【第四章】忌まわしい実験
船に戻ってきた十五人。
雨降る暗い日和の中、彼らを襲った出来事とは……。
世界の”闇”が登場。
対して彼等は……。
「雨……」
ポツリ、と言葉を漏らしたのは黒髪の少女、リリだった。
自室の窓枠に腰掛けながら、ガラス越しに外を見ている。
「リリ、入るよ?」
コン、コンというノック音に次いで聞こえた男性の声に、リリは扉を見遣った。
「シル?」
”シル”というのは、リリがシルバートを呼ぶ時の呼び名だ。
微かに音を立てて扉が開かれると、降り注ぐ雨の音がより大きく耳に届く。
豪雨とまではいかないが、外はかなり荒れていそうだ。
しかしシルバートは、雨に濡れない。
「……タオルは、要らなそう」
「そりゃ、ね。僕の能力、知ってるでしょ?」
シルバートの能力は《氷》。
一定量の水が付近に存在する状況ならば、その水を氷へと変化させる事が出来る。
氷の造形を得意とする彼は、自身に降り注ぐ雨粒を凍らせながら来たのだ。
だから雨の中でも、一切濡れない。
「……今日は、何?」
リリが無表情に訊くと、シルバートは答える。
「ごめん、用は特にないんだ。ただ、暇だったからさ」
肩を竦め、苦笑気味にそう言ったシルバートに、
「そう」
とだけ返すと、リリの視線は再び外へと向いた。
「ソファ、座れば?」
というリリの声が響く。
シルバートは薄く微笑んでソファに向かうと、静かに腰を下ろした。
スプリングの軋む音が聞こえると、リリは外を見る。
「……君がこの船に来た日も、降ってたよね、雨」
懐かしそうに目を細めてシルバートが言うと、しかしリリはやはり無表情のまま、
「昔話はしたくない」
と、一言でそれを一蹴する。
ふっ、と苦笑すると、シルバートも黙った。
雨の音が強くなっていく。
遠くから雷の音まで聞こえてくる程だ。
「この雨……。リケイに《拒絶》頼んだ方が良くないかな? 雷落とされたら船壊れそうじゃない?」
窓の外を見ながらシルバートがそう呟くと、リリが振り返る。
「雷なら、キリアの方が良いんじゃないの?」
「キリアにずっと気張って外見てろって、言えないでしょ?」
「……じゃあ、行こう」
言うとリリは立ち上がり、クローゼットからコートを取り出して羽織った。
そのまま扉に向かって歩いていく。
シルバートもソファから腰を浮かすと、先回りして扉を開く。
そしてリリが外に出ると、足元の水が一瞬にして白く凍った。
同時に、純白の光線が視界の端に浮かび上がる。
「傘、面倒でしょ?」
シルバートを振り向き見遣ると、片手を掲げたまま微笑んでいた。
「……疲れても知らないから」
そう言うと、リリは屋根の下から出ていった。
降り注ぐ雨水も地面の水溜まりも、リリの歩調に合わせてその姿を変えていく。
端から見れば奇妙な光景だろう。
しかし奇妙でありながら、美しい光景。
雨の中で一部だけが別世界のように凍り付き、僅かな陽光を反射させて輝いている。
その中を歩く、冷たい表情の、しかし人形のように整った顔立ちの少女。
神秘的とさえ思えるその光景を、シルバートは黙って眺めていた。
暫く歩くと目的地、リケイの家が見えてくる。
日本建築を思わせる、落ち着いた佇まいだ。
「リケイ、ちょっと良いかな?」
扉を叩きながらシルバートが声を掛けると、カタン、という椅子を引く音が響き、そのすぐ後に扉が開いた。
「シルバートか。何の用だ?」
初対面ならば間違いなく不機嫌と思われる彼の無愛想な顔付きと物言い。
しかしそれらが普段通りの彼の姿であると、二人とも分かっている。
だからシルバートは気にせず、言う。
「結構近くで雷鳴ってるから、君に船の保護を頼もうかと思ってね」
シルバートの言葉に、リリも隣で無言で頷く。
対してリケイは「ああ」と納得の表情を浮かべる。
リケイの能力は《拒絶》。
それは彼が指定し、その存在を拒んだものの形を消し去るというものだ。
条件という条件は存在せず、しかしそのせいで扱いが非常に難しい。
彼が少しでも不必要と考えれば、その物体は形を失う。
例えそれがものであっても、命であっても、例外なく。
しかし負の感情さえ持たなければ、それは絶対的な力とも成り得るのだ。
今回シルバートとリリが提案したように、船を包み込んだ状態で雷を拒絶すれば、船への落雷を防ぐ事が出来る。
扱いと加減さえ間違えなければ有効的なな能力という訳だ。
リケイは面倒臭そうに後ろ髪を掻き上げると、言った。
「仕方ねぇな、分かったよ。ただし、《拒絶》張ってる間の雨はどうにかしろよ、シルバート」
「はいはい」
そう言うとリケイは踵を返し、外へと向かっていった。
船を能力で覆うに当たって、対象物全体が見えている方が遣りやすいのだという。
よって必然と向かう先は時計台の最上階となる。
外に出ると天候は更に悪化し、強風、豪雨、落雷という最悪の荒れようだった。
それでもシルバートの能力で雨を凌ぎつつ、雨の中歩いていく。
とその時。
突然の揺れが船を襲った。
バランスを崩して転び掛けたリリをシルバートが受け止めるが、二人とも動揺しているのは表情からして明らかだ。
「な、に…今の……」
困惑の表情を浮かべるリリ。
船内を見回し、そして見付けた。
「船の…外壁が……っ」
三階構造になっているこの船の、二階を取り囲む外壁の一部が破壊されていた。
欠損範囲は小規模だが、問題はそこではない。
「外部からの、攻撃か……っ」
低く呻くと、シルバートは破壊された壁の外に目を凝らした。
そうして見えたものは、数台の戦闘機。
また、彼等に正面から攻撃を仕掛けてくる者達は、大体決まっている。
反異能者団体。
異能者の存在を否定しながら、組織内ではあらゆる研究や開発をすすめ、人体実験の末に《人工異能者》を作り出している。
また、各地に点在する、正常な精神レベルを持たずして生まれてきてしまった《非覚醒異能者》を集め、戦争やテロの戦力として扱っているのだ。
矛盾だらけの、非人道的な組織。
「あー、りゃりゃ。これは結構な人数来そうだな?」
シルバートの言った通り、欠損部分から次々と人が入ってきている。
いや、恐らくは人間ではなく、全員が異能者だろう。
その証拠に、一斉に手を掲げた。
「おっと、ちょっとマズイかな、これ」
「呑気言ってんな、シルバート。戦るぞ」
「援護する。だから二人とも、船は壊さないで」
最後のリリの一言には、流石の二人も苦笑した。
目の前から放たれた幾つもの攻撃。
しかし三人は一切動じず、リケイのみが動く。
リケイが片手を翳すと、たちまち濃青の光線が現れ、三人を包み込む。
リケイの能力《拒絶》が作り出す、一種の防護壁に触れた瞬間、三人に迫っていた攻撃は消え去った。
全ての存在が消滅し、無にきす。
攻撃の全てを防がれた敵異能者達は皆顔をしかめ、口々に何かを言い合っていた。
その内の誰かの言葉を聞き取れたリリが、
「”バケモノ”、だって」
と通訳すると、
「彼等には言われたくないかも」
「同感だ」
などと、二人とも不快げに眉根を寄せた。
そして次は、シルバートが動く。
「雨の日の襲撃で僕に出くわすなんて……。本当運ないね、君達」
白光線が中に広がり、雨を氷へと変化させていく。
その氷が敵に触れると、たちまち敵は氷に包まれていった。
「駄目、シル。殺さないで」
慌ててリリがシルバートに加減を求めるが、既に何人かは氷付けになっている。
「手加減はしてるけど、ここ上空だよ? こいつ等の後始末、どうしよっか?」
敵を氷で捕らえたまま、シルバートは二人に向き直る。
また、二人も答えに困り、首を捻った。
ここは雲に届く程の高さを飛行している浮遊船の中。
当然警官などは居ないし、牢獄もない。
かといって外に放り出せば間違いなく全員死ぬだろう。
この状況下で取るべき行動を考えている。
そして口を開いたのはリケイだった。
「取り合えず、シルバートはそのままそいつ等を抑えていろ。リリもここで待機。俺が皆を呼んでくるから……」
「お~っと、それは困りますねぇ~」
「「「!?」」」
リケイの言葉を遮り、突然発せられた聞き覚えのない声。
声がしたのは三人の頭上。
弾けるように上を見遣ると、船の上には先程よりも大きな戦闘機が飛んでいた。
そして、時計台の上に、人影。
「ご尊顔を拝せまして恐悦至極に存じます。偉大なる《神の使徒》様方?」
言葉を、失った。
その場に居た三人ともが凍り付き、目を見開いて立ち尽くした。
何故なら、
「どうして…何処で、”その言葉”を……っ!?」
頭上高くから三人を見下ろす男の話している言語は、この船で使われている”共用語”。
世界中のどの国の言葉とも違う、十五人のみが扱える言葉。
その筈だった。
しかしリケイの言葉を気に留める事なく、男は言う。
「お初にお目に掛かります。私の名はイクト・リ・ツァリア。見た所《氷》と《拒絶》の能力者ですか。そしてそこの彼女はは……一体何の能力なのでしょう?」
蛇のように、冷たく鋭い眼光。
リリを見下ろしながら、イクトは怪しげに微笑む。
「まぁ、良いです。所で、そこの《氷》の使徒様? 先程私達に対して運がないと仰っていましたが、それは誤解です。私達はついている」
「……?」
不可解極まるイクトの物言い。
しかし本人は、既に勝ち誇ったかのように笑っている。
「確かに雨が降っている現状、《氷》の能力を持つ貴方は最強と言っても過言ではない。しかし……」
イクトは天を指差し、不適に笑う。
「天気など、すぐに変わってしまうのですよ。それが動き続ける船の上なら、尚更ね」
「……っ!?」
まるで操ったと思える程のタイミングで、船が雲を抜けた。
たちまち雨は降り止む。
そしてそれは、シルバートの無力化を意味する。
「私達が会いたくなかった危険人物は二人。攻撃力に特化した《火》の能力者と、催眠誘導を可能とする《魔眼》の能力者。それだけです」
《火》と《魔眼》。
つまり、神楽と瑠色の事だ。
「さて。雨が止んでしまった今、そして湖からも距離がある現状。貴方には何の力もない。残念でしたね」
「クソ……ッ」
「シル!!」
愉快げに笑うイクトに、悔しそうに下唇を噛むシルバート。
そして不意にリリが叫び、同時に黒紫の光線がイクトの周りに現れる。
「……成る程。貴方は《闇》の能力者でしたか。これは少しばかり厄介ですねぇ。では……イシュタル、ミアネ。来なさい」
そう言ってイクトが指を鳴らすと、上空の戦闘機から二つの人影が降ってくる。
一人は大柄な男。
そしてもう一人は細身な女だった。
「イシュタル、ミアネ。時間がありません。他のお仲間が来る前に、片付けなさい」
鋭く目を細めてイクトが命じると、女性は瞳を伏せ、恭しく頭を垂れた。
「承知致しました、マイマスター。このミアネにお任せください」
「はっ。こんな貧弱そうな奴等、すぐに終わるでしょうよ」
イシュタルというらしい大男がそう言うと、イクトは一歩身を退いた。
と同時に、二人の周りに光線が浮かぶ。
つまりは二人とも、異能者だ。
ミアネの周囲に緑の光線が現れ、風が吹き荒れた。
この船には居ない、《風》の能力。
そしてイシュタルの周りには黄の光線。
その光線が不意にシルバートに近付き、すると彼の意思は関係なく全身を引き寄せられた。
「くっそ……っ。何だよ、これ……っ」
「初めて見るだろう? これが俺様の能力《引力》だ」
《引力》
つまりは指定した対象を自信に引き寄せたり、遠ざけたりというものだろう。
また、近付けた対象は彼の強靭な肉体の前に無力と化す。
「チッ。面倒臭ぇなぁ!」
舌打ちと共にそう吐き捨てるように言うと、リケイは片腕を宙に翳した。
シルバートとイシュタルの、間の空間に。
イシュタルの能力《引力》の力を拒絶したのだ。
「サンキュ、リケイ。ってもまぁ、どうするかね……やっぱ始末する?」
「大丈夫。……彼等はもう、詰んだから」
「「?」」
冷ややかに敵三人を見据えるシルバート。
しかし冷酷に言い放った彼を、リリはそう言って宥めた。
”彼等はもう詰んだ”
その意味は、シルバートとリケイにもすぐに分かった。
一瞬の出来事。
真っ赤な光線が見えたと思った瞬間、目の前に居た三人と、その後ろで凍っていた数人が炎の渦に包まれた。
咄嗟にリケイが《拒絶》を張っていなければ、三人も少なからず火の粉を浴びていた事だろう。
「あれ? あー……。火加減しくったかも……」
「ちょっと! 周りの木が焦げてるんですけどっ!?」
「あーあ。咲夜が鬼になるぞ」
「咲君、怒ると怖いからなぁ、ホンマ。土下座の練習しはった方がええんとちゃうか?」
「大丈夫ですよ。彼も手加減くらいしてくれますから」
「……俺ここに居るんだけどね。本人の目の前でする話じゃないと思うのは僕だけかな……」
軽口を叩きつつ揃って歩いてくる一同。
その人員を見て、イクトは表情を曇らせた。
「いやぁ~、今度は本当についてない……。まさか皆様総出でいらっしゃるとは……」
神楽、キリア、アル、銀、ウォン、咲夜の六人を見ると、他三人も眉根を寄せた。
これだけ揃ってしまえば、もう彼等に勝ち目はない。
実力差は明らかだ。
「さて、君達はこの後どうされたい? 見ての通りお仲間は燃やされて満身創痍だけど……まだ続けるかい?」
咲夜が圧倒的優位にそう問い掛けると、イクトはノロノロと立ち上がった。
「いやぁ、とんでおない。退却のお許しがいただけるのならば今すぐ立ち去りましょう。何せ我々の目的は達したのですから」
不適に笑うイクトの不気味な声。
その声に顔をしかめながら、咲夜は更に訊く。
「……貴様等の目的は、何だ?」
するとイクトは一層楽しげに口角を上げ、言う。
「世界は滅亡を望まれている。だから私達は、筋道を謝った貴方方に変わってその望みを叶えるのです」
意味が、分からない。
「……まるで俺達が世界を壊す筈だったと、言っているように聞こえるんだけど?」
不愉快そうにイクトを睨む咲夜。
しかしイクトは動じず、言う。
「貴方方は役を間違ったのです。それでも物語は進みますが、作者は決められたエンディングしか許さない。だから代わりの役者を立たせた。我々がその代役です」
今この場に、イクトの意思全てを理解出来た者は居ない。
それでも唯一、分かった事がある。
こいつ等は、敵だと。
「代役が出てきた以上、貴方方はもはや邪魔でしかない。ですから我々が、舞台から引き摺り下ろして差し上げます」
高らかにそう宣言すると、イクトは仲間を連れて去っていった。
意味深な言葉の数々は、彼等を困惑させるには十分だった。
そしてここから、歯車が狂い始める_____。
こんにちは、【第四章】読んでくださりありがとうございます!
ついに現れた《反異能者団体》に《非覚醒異能者》・《人工異能者》。
分かりづらい点がありましたら申し訳ありませんm(__)m
意味深な宣言に困惑する彼等十五人は、この先どうなっていくのでしょうか……!?
今後それらについても掘り下げていくつもりですので、是非宜しくお願いします!!




