【第二章】伝承と神話
ついに地上着陸の日。
セシルが《国連》を目指す理由とは……。
セシリア、銀月サイド多めの【第二章】!
空は晴天。
すっかり昇り切った太陽の日差しが降り注いでくる。
そんな日差しを避けるように、時計台に続く湖上橋の下に神楽は居た。
「神楽ー? 何処に居るんですかー?」
日陰で寝転び、微かに頬を擽る微風に微睡んでいると、不意に名前を呼ばれ、目を開く。
ノロノロと身体を動かして声の方を見ると、居たのは一人の少女。
長く黄色い髪を二つに束ねている、キリアだった。
「キリア、こっち」
薄く苦笑しながら呼ぶと、キリアはパッ、と笑って駆け寄ってきた。
神楽の隣に腰を下ろすと、言う。
「あと一時間程で目的地に到着するそうです」
「へぇ、思ってたより早いな」
「ふふ、ですね。けど楽しみです」
言葉通り、本当に楽しそうに微笑みながら地面の草を撫でているキリア。
神楽はふっ、と微笑むと、草の上に再び寝そべった。
そして、ふと考えた。
(セシルと銀…大丈夫だったんかね……)
* * *
船が雲の中に入ると、周りは何も見えなくなった。
リケイの能力《拒絶》によって雲の水滴が船内に入ってくる事はないが、気温はかなり下がっている。
故に、全員外に出ようとはしない。
しばらくして雲を抜けると、真下に地上が見えてくる。
下降する速度が緩やかになり、少しずつ地上に近付いていく。
その眺めを、一同は船の外周から見下ろしていた。
「リリ。そろそろ人間達に気付かれてしまうだろうから、頼めるかな?」
不意に咲夜が言うと、リリは無言で小さく頷く。
そして両手を宙に翳すと、瞳を閉じる。
するとリリの周囲に糸のような、細く、黒っぽい光線が現れる。
その光線は能力発動時に出現するもので、同じく異能者にしか見えない特殊なもの。
また、色も各々異なる。
リリは《闇》の異能者。
主に明暗を操作する能力だ。
その効力を利用し、船の周囲にある光を排除する事で外からは見えなくしたのだ。
人間による反異能者団体は、文字通り異能を否定している集団である。
そして当然、その対象にはこの船に居る十五人も含まれる。
何処に反異能者思想を持つ人間が居るか分からない中で、不用意に人目に付く事は極力避けたい。
とはいえ、リリの能力を一人で維持させるのは無理があるし、各自が発動した能力の場合、力の吸収は船に触れていないと出来ない。
だから最も目立つ離着陸時にのみ、姿を隠しているのだ。
「ありがとう。着陸するまで頼むよ」
「うん」
ニコッ、と笑って礼を言う咲夜に、無表情のままコクリ、と頷くリリ。
彼女の周りに見えた光線は既に消えている。
代わりに、船内は心なしか、薄暗くなったように思う。
それでも暗がりから明るい場所を見れるように、船内から祖とを見る事は可能だ。
ウォンが楽しそうに地上を見下ろしながら、咲夜に尋ねる。
「咲夜、今日降りる地域は何処なんですか?」
いつもより若干高めなウォンの声に、咲夜も優しく目を細めた。
「今回は極東の島国、日本だよ」
その一言に、神楽、銀、琉、紫雲、春、瑠色が僅かに反応した。
咲夜も、意味深な微笑を浮かべている。
地域はそれぞれ違うが、日本とは彼等の生まれ故郷だ。
どんな生活を送っていたにしろ、何か思う事はあるのだろう。
「あたし、日本って初めてです!」
瞳を輝かせて身を乗り出すキリアに、場の雰囲気は和んだ。
神楽は薄く笑い、銀はふっ、と笑って見せ、紫雲は遠目で微笑み、春も柔らかく目を細めた。
唯一、瑠色だけは浮かない表情をしているが。
それは地上着陸、十分前の事だった。
* * *
「やっと着いたー、日本! 何年振りだ?」
「紫雲が入ってきたんが最後やから……三年振りくらいやね」
街から少し離れた森林の中に船を降ろすと、真っ先に外に出てアルが騒いでいた。
続いて銀も外に出て、周囲を見回す。
「街まで結構遠そうやなぁ。女の子は少しキツいんとちゃうか?」
そう銀が首を捻ると、そろって下りてきた咲夜とウォンが顔を見合わせる。
「だって。歩ける? ウォン」
「勿論平気ですよ。けれど、瑠色の足では辛いですかね……」
困ったように、心配そうに眉を垂らすウォン。
その隣で咲夜も同様に考え込むが、その二人にはクルルから声が掛かった。
「瑠色は今回も降りないそうだよ。船に居るって」
船から地面に伸ばした階段を下りてきながらクルルがそう言い、次いでその後ろをセシル、リリ、シルバーとが歩いてくる。
そしてリリが回りを見回して、言う。
「春と琉、それにリケイと紫雲も居ない……」
この場に居ないメンバーの中に神楽とキリアの名前が挙がらなかったのは、二人も階段を下りてきているからだ。
「紫雲もいつも通り留守番してるってさ。他三人はもうすぐ来るだろ」
神楽がそう言うと、その横でキリアも頷く。
その言葉通り、三人もすぐに下りてきた。
「よし、じゃあ日が暮れる前には地上を立つから、それまでには帰ってきてね」
咲夜がそう言うと、各自歩き出した。
といっても、街に着くまでは基本同じ道なのだが。
「ほな、僕等も行こか。調べもんなんて、時間足りんくらいやろ?」
銀はそうセシルに声を掛けると、先を行く仲間達を見遣る。
するとセシルは不満そうに銀を睨み、
「貴方が呑気に日向ぼっこしてさえいなければ、もうとっくに出発してたわ」
と言い放って歩き出す。
銀は薄く苦笑しながら肩を竦めると、セシルの後を追った。
暫くして街に着いた時、セシルは少し、いやかなり、疲れてしまっていた。
「せやからもっとゆっくり歩きぃ言うたやん。僕のペースに合わせて早歩きしとったらそら疲れてまうわ」
呆れたというように苦笑しながらそう言った銀。
その視線の先には呼吸を荒げ、しかし気丈を装って銀を睨むセシル。
言い返してこないのは、既にその余力も残っていないのだろう。
当然だ。
約三キロと思われる道、それも歩き慣れない山道ともなれば男の足でもそれなりに疲れるものがある。
その上セシルは何を意地になっていたのか、銀にペースを合わせられまいと早足で歩いていたのだ。
「別に…疲れてないわ」
「そないに肩上下させとってよう言うわ。強がっとらんで、少し休憩しよ」
不機嫌そうに眉を吊り上げているが、セシルは抵抗もせず、銀に手を引かれるまま場所を移動した。
向かった先は大樹の影。
セシルを木陰に座らせると、銀も少し離れた位置で気に背を預けて立った。
「……もう平気だから」
「もうちょい休んどきぃ。後で辛なるで?」
「…………」
休む事数分。
その間にこのやり取りを何度もしている。
言う度銀はセシルの強がりを聞き入れず、全く動こうとしなかった。
「ーーーーー」
「…………」
腕を組み、瞳を伏せていた銀。
不意に届いた微かな囁き声に、薄く目を開く。
「あのコート…”使徒”か……?」
「異能者が来た……」
「バケモノか……」
《神の使徒》
それは浮遊船に居る十五人を指す呼称。
神に選ばれた者として、忌み嫌われる者の呼び名だ。
(バケモノ、ね……)
セシルは彼等に気付いていない。
例え気付いていたとしても、言葉の意味は分からなかった筈だ。
彼等が話していたのは、”日本語”だったのだから。
(セシルに聞こえとらんで、良かった)
内心でそう思いながら、銀は樹から背を離してセシルに向き直った。
「そろそろ行こか。もう平気やろ?」
言うとセシルも立ち上がり、
「私はもっと早く行けたわ」
と不満そうに言う。
対して銀は肩を竦めて、
「まぁ、ええやん。僕も休みたかったし」
などと応じる。
セシルは何か言いたげに銀を見たが、結局何も言わず背を向けて歩き出した。
先程の彼等が居た方へ。
「ちょい待ちぃ、セシル。そっちには行かへん方がええよ」
その一言に、セシルは振り返って銀を見上げた。
そしてスッ、と表情を引き締めて、言う。
「……さっき、あの人達は何を言っていたの……?」
暗い面持ちでそう訊いてくるセシルに、銀は少しばかり考えた。
何と答えたら良いものか、と。
「……君は聞かんでええような、下らん事や」
ふっ、と笑ってそう言うと、セシルは若干納得のいかないというように眉根を寄せた。
しかし、
「……そう」
と、銀の気遣いを察してか、それ以上の追求はしてこなかった。
踵を返すと、反対方向に足を進めてセシルが口を開く。
「それならこっちから行きましょう。争い事とか、目立つ事は避けたいし」
「せやね。咲君にもキツく言われとるしな」
そう言って銀が苦笑すると、驚く事にセシルも小さく微笑んだ。
すぐに顔を背けてしまったが、確かに笑っていた。
”あの”セシルがだ。
それだけで、銀は無意識に笑みを零していた。
人通りの少ない路地を選んで歩く事五分程。
セシルと銀を挟むようにして、数人の男が道を塞いだ。
ニヤニヤと狂気的な笑みを浮かべた男達は、二人に向かって言う。
「お前等が使徒様だろ? 神の遣いだってんなら俺等にも奉仕してくれよ、なぁ?」
リーダー格と思われる男の言葉に、その仲間達も同調する。
快晴だった筈の空はいつの間にか雲が掛かり、その空の下では不快極まる腹立たしい、耳障りな笑い声が自棄に耳に届いていた。
深く溜め息を漏らす銀。
言葉が分からない筈のセシルですら、貶されている現状は察していた。
「ホンマ呆れてまうわ……。何処にでも居るんやな、ゴロツキいうんは」
この時、銀が話したのは”日本語”であった。
それはつまり、普段船で使っている十五人の”共用語”ではなく、セシルには分かりようのない言語だ。
しかし無論、彼等には通じる。
そして”ゴロツキ”という言葉に反応して、一斉に銀に食って掛かる。
「銀? 貴方、何て言ったの……?」
不安そうな表情になるセシル。
怒って顔を赤くするゴロツキ達を横目に、
「セシル……」
そう小さく声を掛けると、銀はセシルの手を取った。
セシルが首を傾げて銀を見上げると、彼はふっ、と微笑んで、
「走れっ!!」
「きゃっ、ちょ……っ!?」
急に手を引いて走り出した銀。
転び掛けた体勢をどうにか立て直し、セシルは動揺しつつも引かれるまま走った。
突然走り出した銀に驚いたのはセシルだけではなく、道を塞いでいたゴロツキ達ですら道を開けた。
そして怒鳴りながら二人の後を追ってくる。
「ちょっと、銀! 付いて来てるわよ!?」
後ろを振り向きつつそう言うセシル。
銀もチラッ、とゴロツキ達を見遣ると、次いで銀色の光線が現れた。
「ほんなら、”鉄棒”で」
銀が一言そう告げて後方に手を振ると、まるで道を塞ぐように銀の棒が何本も現れた。
そして聞こえた声。
「おわ、何だよこれ!!」
「クソッ、邪魔だ!!」
呻きながらも、それを避けてきてしまう。
しかし銀は構わず、能力を解く。
銀の真意は、彼等をほんの少し足止めする事なのだから。
走り出した時と同じようにまた突然立ち止まると、慌てて止まろうと試みて失敗し、銀にぶつかってきたセシルをヒョイ、と持ち上げ、強く地面を蹴った。
「しっかり掴まっとってな、セシル!」
高く跳び上がると、銀は宙に足場を具現化し、階段を作り出しては下から消していく。
建物の上に上がり、尚も走り続ける。
その足を止めたのは、また五分程走った頃だった。
目的地である《国連》の支部館に着くと、銀はようやくセシルを降ろした。
セシルはコートの裾を手で払うと、軽く乱れた服装を正して、言う。
「貴方って、意外と短気なのね」
”意外”というより”呆れ”に近い表情でそんな事を言われ、銀は肩を竦める。
「心外やなぁ。僕のはマイペースなだけやで」
そっちの方がどうかとも思ったが、セシルはそれ以上は何も言わず、支部館の門を見遣る。
一見三メートル程の高い外壁に、幅広の門。
正門と思われるその門にはご丁寧にも監視カメラ四台と門番二人が常備されている。
警備はかなり厳重そうだ。
しかしセシルは銀を一度見遣ると、そのまま門の方へと歩き出し、銀も黙ってその後に続く。
二人の存在に気付いた門番は表情を引き締め、次いで二人の着ているコートを見て息を飲んだ。
彼等十五人は、世界中のあらゆる場所への入場が無償で許可されている。
その際の証明になるのが、神から与えられ、着用を義務付けられているこのコートだ。
このコートは神の使徒である事の証明品であり、同時に彼等が異能者である事を知らせているもの。
例え支部館などの立ち入り制限の設けられた場所に入れるとしても、自ら進んで”バケモノ”を名乗る者は居ないだろう。
十五人が異能者である事は既に周知されているが、《最後の審判》の事を知っているのは十五人と神のみ。
その中で、強力な能力を有する彼等を快く思わないのは当然の事だろう。
セシルと銀が門の前に立つと、門番二人は急いで門を開いた。
怯えたような表情で。
しかしやはり二人は気に留めず、門を潜る。
背後で囁かれる言葉を無視して、真っ直ぐに目的地へと足を進めた。
巨大な扉を開き、中へ入ると、眼前には広々としたホールがあった。
そこからいくつもの道に分かれており、ホールの中央には地図が見える。
その地図で目的地の位置を調べ、再び歩き出す。
二人が向かっているのは支部館にある図書館。
そこにならば一般に公開されていないような情報も管理されている筈だ。
そう考えた上で、セシルはこの場所を目指していたのだ。
長い階段を上り切ると、再び現れた大扉。
その片側を銀が押し明け、セシルに入室を促す。
無言で足を踏み入れると、セシルは広大な図書館に並ぶ無数の本棚に近付いた。
「そんで、僕は何を調べればええの?」
後に続いて入ってきた銀がそう尋ねると、セシルは本棚を見上げながら答える。
「神に纏わる伝承と神話について記載されている本を探して頂戴。出来るだけ古そうなものを中心に」
分厚い革表紙の本を手に取るセシルに、銀は重ねて問い掛ける。
「神様調べてはるとは聞いとったけど、そないなモン調べて何が分かるん?」
そう言って首を傾げる銀。
勿論彼の言葉はセシルの意思を否定するものではなく、純粋な疑問と好奇心からくるものだ。
そしてその意図を、セシルも誤解せず受け取っている。
「……貴方、伝承とか神話をただの作り話だと思ってるでしょ」
「うん?」
尚も首を傾げる銀に薄く苦笑して、セシルは続ける。
「あるのよ、本物も。何十年、何百年もの間語り継がれてきた、信じられないような実話も」
言いながらも本の文字に視線を走らせるセシル。
そんな彼女に銀は頷き、自信も本棚に近付いて一冊を手に取った。
そして、言う。
「そないに必死になって調べてはる理由て、何なん?」
冷たくない。
けれど優しさも感じない、何処か気遣うような、心配そうな瞳を向けて、銀はそう訊いた。
「……貴方は私達十五人の現状に、言いようのない違和感を感じた事はない?」
「……?」
逆に問い返され、銀は首を傾げる。
その反応に、セシルはふっ、と笑みを零す。
「私達の使命は世界の命運を決する《最後の審判》。なのにわざわざコートを着させて、嫌われ役を申し付けるのはおかしいと思わない?」
確かにそうだ。
人間に対する善悪の判断を申し付けておきながら、わざと反発される要因を作る理由など何処にもない。
「どうして異能を授けたのかという事も疑問だわ。審判をする為ならば、別に異能を持っている必要はないでしょう?」
セシルの言葉に頷くだけで、銀は何一つ反論しなかった。
いや、反論する点などなかったのだ。
セシルの考えに、矛盾など存在しないから。
「それに、”共用語”に関する知識があった事もそうよ。私達は誰一人として何の学習もせずにこの言葉を扱えた。これは神からの介入を受けたという証拠なのよ。そして、ここまでする理由が分からない」
世界中のどの言語とも一致しない”共用語”を植え付けてまで神が成し遂げたい事とは、本当に《世界改創》の為の《最後の審判》なのだろうか……?
「私はそれだけじゃないと思ってる。だから、絶対に神の真意を突き止めてみせるわ」
決意の籠ったその一言に、銀は思わず目を見開いた。
そしてふっ、と笑って、
「ほんなら、僕も手伝うたるよ。一緒に頑張ろなぁ」
と言った。
同時に、ふと思う。
「貴方の手伝いなんか要らない」
「まぁまぁ、ええやん。仲良うしよ、セシル♪」
「近付かないで」
「ははっ」
自分はこのふざけた世界で、仲間の事をどれだけ守れているのだろうか、と。
そして守る為に、何をしたら良いのかと、考えた。
主人公が誰なのか曖昧になってまいりました【第二章】!
いかがでしたか?
一応この作品は船に居る十五人全員がメインキャストな訳でして、今回の二人も主人公ではあります。
視点を変えつつ今後も進めていきますので、どうぞ最後までお付き合い下さい!
ありがとうございました!!