外伝(〇〇二~〇〇三) 美髯公の勇姿
~~~官軍の陣営~~~
「は? アタイがいないと義勇軍の受け入れを認めない?
なんでそんなことになんのよ!?」
「そいつらの顔を見ればわかるだろ」
「?」
「……………………?」
「戦力外のただの男と、
無口過ぎてろくに話も通じない馬鹿をどうしろと言うんだ。
あいにくうちは難民を保護する余裕はないんだ」
「でも劉備はともかく関羽の強さは知ってるでしょ」
「ああ。関羽の強さも、お前が官軍に加われば
関羽よりもっと戦力になることも良く知ってるよ」
「いい機会だ。官軍に戻れ張飛。
お前は市井に埋もれていていい人材ではない」
「官軍に戻るのは絶対にイヤだって言ってるでしょ」
「だったら義勇軍を率いろ。
お前が率いるなら戦力になるし、受け入れる準備がある」
「ぐぬぬ…………」
「張さんはすごいのう。
わしだけじゃなく官軍からも引っ張りだこじゃ」
「うっさい!」
「褒美なら弾んでやるぞ。
このご時勢、盗賊以外で金のために命を捨てる奴は少ない」
「アタイが金にがめついみたいな言い方で気に食わないけど……。
アタイが見捨てたらこいつら、
路頭に迷って黄巾賊に殺されるのが目に見えてるし。
いいわ、義勇軍を率いてあげようじゃないの」
「ああ、言い忘れていたが公式に率いるのは劉備にしてもらうぞ」
「へ?」
「よくわからんが黄巾賊の間では、
劉備が鄧茂、李朱汎、唐周を殺したことになっているらしい。
だから箔を付けるために総大将は劉備だ」
「唐周まで劉備に……。
ちなみに程遠志を殺したのは誰になってんの?」
「それは関羽のままだ」
「わはは。張さんだけなんも大将首を挙げとらんのか」
「うっさい!!」
「話がまとまったなら働いてもらうぞ。
黄巾賊の首領・張角の弟で副将の張宝の軍が進出してきている。
我々の任務はそれを叩くことだ」
「……!!」
「待ちなさいよ! まだ行き先も聞いてないでしょ! この戦闘狂が!」
「早速、張飛がいて助かったな」
「ああ、まったくだ」
「もう怒るのも疲れてきたわ……」
「西の村に前線を築き、義勇軍と官軍の友軍が陣取っている。
まずは彼らと合流してくれ」
~~~黄巾賊の陣営~~~
「村に火をかけてしまえば手っ取り早いではないか」
「そいつは賛成できませんね。
あっしら黄巾賊も元をたどればみんな農民でさぁ。
苦しむ民のために立ち上がったのに、
あっしらが民を苦しめたら元も子もない」
「周倉の言う通りだ!
俺たちは民のために官軍と戦うんだからな!」
「綺麗事を並べおって……。
官軍には次々と増援が現れ、味方のはずの民からも、
義勇軍なる官軍に手を貸す裏切り者が出てきている。
民に手心を加える理由などもはや無い」
「だったら現実的な話をしようや。
俺は村を襲っても別に構わないと思うが、
でも村を焼いたら俺らの兵糧も枯渇するぜ」
「それは官軍から奪えばいいだけの話だ!
……もういい。地公将軍(張宝)から兵権を託されているのは俺だ。
反対する者は陣の防衛に残れ。
俺と厳政で村に火攻めをかける!」
「くっ…………」
~~~義勇軍の陣営~~~
「あなたが増援の義勇軍の方ですね。待ってましたよ。
ここの義勇軍を率いている田豫と申します」
「おやおや、これはかわいい隊長さんじゃな。
わしは劉備、こっちは義弟の張飛と関羽じゃ。
何歳じゃ? なんで子供が義勇軍を率いとるんじゃ?」
「年齢は関係ありません。
最も軍才に優れている者が指揮をとるだけです」
「全くだわ」
「ははは。名目だけじゃが部隊を率いとるわしには耳の痛い話じゃな。
ところで田豫さん、官軍はどこにおるんじゃ?
それらしき姿を見なかったが」
「官軍ならとっくに引き上げましたよ。
ここの黄巾賊は強いと見て取るやいなやね」
「こんな子供に戦わしといてだらしない連中ねえ」
「無理もありません。兵力では圧倒的に負けていますし、
僕の前の指揮官も討ち死にしています」
「………………」
「関さんの目の色が変わったぞ。手応えのありそうな相手じゃな」
「確かに腕の立つ将が二人いますが、それよりも厄介なのは――」
「ちょっと! あっちで火の手が上がったわよ!」
「あれは負傷兵や病人を収容した野営の方向だ……ッ!
奴らの指揮官は、手段を選ばずこういう汚い手を使うんです。
救援に出向いた僕らを伏兵で叩くつもりだ」
「……ッ!!」
「敵が来たと聞いて関さんが飛び出して行ったぞ!」
「いけません! みすみす罠に掛かりに行くようなものです!」
「まあ任しときなさいよ。今度は大人が頑張る番なんだからさ」
~~~黄巾賊~~~
「怪我人や病人はいつでも殺せる。放っておけ。
のこのこ近づいてきた元気な兵の方を殺すんだ!」
「弓を揃えて待ち構えておけよ!」
(相変わらず汚い手を考えつきまさぁな)
(これでは怪我人や病人を人質に取っているようなものだ!)
(ただでさえ兵力では勝ってるってのに、
たかが義勇軍を相手によくここまでやるぜ。俺でも引くわ)
(高昇や厳政に見つからぬように、
負傷兵を救助することはできないか?)
(この三人でせいぜい二人ずつが関の山でしょうが、
やらないよりはマシでしょうや)
(俺も頭数に入ってんのか? ったく、しょうがねえな)
「義勇軍はまだか? 早く来ないと大事な仲間が焼け死んじまうぞ~?」
「汚物は消毒だ~~!!」
「…………!!」
「な、なにィ!? 火の中を突っ切って何者かが現れたぞ!」
「ッッ!」
「ぎゃああああああっ!!」
「な、何者だ!? 炎の中から現れて高昇を一刀両断したぞ!」
「き、貴様よくも! 撃て! 撃ちまくれ!!」
「………………」
「す、涼しい顔で全ての矢を叩き落としやしたぜ……」
「ば、化け物だ…………」
「ひいいいいいっ!! た、助けてくれえええ!!」
「逃がしはしない!」
「うぎゃああっ!!」
「おお! 見事な弓の腕前じゃな田豫さん」
「ちょっと関羽! いくらなんでも火の中を突っ切るなんてむちゃくちゃよ。
敵が目に入ったら、周りがなんも見えなくなるのは相変わらずね。
……アンタ、頭巾の後ろが燃えてるじゃないの!! 気づかないの!?」
「…………?」
「関羽というのか……なんという方だ……」
「逃げ惑う人々を救うため、身を顧みずに火の中を突っ切って助けに来たんだ!
しかもその功績を誇るどころか、何もなかったような顔をしている。
なんと気高い男、いや漢なんだ!」
「ああ、すげえかっこいいな……。
で、でもどうすんだよ。高昇も厳政も殺されちまったし、
あんな化け物にはとても敵わないぜ」
「迷うことはない! あの関羽という方に降伏しよう!」
「いや、それは待ってくだせえ。
今のあっしらは薄汚い黄巾賊で、あの方から見れば高昇や厳政と一緒でさあ。
あの方に仕えるなら、すっぱり足を洗って、
綺麗な身体になってから、またお目に掛かりましょうや」
「おお……。それもそうだな。
うむ、恥ずかしくない身分になってから、また願い出るとしよう」
「足を洗うかどうかはともかく、あいつと戦わないってのは賛成だ。
気づかれないうちに逃げようぜ」
~~~官軍の陣営~~~
「もう片付いたのか。流石だな張飛」
「アタイは何もしてないわ。
敵将を片付けたのも関羽と田豫の坊やだったし」
「そうなのか? お前が高昇を討ち取ったと報告があったぞ」
「今度は殺してない奴を殺したことになってんの!?」
「それより話が違ったぞ。
官軍はもう逃げちまって、義勇軍しかおらんかったじゃないか」
「ああ、我々もいま聞いたところだ。
袁術は実戦経験の薄い指揮官だったからな。
臆病風に吹かれたのだろう」
「正直に言えば、各戦線で同じようなことが起きている。
だからお前たちのような存在が貴重なのだ」
「………………」
「だからって子供に戦わせて軍人が逃げるなんてあんまりじゃないの」
「張飛さん、僕はいいんですよ。
子供だろうと誰だろうと、戦える者が戦うべきです」
「頼もしいガキだな。どうだ、官軍に入らんか?」
「官軍に入るくらいなら義勇軍を続けますよ。
希望できるなら、張飛さんたちと一緒に戦わせて下さい」
「アタイたちと?」
「はい。だって、あなた達は逃げたりしないでしょう?」
「わっはっはっ! もちろん大歓迎じゃ!
これは頼もしい味方が加わったな!」
「ホント、誰かに見習って欲しいものだわ」
~~~~~~~~~
かくして義兄弟は黄巾賊に襲われた村を救い、
少年兵を新たに仲間に加えた。
だが各戦線では官軍の苦戦が続き、黄巾賊の勢いはいや増していた。