第40話 地獄の続き
一部セリフについて加筆修正しました。
なり損ないである私は「計画」について知らなかった。
実感の持てない記憶については知っている、
かつて私が知っていた新しく思い出した記憶達なども知っている、
印象深い記憶も直近の記憶なども知っている、
しかし数多く忘れた事柄同様にけれどはっきりとした記憶を持っていないのがなり損ないである私である。
しかし、今の私は違う。
断髪したような洋髪の幼女ともなり損ないの分体の一人とも陛下から称されるなり損ないである私の分体たる私はしかし、ある物を陛下から頂いていた。
そう、それは記憶、陛下の記憶だ。
通常であれば「死」の魔力が守るそれはしかし一部だけだが私の脳に刻まれていたのだ。
そう、私の体を巡る「安楽死」の魔力と共に。
今の私は、「安楽死」の魔力によって肉体が作られている。
「棺」の中でなり損ないである私の遺伝子を培養して生まれた私はけれどしかししっかりと四点が普通の人間と違っていた。
一つは、一般的な赤子とは違い常識と倫理観を備えて生まれた事
二つは、胎児では無く7歳というある程度肉体が成熟した時点で産まれた事
三つは、マスターピースとして不死身であり生理的機能の殆どが欠落している事
そして最後の一つは「魔王」陛下から誕生に必要な魂の核として「安楽死」の魔力を頂いている事である。
受精し、細胞を分裂させ、そして出産を経て外界に出て、
そうして色々な物に触れ、遊び、学びながら段々と肉体を形作っていく普通の人間と同じように成長はする物のけれど魂の核が違う故か根本的な所で違いがある。
それがなり損ないでありシアである者の分体、所謂、私なのだ。
だからこそ、私は「計画」についてこう考えている。
それは人類の平和を成す為の地獄であると
「・・・ああ、助けて、死にたくない。」
だからこそ、私はぼうっとその光景を風に短い髪が揺れる中ただ見ていた、眺めていた。
地獄を眺めていたのだ。
人が、魔女が死ぬ地獄を、遺灰城広場という場所に数多くある「研究塔」の屋上で、
ブロックノイズに覆われゆく大地を見ながら、場違いな程にいつもと同じ色をした青い空の下で、
黒に呑まれ安楽に死んでいく人々を、「嫉妬」という魔女の代理が掛けた眠りの魔術から覚めたばかりの代行会の魔女の一割それぞれが無残に殺されゆくその時の貌を、彼らの悲鳴と叫声と共に私は見ていた。
遺灰城前広場、と言われるその場で行われていたのは五回目の地獄、安楽の地獄だ。
「幹部」五人と赤子一人が見守る中で行われたそれは言ってしまえば七十二字騎士団による蹂躙そのものだった。
プネウマは居ない、陛下の肩の上に浮いていたのをけれどここに来る前に私は見ていた。
ところで、「幹部」は既に全員復活している。
「棺」と「安楽死」の魔力によってプネウマが復活させたのだ。
三時間という短すぎる時間ではある物の全員が復活を果たせたのはプネウマが陛下と嫉妬と呼ばれる者が戦闘していた間に”蛇の小道”でただ一棟残る「研究塔」の中において一人で準備していた「魔術」のおかげそのものである。
けれど七十二字騎士団、「死」の魔力によって殺された者の成れ果てとも言われる彼らの話に戻るのであれば一つ重要な事があった。
七十二字騎士団、今その殆どの者がある魔力を核として行動していたのだ。
「安楽死」の魔力・・それその物を
「言ってしまえば、遺灰城前広場に数多くある「研究塔」の一つ、その屋上という高所から儂達は殺戮ショーを見ている事になりますわね、19号お姉様はどう思いますか?」
「どうにも、とても気分が悪いですよ、15号。
赤紐の赤子なんて連れてこなくって良かったかも知れないです。
”蛇の小道”の「研究塔」に置いてきた方がいいかもしれません、全く残念です。
こうやって私があやしているからいい物のこんな物、赤紐の赤子に見せる訳には行かないでしょう。
ところで3号や5号はどう思いますか?
君達は私や15号そしてそもそも死ぬどころか最近生まれたそこのなり損ないの分体とは違って首はギリギリ繋がってるだけじゃなかったんじゃないですか。」
「姉君はどうにも不思議な事を言うでござるな、3号は無事でござるよ、して5号はどうか。」
「5号も大丈夫ですよ、残念ながらね、貴方が最も理解している筈ですよね19号姉さん。あと変な口調辞めて下さいね3号!」
順々と話していく「幹部」達を見て「・・・相変わらず変な人達だ。」と冷淡に吐き捨てつつ赤紐の赤子をあやす19号を横目で一瞥する私である。
いつも陛下の肩の上に乗る事を趣味としていそうなプネウマはしかし今、陛下の肩の上に浮かんでは居た。
いつもの通りである。
彼が乗るのは、陛下の肩、陛下の肩の上であり、そして私が目に映すのは五回目の地獄、安楽の地獄であった。
人々は苦しんでいた、「安楽死」の魔力に触れれば死ねるというのに
人々は呻いていた、「安楽死」の魔力に身を預ければ苦悩など無くなるというのに
人々は喘いでいた、「安楽死」の魔力に包まれた先が楽しい来世かも知れないというのに
分からないのだ、人々が苦しむ理由が、
全て「安楽死」の魔力が死と共に解決してくれるのにそれを持つ七十二字騎士団から、そして「安楽死」の魔力その物から逃げる理由が、
人が死にたくないと叫ぶ意味が、
だからこそ、私はただ解らないという風に埃と血の霧の舞う中、彼らを見下ろしていた。
「何か聞く事があるんじゃないか、シア。」
「ええ、19号姉に聞かれたからには問います。
・・今、陛下は何処に居るんですか?
この安楽の地獄は陛下が居ないと侵攻しないという計画の筈、けれど七十二字騎士団もブロックノイズによる「安楽死」の魔力の汚染もしっかり行われています。けれど陛下の気配が遺灰城前広場のどこにも見当たら無い。これはどういうことなのですか?」
「・・・うん、確かに皆の疑念として心に残る所でしょう、
だからこそ答えさせてもらいますが・・・禍根鳥がどこに居るかは知りません、きっと野暮用でしょう。
私が赤紐の赤子をここに連れてくる事に「計画」という理由があるようにあの方にも事情があるのです、」
疑念をぶつけられながらもけれど19号は私にそう言った。
そうして私は19号の腕の中の赤子を見る、
彼女の桃色の髪を引っ張り無邪気に笑みを浮かべる、
赤い髪紐を髪に結んだ普通の赤子、略して赤紐の赤子を。
この子の親はもう死んでいる、この遺灰城前広場で・・そう私は知っていた。
一かしこきもののみ通るがよい
二さかしきもののみ勘ぐるがよい
三つよきもののみ励むがよい
という予言書にある「予言」の三つの文を破ったが故に死んだのだ。
その子の親についてはしかしなり損ないである私も知っていた。
してその死因もである。
それは魔女と魔女の最大の「契約」に対する違反である。
だからこそ小憎らしくてずる賢い魔法使いの父と共にこの子の母は死んだと「魔王」陛下から聞いていたからだ。
残されたこの子を拾ったのは陛下の気まぐれだという
確かに「魔王」陛下は気まぐれが多い、けれど同時に慈悲深くもある。
だからこそ私はどうにもその言葉に疑問を覚えてしまう。
無礼なのも不躾なのも分かっているがどうしても解せないのだ。
どうして陛下が赤紐の赤子を拾ったのかその理由について、
何かこの子を利用しようとしているのではないか・・・と
「「魔王」陛下を疑ってはいけませんよ。シアという少女はどうにも賢過ぎるきらいがありますがそれは分体である君自身も変わらないでしょう、何でもかんでも気付かれては困るのはこっちなのですからな、なり損ないの分体の一人。」
「分かっています、19号。
自身に与えられた力と立場の領分を超える気はありません。
ですが私の今の名前、貴方達同様の30号という「呼び名」についても御存知でしょう。
だからこそ受け入れられないかも知れませんがその名を貴方達が覚えている限り私は貴方達の妹です、どうかよしなに、19号姉。」
釘を刺し水を差すような19号の言葉に毅然とした態度で私は答えた。
「助けて・・・」なんて言うある種情けなくも憐れな代行会の魔女の一割、
その殆どが声を上げているのを聞きどこか食い違ってしまった物を見たような不満げな五人の「幹部」達の貌を見れば、
けれどその時覚えのある物が私達を包んだ。
どろりとした気配が、赤子の笑い声が私達を包んだその時けれど私は見た、
あの方を。
白髪二つ結びの左右非対称な黒布の目隠しをした野太い声の少女、禍根鳥憂喜、他ならない「魔王」陛下を。
そしてその肩に乗る六人目の「幹部」、バフォメットのプネウマをけれど私は見ればその時に慈悲深い声で陛下は言った。
「喧嘩はいけないよ、我が九人の「幹部」達。」
・・・・周囲に異様な気配をまき散らしながらけれど陛下は慈悲深い語調と態度で当たり前のようにそう言った。
吸い込まれるような髪をバッサリと切られたような黒髪黒目、
片耳から鈴を垂らした女、鈴という暴食の魔女の代理たるもう一人の「魔王」をまるで七人目の「幹部」の一員であるように連れながら、
して黄金の髪と瞳、十字の瞳孔にサイドから垂れる髪を三つ編みにした和服の青年、
明星葵という傲慢の魔女の代理たる彼をまるで八人目の「幹部」であるように連れながらそう陛下は言った。
そして昇り初めの下弦の月のような瞳をした、黒髪赤目の少年、
井伊波乃瑠夏という嫉妬の魔女の代理たる彼をまるで九人目の「幹部」のように連れながら、
三人とも瞳を桃と赤の混じった色に、
白目をブロックノイズに染められながら、
丸い瞳孔がブロックノイズの十字の瞳孔に変じながら・・・
「では「死ね」、魔女よ。」
瞬時、広場中の殺された魔女が七十二字騎士団、彼らその全てが膨らむ。
体は、肉に、肉は肉塊と化していく。
魔素が魔力となりブロックノイズの塊となれば陛下の冷徹で慈悲深い言葉と共に肉塊から”それ”が溢れ出してゆく。
ブッロクノイズ、「安楽死」の魔力そのものが溢れ出してゆく。
してブロックノイズそのものが元凶の一つたる七十二字騎士団の面貌や肌を、
数少ない人や魔女そして悲鳴に似た叫び声を上げる多くの動物を
ブロックノイズに染められた大地がドクンと隆起しその全てを、
雲一つない空模様を黒く、黒く呑み込んでいけばまるで黒々としたブロックノイズで出来た大地と雲のように・・・・
雲一つない空がブロックノイズに空間ごと真っ黒に塗り潰された、
「五回目の地獄、安楽の地獄はこれにて終わりだ、
十二あるマスターピースの内、四人は既に手に入れた。
しかし皆心せよ、これから我らは”蛇の小道”まで撤退し鏡の国を落とす為にそこで英気を養う事とする、逸り過ぎて事を仕損じては意味がない、当然の判断だ。
我々にはそれぞれ叶えるべき「目的」があるのだ、だからこそ、
・・・全てはあの方の「計画」の通りに」
・・そう、五回目の地獄たる安楽の地獄が真下で行われている今においても、
どろりとした気配と赤子の笑い声が私達を包む中でその慈悲深いけれどどこか疑問の残りくどくどしい程冗長な言葉を聞けば、
何でもないように慈悲深い「魔王」の笑みを浮かべる陛下の貌を見れば・・
魔女の一割、135670人もの命がブロックノイズに呑み込まれた現実を見れば・・
私は『諦めろ』と陛下に言外にそう言われた気がした。
・・・私は諦めない、多くの人を殺す為に、「魔王」陛下の命を奪う為に、
そんなあの方という存在についての疑念と確かな陛下への不穏にも思える程の勝機を抱きながら私は見ていた。
ブロックノイズに覆われた大地と空を、
ある種安楽の地獄が終わった証、
五回目の地獄の跡地を見下ろしていた。
「開け、門よ。」という陛下の発した言葉と共に空間が割れたその時まで、
・・・それが「計画」通りの魔女の代理達の静観によってある状況とも知らずに




