外伝(〇〇一~〇〇二) 義兄弟、再集結す
~~~洛陽の都 大通り~~~
「ふむ……黄巾賊に義勇軍か……」
「……これってデジャヴかしら?
なんでアンタまた黄巾賊と義勇軍の貼り紙なんて見てんのよ」
「おお、張さん。いいところに来たな。ちょっと質問したいんじゃが」
「何よ。アタイはアンタに付き合ってるほど暇じゃないんだけど」
「わしが入るなら、義勇軍と黄巾賊のどっちがいいかのう?」
「アンタ、気は確かなの?
アタイと関羽と一緒になってこの前、黄巾賊の頭目を討ち取ったじゃないの。
そんな奴を黄巾賊が受け入れるわけないじゃない」
「でもわしは誰も殺しとらんぞ。みんな張さんと関さんがやったんじゃろが」
「アタイや関羽を義兄弟だとかなんとか言っておいて、
ずいぶん虫のいいコト言うじゃないの。そもそも――」
「あーーっ! こいつだ! こいつでやんすよオヤビン!」
「へ?」
「でかしたぞ! やいやいやいやい!
てめえか! てめえが劉備とやらか!?」
「いかにも劉備じゃが……。
はて、あんたらは誰じゃったかのう」
「まずいわよ。こいつらどう見ても黄巾賊だわ」
「てめえは俺のことを知らねえだろうが、
俺はてめえのことをよく知ってるんだ。
よくも鄧茂の兄ィを殺してくれたな!」
「トウモ……ああ、この前のあいつか。
黄巾賊の頭目の」
「鄧茂のオヤビンは、この李朱氾のオヤビンと、
義兄弟の盃を交わした仲でやんす!」
「ちょっとちょっと待ちなさいよ。
横で聞いてれば話がおかしいじゃない。
この甲斐性無しが鄧茂を殺したって?
違うでしょそれは」
「ああん? なんだよてめえ。
関係ない奴が首を突っ込むんじゃねえよ」
「関係なく無いから言ってんのよ。
いい? 鄧茂を殺したのはこいつじゃなくて、ア・タ・イよ」
「はあっ?
おい丁峰、お前は兄ィを殺した奴を見たんだよな。
それはこの劉備で間違いないんだろ?」
「間違いないでやんす。この目ではっきり見たでやんすよ」
「……悪いけどそりゃ何かの間違いじゃ」
「しらばっくれるつもりか!?
こんなとこでくっちゃべっててもラチが開かねえ。
いいから黄巾党の支部まで来てもらおうか」
「待ちなさい。だからその手を放してアタイの話を聞きなさいってば」
「しつけえなカマ野郎!
てめえ誰に向かって命令してるつもりだ!」
「アタイの命令よ!!」
「うひゃあああああっ!?
あぁぁぁぁぁぁぁげぼほぉっ!!」
「お、オヤビンが! オヤビンが放り上げられて墜落死したでやんす!」
「おいおい張さん。ちょっとやりすぎなんじゃないのか?」
「何を悠長なことを言ってんのよ!
鄧茂の仇として殺されるとこだったのよ!」
「よ、よくもオヤビンを!
オヤビンたちの仇のお前たちの顔は覚えたからな!」
「だからどっちもアタイだって言ってるでしょ!
アタイの顔だけ覚えときゃいいのよ!」
「…………張さん。
そうやってわしをかばってくれるなんて、さすが義弟じゃなあ」
「かばってない! もともとアタイが仇であってんのよ!
あと義弟なんかになった覚えは無いって言ってるでしょ!」
「おい! どうした丁峰!」
「ややっ! 李朱氾が殺されてるぞ!」
「まずい、他の頭目どもが集まってきたわ。
ここはずらかるわよ」
~~~洛陽の都 河原~~~
「やれやれ、これでもう黄巾賊に入るのは無理になってしまったようじゃのう」
「何を今さら……。
それにアンタが思ってるより状況は悪いわよ。
なんの弾みかわからないけど、
アンタが鄧茂を殺したことになってるみたいじゃない」
「わはは。なんだか照れるのう」
「笑い事じゃないっての!
本当に面倒ばっかり掛けるヤツねえ。
放っといたら黄巾賊に捕まって殺されそうじゃないの」
「今回のこれは不可抗力じゃろ。
それに張さんがおったら、なーんも心配はいらんぞ」
「フフン、まああんな雑魚ども、束になってかかってきても怖かないけどさ。
だからっていつまでも頼られたら迷惑よ。
そうね、やっぱり官軍に助けを求めるのが一番だわ」
「官軍に入るのか? 宮仕えは気が向かんのう」
「心配しなくてもアンタを雇ってくれるような官軍なんていないわよ。
貼り紙にあったように義勇軍を作って、官軍の傘下に入りなさいってわけ」
「おう、この前ちょいと手伝ってやったから賞金ももらえたしのう」
「それよそれ。それを元手に兵を集めて――。
ちょっと、賞金の半分を差し出してなんのつもりよ」
「じゃから、義勇軍に張さんを雇うんじゃよ。
義兄弟だからって遠慮はいらんぞ」
「フン、見損なってもらっちゃ困るわよ。
アタイは金で動くような女じゃないわ」
「そういえば張さんは張さんで、鄒靖将軍から別に賞金をもらっとったな。
こんな端金はいらんか」
「待ちなさいよ。一度出したものを引っ込めるなんて男らしくないわね。
いいから渡しなさいって。悪いようにはしないから」
「なんじゃい、やっぱり欲しいんじゃないか」
「違うわよ。この金で関羽を雇うのよ。
馬鹿強いアイツがいれば、どこの官軍だって喜んで受け入れてくれるわ」
~~~洛陽の都 黄巾党の拠点~~~
「李朱氾が殺された?」
「へい。しかも鄧茂を殺した劉備という奴の手に掛かったそうです」
「奴らは黄巾賊の中でも最弱クラスとはいえ、
頭目を二人も殺すとはなかなかの使い手だな」
「甘洪や梁仲寧が追っていますので、
じきに捕まるとは思いやすが」
「それならば問題ない。
雑魚の相手は雑魚に任せておけ。
それより馬を出せ。蹇碩に呼ばれているのだ」
「へい、ただいま!」
~~~洛陽の都 裏通り~~~
「…………行ったか。
へへっ、馬元義の奴め。すっかり油断しているな。
俺が官軍と通じているとも知らずにのんきなことだ」
「……………………」
「黄巾賊と宦官の蹇碩の癒着を暴いた俺には、
莫大な褒美が与えられるだろう。
何が黄巾の世直しだ。くだらねえ。
一銭の得にもならねえような――うおおっ!?」
「……………………」
「て、てめえいつからそこにいやがった!?
今の話を聞いてねえだろうな!?」
「……………………」
「な、なんとか言ったらどうだ!?
脅しを掛けてきたって無駄だぞ。
…………んん? よく見たらお前、程遠志を殺した奴じゃないか?」
「……………………」
「だったら話を聞いてわかっただろ?
俺は黄巾賊じゃなくてアンタらの味方だ。
だから俺は――と油断させて死ねえっ!!」
「ッ」
「ぎゃああっ! や、やめろ……。
俺を逆さ吊りにしてどうするつもりだ?
や、やめろって。お前の背丈から地面に叩きつけたら死んじまうよ!」
「やっと見つけたわよ関羽!
……と思ったらなに遊んでんのよアンタ」
「逆さになってるそいつも黄巾賊みたいじゃのう」
「だ、誰だか知らねえが助けてくれ!
こいつに辞めるように言って――。
あれ、今度は鄧茂と李朱氾を殺した劉備じゃねえか!!」
「李朱氾まで劉備が殺したことになってんの!?」
「またわしを追ってる奴か。
わはは。なんだかわしも有名になったもんじゃのう」
「納得行かないわ! さっきのは現行犯で見られてたじゃないの!
丁峰とかいうヤツ連れてきなさいよ!
アタイが殺すとこ見てたでしょ!」
「な、何を言ってるのかわからねえが、
早いとこ助けてくれねえと、頭に血が上って来て……。ぎゃん!!」
「……………………」
「おお、見事なツームストンパイルドライバーじゃな」
「ちょっと関羽!
殺すなら丁峰の居場所を吐かせてからにしなさいよね!」
「………………?」
「いきなり言われてもなんのことかわからんじゃろうな。
なあ関さん。義兄弟のよしみで聞いて欲しいんじゃが、
わしと一緒に黄巾賊と戦ってはくれんかな?」
「……………………」
「タダでとは言わんぞ。ほれ、この前の賞金じゃ。
いやいや、義兄弟の絆を金で買おうってわけじゃない。
そもそも関さんと張さんが大将首を挙げたからもらえたわけで、
わしが受け取る道理じゃないからな。
まずはそこんとこをすっきりしときたいだけじゃ」
「いらないならアタイがもらうけど?」
「……………………!」
「おお、金を受け取って、握手もしてくれたぞ。
これは交渉成立ってわけじゃな張さん!」
「そうみたいね。良かったじゃないの。
じゃあ関羽がいればもう安心ね。
バイバイ、劉備。達者でね」
「……………………!」
「ち、ちょっと何すんのよ関羽!
アンタと劉備とアタイに手を握らせてなんのつもりよ」
「これはわしにも関さんの言いたいことはわかるぞ。
わしら義兄弟3人で、力を合わせて戦おうってことじゃな!」
「だからアタイはアンタらなんかと付き合うのは御免だって――」
「いたぞ! 仇の劉備と関羽だ!」
「やややっ! 唐周が殺されているぞ!
また一つ罪を重ねたな貴様らあっ!!」
「いけない、黄巾賊だわ!
んもうっ! 官軍のところまでだからね。
アタイがアンタらに付き合うのは官軍に引き渡すまでなんだから!」
「わはは! やっぱり張さん、関さんとは長い付き合いになりそうな気がするぞ」
「……………………」
~~~~~~~~~
かくして義兄弟は黄巾賊に追われる身となり、
それに対抗するため義勇軍を結成した。
黄巾賊に狙われた三人の運命やいかに?