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08 頑張ってね

 リュカの工房を後にしてから少し経ち、

「……あの、ヴェイドさん」

 わたしはかつぎ上げられたまま、げんなりとして彼に呼びかける。だが、一向に返事が返ってこなかった。

 水の大魔術師は、先ほどから何かと葛藤しているようだった。

 それはもう、気持ち悪いぐらいに青ざめながら、ぶつぶつうだうだ独り言をつぶやいている。せっかく綺麗な顔をしているというのに、これでは全く台無しである。かろうじて聞き取れる単語は、三百歳なのにだとか、いい大人なのにだとか、そういう感じ。

 わたしはそんな彼を間近で見ながら、どうしたものかと黙っていた。やはり歩いて帰るらしいヴェイドさんは、わたしの体重を支えながら、ややおぼつかない足取りで石畳を歩いていく。

 そして五人目の通行人が訝しげに通り過ぎたところで、わたしは口を開いた。

「ヴェイドさん、あの、歩くから……」

 かなり目立ってるから恥ずかしいってば。

 それにちょっとの距離ならともかく、わたしを抱えて屋敷に戻るほど体力ないでしょうに。彼は確かに力のある男の人だったが、どちらかというと痩身のほうだ。

 だが、わたしの申し出に彼は「いや……」とためらった。

「このまま帰ろう。でないときみ、すぐどっかに行っちゃうから」

「人が迷子常習犯みたいに言わないでよ」

「似たようなものじゃないか」

 彼は、わたしが過去に二回も連れ去られたことを言っているのだろう。でもあのときと今は、状況が違う。クレマン伯爵のときや、精霊界に行ったときのように、命を脅かすような脅威はどこにもないはずだ。

 そう言ってやると、彼は「今だから案じるんだ」とかぶりを振った。

「どうせきみのことだから、ぼくが魔術を使わないって気づいてるんだろう? 使わないんじゃない、使えないんだ」

「え、ええっ?」

 ちょっといきなり重大なこと言わないでよ!?

 驚愕したわたしに構わず、彼は続ける。

「魔術が使えないんじゃ、きみを護ることも何も無理じゃないか。だから安全な場所に置いておきたかったのに、きみときたら当然のように出かけて、リュカルスとのんびり笑ってるんだから」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよヴェイドさん」

 まくし立てるように言う彼の言葉を、わたしは遮った。魔術が使えないですって? 転移陣を使わないのは何故だと思っていたけど。

「いつからなの?」

 いつから魔術が使えないの?

 彼の肩さきに引っかけられながら、眉をひそめるわたしを、彼はちらりと見る。

「正確には今も魔術は使える。でも今使ってしまっては後がない。だから使えないんだ」

「ええと、つまりどういうこと?」

 もっと簡潔に言ってよと思ったが、彼は逆に黙りこんでしまった。こうなったらもう教えてはくれないだろう。この魔術師は異様に秘密主義だし、完璧主義だ。仕方がない、この質問はまた次回に……というか、

「というか、じゃあどうして青ざめてぶつぶつ変なこと言ってるのよ」

 尊大な彼らしくもない態度だった。これまで“魔術が使えない”云々は一言も口にしなかった彼なのに、どうしてここまで動揺して、つい言っちゃうことになったのだろう? そこがまず不思議だった。

「それはきみが……」

「それはきみが?」

「……心配になったからだ。帰ってきたら居ないものだから、どこに行ったのかと探したよ」

「…………」

 いま絶対別のこと言おうとしたわよね。

 間違いなくそうだと思ったけど、わたしはこれ以上、彼を問い詰めなかった。魔術が使えないと言った彼の青紫の瞳が、とても不安そうに揺れていたのだ。



 ◆・◆・◆



「急に人間らしくなるのも困り物よね」

「なにがだい?」

 ぽつりとつぶやいたわたしに乗ってきたのは、セザールさんだった。

 再びブランシェ邸、いまは夕刻を過ぎた時間である。晩餐を終えたわたし達は、のんびりと長テーブルでくつろいでいた。ただヴェイドさんだけが、さっさと部屋に引きこもってしまっていた。

 彼は今日入手してきた石をゆっくり見たいからと言っていたが、多分半分ぐらいは嘘だろう。彼は弱っている自分を人目にさらしたくないのだ。まるで死にかけの猫みたいな人だった。

 わたしは微妙な心境で、セザールさんに「ヴェイドさんのことよ」と教えた。彼の目にはまったく変に見えなかったのか、魔術師の名前を言われてきょとんと目をしばたいた。

「なんだ、フィオナちゃん喧嘩でもしたの?」

「喧嘩したわけじゃ……」

「だってあの人、君が出かけたって聞いて飛び出して行ったよ。君結構しっかりしてるから、心配ないって言ったのにね」

「そ、そうなの」

 う、それは意外な行動すぎる……。わたしは思わずたじろいだ。

 行き先を告げなかったのは悪かったと思うけど、わたしを置いてさっさと出かけたのはヴェイドさんなのに、飛び出すって。というかそんな変なところに行くわけないじゃない。

「まあ、いま変な人が出るからって情報与えたのが悪かったかもだけど」

 セザールさんが思案気に頬づえをついた。

「でもそれにしたって、不思議だなあ。君とヴェイドは全くの他人なんだろう? なのに、この可愛がりようはまるで」

「まるで?」

 言葉を切った彼に問いかけると、途端、なぜか彼は苦い顔になった。

「……まあ、子どもの君にはまだ早い。僕、あいつが何考えてるのか分からないけど、詳しくはもう少し大きくなってからだ」

 もう、とわたしは息をついた。

 いちいち説明するのも飽きてしまった。

「セザールさん、あのね。わたしこんなんだけど、来年は成人するのよ。いい大人なんだから」

「そうなの? 意外だな……きみが小さく見えるのは魔術師だからなの?」

「あんまり驚かないのね、セザールさん」

 やけに冷静に受け止めた彼に、逆にわたしが意外な気持ちになる。魔術師かと訊かれたことは、訂正が面倒なので聞き流すことにした。こちらを見ながら、セザールさんは言った。

「だって魔術師は見た目ぐらいどうとでもなるんだろう?」

「それは極論だけど……」

 誰も彼もが若いままで居られるわけではない。普通の魔術師であれば、他の人間と同じように老いていくものだ。

 まあ、魔術のなかには変異術という姿形を変えるものもあったのだが、わたしは未だにお目にかかったことがない。いや、リフレイアさんのことを、ヴェイドさんは『若作り』と言っていたかしら。七百歳の彼女は意図的に姿を若くしているのかもしれない。

 だが今それを考えても仕方がない。問題はヴェイドさんがどうしたのかということだ。そして引き続き悩むわたしをよそに、セザールさんは「うーん……十六といったらギリギリ結婚できる歳かあ……」だとか何だとか、ぶつぶつとつぶやいた。

 わたしは思わず息をついた。

「ほんと、困った人だわ」

「ほんと困った愚弟子よねー」

 え?

 ふいに混ざってきた女の人の声に、わたしは固まる。こ、このパターンは知っているわ。わたしは慌てて隣を見た。

「リ、リフレイアさんいつの間に!?」

「あら、大魔術師に“いつの間に”とかいうのは愚問だわ。いつだって私は神出鬼没よ!」

 豊かな赤髪をさらいながら、堂々とそう言い放ったのは、間違いなくリフレイアさんだった。今日はフリルのついたドレスを身にまとっており、妖艶な魔女といった様子だった。

 しかし、相変わらず元気な人である。そして、そんな彼女のいきなりの登場にも、なぜかセザールさんは驚かなかった。

「意外と動じないのね、セザールさんって」

 優男ふうなのに、山のような男の人だ。思わず感心したわたしに、彼は「え、だって」とあっけらかんと言った。

「彼女、僕の恋人だし」

 も、もう何を聞いても驚かない! 驚かないんだからッ!







 リフレイアさんとセザールさんが知り合うきっかけになったのは、領主であるセザールさんに、彼女がリュカをこの町の職人として雇ってくれと頼んだことが起因するらしい。もともと近場の山に住んでいたというリフレイアさんは、それからしょっちゅう町に降りては、セザールさんと交流を深め……

「世間って狭いのね……」

 げんなり顔のわたしに、リフレイアさんは照れたように身をよじる。

「んふふ、わたしも若い男をつまみ食いしたくなってー」

 つまみ食いされてますよ、セザールさん。

 わたしはさらに肩を落とした。ヴェイドさんが彼女を嫌う理由が、なんとなく分かる気もする。さすがに血縁に手を出されるのは嫌だろう。

「ヴェイドさんも苦労するわね」

「あら、いま彼のことで苦労してるのはあなたじゃないの?」

 そういえばそうでした。

 納得顔のわたしに、リフレイアさんはずいと近寄った。つややかな彼女の瞳が、尊大にわたしを見おろしている。

「んふふ、教えてあげましょうか、フィオナちゃん。彼がどうして変なのか」

「まるで魔女の取り引きみたいだね」

「だまらっしゃい、セザール卿。あんたには言ってないのよッ」

「こわいよ、フレイア……」

「あ、あの……」

 怒鳴られたセザールさんは怯えた様子を見せた。完全にしりに敷かれているようだ。彼もまた苦労するわねと思いながら、わたしはリフレイアさんの顔を見あげた。

「リフレイアさんありがたいんですけど……教えてもらわなくても大丈夫です」

「あら、どうして?」

「本人から直接聞きます」

 わたしは目を伏せた。

「わたしだったら、勝手に秘密を離されるのは嫌だと思うから……」

「マジメなのねえ」と、リフレイアさんは感心したように頬に手をあてた。「でもあいつが喋ると思うかしら? あいつのみょうな頑なさはぴかイチよ。あいつが勝手に私の魔道具を持ちだしたときも、火山口に突き落としてようやく口を割ったんだから」

 す、凄いことをしているわね。

 思わずセザールさんを見やると、彼は何もいわず目をそらした。これが通常運転らしい。あなたとんでもない人と付き合ったわね。

「で、でも話さないよりはマシだわ」

 あの様子で放っておくというほうが無理だった。わたしはもう、彼が三百年も生きた立派な人間ではない(・・・・)と知っているのだ。過去に自分を駄目魔術師だと言った彼を、わたしは思い起こしていた。あの魔術師は歳こそ重ねているものの、精神的に弱いところがある。

 そんなわたしの顔を見ながら、リフレイアさんは「頑張ってね」と退屈そうに言った。




.

みんなくっ付けば良いってもんじゃねえ。

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