掌編(程昱伝) 日を捧げる男
~~~兗州 東阿~~~
「ヒャッハー! この城は俺様の物だーーッ!」
「や、やめろ! いったいなんのつもりだ!」
「は? 見りゃわかるだろ。
黄巾の乱で国はガタガタだ。この城にもいつ黄巾賊が攻めてくるかわからねえ。
だったら俺はやりたいことをやらせてもらう。
野郎ども倉を開け! 略奪だ!!」
「くっ…………」
「おらおら、そんな所に突っ立ってたら邪魔だ。死にてえのか」
「お、俺も殺すつもりか」
「殺さねえよ。アンタはハッシュンとか言う名士なんだろ?
名士を殺したら俺様の名声が落ちちまうからな」
「官吏の身で略奪を働いておいて、今さら名声を語るのか」
「うるせえなあ。殺さなくても半殺しにしてやろうか!」
「ひいいっ!?」
~~~東阿 程立の屋敷~~~
「で、言われっぱなしですごすご逃げてきたわけか」
「お、俺まで殺されては誰も事態を収拾できないからな」
「ほう。収拾できる目算があるのか。
ならばぜひその方法を教えてもらいたいな」
「それは、ええと、その……」
「フン。お前の腹づもりはわかっている。
ワシの知恵を拝借に来たのじゃろう?」
「あ、ああ。お前にとっても悪い話ではあるまい。
王度の反乱を鎮圧すれば、それこそお前の名声も上がるに違いない」
「州じゃ」
「は?」
「州にワシを推挙しろ。
できぬとは言わせぬぞ。腐っても八俊サマの一人。
いくらでもつてはあるじゃろう」
「……わかった、手を尽くそう」
「フン。口だけならいくらでも言える。
誓約書を用意しておいた。血判を捺してもらおう」
「よ、用意のいいことだな。……これでいいか?」
「よろしい。すでに間者を放ってある。
王度はせっかく奪った城に入らず、外に布陣しているそうじゃ」
「て、手回しもいいんだな」
「黙って聞け。
つまり王度に城を制圧し守れるだけの兵力はない。
ならば話は簡単だ。ワシらが城を奪い、立て籠もってしまえばいい」
「だがそれこそ我々には兵がいないぞ。
主だった者はみな近くの山へ避難してしまった」
「それも間者に聞いて知っておる。
かえって好都合ではないか」
「へ?」
「お前に一つやってもらいたいことがある。
なに、容易なことだ。舌さえあればすぐにできる」
~~~東阿 渠丘山~~~
「ああっ! あれを見ろ!
山頂だ! 山頂に誰かがいるぞ!」
「おおっ。確かに誰かおるな。
あれは……兵士のようじゃ。旗を振っておるぞ」
「わ、わかったぞ! あれは王度に合図を送ってるんだ!
王度が攻めてくるぞ! ここは危険だ!」
「薛蘭殿、それならば城に逃げるといい。
ほれ、王度はこの山にばかり気を取られて城は空っぽじゃ」
「程立の言う通りだ!
皆の者! 城だ! 城に戻るぞ! 俺についてこい!」
~~~東阿城~~~
「ほ、本当に上手く行ったな……」
「ご苦労。芝居は下手だが声は出ておったな」
「あの山頂で旗を振っていたのはお前の間者か?」
「さよう。3人もいれば十分じゃった」
「てめえら! よくも俺様の城を奪いやがったな!」
「お、王度がもう攻めてきたぞ!」
「フン。大事なものなら棚にでもしまっておくのじゃったな」
「許さねえ……。ハッシュンだかなんだか知らねえが全員皆殺しだ!」
「お、俺も狙われてるぞ! 大丈夫なんだろうな程立!?」
「負け犬の遠吠えなど恐るるに足らんよ。
ほれ、奴らの背後を見てみよ」
「王度の軍の背後で火の手が上がっている……?」
「ワシの間者がもう一仕事したところじゃ。
ほれ、敵は泡を食っておる。矢でも浴びせてやれ」
「わ、わかった。撃て! 撃てーーい!!」
「ば、馬鹿な……ぎゃああああああっ!!」
~~~数年後 兗州~~~
「ふむ。面白い話だったよ。
それで八俊の彼は約束を守ってくれたのかい?」
「約束通り、州には推挙させた。
じゃがどいつもこいつも奸智に長けたワシを恐れてな、
重用はされんかった」
「君は毒にも薬にもなる男のようだが、
大抵の人は君を毒だと思うだろうね」
「……ならば貴殿はどちらかな」
「君が毒なら僕は器だ。器に容れれば、毒も安全に扱える」
「フン。ワシには貴殿もワシと同じ、猛毒に見えるのじゃがな」
「いいねえ。そんな言葉をこれから先、
僕のそばでずっと囁いて欲しいものだ」
「フン。まるで女に対する口説き文句じゃな。
しかし貴殿のそばにおれば、州よりももっと上が望めそうじゃ」
「そうそう、さっきの話も面白かったが、
その前の夢の話も興味深かったね」
「太陽を捧げ持つ夢の話か?
幼い頃から繰り返し見る、他愛もない夢じゃ」
「だが縁のようなものを感じるよ。
どうだい、夢を現実にして、本当に日を捧げてみては?」
「何を言っておる?」
「僕に仕えた記念に、名に日を上に加えて、
今後は程昱と名乗ったらどうだい」
「フン……面白い」
~~~~~~~~~
かくして奸智に長けた軍師・程昱は曹操に仕えた。
彼はその頭脳と悪意をもって、
魏を幾度となく勝利に導くこととなるのであった。