07 うちの精霊
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「あれ、ひとり?」
と、廊下で声をかけられたわたしは振りかえった。
リュカに使い魔にされそうになった翌日、旅の滞在先であるブランシェ邸でのことだ。この屋敷の主、セザールさんはわたしを見ながらこちらに歩いてくる。今日の彼は少しかっちりとした服を身に着けていた。どこかに行く途中だったのだろうか。
「ヴェイドはどこ行ったの?」
「今度は採掘場に行くんですって」
目の前に来た彼に、わたしは応えた。今朝方『いってくる』と、ひとりで屋敷を出て行ったヴェイドさんは、未だに帰ってくる気配がない。
そうまでして石を探したいのかしらと思うけど、セザールさんはあっさりした顔で「まあ、良い魔石を作るには素材からっていうからね」と顎さきを撫でた。そんなものかしら。
「ヴェイドさんに用があるのなら、たぶん夕方までには戻ってくると思うけど……」
「いや、別に彼を探してたわけじゃないんだ。ただ、何してるのかなーって」
せっかく来たのに、まだ一度もゆっくり話せてないから、と彼は言った。
まあ、散歩に行ったり宝石職人のところに行ったり、わたし達ぶらぶら出歩いていたものね。納得顔のわたしに、セザールさんはその場で腕を組んだ。
「にしても、フィオナちゃん放ったらかしなんて。連れてきたわりには酷いことするねー」
「まあ、放っておいてあげて」
なぜか石のことでやっきになってるみたいだから。
「魔術師ってみんなあんな頑固なのかな」
魔術の心得がないというセザールさんは、首をかしげる。彼は地の精霊と契約したというシャメルディ卿を継いではいるが、まったく魔力がないらしい。そんな彼の様子を見て、わたしはヴェイドさん、アレク、リフレイアさん、リュカを思い浮かべた。
「……頑固というより、変人かも」
わたしが知ってる人、なんでみんな強烈な人種ばっかりなのかしら。考えてみれば、今までまともな魔術師に出会ったためしがない。難しい顔のわたしに、セザールさんはおかしそうに笑った。
「今度彼を見かけたら、一緒に変人って呼ぼうか」
「それはさすがに怒るかもだわ」
人好きのする笑顔で言った彼だが、やはり彼も変人だったとわたしはひそかに思った。さすがヴェイドさんの血縁である。ほとんど血の繋がりが無いというのに、これだから。
そしてセザールさんはふいに真面目な顔になったかと思うと、やや残念そうに首をかたむける。
「さて、君を散歩にでも連れ出したいところだけど……今日は町の役員たちと会議があってね」
「領主って忙しいのね」
だから出かけるような格好をしていたのね。彼はひとつうなずくと、「今度また、一緒に出かけてくれるかな?」と、おもむろにわたしの両手を取った。
「せっかくだから君の事も知りたいよ。あのヴェイドが女の子を連れまわすなんて珍しいから」
「女の子って言うほどの見た目じゃないけどね」
わたしは年齢こそは年頃だったが、魔力が多いために成長が遅く、見た目はただの子どもだった。だが、そんなの関係ないじゃないかと言ったセザールさんに、わたしは散歩の約束をすることになったのだった。
ということで、今日はひとりで過ごすことになったのである。
『最近、町に変な人が出るらしいから、あんまり人気のない場所には行かないでね』と言い残して出かけて行ったセザールさんだったが、治安が悪い場所はどこにでもあるのだとわたしは思った。
とはいえ、どこで時間を潰したらいいものだろう。
ここに来て、薬学書を屋敷に置いて来てしまったことをわたしは後悔していた。シャメルディの薬草に興味がないわけじゃなかったが、そういうのが生えているのは、どう考えたって“人気のない”場所だろうから、安易に行くわけにもいかなかった。
結局どうすることにしたのかというと、わたしは泉のほとりで、ぽつんと座っていた。
泉といっても町なかにある場所である。ヴェイドさんが以前言っていた“地下水”というのが、ここに湧いて溜まるのだろう。わたしはぼんやりと、水を汲みに訪れる人々の姿をながめていた。水の精霊の血のためか、水場に来るとみょうに落ちつくのだった。
「しけた顔してるね、フィオナ」
「あなたこんな所で何をしてるの?」
振り返るとリュカがいた。彼はわずらわしそうな顔で、片手に金属製の桶を持って立っていた。そんな仏頂面で何をしに来たのだろう。首をかしげるわたしに、彼は言う。
「何してるって、俺はただ水を汲みに来ただけだよ」
水?
「魔導具の台座の部分を打つのに使うんだ。うんと熱くしたのを一気に冷やして、鉄の強度をあげるんだよ」
「ふうん」
あんまりよく分からないわ。
相づちをうちながら、彼が泉から水をくむのを眺めていると、彼はつとわたしに顔を向けた。
「見に来ないの? ここでぼうっとしてるより建設的だと思うけど」
「なるほど、わたしを利用してみようって思ったわけ」
彼の工房に案内されたわたしは、木製の丸椅子にすわりながら腕組みをしていた。その足もとには先ほどの桶が置かれており、わたしはそこに両足を入れた形になる。足湯かと思いきや、その中身はただの水だ。
「まあ、きみって水の精霊みたいだから」
ジュッと音をたてて、リュカが真っ赤に熱せられた金属を桶のなかにつっこんだ。石焼鍋の原理で水が熱くなってしまうかと思いきや、何度彼がそうしても水は冷たいままだった。わたしは黙々と作業するリュカの横顔を見ながら言った。
「精霊って……半分だけよ。それにわたしは人間なの」
「熱い鉄に触れてなんともないなんて、たいした人間だね」
「あなたって本当にむかつくわ」
わたしは彼を睨みつけた。
リュカいわく、水が冷たく、しかも汚れないままなのはわたしの水の魔力のせいだとか。昨日、彼がわたしをつかまえようとしたのは、こんなふうに作業を手伝わせたかったからのようだ。
「俺はやっぱり、あんたを水の精霊だとしか思えないな」
ぽつりとリュカが言った。
「だから、わたしは――」
「あんた、ここ最近、精霊として活発化したことない? もしくは誰かと契約したか」
「そんな覚えはないけど……」
あるとすれば、奇跡の花を探しに行ったときだ。あの時、わたしは完全な精霊になりかけていた。そう教えてやると、彼は「ふうん」と興味なさげにあいづちを返した。
「まあ、なんでもいいけど」
彼はいま、試作品だという耳飾りのモチーフに手をかけている。
じつにちまちまとした作業だったが、こうして真剣な顔したリュカを見ると、なんとなく格好よく見えるから不思議だ。
しばらくぼうっと見ていると、ふいにリュカは「ほら持っていきなよ、フィオナ」と、軽くなにかを放り投げた。慌てて手のひらで受け止めると、それは先ほど作っていたばかりの耳飾りだった。
「え? でもこれいま作ってたやつじゃないの」
なんでわたしに?
陽の光にちらと瞬いたモチーフに目をやりながら、わたしは首をかしげる。
「それは当然だけどお試し品」
リュカは当たり前のことを聞くなとでも言いたげにわたしを見た。
「数をこなせばもっと形が良くなるからね。それはあげるから、ヴェイドにでも嵌める石を買ってもらえば」
「あ、ありがとう……」
なんだか昨日と違う態度に戸惑うわ。生意気な子どもだという印象は残っているが……。
「あなた思ったよりも優しいのね」
そう言ったわたしに、「それはあんたじゃないの?」と、リュカはあきれたように肩をすくめる。
「昨日、さんざんけしかけられた人が言う台詞じゃないよ。だいたい、こんな場所にのこのこ着いてきちゃって、俺があんたを従属させようとしたこと忘れたの?」
「できなかったじゃない」
使い魔の契約はできなかった。それにあなたヴェイドさんの弟弟子だし、とくに警戒する必要もないんじゃないの。
「そういう問題じゃないよ」
彼はため息をつくようにして言う。
「あんた一応、女の子でしょう。それも十五だって言うじゃないか。普通、年ごろの女の子はこうして男と二人きりになんてならないよ。自分が人間だって言い張るなら、もっと自分に気をつかったら」
「……そんなこと言われたの初めてだわ」
わたしはあっけに取られてしまった。これまでさんざん、自分を十五歳だと言っておきながら、まともな扱いをされたのはリュカが初めてだったのだ。周りの人間はいつもわたしを子ども扱いしたがったから。
たぶん、彼がわたしよりも年下だからなのだろう。年相応に扱ってくれたことに、ほんの少し嬉しい気持ちを抑えながら、わたしは彼に反論した。
「でもわたしがここに来たのは、あなたが誘ったからじゃない」
見に来ないの? って。だが可愛くない代表の少年は、わたしを面倒くさそうに見つめ返した。
「じゃあ誘われたら男の家にでも行くって言うの?」
「そっ、それとこれとは別の話よ」
だいたい意味合いからして違うじゃない、このマセがき!
憤慨するわたしに、彼は「ふうん。なんなら俺の所になら来ても良いよ。あんた便利だし、可愛がってあげるよ」と、不遜に笑う。
「あなた、あくまでもわたしを精霊として見るのね」
あきれた。
だからあなた、精霊と一回も契約が交わせないのよと内心思う。召喚陣を繰り返して使えない魔術師は、専属の使い魔と契約を結ぶのが通常だ。でもリュカには、その専属使い魔はいないらしかった。というよりも、精霊からなぜか避けられると話した彼だったが……納得、納得だわ。
腑に落ちているわたしを前に、リュカは不満そうだった。
「だったら他の水精霊を連れてきてよ。水を汲みすぎて腰痛持ちなんて、売れっ子彫金師の柄じゃない」
「それ、自分で言うのかしら」
そしてまたあきれ返るわたしだったが、彼を嫌いになれない自分が居ることにも気づいていた。彼がアレクぐらい大人だったらまた違ったのだろうが、わたしの目にはどう見てもなまいきを言う年下の少年にしか見えなかったのだ。
わたしはふう、と息をついた。
「仕方ないわ。わたしがここに居る間は、こうやって来てあげるから。わたしあなたと――」
あなたと友達にならなってあげるわよ。
と、言おうとしたのだけど、それは突然、がしっとリュカの頭をつかんだ人の手によって失われた。
「リュカくん、いい加減ひとの家の子を口説くのはやめてもらえないかな?」
なんとまあ、ヴェイドさんだった。
青紫の冷ややかな笑みに見おろされたリュカは、うっとうしそうに彼の手を払いのけた。
「あのね、ヴェイド。俺は口説いてたわけじゃないよ」
「なら工房に連れ込むのはよしてくれるかな」
「着いてきたのはフィオナだよ。だいたい、年下の俺につっかかるのやめてくれる? あんた大魔術師ってわりには相当ガキだね」
「生意気なクソガキに言われたくないね」
どっちもガキじゃない。
二人の会話にわたしは俄然、疲れた気分になる。話題を変えようと思って、わたしは口を開いた。
「ヴェイドさん、よくここが分かったわね」
「指輪をつけながらそれを言うかい。どこに行ったのかと思えば……まったく」
うっ、とわたしはのけぞる。
母親の魔石がついた指輪には、探査の魔術がかけられていた。しかもリュカの作だというから、全然話題は変わっていない。
「じゃあリュカルス、うちの精霊は返してもらうよ」
そう言ったヴェイドさんは、まるで猫の子をかつぎあげるようにわたしを抱えた。年頃の乙女が情けない姿だったが、いまは彼に従おう。苛々したヴェイドさんを止められる気が到底しない。
「うちの精霊だって」と、リュカはやや非難するようにわたしにつぶやく。わたしが自分を人間だと言い切ったわりには、と言いたいのだろう。
「べつにいいのよ」
彼はわたしが“人間”だって知ってるから。そして眉じりをさげたまま、わたしは大魔術師にさらわれていった。
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