外伝(〇〇三~〇〇四) 虎と奸雄
~~~黄巾党 本部~~~
『同志は各地で優勢に戦いを進めているが、
官軍も兵力を一ヶ所に集中しつつある。
ここは我々も兵を集め、決戦に踏み切るべきではないか?』
「弟たちの申す通りである。
趙弘、孫仲、韓忠を陽城の守りに残し、
他の頭目たちは潁川に集結せよ。
そこで官軍を討ち滅ぼすと致そう」
「「「「おおおお!!!!」」」」
~~~官軍の陣営~~~
「今度は潁川に向かうじゃと?」
「ああ。黄巾賊は大軍を集めて乾坤一擲の戦を挑むようだ。
我々も合流しなければならん」
「昨日は東で明日は西へ……。だから官軍なんてイヤなのよ」
「なんだかんだ言いつつ、手伝ってくれてるではないか。
相変わらずだな」
「たくさん養子を育ててるし、仲間も集めてるからいろいろ金がかかんのよ。
褒美を弾まなきゃ手伝わないからね。
……ところで、そろそろアンタらは離れていいんじゃないの」
「へ? わしらのことか?」
「潁川くんだりまで行きたくないでしょ。
まあまあ小金も溜まったし、それで兵を雇って独立しなさいな。
さみしいなら関羽でも連れてきなさい」
「何を言うんじゃ張さん。兄弟の仲は冷めても、
義兄弟の仲は切っても切れぬものじゃぞ。
張さんの行くところ、わしらはついて行くまでじゃ」
「なんでアタイが義兄弟のリーダー格になってんのよ。
いちおう年齢的にはアンタが長兄でアタイは末妹でしょうが」
「おお! やっぱり義兄弟じゃと認めるんじゃな!」
「言葉の綾よ! ……ああ、めんどくさい。
わかったわよ。関羽や田豫はともかく、
アンタは放っぽり出した瞬間に黄巾賊に殺されそうだもんね。
邪魔にならないようについてきなさい」
「さっすが~、張さんは話がわかるッ!」
「………………」
(相変わらず面倒見の良い奴だな……)
~~~劉備の義勇軍~~~
「どけどけ! 董卓軍のお通りだ!」
「道を空けろ! さもなくば馬蹄にかけて踏み潰すづら!」
「絞めたい……誰でもいいから……キュッと絞めたい……」
「おお、ガラの悪い連中ばかりじゃのう。
いったいなんなんじゃ? さっきから紫の連中ばかり見かけるが」
「しっ! 目を合わすんじゃないわよ。董卓軍よ」
「誰じゃそれは。有名人か?」
「涼州で長く戦っていた、勇猛な将軍です。
もっとも、勇猛さより残虐さや粗暴さの方で有名ですが」
「特に関羽! アンタはおとなしくしてんのよ。耳栓でもしときなさい」
「………………」
「で、その董卓軍がなんでここにおるんじゃ?」
「潁川の戦いで敗れた官軍は、盧植将軍の進言で
最強とうたわれる董卓軍に黄巾賊の討伐を命じたのよ」
「おうおう、わしの師匠の盧植先生か。
皇帝陛下に逆らって投獄されたと聞いとったが、復職できたんじゃな」
「アンタが盧植将軍の弟子?
……すごいわね。何一つとして学べてないのね」
「ここに来とるならぜひ会いたいのう。
――おっ。噂をすればなんとやらじゃ。あそこにおるぞ!
おーーい! 盧植先生!!」
~~~官軍の陣営~~~
「……で、師匠の盧植に言われたから義勇軍を解散すると。
はあ。これはどういうことだ張飛?」
「アタイが聞きたいわよ。
このバカと来たら、先生の言うことは正しいの一点張りなんだから」
「その通りじゃぞ張さん。
本来ならわしは、こうして官軍に報告に来る暇も無いと言いたいところじゃ」
「それにしても気になるな。
あの盧植将軍が官軍から離れろと、都からも距離を置けと言ったのか」
「あの人が突拍子もないことを言うのは昔からだ。あまり気にするな。
それよりも、問題は我々のことだ。
黄巾賊の主力は董卓に任せ、俺と朱儁は後方の陽城を攻めることになった。
お前たちにもそれを手伝ってもらうつもりだったんだが……」
「アタイは別にいいんだけど、このバカがねえ」
「そんな暇は無いと言っとるじゃろう張さん」
「褒美なら今までの倍を出すぞ。
どこかの県令になれるよう働きかけてやってもいい」
「県令だってよ! いいじゃないの。
あてもなく逃げて流民にでもなるくらいなら、
県令に落ち着いた方が安定してるってもんよ」
「なるほど。それもそうじゃのう」
「決まりだな。董卓が上手くやれば、
これが黄巾賊を相手に最後の仕事になるだろう」
~~~陽城~~~
「大賢良師(張角)様の本隊が敗れただと!?」
「あ、ああ。しかも大賢良師も天公将軍(張梁)も地公将軍(張宝)も、
みんな行方不明になったらしい……」
「い、いったいどうすればいいんだよ!?」
「むむむ……。官軍も迫っている。
我らはまずこの城を守るしかあるまい。
城さえ無事ならば、やがて大賢良師様や他の頭目たちも戻ってくるやも知れぬ」
「そ、そうだな。まさか全員が死んだわけではあるまい」
「オヤビンたちが戻ってくれば、官軍なんて敵じゃないでやんすよ!」
「……………………」
「ど、どうしたんだ趙弘、その不安そうな顔は」
「い、いやなんでもねえ。
ただ……ここに集まったメンツを見てるとどうにも、
もう出番のない奴をまとめて片付ける感がしちまってよ……」
「それは言わない約束だろ……」
~~~陽城を臨む官軍の陣営~~~
「ふむ。残党が寄り集まって数だけはそこそこいそうだね」
「烏合の衆はいくら集まっても烏合の衆だ。問題ない」
「ああ、早く蹴散らすとしよう。俺に先陣を任せてくれ」
「まだ他の官軍も集まってないってのに、相変わらずせっかちだな!」
「単に力押しするとなると骨の折れそうな城だ。
他部隊と連携するにしくはない」
「そうだな。抜け駆けしたからといって褒美を減らされてはたまらん」
「おや、アンタさんらはもしかして、味方の官軍さんかな」
「いかにも。曹操という者だ」
「わしは義勇軍を率いとる劉備じゃ。
鄒靖さんの世話になっとる」
「このご時勢に義勇軍というだけでも奇特なのに、
わざわざ激戦地に足を運んできたのか。ますます奇特な人だね」
「ここって激戦区なの? ただの残党が集まってるだけでしょ」
「追い詰められた者を甘く見てはいけない。
窮鼠猫を噛むという言葉もあるしね。
少なくとも、略奪や弱い者いじめしか出来ない黄巾賊よりは注意が必要さ」
「おお、曹操さんはなんというか、出来る男という感じじゃのう」
「………………」
「んん? 劉備とやらの部下にはガキもいるのか?」
「ただのガキじゃないわよ。
アタイらとは別の義勇軍を率いてんだから」
「田豫と申します」
「利発そうな眼だな。腕自慢のご歴々よりは使えそうだ」
「何か言ったか毒舌野郎!!」
「別に何も。おや、他の官軍も集まってきたようだ」
「よォ、てめェらは味方か?」
「味方じゃ味方じゃ。あんたはどこから来なすった?」
「江東の孫堅だ。いっちょよろしく頼むぜ」
「旦那様ともども以後お見知り置きを」
「なかなかの使い手ばかりのようだな」
「フン」
「艦長は俺の後ろにいてくれ。ここは城から矢の届く距離だ」
「もう集まったか。江東の虎に乱世の奸雄か……。
親睦を深めてるところ悪いな。作戦に移るぞ」
「これだけの兵が集まれば策は必要あるまい。
城を四方から包囲し、一斉に攻め掛かるぞ」
「待った。それなら三方から攻め、わざと逃げ道を空けたほうがいい。
退路が無ければ死に物狂いで抵抗するが、
逃げ道があれば戦意を失いそこを目指すだろう」
「そして退路に伏兵を置いて、逃げてきた連中を叩くってわけだな。
そいつはいい。オレも賛成だ」
「ふむ……。言われてみればもっともだな」
「ならば東門を曹操、西門を孫堅、
南門を我々官軍と義勇軍が攻め、北門を空けておこう。
そして各軍から選りすぐりの精鋭を伏兵に置き、逃げる賊を殲滅する」
「行くぞ。配置に掛かれ!」
~~~陽城 北~~~
「ぎゃああああ!!」
「馬鹿なあああっ!!」
「お助けええっ!!」
「ひいいいいいいっ!!」
「ぐわああああっ!!」
「やっぱりかああああっ!!」
「これでいっちょ上がりね!」
「主だった頭目は討てたようだな」
「我々の敵ではなかったな」
「ご苦労だった。後は各地に散らばった残党の掃討だが、
頭を失えばもはや何もできまい」
「諸将には追って沙汰があるだろう。
これにて解散してくれ」
「やれやれ。なんとか無事に終わったのう」
「てめェがこの義勇軍の大将か?」
「お、おう。孫堅さんと言ったか。なんの用じゃ?」
「おっと、先を越されてしまったかな」
「曹操も来たか。ちょうどいいや。
いや、ちょいと挨拶に来ただけだ。
なんというか、てめェらとは長い付き合いになりそうな気がしたんでな」
「はあ…………?」
「もし江東に来ることがあれば顔を出してくんな。
うめェ魚をご馳走してやんよ。じゃあな!」
「実に破天荒な男だね。興味深い。
さて、劉備君と言ったかな」
「おう、あんたも別れの挨拶に来たのかな」
「素晴らしい猛者を連れているようだね。
よければ名前を教えて欲しい」
「わしの自慢の義弟の張飛さんと関羽さんじゃ!」
「義兄弟だと言い張ってるのはこいつだけなんで、誤解しないでね」
「………………」
「ぜひ僕の麾下に加えたいところだが……。
その絆を断ち切るのは申し訳ないところかな」
「アタイは条件次第で呑んでもいいけど?」
「またまた~。張さんは冗談が好きじゃのう」
「アタイは大真面目なんだけど?」
「曹操、何してやがる。もう行くぞ!」
「孫堅君も言っていたように、君達とはまだ縁がありそうだ。
またいつか、ゆっくりと話をするとしよう。では、また」
「おう! 機会があったらのう」
「……思い出したわ、アイツ乱世の奸雄よ」
「なんじゃその仰々しい名前は?」
「許劭っていう有名な人物鑑定師が、
アイツのことをそう評したのよ。
乱世の奸雄、つまり乱れた世を支配するってね」
「ふ~ん。すごい奴だったんじゃなあ」
「その前に来た孫堅ってのも、江東の虎って呼ばれてるわ。
ふふん、アイツらに見込まれてるなんて、アタイも捨てたもんじゃないわね」
~~~曹操軍~~~
「あの巨漢どもの勧誘に行ったのか?
そのわりにすぐ諦めたな」
「彼らの間に割って入れるほど、僕も無粋ではないよ」
「あの張飛という男(?)、すげえ怪力だったな!」
「俺は関羽の手並みに驚いたぞ。
俺の矢でもあいつに当てられるかどうか……」
「そうかい、僕はあの劉備君に一番驚かされたがね」
「あいつに? なんの取り柄も無さそうだったけどな」
「そう、なんの取り柄もない男が、あれだけの豪傑を二人も従え、
孫堅君や君達をはじめ、錚々たる面々を前にしても全く動じていない。
あんな大物は見たことがないね」
「……ただの馬鹿にしか見えなかったがな」
「ただの馬鹿か、それとも僕らの物差しじゃ
測ることすらできない大物か、そのどちらかだろう。
彼の動向が、これから実に気になってしかたないよ……」
~~~~~~~~~
かくして三人の英雄は邂逅した。
黄巾の世は訪れること無く幕を閉じ、
同志達は各地に散って行こうとしていた。