12 : 王の愛する魔法遣い。
*王陛下の想い。
それは僕の一目惚れ。
それは僕の初恋。
そしてそれは、今も続く僕の片恋。
恋慕、というのだろうか。
随分と長く、僕は恋をしている。
そしてひどく、深く、愛している。
『ジョット』
呼ぶと、僕の魔法遣いは振り向き、いやそうな顔をする。
『ジョエルだよ』
僕の魔法遣いは、ふだんはその愛称でしか呼ばれないから、いきなり真名を呼ぶと怪訝そうにする。
『うん、ジョエル』
本当は、その愛称で呼びたくない。
ちゃんときみを、呼びたい。
ジョット。
それがきみの本当の名前。真名。
僕の初恋の人、そして今も続く片恋の人。
僕の魔法遣い。
だからジョットと呼びたい。
けれども、呼ばない。
きみをジョットと呼んでいいのは、僕だけだから。
きみの真名がジョットだと、誰にも知られたくない僕の独占欲。
僕は呼ぶ。
いとしいきみを、ジョエルと。
心の裡では、僕のジョット、と。
『なにか用?』
『お茶しようよ。ナツのところから掠めてきたんだ』
暗にジョエルの弟へ仕事を頼んできたことを仄めかしたら、弟大事なジョエルはさらにいやそうな顔をした。
『お茶はいいけど、ナツになに言ってきたの』
『特にはなにも。最近どうも周りが騒がしいねって、それだけ』
『……ナツを戦争に送り出す気?』
『僕にそんな権限はないよ』
笑うと、ジョエルは怒った。怒って僕を無視した。
僕は「仕方ないなぁ」と苦笑して、その背中を追う。
細いきみの肩を、強引にでも、掴むために。
『ジョエル、どこに行くの。お茶しようって言ったでしょ』
『やめた。気分じゃない』
『待ってよ、ジョエル』
『……っ、放せ!』
掴んだ肩は、呆気なく振り払われてしまう。それでも僕は、諦めない。
だってきみは、僕のジョット。
『ジョエル』
背後から腰に腕を回し、ぐっと引き寄せる。細い身体は容易く僕の胸に落ちてきた。
『皇子殿下!』
『違うよ。ギルヴィレス、だ。そう呼んで』
耳許で囁く。
ジョット、と。
『お茶しようよ』
『気分じゃないって、言ったでしょう』
僕の抱擁から逃れようと、ジョエルは僕を睨みながら僕の腕に爪を立ててくる。少し痛い。けれども甘い痛み。
きみから与えられるものはすべて、甘いんだ。
『それなら、寝台に連れて行ってもいい?』
『はっ?』
『お茶してくれないなら、無理やりにでも、連れて行く。いい?』
僅かにしか膨らみがなくて、いつだって間違われてしまうきみは、それをいいことに僕が望む姿になってくれない。
それでもいい。
きみの真実を知っているのは、僕だけでいい。
『いい加減にしろっ』
どん、と肘が僕の腹に入る。僕は笑いながら呻いて、せっかく捕まえた僕の魔法遣いを離してしまった。
『ひどいね、ジョエル』
『お戯れもいい加減にしませんと、お妃さまに逃げられますよ』
ジョエルが僕を「皇子」扱いした。
ちょっとムッときて、笑みを深めてやる。
『逃げればいいんだよ。僕は要らないと言っているんだから』
『世継ぎがなにをばかなこと……』
呆れたジョエルは、嘆息したついでに僕に背を向けた。すぐにまた捕まえてやろうとしたけれど、その足許には見慣れた陣が描かれていた。
『ジョエル!』
僕は呼んだ。
けれど駄目だった。
『わたしは忙しい。あんたの遊びにつき合っていられないんだよ』
遊びではないのに。
本気なのに。
きみはいつだって、僕の愛を信じない。
そんなきみでも。
「僕はずっと愛しているんだよ」
住む世界が違うと。
ものの見方や価値の捉え方が違うと。
そう言われても。
「僕のジョットを返してもらおう」
誰を敵に回そうと、なにを犠牲にしようと、それは僕がきみを愛した瞬間から、僕にとってどうでもいいことになった。
だから。
「魔法遣いを敵に回すのか」
と、ナツに言われても。
「僕の敵は、僕からジョットを奪う者たちだよ。それに、きみだって、今ならわかるだろう?」
ナツは僕と同じになった。
「カイを奪われたら、奪った者たちみんなが、きみの敵だよ」
異世界から落ちてきた少女をいとしげな瞳で見つめるナツは、僕が知る今までの酷薄なナツではなくなっている。人間嫌いで、どうしようもなく世界を嫌っていたはずなのに、それは劇的なほどの変化だ。
僕はそんなナツを歓迎しよう。
僕が王で、異世界の少女を易々と受け入れられなくても。
僕自身は、喜びをもってナツと少女を迎えよう。
僕は王だけれど、ジョエルという魔法遣いを愛するただの人だから。
「……一つ訊く」
「なにかな」
「どうなるかわかっているのか」
「もちろん。けれど、僕にはジョットと、カイを得たナツがいるからね。最強だよ」
大切なものを奪うやつに、世界へのいとしさなんて語らせない。