」
「ああ、俺たちに会いに来て、
いきなり血を吐いてぶっ倒れた奴か」
「まだ保護しているのではなかったか?
たしか、軍師を務めたいとか言っていたな」
「務める前に戦は終わっちまったが、何か助言をくれるかもしれん。
もう回復した頃だろう。連れてきたらどうだ?」
「あんな得体の知れない奴を頼るのか?」
「藁にもすがる思い、ということだ。
どうせ道は何も見えていないのだ。聞くだけ聞いてみよう」
~~~黄巾党 支部~~~
「戦は終わったか……」
「残念だに。陛下を救うことはできなかっただに」
「まだそんなだいそれたことを言っているのか」
「俺は陛下の一族だに。陛下をお助けするのは義務だに」
「なにが一族だ。単に同姓ってだけだろ」
「それでも御縁はあるだに。
陛下のそばから奸臣を排除するため、黄巾党に入っただに」
「そんなことを考えて黄巾党に入ったのはお前だけだろうな」
「俺もそうだが、世直しがしたくて入った奴なんて一握りだろうよ。
黄巾党に入りゃあ好き勝手に暴れられるし、飯にも困らない。
そんな連中ばっかりだ」
「だから負けただに。志があればもっと戦えただに」
「で、その志ある戦いをまだ続ける気なのか?」
「汝南は太守も寄り付けず荒廃してるだに。
あそこを拠点にして活動を続けるだに」
「私は略奪を働くのが嫌でお前とつるんでいたんだ。
今さら帰農することもできない。
陛下を助けられるかどうかはともかく、戦いを続けよう」
「俺は山賊になってもよかったんだが……。
まあ、他に行く当ても無い。付き合うぜ」
~~~黄巾党 支部~~~
「はあ、はあ……。や、やっとここまで聞き出せた」
「しゃべっては吐血し、しゃべっては吐血し、
ろくに話が聞き出せやしねえ!」
「頼むからもう二文字以上はしゃべるな!
そのほうがまだ話がしやすい」
「了解」
「話をまとめるぞ。ああ、お前はしゃべらなくていい。
間違ってたら首を振るなりなんなりしてくれ。
まず、青州を制圧し、拠点を作る。そうだな?」
「肯定」
「だからしゃべるなっての!」
「青州刺史の焦和は政治を顧みず、
ろくに軍備も整えていない。だから俺たちでも簡単に制圧できる」
「………………」
「うなずいてるな。
その後は黄巾党に限らず人を集めて、
いわば独立国家のようなものを作り出す」
「そしていつか、俺たちをまとめて率いられるような、
優れた指導者を見つけ出して、青州を引き渡す、と」
「………………」
「そうと決まったら早速、戦いの用意をするぞ!」
「いや待て。いくら焦和が無能だと言っても、相手は一州を預かる刺史だ。
兵力も装備も俺たちより上だろう。
郭嘉に策を立ててもらわなきゃいけねえ」
「つまり、まだ色々と聞き出さねばならない、ということだな」
「…………とりあえず、医者と薬を用意するか」
~~~黄巾党 支部~~~
「チッ、張角の野郎も大したことなかったな。
呂布に手も足も出なかったそうじゃねえか。
せっかく好き勝手にできたのによ、また出直しだ」
「頭を失っては戦えない。
俺は北海あたりに進出しようと思うが、
お前らはどうする?」
「俺はいい。都につてがあるんでな」
「都にだと? おい、そんな良い話なら俺にも一枚噛ませろよ」
「駄目だ。俺のつては俺だけのものだ」
「都というと、お前は馬元義の下で働いていたな。
さては宦官のつながりだな?」
「ヒッヒッヒッ。さあな」
「ケチな野郎だぜ。
だが、ここでくすぶってるよりは都に上ったほうが、
まだしもチャンスはあるかも知れんな」
「ならばここでお別れだな。
北海太守の孔融は名声ばかり高い、
ろくに実務能力の無い男だと聞く。
首尾よく制圧できたら、お前たちを受け入れてやってもいいぞ」
「ケッ、捕らぬ狸のなんとやらだぜ。
見てろ、俺こそ都で一旗揚げてやっからよ」
「それは俺のセリフだ。
黄巾党は滅びても、俺たちの未来は薔薇色と行きたいものだな」
~~~数年後 大道芸人の一座~~~
「黄巾賊を名乗る、だと?」
「そうです。黄巾賊の名は官軍に今もなお恐れられ、
そして民衆からは希望の星だと思われています」
「たしかにあちこちで長いこと残党が暴れていたが……。
しかし我々は黄巾賊と縁もゆかりも無いぞ」
「問題ありません。黄色い布を巻き、そう名乗れば簡単に偽れます。
黄巾賊の名声を利用し、のし上がるのです」
「そう上手く行くとは思えんが……。
まあ、無名のままやみくもに蜂起するよりはマシだろうな」
「その通りです。我々が新たな張角となるのです!」
「ただの農民一揆の予定が大きく出たものだ。
だが、よくよく考えてみれば悪い計画ではない」
「黄巾の世は今から始まるのですよ!
さあ、行きましょう。戦いの時です。
先生! お願いします」
「ああ」
~~~洛陽の都~~~
「張曼成の奴、まさか十常侍とつながってたとはな。
へへっ、だが失敗しやがった。いい気味だぜ。
それにしてもあいつ程度が十常侍とつるめるなら、
俺にも何かしら声が掛かってもいいところだが……」
「おい」
「な、なんだてめえは!」
「仕事が欲しいのか?」
「…………何者だ?」
「お前の素性は調べが付いている。
仕事が欲しいのかと聞いている」
「見たところ相当の身分のようだが……。
ケッ、どうせこのままじゃ野垂れ死ぬだけだ。
いいぜ、誰だか知らねえがやってやるぜ」
「悪い話ではない。ついてこい」
~~~青州 州境~~~
「董卓が都を席巻し、朱儁や皇甫嵩ら志ある者、
孫堅や袁紹ら実力のある連中はみんな左遷されちまった。
こんな都にはいられねえと俺も辞職しちまったが、
さてこれからどうするかな……」
「止まれ! ここは黄巾党の縄張りだぞ!」
「黄巾賊だと? 青州が奴らの手に落ちたって噂は本当だったのか」
「おとなしくここを去るか、それとも身ぐるみ剥がれるか、
好きな方を選ぶがいい」
「忠告してやる。喧嘩を売るなら相手を見てやるものだ」
「なんだと? おいてめえら、こいつに目のもの見せてやれ!」
「黄巾キラーとうたわれた俺に挑むとは愚かだな!」
「ぐはあっ!! な、なんだこいつの強さは!?」
「どうした卞喜!」
「手を貸してくれ! 俺一人ではとても敵わん!」
「む……。その髪型、何度となく戦場で見かけたことがあるぞ。
官軍の将軍で、鄒靖と言ったか?」
「ご名答だ。だが今は将軍ではない。官軍は辞めたんだ。
ここにはたまたま通りがかっただけだ。わかったら道を空けてくれ」
「勝手なことを言いやがって!
元とはいえ官軍と聞いては生かしちゃおけねえ!」
「いや待て!
……これこそ、我々が待っていた相手かも知れんぞ」
「なんだと? おい、お前まさか――」
「考えてもみろ。彼よりも我々を熟知した人間がいるか?
しかも今は官軍を離れていると言う。
これを天の配剤と言わずしてなんと言う?」
「……さっきから何を話している?」
「まずは非礼を詫びよう。
そして、我々の軍師と会って欲しい」
「軍師だと? 黄巾賊にそんな奴がいるのか」
「彼を表す言葉を他に知らないだけだ。
とにかく会ってくれ。そして、できれば我々に力を貸して欲しい」
「黄巾賊が俺に頼み事だと?
……確かに以前のお前たちよりは統制が取れているようだ。
それも軍師のおかげか?
わかった。聞くだけ聞いてやろう。案内してくれ」
~~~~~~~~~
かくして黄巾賊の面々は各々の道へと分かれていった。
彼らの戦いは続き、火種はくすぶり続ける。
黄巾の世は訪れずとも、世界は確かに変わったのであった。
黄巾の章 完