【第三章】恐れの対象
地上に降りた十五人。
それぞれが久々の地上、三年振り、もしくは初めての日本で、彼等はどのように過ごすのか……。
また、”二人”が遭遇する事件とは……。
人通りの多い、街の中心にある商店街。
異国の物品も立ち並ぶきらびやかな露店通りの中、一人で待ちを見て回っていた少女が二人の男女に気付き、声を掛けた。
「ウォンに咲夜じゃないか。奇遇だね」
まるで老紳士のような独特の口調が特徴的なこの小柄な少女、クルルは、二人並んで歩いていたウォンと咲夜に手を振った。
すると二人はクルルの下へ寄り、言う。
「一人? てっきりクルルは瑠色と来るのだと思っていたのに……」
ウォンは意外そうにそう言うと、対してクルルは肩を竦めて首を横に振る。
「僕もそのつもりだったんだけどねぇ~。誘ってみたら”行かない”の一点張りだったよ。まったく、あの娘の強情さには困ったものだよね」
やれやれと肩を落とすクルル。
困ったと言いつつも、クルルは瑠色を気に入っているのだ。
常に気に掛けて、よく面倒を見ているのだから。
「……瑠色に?」
柔らかく微笑みならが咲夜が訊くと、クルルはふっ、と笑った。
「まぁね。ほっとくと服も着古してるからさ、瑠色は。時々僕が買っていくんだ」
どうりで意外な店に居る訳だ。
クルルが立ち寄っていたのは女性服店。
落ち着いたデザインが多く、どちらかといえば快活なクルルは好まないタイプの店なのだ。
その上見ていたのはアクセサリーコーナーのようで、恐らく瑠色へのお土産として選んでいたのだろう。
「君達の用は知れてるね。どうせデートだろう?」
苦笑混じりにそう言うと、ウォンは恥じらうようにはにかんだ。
咲夜は普段通り笑っていたが、取り繕っているだけという事はクルルにはバレていた。
クルルと分かれると、二人はまた歩き出した。
目的は特になく、気の向くままにただ歩いているのだ。
そうしていく内に商店街を抜け、住宅地近くに出た。
「日本っていっても、やっぱり和風の建物は少ないですね」
「そうだね。今は物資も限られているから、仕方がないよ」
寂しそうに眉を垂らすウォン。
その隣を歩きながら、咲夜は繋いだ手に軽く力を込めた。
少し開けた大通りに出ると、建物で遮られていた陽光が二人に降り注ぐ。
思わず目を瞑り、慣れてきた頃目を開くと、空に見慣れないものが見えた。
「あれは…煙……?」
向かいの建物の更に向こう側から立ち上る煙。
ウォンは目を見開いて、その煙を見詰め、次いで走り出した。
「ウォン!?」
手を振りほどかれ、咲夜はついそう叫んだ。
対してウォンは、
「火事なら、私がどうにか出来るかもしれないもの!」
そう言い返して、咲夜の制止も待たずに背を向けて走っていった。
「待……っ、ウォン!!」
その後を、咲夜も全力で追い掛けた。
* * *
「ハッ…ハァッ……。やっぱり…火事」
呼吸を乱し、肩を上下させて膝に手を付くウォン。
その視線の先には、晴れやかな青い空を黒く染め上げる煙と、それを放ち続けている赤い炎。
建物が炎上していた。
「ウォン! 一人で行くなってっ」
息を切らせるウォンに駆け寄ってきた咲夜の呼吸も少し乱れている。
思いの外距離があったのだ。
「……人が多い……っ」
燃え盛る建物の周りはかなり騒々しい。
見物人が大量に押し掛けたのだろう。
その中に治療を受けている者や、押さえ付けられながらも建物に向かって泣き叫んでいる女性が居る。
ウォンがここに来た理由はただ一つ。
己の能力をもって、この火災を鎮める為だ。
しかし大衆の前で能力を使うのは躊躇われる、が。
「離してくださいっ! 娘がっ、私の娘が中に居るんですっ!!」
泣き叫びながらも必死に炎の中に向かおうとしている女性を目の前にして弱気になる程、ウォンの心は弱くなかった。
スッ、と腕を上げて、両手を揃えて建物に翳す。
瞳を閉じると、ウォンの周囲に水色の光線が浮かび上がる。
その色が次第に濃くなり……しかし、能力は発動前に停止した。
停止、させられた。
ウォンの腕を掴んだ、咲夜によって。
「ちょっと、咲夜! 貴方どういうつもりなの!?」
普段は落ち着いた淑女然としているウォンが、今は形の良い眉を吊り上げて咲夜を睨んでいる。
しかし咲夜は意に介さず、人混みの先を指差して、言った。
「あそこに神楽が来てる。なら、分かるだろう? 君の《水》より、神楽の《火》の方が効果的だ。きっと神楽も同じ事を考えて、動くだろう。なら能力の重ね掛けは危険だよ」
咲夜の言い分はウォンにも分かっている。
ウォンの能力は《水》。
《水》の能力といっても、既存の水分を操作出来るだけで、出現させる事は出来ないのだ。
対して神楽の能力、《火》は発火や操火、そして消火が出来る。
付近に川もない状況でウォンが火を消すには大気中の水分を集める必要があるが、大した量にはならない。
能力を同時に同じ対象に発動した場合、相互作用で不発に終わるか、最悪拒否反応で大災害となりかねない。
それらを考えれば神楽にやらせるのが効率的だと言える。
しかし街中の、それも人の目に付く場所で能力を行使すればどうなるか、ウォンも、咲夜だって知っている。
だからウォンは自分がやろうとしたのだ。
そして、それらを承知しているのは、神楽とキリアも同じだ。
人混みの向こう側で建物を見ていた神楽とキリア。
神楽は眉間に皺を寄せ、キリアは口元を押さえて立っている。
また、そんなキリアに、神楽は言った。
「……キリア、あそこに居る咲夜とウォン、分かるか?」
キリアは一瞬ビクッ、と肩を震わせて、それから神楽の視線を辿った。
神楽の言うと降り、視線を向けた先には二人の姿がある。
キリアが頷くと、続ける。
「じゃあ、ちょっと二人の所行ってて。すぐ戻るから」
神楽は普段見せないような柔らかい笑みをキリアに向けると、彼女の頭に手を乗せた。
”二人の所に行ってて”、と。
この状況でそう言われて、その意図が分からない程、キリアは子供ではない。
「何を言ってるんですかっ。私もここに居ますよ! 神楽一人を”晒し者”になんか出来ません!!」
キリアが慌ててそう抗議すると、神楽は小さく溜め息を吐いた。
先程までの笑顔は何処へ消えたのやら。
完全な作り笑いだったのだ。
「あのなぁ。お前の《雷》で火が鎮まる訳ないだろ。俺一人でやるから、お前は逃げてろ。邪魔だ」
「……っ」
神楽の言う通り、現状でキリアに出来る事は何もない。
《雷》の能力も、消火の役には全く立たないのだから。
キリアは悔しそうに下唇を噛んで俯くと、ダッ、と神楽に背を向けて走り出した。
そしてその姿を見送ると、神楽は建物に向かって足を進めた。
「…………」
炎に触れるギリギリまで近寄ると、神楽は片手を掲げる。
人目も、囁かれる声も無視して、意識を集中させた。
身体に熱が宿るような、感覚。
思考を閉ざし、ただ目の前の炎を見上げる。
周囲に炎より赤い光線が現れ、その光線が建物を包み込む炎に移った。
「……退いてくれ」
神楽は一言、静かにそう呟いた。
すると火の手は弱まり、一瞬にして炎が消え去った。
息を飲み、ただ呆然と立ち尽くす観衆。
先程までの喧騒が嘘のような静寂に包まれた。
そしてポツリ、またポツリと、囁かれる。
ーーあのコートって……。
ーー火を消した……?
ーー何でこんな所に異能者が……。
ーーバケモノめ……。
ーーしっ、聞こえるよっ。
ーー関わるな。
”殺されるぞ”
最後に一言そう聞こえた時、神楽に触れるものがあった。
暖かな、人の手。
逃げろと言ったのに、いつの間にか隣に立って、神楽の袖を掴んでいる。
「……まったく。邪魔だから逃げろと言っただろ、キリア」
今隣に立っているのは紛れもない、キリアだ。
黄色の長い髪が煤で少し汚れている。
丸い瞳を不安そうに潤ませて、手足を震わせていた。
「……ったく、んなに震えるくらいなら出てくんなよ。馬鹿だな、お前」
悪態を吐きながらも、神楽はキリアの頭を撫でて慰めた。
彼は口が悪い。態度も無愛想だ。
しかしそれは口下手で、不器用なだけだと、分かっている。
本心では”邪魔”だとも、思ってはいなかった事も。
「……あたしが貴方を置いて、一人逃げる訳ないでしょうっ」
強がりか、本音か。
恐らくはその両方なのだろう。
キリアは袖で瞳を拭うと、神楽を見上げた。
向けられた瞳はやはり不安そうに揺れていて、神楽は思わず苦笑してしまう。
「さて、そろそろ行くか。悪目立ちしたから、もう街からも出た方が良いな、こりゃ」
周囲の視線などお構いなしに、神楽は伸びをしながらそう言った。
呑気な彼の様子に苦笑しながらも、「そうですね」と、一言でキリアも同意する。
二人を避けるようにして開けていく道を歩き出すと、背後から声を掛けられ、二人は足を止めた。
「あの…ありがとうございましたっ。本当に……っ」
そこに立っていたのは、先程泣き叫んでいた女性だった。
また、その足元から一人の女の子がパタパタと駆け寄ってくる。
「おにぃちゃ、おねぇちゃ。たすけてくれて、ありがとぉ」
たどたどしい言葉遣い。
見た所、三、四歳だろうか。
女の子は両手を二人に差し出すと、言った。
「これ、あげるっ。桃を助けてくれたからっ!」
満面の笑みで、そう言われた。
二人とも、こんな風に人間から接せられた事がなく、同様が隠せないでいる。
キリアは言葉も理解出来ないから、尚更だ。
周りに居る見物人達も驚いた様子でその親子を眺めている。
「あの…神楽? この子は、何て……?」
戸惑いがちにキリアがそう尋ねると、神楽は「ああ、そっか」と頷き、ふっ、と微笑んだ。
「”ありがとう”だとさ」
「……っ!」
”ありがとう”
その一言に、キリアは目頭が熱くなった。
そして不意にしゃがみ込むと、女の子に視線を合わせて、言った。
「助けてくれたのはこのお兄ちゃんだよ。だけど、ありがとう。無事で良かった」
キリアは優しく微笑み掛けると、女の子の頭を撫でた。
もっとも、キリアの言葉は船での”共用語”であり、女の子には通じないものだったが。
それでも、キリアの気持ちは伝わっているだろう。
そして神楽も腰を折って姿勢を低くすると、
「このお姉ちゃんからも”ありがとう”だってさ。お礼は要らないから、もうお母さんに心配掛けないようにな」
そう、神楽は”日本語”で言った。
言い終えると、神楽は再び歩き出した。
キリアは最後に手を振ると、その後を追う。
二人の姿が見えなくなるまで、女性は礼を言い続けていた。
* * *
サク、サク……という草を踏む音が響く。
船に向かって歩いていく中、終始キリアは笑っていた。
「何だよ、キリア。表情緩みっぱなしだぞ?」
呆れたようにそう言うと、しかしキリアはニコニコと笑いながら答えた。
「だって、凄く嬉しかったんです。あたし達の能力を、全員が嫌っている訳ではないと思えたんですから」
「……まぁなぁ」
人間が彼等の能力を見れば、大抵は恐怖や嫌悪などの感情を持つ。
過去に立ち寄った地域でもよく起きた事だ。
それが例え人助けの為であったとしても、助けた張本人から罵声を浴びせられた事も少なくはない。
何の力も持たない、か弱く臆病な大多数の人間は、異能を拒絶するのだ。
否定し、遠ざけ、時に攻撃する。
当事者の気持ちなど、考えもしないで。
だからこそ、受け入れてもらえた事がキリアには嬉しかったのだろう。
勿論、キリア程ではないが、神楽の中にも同様の思いはある。
「……花探しは、また今度だな」
「そうですね」
その後船に向かって黙って歩いていた。
地面に生える草を踏む音のみが耳に届き、木々の間から差し込む木漏れ日が心地好い。
そんな穏やかな日和の中、何故か上空から声が降ってくる。
「オーッス、神楽とキリアー!」
能天気な少年、アルだ。
歩くのが面倒になったのか、もう人の目がないからか、彼は能力を使う事を躊躇わない。
二人の前に着地……するかと思いきや、やはり浮いたまま言う。
「もう何人かは帰ってるみたいだぜ? 残りはお前等と、銀とセシルくらいじゃね?」
自分の事は棚上げしてそんな事を言ってくる。
横でキリアが隠れて苦笑しているのを横目に、神楽も思わず苦笑した。
「何や、こないなトコに集まって何してはるん?」
不意に背後から聞こえた特徴的な声と、二人分の足音。
そろって振り返ると、そこに居たのは銀とセシルだった。
銀はセシルの手首を掴んでおり、その上もう一方の腕には切り傷が見える。
「……銀、その傷どうした?」
神楽が訊くと、セシルはハッ、として傷を見遣る。
当の本人は呑気な表情をしているが。
「貴方の方こそ怪我してるじゃない!!」
「ん~? こんなん怪我の内に入らへんよ」
「血出てるじゃない! まったく……。腕出して」
へらへらとしている銀。
そんな彼に呆れながらも、何処か心配そうに銀の腕に触れるセシル。
そして片手で支えながら、右手を彼の傷に翳す。
青白い光線が現れ、銀の腕を包み込む。
傷口が一瞬輝くと、もう傷跡もなくなっていた。
「ありがとう、セシル」
「別に。元はといえば、私のせいで出来た傷でしょう」
「そないな風に思わへんて。気にせんでええんよ」
「……ふん」
一人先へ行ってしまったセシル。
その後をキリアが追い、神楽と銀、アルは取り残されてしまった。
「……で、何があった?」
「ん~?」
神楽が訊くと、銀は苦笑して、
「別に大したことやあらへんよ。棚から本が落ちてきて、それがたまたま僕に当たっただけや」
「ああ、成る程な」
察するに、何らかのトラブルで本が降ってきた際に銀がセシルを庇って負った傷なのだろう。
自分の事には無頓着な銀だが、他人の事は酷く気にする。
セシルの手を引いてきた事も、一刻も早く休ませようとしてだったのだろう。
つまり銀は、並外れたお人好しなのだ。
『皆さん、もう船に戻ってください。そろそろ出発するそうですよー』
不意に聞こえた春の声。
”聞こえた”と言っても、聴覚的に聞こえた訳ではない。
春の《精神》の能力で、脳に直接呼び掛けたのだ。
「じゃ、帰るか」
アルがそう言うと二人は頷き、再び足を進めた。
船に入ると先に着いていたキリアと、春とウォン、咲夜が出迎え、そして地上に飛び立った。
久々の地上に名残惜しさを感じつつ、彼等は普段通りの上空生活に戻っていった。
何と一日も掛からず書き終わりました【第三章】……。
私としてもびっくりでした( ̄▽ ̄;)。
読者様が増えてきまして、とても嬉しいです!
これからもどうぞ宜しくお願いします!




