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[21]弱点無き強者vs弱点だらけの弱者


「あ、あぁ……っ」


わたくしの目の前で、たった今傭兵としての契約を交わしたばかりなのに、クラッシュさんが……っ。


「見つけたでぇ、王女様」


一瞬にして物言わぬ像と化してしまったクラッシュさん。そして横から聞こえてきた今や寒気すら覚えるこの声。


「ヨロイを倒すとはそこのチャラそうなお兄さんなかなかやりますなぁ。ま、うちの敵ではなかったですけどもね」


セガール帝国の魔術師ヒポリト。ねっとりと不気味に張り付くような笑みを浮かべながら彼女は牢獄の闇から姿を現す。


「さて王女様、追いかけっことかくれんぼはもうおしまいや。大人しくうちの手で像にでもなっといてもらおうか」


「嫌です……絶対にっ!」


恐怖で頭がおかしくなりそうだった。でも、今わたくしがやられたらいよいよこのソニードはセガールの、こんな卑劣な者達の手に落ちてしまう。それだけはなんとしても避けたい。


「嫌、かぁ。まぁ当然やね、殺されてください言うてはい分かりましたなんて物分かりの良すぎる奴なんて希代のアホ以外におる訳がない。……でもな、王女様?」


ヒポリトはわたくしに向かい手の平をかざす。そこに宿るのは、薄気味の悪い紫色の光。


「うちはそういう物分かりのいい子が大好きなんやっ」


「あ」と思った。しかし気付いた時には全てが遅かった。わたくしの頭上にはいつの間にか、いや確実にさっきの紫の光がなんらかのサインだったんだ、あのカプセルがあった。


「終わりや」


それはあっけなく全てを終わらせる死の宣告だった。


と思った。


「お姉ちゃん!」


わたくしの体が突然横から強い力で押された。わたくしは抗いようもなく力に押されるままに飛ぶように倒れた。


「なにっ」


カプセルは誰もいない石の床を空しく叩く。


一体、何が起こったのか。その正体はわたくしの視界に大きく現れた。


「お姉ちゃん、大丈夫!」


猫のような耳がぐっと視界に入る。


「ミ、ミケちゃんっ?」


「そうだよ!ぼくはミケだよ!ほら、早く逃げるよ」


突然現れたのはタマさんの弟の一人、ミケちゃん。彼はわたくしの手を子供のそれとは思えない力で引っ張る。


「なんや小賢しいのが出てきたわ。面倒増やさんといて」


ヒポリトは再びカプセルを出現させわたくしとミケちゃんを一息に飲みこもうとする。


「やー」


「うおりゃぁぁ!」


威勢のいい声と共にヒポリトの頭が揺れている。そして苦痛に顔を歪ませながら倒れる彼女を見つつ、そして彼女の背後にいた二つの小さな影が姿を現した。


「クロちゃん!ブチちゃん!」


ミケちゃんと同じくタマさんの弟であるクロちゃんとブチちゃんが大きな棒を持ってそこに立っていた。


「お姫様のお姉ちゃんっ。早く逃げよう」


「ぐずぐずするなよ!」


二人も私を引っ張っていく。本当にこんな小さい体からどうしてと疑いたくなるくらいの力で。


小さい手に込められた強い力に引かれながら、わたくしは彼らよりもあらゆる面で上であるにも関わらず何も出来ずに助けられている現状に嫌気がさしていた。


本当に、わたくしに王女以上の価値はあるのだろうか?


バーバラは力強く「ある」と言ってくれた。もう二度とそんな事は言ってほしくないとさえ言ってくれた。嬉しかった。素直にその言葉はわたくしの心に優しく温かく溶け込んだ。


だからこそ、何も出来ていない自分がここにいる事が悔しい。


バーバラの時も、クラッシュさんの時も何も出来なかった。


情けなくてどうしようもない。


でも、だけど、わたくしは、わたくしには、やれることが、やりたい事がある。


なのに、わたくしは……。


「この小童共がぁっ!」


「うわぁっ!」


先頭を走るミケちゃんを頭上から現れたカプセルが捕らえる。


「うちにこれだけの事をしておいておいそれと逃げおおせると思ったら大間違いやでぇ……っ!」


最初に会った時の飄々として落ち着いている様子はどこへやら、ヒポリトは泥で汚れたローブを埃を舞い上がらせながら翻し、髪を振り乱しながら鬼気迫る形相でこちらを睨みつけている。


「ミケ!」


「ぼくの事はいいから早くお姫様のお姉ちゃんと一緒に逃げろっ!」


閉じ込められたミケちゃんは叫ぶ。そんな彼を包み込むように黒い煙がどんどんとカプセルを満たし、すぐにミケちゃんの太陽のような笑顔は見えなくなった。


怖かっただろうに、泣きたかっただろうに、あの子は笑ってさえいた。そしてわたくしの無事すら願っていた。


なんて強いんだろう。なんでそんなに強いんだろう。


何度目だろう。わたくしはわたくし自身の弱さに絶望した。









いや、違う。この子達が強いんじゃない。わたくしが弱いんでもない。


強くあろうとする勇気があるのかないのか、ただそれだけの違いだ。


強い者に立ち向かおうとする恐怖よりも、立ち向かう事で何か大事なモノを守ろうとする尊さを知っているんだ。


そういえばこの子達がいつか話してくれた。クラッシュさんとジン様がまだ争っていた時、この子達は人質として洞窟に監禁されていたその時の話を。


そしてクラッシュさんの仲間がこの子達を殺そうとした時、彼らを身を呈して守ろうとしたのは一緒に捕まっていたファミちゃんだったという。自分よりもはるかに体が大きくてしかも武器を持っている大人を相手に微塵も怯まずに毅然と立ち向かう様子は3人に大いに勇気を与えたという。


わたくしはその事をファミちゃん本人に言った事がある。すると彼女はこう答えた。


『わらわは由緒正しきリーコン家の人間ですので、自分を慕ってくれる者を助けるのは当然の行いです』


と、なんら迷いなく言い切った。それは心の表面で適当にあつらえた薄っぺらい言葉ではない。彼女にはそう言えるだけの覚悟と勇気がある。だから自分の命を懸けて行動に移せるのだ。


わたくしは自分の心に問いかける。


わたくしに、彼女と同じ覚悟があるのかどうか。


目の前の、わたくしよりも確実に強い存在と向き合う勇気があるか。


あるはず。とわたくしの心は強い決意を今まさに紡ごうとしていたが、しかしはたとわたくしは考える。


その勇気があったとして、いざあのヒポリトを相手にどう立ち向かえばいいのか。


あっちには恐ろしい魔術がある。対してこちらには数の有利があるというだけで特にこれといった武器もない。


計算なき勇気は愚かなる蛮勇である。というある戦争の英雄が残した言葉をわたくしは思い出した。


何か、何かヒポリトを出し抜ける策が一つでもあれば……。


「あ」


わたくしはそこではたと考えた。考えを逆転させた。


わたくし達の方が圧倒的に弱い事はもちろんヒポリトも分かっている。だから彼女はこの子達の奇襲にあれだけ怒ったのだ。


ヒポリトは強い。そしてあの態度から察するに絶対に負けは認めないだろうし、少なくとも先程の奇襲の仕返しはするつもりだろう。


それが出来るとヒポリトは思っている。それが当然の結末だと思っている。それが出来るだけの実力と、それに裏打ちされた自信を持っている。


だったら、その自信を利用するまで。


「お姫様のお姉ちゃん。早く逃げないと」


「あの女に捕まったら固まっちゃうぞ!」


クロちゃんとブチちゃんがわたくしの手を引く。


もう、この小さくも力強い手に頼るだけのわたくしは終わりに致します。


「二人とも、今からわたくしが言う事をようく聞いて下さい」


弱者が圧倒的な強者よりも確実に上回っているその点をヒポリトに見せつけてやらなければならない。わたくしは二人に考えを説明しつつ牢獄を抜けある場所を目指した。





「まさか、逃げおおせるとは思ってへんやろなぁ……」


ヒポリトは確実に後を追いかけて来ている。先程まではそれは恐怖でしかなかった。でも今は違う。


勝つ為に。あのヒポリトを倒して皆を助ける為に。わたくしは走る。


「バーバラ、お父様……ジン様、ファミちゃん、どうかわたくしに力をっ」


祈りながら辿り着いたその場所は、まさしくそんな行いが最も相応しく映る場所。


聖堂であった。


朝、昼、夕の3回、聖堂に隣接された塔にある鐘が鳴り響き民に時を知らせる。


わたくしは一人その鐘の塔に来ていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


こんなに走ったのはいつ以来か。顔や髪は汗でべたつき、ドレスも泥や埃で汚れ、靴などとうの昔に脱げてしまっていた。


もう、一国の王女を名乗るにはあまりに情けない格好になってしまった。


「ふふ」


だったら、名乗らない。今ここにいるのは一人の女、クレア・フォン・ソニード。


生まれもなにもかも捨てて、ただ自分の守りたい人を守る為に、目の前の敵と戦う。


「ようやく観念してくれた……という事でよろしかったどすか?」


相変わらずイントネーションのおかしな言葉遣い。ヒポリトは私のいる鐘楼の塔へと入ってきた。


「お付きのおちびさん達は、はて?どこにやったんやろ。あと二人いたと思うたんですが」


ヒポリトは辺りを見回す。


「まぁええわ。あんなチビ共、後でどうとでも料理してやるっちゅーもんや」


強き魔術師は一歩、また一歩とわたくしに近付いてくる。


わたくしは、彼の者が近付いてくるならば一歩ずつ後ろへ引いた。


「おっと、追い詰められたもんでそうやって意味もなく後ろへと引いていく。そういう弱い連中が見せる悪あがきにもならない仕草。うちめっちゃ好きやなぁ」


妖しく光るヒポリトの顔。その笑みは、じりじりとわたくしの方へと近づいてくる。


魔術師の手には既に紫の光が宿っていた。もう何度も見たから覚えてしまった。あれは皆を封じ込めたあの魔術を発動する前兆。


終わりは近い。わたくしは思った。


「うちも我ながら悪い趣味やと思うわぁ。こうやって敵を追い詰めるのが好きだとかどないやねんお前、ていう話やってなぁ」


ヒポリトはまた一歩、そして遂に、


「だとするならば、その趣味は今後改めた方がよろしいと思いますわ」


「はぁ?どんだけ悪趣味だろうとあんたにとやかく言われる筋合いはありませんえ」


最後の一歩を踏み出した。


「でないと、こういう事になるんですわ」


わたくしは思い切り息を吸った。そして、天を仰いだ、


「今ですっ!!」


生涯で初めて出した大声。それはやはり王女らしからぬ振る舞いであった。


でも、今はそんな事は関係ない。


「は?一体何を」


ヒポリトが驚いたような顔をした。


それがわたくしの見た彼の魔術師の最後であった。


わたくしの大声の直後、重苦しい金属音が塔の内部に響渡り、そしてその正体はやがてわたくしのいる地上に姿を現した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


わたくしは、壁に背を預けると、そのまま滑るように腰を床に落ち着けた。


「や、やりましたわぁ……!」


目の前の光景、ヒポリトの上から覆い被さった巨大な鐘を見て、わたくしは握り拳を頭上に突き出し勝利のポーズ。


「お姫様のお姉ちゃーーーん!大丈夫ーーー!」


頭上からクロちゃんとブチちゃんが顔を出す。


「大丈夫ですわー!」


わたくしは二人に手を振って応える。


二人には、鐘を繋いでいる鎖の、その落下防止の留め金を外してもらうという役割を担ってもらった。


わたくしが合図をしたら二人が鐘を落としヒポリトを封じ込める。


単純な作戦ながら、しかしこの国の、この聖堂の事を知っていなければ出来ない策。


「弱者だからと、侮るからですわ」


ヒポリトは強かった。そしてわたくし達は彼女よりも弱かった。


ヒポリトはわたくし達がこんな反撃に出ることなど予想もしていなかっただろう。


だって、ヒポリトは強いから。


強いから、だから弱者をひねり潰すのに策を講じる必要などないと思っていただろうから。


「あなたの弱点は、その強さですわ」


わたくしはゆっくりと立ち上がる。まだ足腰がふらつくけど、こんなところで休んでいる暇はない。バーバラ達の安否を確認に、








「あれ?なんかヒポリトがギガやられているんですけど?」



その声が、どれだけわたくしに冷たく響いたか。


鐘の上に、人がいた。


ピンク色の髪をした、可愛らしい女の子。両手に刃を携えて、わたくしを見降ろしていた。


「これやったのメガあなたなの?だとしたら私はこれからあなたをギガ斬り殺さないといけないのだけど」


ただの脅しではない。相手が怯える事を目的に言った言葉ではない。それよりももっと事務的な、ただこれから自分がしなければいけない事を口にした、それがわたくしの印象だった。


故に、ただの脅しよりもよほど恐怖を煽られた。


「あ、あぁ……っ」


動けない。逃げなきゃと頭では分かっていても、体がついてこない。


目の前のピンクの、恐らくは剣士なのであろうその女の子は、無表情のまま鐘の上から降りると、何気ない歩きでわたくしに近付いてくる。


そして、その歩みの中で、ゆっくりと刃を振り上げた。


「道に迷ったせいでメガ時間が押している。とりあえずあなたの事はさっさと殺す」


それは殺人者の目ではない。戦場を経験した兵士の目。人を殺すという倫理に反した行いに対する罪悪感が麻痺した者の目。わたくしも数は少ないけれど何度かそうした目をした方に会った事がある。


そうした方々にはある共通点がある。


それは、自分以外の人の生き死ににまるで執着がないこと。


「よいしょっと」


振り下ろされる刃。わたくしは死を覚悟した。













「うぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


その時、どこからともなく唸るような、まさしくあらぶる獣のような声が聞こえた。


それはどこから聞こえたのか、刃を持ったままその人も一瞬だけ動きが止まった。


辺りを見回すが声の正体は見つからない。


それもそうかもしれない。


声の正体は、直後に、わたくしが背中を預けていた壁を破って登場したのだから。


「クレア様に何をするっ!!」


威勢よく現れたその人は、持っていた剣を振るいわたくしの前に立つ。


わたくしはその姿を見て、涙がこぼれん程の喜びに打ち震えた。


「バーバラっ!」


その人、バーバラは、わたくしを見て微笑んだ。


「クレア様、よくぞご無事でいらっしゃいました。後はこのバーバラにお任せをっ!」


それは、世界一頼もしい微笑みだった。


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